イベント・リポート NO-26
Embedded System Conference
Silicon Valley 2009 No-3

リポータ:EIS編集部 中村正規

■ESLはどこへ行った?

組込みシステムの複雑化は継続的に進行しており、システムをハードウェアとソフトウェアに分割する前に抽象度の高い言語で記述、モデリングし、システムの機能をシミュレーションするツールの重要性が高まっているのは疑いのない事実だ。2006年のESC Silicon Valleyレポートでもシステム・レベルでの機能記述やモデリング、仮想プロトタイピング化などを実現する「ESL」関連ツールが目立ったことを述べた記憶がある。ところが、今年はこの「ESL」関連の目立った展示や発表がなかった印象を受けた。調べてみると、2006年当時に目立っていた、CoWare、VaST Systems、Virtutech、Carbon Design Systems、Agility(旧Celoxica)などの各社が今年のESCに出展していなかったのだ。いわゆる「ESL」関連ツールの重要性が薄れたわけでもなく、これも世界同時不況の影響なのであろう。
こうした中で、IBMは完全に統合化した旧Telelogic社のモデル駆動システム開発ツール、Rhapsodyを中心にした展示を比較的大きなブースで行っていたが、このイベントに合わせたRhapsodyの新バージョンや新製品などの発表は特になかった。
また、自社ブースではなかったが、Virtutech社はFreescale Semiconductor社のブースで、自社のシステム・レベル設計/シミュレーション・ツール、SimicsがFreescaleの通信用マルチコア・プロセッサの新製品、QorIQ P4080に対するサポートをしていることを強調していた。同社は、ESCの会期中にEclips環境に対応したSimicsの新しいバージョンも発表していた。

 

シックな感じなIBMのブース

 

Virtutech社によるマルチコア・サポートの展示

■FPGAベンダは?

FPGAは組込みシステムを構築する上で、もはや欠くことができない重要なデバイスになっており、このイベントにも主要なFPGAベンダが揃って出展するのが通例である。今年のESC Silicon Valleyにも、XilinxとAlteraの2大FPGAベンダが揃って参加し、Xilinxは例年通り、我々プレス関係者がお世話になるメディア・センタのスポンサともなっていた。併設のカンファレンス・プログラムでもFPGAベースの組込みシステム開発に関連したセッションも数多く提供されていた。ただし、会期中にXilinxからVirtex-6の出荷を開始したというプレスリリースが発表されたものの、その他に各社から新たな製品に関する目立った発表はなく、継続的に出展していたActel社のブースがなかったこともあって、FPGAベンダの存在感が今年は少々薄くなった感があった。

一方で、このところ再びFPGA、またはFPGAライクなデバイスを開発する、スタートアップ企業が何社かシリコン・バレーを中心に誕生している。1.5GHzのクロック・スピードで動作する超高速FPGAデバイスを開発した Achronix 、超低消費電力で動作するFPGAの SiliconBlue Technologies 、ユーザ・コンフィギュラブルなパケット・エンジン機能や高速SERDES機能、メモリやユーザ・ロジックなどのブロックを高速の配線機構で接続する、Configurable Switch Array(CSA)と呼ばれるデバイスを開発した Cswitch社 などである。
今年のESC Silicon Valleyには、 Element CXI というスタートアップ企業が出展していた。2004年に創業したこの会社は昨年のESC Silicon Valleyも出展していたようだが、私がこの会社の展示やデモを目にしたのは今回が初めて。同社が開発したECAと呼ばれるデバイスのコンセプトは、非常にユニークで面白い。ここでは詳しい説明を避けるが、簡単に言うと、メモリ、乗算器、2種類のALU、バイト・シフタ、ステートマシンなど7種類の独立したエレメントをグループ化して並べ、それぞれの内部構成とエレメント間の接続を1クロックで実行するというアーキテクチャのデバイスだ。FPGAというよりも、ダイナミック・コンフィギュラブル・コンピューティング・デバイスと呼ぶべきであろう。現在、計64個のエレメントで構成したECA-64というデバイスがアナウンスされている。同社によれば、あらゆる物質は複数の元素の組み合わせで成り立っているが、複雑な電子システムの演算処理アルゴリズムもECAのエレメントを任意に組み合わせることによって実現できる。いわば、システムをレゴ・ブロックの組み合わせで構築するようなものだと説明し、実現した機能をFPGAやプロセッサよりも高速、低消費電力で実行できると主張していた。同社のブースでは下記の写真の開発ボードを使ったデモを行っていた。この会社の役員には、以前、類似したダイナミック・コンフィギュラブル・コンピューティングの技術で8千万ドルもの投資を集めながら破綻したベンチャー企業、Quick Silverの創業メンバや、同じような機能のデバイスを開発したものの、やはり事業を軌道に乗せることができなかったChameleon System社でCEOを務めた人物などが名を連ねている。果たして、このようなデバイスを必要とするキラー・アプリケーションは今後現れるのであろうか?過去、Quick SilverやChameleon Systemの例でもわかるように、この種のダイナミック・コンフィギュラブル・デバイスは注目を集めるもの、結局、量産につながるようなビジネスには至っていない。Element CXIは、今のところファブレスの半導体メーカの事業形態ではなく、この技術を大手企業にライセンスするビジネス・モデルを目指しているようであった。同社の今後に大いに注目しておきたい。

Element CXI社のECA64 開発評価ボード

■その他に目立った製品や出展社---ワイヤレス、マルチコア、テスト・ツール

その他、今年のESC Silicon Valleyで目立った点を挙げるとすれば、802.11nや802.15.4(ZigBee)規格のワイヤレス・ネットワーク/通信用モジュールとソリューションに関連した展示が多かったことだ。従来であれば、半導体メーカがワイヤレスLAN向けのLSIを開発し、それをハイブリッドIC技術や高密度実装技術を有するベンダがそれをモジュール化し、システム機器メーカがネットワーク・プロトコル・スタックとモジュールを調達して最終製品を完成させる構図だったが、最近はLSIベンダがLSIと周辺回路を搭載したモジュールは勿論のこと、用途に応じたサブシステムをソフトウェアも搭載したボードで供給するようになってきた。例えば、 Redpine Signals社 は、Wi-Fi Allianceから802.11n準拠の認定を得たa/b/b/nのいずれの規格にも対応したLSIを開発したが、同社はこの展示会で開発したチップ・セットを搭載したモジュール製品と、それを各種の用途に対応したサブシステム製品を展示していた。

また、ZigBee関連で印象に残ったのが、 SYNAPSE Wireless という会社の展示であった。2006年に設立された新興企業であるこの会社は、ZigBeeベースのワイヤレス・メッシュ・ネットワークを構築するためのハードウェアからソフトウェアまでをトータル・ソリューションで提供していた。同社が開発したSNAPという技術を使うことでインターネットを含むTCP/IPベースのネットワークとも容易に接続が可能になるとのことであった。

ワイヤレス・ネットワークといえば、このイベントでは「Energy Harvesting」というパネル討論が開催され、SYNAPSE WirelessのCEOもパネリストとして参加していた。「Energy Harvesting」は、環境発電という日本語になっているようだが、太陽光など自然界から得られるエネルギーで発電を行うことを指す。超低消費電力のデバイスを使用した組込みシステムを「Energy Harvesting」によって動作させ、バッテリを不要にする研究が進んでおり、もっとも実現に近い応用分野が、ワイヤレスのセンサ・ネットワークであるとのことであった。今年のESC Silicon Valleyのカンファレンス・プログラムには、「Green IT」という項目に分類されたセッションがいくつか用意されていた。2007年の基調講演に元副大統領のアル・ゴア氏が登壇して以来、米国でも省エネルギー、環境保護に対する取り組みが本格化していることを実感させた。

 

Redpine Signals社が展示したボード
(同社のモジュールがドータ・ボードとして
搭載されている)

 

SYNAPSE Wireless社が展示したZigBeeボード
(RFエンジン部にはPanasonicのモジュールを
搭載している)

毎年、このイベントで注目してきた「マルチコア技術」に関しては、主要なOSベンダから期待していたような大きな発表はなかったが、英国の Criticalblue社 がソフトウェアを解析して、マルチコア対応の並列化を図るツール、Prismを展示して注目を集めていた。また、ベルギーにある欧州の独立研究機関、IMECも同じようなマルチコアSoCプラットフォームでソフトウェア並列化を図るツールを発表していたようだが、残念ながらデモを見学することはできなかった。
また、大規模な組込みシステムでますます重要になっている検証・テストの領域では、テストの自動化を実現する QualiSystem社 のツールの展示や、要件管理から静的解析、動的検証までをサポートするツール・セットを発表したLDRA社が注目されていた。(参照: ESC速報1

 

QualiSystem社のブース

 

LDRA社のブース

■日本企業の出展

ESCに出展する日本企業は年々減少する傾向にあるようだ。半導体では、セイコーエプソンの現地法人が意欲的な出展をしていたが、かつてこのイベントで大きなブースを構えていたルネサスや東芝のブースは今年も発見できなかったし、以前は組込みデータベース製品を出展していた日立製作所も今年は出展を見合わせたようだ。深刻な経済不況の中、来場者が1万人を切るような展示会に日本企業からの参加が減少するのもいたしかたないかもしれない。そうした中、ソフィア・システムズの現地法人最新のICE製品を展示していた他、PFU、ハギワラ・シスコム、岡谷電機の各社が出展していた。
ESC Silicon Valleyの開催中、日本では、ソフィア・システムズがプリント基板設計サービスなどを手掛けているソーワ・コーポレーションの子会社になるという発表を行い、我々を驚かせたが、同社のブースは何事もなかったような感じで運営されていた。

 

ソフィア・システムズのブースと展示された最新のICE製品群

■結び

私にとっては2年ぶりのESC Silicon Valleyであったが、会期中、多くのミーティングなどがあって、展示会の見学やカンファレンスの聴講に十分な時間を割くことができなかったのが多少心残りであった。ET展のような日本の展示会に比較して、ESC Silicon Valleyの来場者や出展社の数は大幅に少ないものの、ESCの主催者であるCMPが企画するイベントやカンファレンス・プログラム、そしてショーの演出には毎回、感心させられることある。
特に今年も実施されていた、話題の商品を分解して見せる、「Teardown Show」は相変わらずの人気だった。機会と時間、そして「ふところ」が許るすならば、来年もESC Silicon Valleyを訪れたいと思った。

レポートNO-1はこちら   レポートNO-2はこちら

バックナンバー

>> Embedded System Conference Silicon Valley 2009 No-3

>> Embedded System Conference Silicon Valley 2009 No-2

>> Embedded System Conference Silicon Valley 2009 No-1

>> ZIPC誕生 20周年、第14回ZIPCユーザーズ・カンファレンス

>> Embedded System Conference Silicon Valley 2007 <NO−2>

>> Embedded System Conference Silicon Valley 2007 <NO−1>

>> 日本TI 、MSP430: ATC2006 〜アドバンスド・テクニカル・カンファレンス2006〜

>> ESC Silicon Valley 2006 その1

>> Digi Embedded Network Forum 2006

>> Altera PLD World 2005 東京

>> ETソフトウェアデザインロボコン2005

>> ESC San Francisco 2005 NO-2

>> ESC San Francisco 2005 NO-1

>> EDSF 2005 with FPGA/PLD Design Conference

>> SEMICON Japan 2004

>> ET2004

>> ALTERA PLD WORLD 2004

>> ESEC 2004

>> ESC San Francisco 2004 NO−2

>> ESC San Francisco 2004 NO−1

>> EDSF2004, 第11回FPGA/PLDコンファレンス

>> Semicon Japan 2003