イベント・リポート NO-22
日本TI 、MSP430: ATC2006 〜アドバンスド・テクニカル・カンファレンス2006〜
11月28日、29日 AT 秋葉原コンベンションホール

先に開催された今年の「組込み総合技術展」(ET 2006)では、出展した主要半導体メーカーが競ってプッシュしていたデバイスが、Flashメモリを搭載した8-32ビットのMCU/MPU、いわゆるFlashマイコンであった。日本テキサス・インスルメンツ(TI)の巨大なブースでも昨年以上に同社の16bit Flash搭載のローパワーRISCマイコン、MSP430に関連した展示やデモが目立っていた。日本TIは、ET2006の終了後、今度は秋葉原で「MSP430: ATC2006」 〜アドバンスド・テクニカル・カンファレンス2006〜と呼ばれるイベントを開催していたのでちょっと見学させてもらった。

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ほぼ満席となったセミナー会場の様子

世界的なイベント、参加者のレベルに合せた3つのトラック

この「MSP430: ACT2006」はTI社が今年11月から来年にかけて、北米、日本、欧州、アジアなどの主要都市で開催するワールドワイドなイベントであり、アジアでは上海や台湾でも開催される。セミナーのプログラムは開催地によって若干異なるようだが、今回の東京での開催では基本コース、応用コース、ワークショップの3つのトラックが用意され、参加者の製品知識や技術レベルに合せたセミナーが提供されていた。

参加者に評価ボードを無償提供

このセミナーの参加費は1万5千円だったのだが、参加者には2万円相当のMSP430評価試験ボードが無料で配布されたので、MSP430の採用を計画している人にとっては非常に魅力的なイベントとなっていたようだ。このボードにはMSP430FG4619とMSP430F2013の2種類のMCUがLCD Displayやマイクロフォン、ブザーなどと共に実装されている。また、このボードはTI社が買収したChipon社のマルチチャンネルRFトランシーバ、C1100の評価ボードとの互換性もあるため、各種のワイヤレス機器などのアプリケーションを考えているユーザには好評のようだった。

約200名の技術者が参加

開催初日の会場には約200名の技術者が詰め掛け、熱心に各講演に聴き入っていた。MSP430の最大の特長のひとつは、最新鋭のRISC CPUでありながら、非常に低消費電力ということであろう。入門コースのトラックでも、この点がかなり強調されていた。また、応用コースでは、超低消費電力を実現するためのオプション設定やコーディング手法なども解説されていた。ワークショップ・コースでは、内蔵されているA/Dコンバータや通信機能の使用方法などが詳しく解説されていた。

数多くの応用例も展示

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TI社自身による展示

会場には、MSP430の応用例を示す展示も数多く行われていた。これらはTI社が用意したパネルや製品の展示だけでなく、日本のユーザが実現したアプリケーションのデモも行われていた。まず、目に留まったのは、日本電素工業(株)が行っていたワイヤレス・センサ・ネットワークのデモ。これはMSP430F22x4とRFトランシーバ(CC11xx)に同社が開発した無線通信プロトコル、Ripple-Netを組み合わせたもので、300MHzの周波数帯域を利用する。MSP430ファミリの超低消費電力特性を生かした応用として、ビルの空調管理、病院でのナース・コール・システム、ソーラ・バッテリを使用した屋外での温度データ収集など、幅広い用途に使用可能である。2.4GHz帯を使用しないため、他の無線LANなどの影響を受けない利点もある。日本電素工業はMSP430をベースにした各種システムの受託開発も行っており、同社が開発したMSP430搭載ボードがCQ出版のトランジスタ技術1月号の付録としても提供されたとのことである。

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日本電素工業の無線センサネットワークのボード 写真左:左から、バッテリ、CPU/RF、RS232の各ボード  写真右:各種のセンサボード(温度、磁気、脈拍)

また、京都のベンチャー企業、パスワールド社が開発した「そろばん開発キット」と変わった名前のMP430評価、組込みボードのデモも行われていた。この会社はフランス出身のゴゲ・パスカル氏が3年前に設立した企業で、パスカル氏は流暢な日本語を話す。同社がデモしていたのはMSP430F169搭載のCPUボードを使った酸素率測定器。パスカル氏は開発したMSP430のボードが、「測定器」「記録」「評価版」に使用可能なことから、測定器の「そ」、記録の「ろ」、評価版の「ばん」をとって「そろばん」開発キットと名づけたらしい。数多い低価格フラッシュMCUの中から、MSP430、特に430F169を選択した理由についてパスカル氏は「超低消費電力だったこと、アーキテクチャーと命令が理解しやすく、ピン配置がわかりやすくデバッグも容易だったこと」などを挙げていた。

その他、マイクロテック(株)が総代理店になっている、QuickFilter Technologies社のFIRフィルタ・エンジンのデモも目が留まった。これはMSP430に内蔵されているA/DコンバータとQuickFilter社のフィルタ・エンジンICを組み合わせることによって、任意のディジタル・フィルタを簡単に実現するというもの。フィルタの開発には同社が提供する低価格の開発キット(29,800円)が利用でき、付属しているソフトウェアで提供される各種の標準テンプレートにフィルタのパラメータを入力するだけで、期待するフィルタ特性が実現できる。ディジタル信号処理やZ変換のような関数論を理解できない人でもディジタル・フィルタがインスタントで設計できるとは、世の中は進歩したものだ。

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パスワールド社の酸素測定器のデモ      QuickFilter社FIRフィルタ開発キットのボード

Flashマイコン戦争の勝者は?

さて、先のET2006で目にしたFlashマイコン戦争の行方はどうなるのであろうか?最近の傾向を見ると、多くのユーザは価格もさることながら、MCU/MPUの内部アーキテクチャーやデバイス性能などよりも、いかに短時間で目的のアプリケーションが実現できるかに主眼を置いてメーカーとデバイスを選択しているように思える。ソフトウェア開発環境を無償または低価格で入手できるか? 評価キットの機能は? リファレンス・デザインやサンプル・プログラムはどれだけあるか? 技術サポートをしてくれるのは誰か? サード・パーティから提供されるツールは? などが重要になっているように思える。シリコン製品のビジネスで利益を得る半導体メーカーにとっては、つらい時代の到来ではあるが、こうした顧客からの期待や要望に応えていかない限り、この大戦争には勝てない。 日本TIにとってもこれは同様である。多くの人は「TIはDSPとアナログICの会社」とのイメージを持っている。事実、昨年における同社の半導体製品の売上げの80%は、これら2つの製品群によるものだ。TIは、RISC MCU/MPUのサプライヤとしては後発だが、MSP430ファミリを、DSP、アナログ、そしてDLPに次ぐ柱に育てようと大きな力を注いでおり、MSP430ファミリの名前はここ数年、日本市場でも急速に浸透してきたようにも思える。 今後、TI社の売上げでMSP430のビジネスが占める比率がどうなるのか、展開されるFlashマイコン戦争の行方と併せて、注目していきたい。

取材 EIS編集部 中村

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