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横田英史の読書コーナー

ソーシャル物理学~「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学~

アレックス・ペントランド、小林啓倫・訳、草思社

2015.10.12  12:24 pm

 社会実験から得たビッグデータを用いて、人間のつながりが社会にもたらす力学を解明した書。筆者は、アイデアや情報の流れが人々の行動に変化をもたらすことを明らかにしている。ソーシャル物理学に基づいたシステムを構築することによって、市場の暴落を防いだり、人種や宗教の間での対立を回避したり、腐敗や権力集中を防いだりできる社会が実現可能だと力説する。かつてこの書評で取り上げた「正直シグナル」の続編で、正直シグナルが個人や少人数の振る舞いに力点を置いていたのに対し、本書は都市や社会の在り方を中心に論じる。ビッグデータの活用に興味を持っている方にお薦めの好著である。
 筆者が重要視するのが、アイデアの多さ、人の交流密度の濃さ、アイデアの多様性。例えば、集団内にどのようなアイデアの交流パターンがあるかを把握するだけで、その集団の最終的な生産性を正確に推測できるという話は興味深い。逆にいえば、ネットワークをチューニングすれば成果や生産性を改善することが可能になる。また筆者は、個人としての人間に注目しその行動を変えようとするのではなく、人々のつながりの在り方を変えることが肝要だと強調する。例えば個人に対する市場型インセンティブに比べ、ソーシャルネットワークを活用したインセンティブは4倍の効果があるという。
 著者らのモデルは、数十万人規模の都市へも拡張可能で、都市の生産性や創造性の改善に役立てることができる。データ駆動型都市というビジョンを提唱し、人々が残したデジタルデータの足跡「デジタルパンくず」を解析することで、都市における交通やサービスの在り方を考え、都市の成長計画につなげられるとする。また社会的絆の密度が高ければアイデアの流れは大きくなり、生産性や創造性は高まる。例えば新しいアイデアの拡散という点では、対面でのコミュニケーションが優っている。一方デジタルメディアは、対面でなら可能な社会的シグナルを伝えることができないため、お互いの気持を読むことが難しい。結局のところ、人の行動を変えるときに必要となる「信頼」を醸成することに向かないと断じる。

書籍情報

ソーシャル物理学~「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学~

アレックス・ペントランド、小林啓倫・訳、草思社、p.344、¥2160

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。