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横田英史の読書コーナー

《推薦!》なぜデータ主義は失敗するのか?:人文科学的思考のすすめ

クリスチャン・マスビェア、ミゲル・B・ラスムセン著、田沢恭子・訳、早川書房

2015.9.18  10:18 am

 「文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある」。ジョブスが感銘を受けた言葉だが、本書の狙いはここにある。データに基づく定量的分析一辺倒では企業経営を成功に導くことはできない。人を正しく理解することこそ、会社を霧の中から抜けださせる鍵であり、哲学や歴史、芸術、人類学といった人文科学的な思考と分析が不可欠だと筆者は説く。何気なく買った書だが、思いのほか役立ち感があった。お薦めの1冊である。なお筆者の二人は、インテルやレゴなどを顧客に抱えるコンサルティング会社ReDアソシエーツの創業パートナー2人。
 データに基づく定量分析は、人間とは予測可能で合理的な意思決定者であり、あらかじめ決まっている嗜好を最大限に満たす存在とする単純なモデルに基づいている。こうした考え方は人間を正しく理解しておらず、テクノロジーのみを重視し、「人間の脳」の重要性を軽んじていると断じる。
 筆者は、人文科学に基づく手法や理論を用いて消費者やユーザー、顧客とかかわり、一般的なビジネスツールではとらえきれない洞察を引き出すことが肝要だと主張する。最初から理詰めで探求に臨んではならないと警告を発し、仮説を取り除いた体験だけが、人間の豊かな現実を明らかにすると強調している。
 レゴとインテルの取り組みは実に興味深い。例えばインテル。ベル研出身の心理学者を招聘し、「人と慣行のリサーチラボ(People and Practices Research Lab )」を立ち上げた。インテルを興隆に導いたムーアの法則が足かせとなり、イノベーションに誤った方向で取り組んでいたことに気づいたことが背景にあるという。サムスン成長の原動力となった“気づき”の逸話も面白い。

書籍情報

なぜデータ主義は失敗するのか?:人文科学的思考のすすめ

クリスチャン・マスビェア、ミゲル・B・ラスムセン著、田沢恭子・訳、早川書房、p.320、¥2052

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。