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横田英史の読書コーナー

科学の発見

スティーヴン・ワインバーグ、赤根洋子・ 訳、文藝春秋

2016.8.1  8:26 pm

 現代の基準で過去の“科学者”とその功績に裁定を下すという反則気味のスタンスで書かれた科学史の啓蒙書。筆者自身が「過去の方法や理論を、現代の観点から批判することに吝かではない」「本書は不遜な歴史書だ」と語っているのも納得できる。ガリレオやニュートンらによる科学革命以前の“科学”は、「仮説を立て検証し、その過程を数理的な手法で記述する」プロセスを経ておらず、科学と呼ぶに値しないと断じる。筆者はこうも語る。科学の発見には、自然研究から宗教観念を切り離すことが不可欠だった。この分離には何世紀にも年月が必要だった。物理学においては18世紀までかかったし、生物学においてはさらに長くかかった」と。ちなみに筆者はノーベル物理学賞を量子物理学で1979年に受賞したテキサス大学教授で、本書は教養課程の学部生向けの講義を単行本化したもの。好き嫌いはあるかもしれないが、科学史に新たな視点を導入している点でお薦めの啓蒙書である。
 まず筆者は、美しいことが優先されたアリストテレスやプラトンといったギリシアの哲学者が論じた“科学”が、現在の基準からみたらいかに誤っていたかを明らかにする。原子論に似たアイデアも生まれたが、「彼らは詩人であり科学者ではなかった」と手厳しい。ギリシアでは数学が生まれたが、ここでも美しくあることが優先され、ピタゴラス学派は醜い無理数の発見を秘密にし封印したという逸話は興味深い。
 科学は古代ギリシアで頂点に達し、その後、16~17世紀の科学革命の時代までその水準を回復することはなかったという。中世世界(イスラム圏もキリスト教ヨーロッパも)は古代ギリシアの業績を維持し、とくに改良し、科学革命の素地を準備したというのが筆者の見立てである。ちなみに筆者は最も過大評価された偉人としてベーコンとデカルト挙げる。現代の目から見るとベーコンの考えには実効性がなく、哲学より科学で優れた仕事をしたデカルトも間違いが多すぎると断じる。

書籍情報

科学の発見

スティーヴン・ワインバーグ、赤根洋子・ 訳、文藝春秋、p.428、¥2106

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。