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横田英史の読書コーナー

地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか〜元警察庁刑事局長 30年後の証言〜

垣見隆著、手塚和彰、五十嵐浩司、横手拓治、吉田伸八、朝日新聞出版

2025.7.12  8:16 am

 オウム事件の捜査の最終意思決定者だった警察庁の刑事局長 垣見隆が30年間の沈黙を破って、当時の状況を詳細に証言した書。千葉大学の名誉教授の弁護者や朝日新聞の編集委員、大学教授などが、15時間の聞き取り調査とその後の対面やオンライン、文書でやり取りをまとめたもの。実に詳細で生々しい。元警察庁長官の後藤田正晴や当時の国家公安委員長 野中広務といった政治家の関与などを含め、管見にして知らなかった内容の連続である。国松警察庁長官狙撃の真相や村井国夫刺殺事件の背後関係など、未解決の案件を多く抱えるオウム事件の闇の深さについても改めて感じさせる。忘れてはいけない当時を思い起こさせてくれるお薦めの1冊である。
      
 松本サリン、地下鉄サリン、弁護士一家殺害、公証役場事務長殺害、警察庁長官銃撃などの捜査に当たった責任者の証言だけに貴重である。史料的な価値も高い。評者にとってもオウム事件は多くの思い出につながる。地下鉄サリンは通勤とほぼ同時間帯に起きた。丸ノ内線がなぜか霞が関駅に止まらず通り過ぎた。地下鉄にサリンが撒かれたことは、出社して知ることになる。上九一色村のオウム本部捜査のときは、スキーで信州に行く道中で異様な数の警察・自衛隊車両に遭遇した。までも当時の緊張感が思い出される。
       
 本書はオウム事件全体を振り返り、こう結論付ける。第1は、地下鉄サリン事件の発生を許した警察の機構と文化の問題。次に、坂本弁護士事件、松本サリン事件などの初動捜査を本腰を入れず、科学的知見を無視して思い込みによる捜査に走った問題。第3は、警察庁と都道府県警察における情報共有の機能不全、第4は、数々の不審な動きを見せていたオウム真理教を社会への脅威と認識するのが遅れたこと。最後が、意思決定に時間がかかりすぎたことである。

書籍情報

地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか〜元警察庁刑事局長 30年後の証言〜

垣見隆著、手塚和彰、五十嵐浩司、横手拓治、吉田伸八、朝日新聞出版、p.328、¥2090

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。