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横田英史の読書コーナー

家を失う人々〜最貧困地区で生活した社会学者、1年余の記録〜

マシュー・デスモンド、栗木さつき・訳、海と月社

2025.6.8  7:59 am

 ウィスコンシン州ミルウォーキーの最貧困地区で1年間あまり暮らし、周囲の住民と一体化した社会学者の手によるルポルタージュ。米国の貧しい人々の生活実態が垣間見える力作である。貧困の負のスパイラルに陥り、そこから抜け出せない大きな要因として「住むところが奪われる」問題があることを明らかにする。貧しい人々の日常生活や貧困ビジネスが生き生きと描かれており、説得力のある内容に仕上がっている。ピューリッツァー賞の受賞や米タイム誌の2010年代ノンフィクション ベスト10」入りも納得できる。
      
 最貧困地区の日常は、暴力やドラッグ、若年者の妊娠、解雇、そして強制退去である。あれこれ理由をつけて住む場所を奪われる強制退去が、負の連鎖の起点となり、負の連鎖から抜け出せない要因となる。よい親、よい労働者、よい市民になるための礎が奪われ、社会の不安定化を生む。
      
 国とは町や都市をつなげたパッチワークであり、町や都市は小さな地域をつなげたパッチワークであり、小さな地域は家々のパッチワークである。その小さな地域では、数百万人の人たちが、毎年自宅から強制退去させられている。貧困層の3世帯に2世帯が政府からの支援を受けておらず、しかも収入の半分を住宅費に充てている例も少なくないという。
      
 本書は地域の家々のパッチワークを明らかにすることで、米国の民主主義を支える基盤の脆さを浮き彫りにする。筆者は、最貧困地区における住宅の様子、街の様子、隣人の様子、大家の様子、警察・裁判官・ソーシャルワーカーの様子を詳細に書き込む。上澄みだけでは見えてこない、トランプを生む米国社会の実相を知りたい方に向く書である。

書籍情報

家を失う人々〜最貧困地区で生活した社会学者、1年余の記録〜

マシュー・デスモンド、栗木さつき・訳、海と月社、p.566、¥2860

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。