横田英史の読書コーナー
ヴィクトリア朝時代のインターネット
トム・スタンデージ、服部桂・訳、ハヤカワ文庫
2024.6.23 8:48 am
19世紀のヴィクトリア朝時代に生まれた「電信」について誕生までの経緯のほか、電信が社会やビジネスに与えた影響を紹介した書。知的好奇心が満たされる良書である。電信は電信網や海底ケーブルなどによって地球上の広い範囲に張り巡らされ、1870年代はじめまでに「ヴィクトリア朝時代のインターネット」の域に達した。例えば、10週間かかっていたロンドンとムンバイ間のメッセージのやりとりが4分にまで短縮された。
「歴史は繰り返さないが韻を踏む」と言われる。電信のインパクトはインターネットのそれと実に良く似ている。例えば、グローバルな電信網の構築が世界平和をもたらすという考え方は、インターネット黎明期の楽観論と相似形である。当時、地球上のすべての国の考え方が交換できる手段が創造された以上、古い偏見や敵が依存は存在してはならないと考えられた。
電信によって大陸や海を越えたコミュニケーションが可能になることでビジネスのやり方も抜本的に変わった。情報の価値が高まり、ニュースや経済・金融情報の収集、配信を行うAPやロイターといった通信社が生まれた。標準化団体のITUが生まれたのもこの時代である。電信を利用した詐欺やいかさま、ハッキングといった新しい犯罪、恋愛といった社会現象も起きた。
本書は、2011年12月にNTT出版が上梓した単行本を文庫本化したものだが古さは感じない。優れたメディア論にもなっており、お薦めの1冊である。文庫本化にあたって、翻訳者の服部桂が生成AIなど最新の情報を付け加えているのも良い。
書籍情報
ヴィクトリア朝時代のインターネット
トム・スタンデージ、服部桂・訳、ハヤカワ文庫、p.256、¥1210