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横田英史の読書コーナー

ウクライナのサイバー戦争

松原実穂子、新潮新書

2023.11.26  12:24 am

 ロシアのウクライナ侵略の裏で生じているサイバー戦争の実態を追った書。ロシアがどのような攻撃を行い、ウクライはどのような事前準備と対応策で耐え抜いているのかを明らかにする。直接な攻撃だけではなく、民衆の不安を煽ることを目的にするロシアの手口など、今そこで起こっている出来事を具体的に論じており緊迫感と役立ち感がある。「ウクライナがサイバーセキュリティの壮大な実験場であり試金石になっている」ことを実感する。
     
 本書は、ウクライナとロシアという戦争当事者だけではなく、米国や中国、台湾などの周辺情報もカバーする。ロシアのウクライナ侵略に乗じて、ウクライナだけではなくロシアやベラルーシにサーバー攻撃をかけて、戦争当事者の内部情勢を探る中国の動きは寡聞にして知らなかった。民間企業との連携を重視し、迅速な情報共有の促進・拡大する米国政府の姿勢は、日本には見られない動きである。イバー攻撃を未然に防ぐための法整備を先送りにする日本政府と彼我の差は大きい。台湾有事にからんで日本は何をすべきかについても解説している。
     
 本書のカバー範囲は広い。まず「クリミア併合から得た教訓」から始まり、「サイバー戦の予兆(2021年秋〜20222年2月)」「サイバー戦の始まり(軍事侵攻前日〜2022年6月)」とロシア侵略を振り返った後、「重要インフラ企業の戦い」「ロシアは失敗したのか」「発信力で勝ち取った国際支援」「ハッカー集団も続々参戦」「細り続けるロシアのサイバー人材」「台湾有事への影響」と議論を展開する。バランスの良い内容は役立ち感がある。
     
 サーバーセキュリティの研究者である筆者は、「ウクライナの人々のような強い覚悟とセキュリティ強化への執念があるのか」と日本人に問いかける。サイバーセキュリティに関する世界の常識を知ることができる良書でお薦めである。

書籍情報

ウクライナのサイバー戦争

松原実穂子、新潮新書、p.224、¥880

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。