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横田英史の読書コーナー

資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか

ナンシー・フレイザー、江口泰子・訳、ちくま新書

2023.10.9  1:49 pm

 現在社会が抱える問題の根源は、あくまで貪欲な資本主義にあると論じた書。「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」という問いに対して、歴史的な経緯を踏まえながら多角的に分析する。米国の政治学者である筆者は、資本主義は葬るべき存在であり、現在の状況を乗り切るには社会主義を復活しなければならないと主張する。タイトルだけではなく、内容もかなり刺激的である。筆者自身が「不完全で準備段階」と述べているように社会主義復活の道筋は明確ではないが、問題提起の書としては悪くない。新たな視点を提供してくれる1冊である。
     
 資本主義の本質は「制度化された社会秩序」とする。政治、経済、社会、自然に多大な影響を与える存在であり、人種差別や南北問題、環境危機、民主主義の危機、ポピュリズムはいずれも、無限の資本蓄積を目指す資本主義のメカニズムに起因する。資本主義を経済的システムだと考えるのは誤りだと断じる。資本主義は変化を遂げているが、その基本には収奪と搾取が存在する。例えば、人種差別による収奪、ケア労働(家事労働)や資源などに正当な対価を支払わない搾取を挙げる。
     
 筆者は、16〜19世紀の重商資本主義、19世紀の植民地資本主義、20世紀の国家管理資本主義、現代の金融資本主義がどういった経緯で生まれ、どういう問題を生み出したかを議論する。また資本主義は本質的に反民主主義であり、民主主義は制限され脆弱になる。例えば金融資本主義は政府なき統治の時代を生む。ルールを量産しているのは国家ではなく、中央銀行とグローバルな金融機関だとする。行き着く先がポピュリズムだというのが著者の見立てである。

書籍情報

資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか

ナンシー・フレイザー、江口泰子・訳、ちくま新書、p.320、¥1210

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。