横田英史の読書コーナー
世界インフレの謎
渡辺努、講談社現代新書
2023.2.16 1:47 pm
なぜインフレの波が全世界に押し寄せたのかを、日銀OBの気鋭のマクロ経済学者がわかり易く解説した書。実データに基づく分析はきわめて明快で、経済学に疎い評者にも十分に理解できる。新聞やテレビ、雑誌などのマスメディアの言説に惑わされない上で参考になる。後半部では、海外とは際立って違う日本経済にも言及するが、この部分はなかなか秀抜である。勉強になる。いまの時期、多くの方にお薦めの1冊である。
ウクライナ戦争はインフレの主因ではないと断言する。インフレは2021年にはすでに始まっており、ウクライナ戦争はインフレ率を1.5%ポイント上げたに過ぎない。主犯はパンデミックであり、労働者と消費者の想定外の行動に原因があると指摘する。ウイルスとの闘いで世界中の誰もが同じ行動をとる「ありえない同期」に遭遇して、中央銀行は適切な手を打てなかった。物価と失業の関係が異例の状況になり、中央銀行が政策決定の頼りにする「フィリップス曲線」から逸脱したからである。この「ありえない同期」をもたらしたのは、「情報と恐怖」の世界規模の伝播だった。
例えば、米国のインフレは、労働者が新型コロナ感染を恐れて職場に戻らない「労働力の供給不足」が原因となっている。この供給サイドが原因となるインフレは現在の物価理論の盲点だったという。中央銀行とって「伝家の宝刀」だった「インフレターゲット」を使った政策を無効化する「新しいタイプのインフレ」と語る。
日本では長期間にわたって、消費者や労働者、企業が賃金・物価の上昇を期待しない「社会的規範」が形成された。に長く陥ってきた。この社会的規範が崩れ始めている現在は、インフレの好循環に移行できるかどうかの分岐点にあると分析する。
書籍情報
世界インフレの謎
渡辺努、講談社現代新書、p.264、¥990