横田英史の読書コーナー
新しい国境 新しい地政学
クラウス・ドッズ、町田敦夫・訳、東洋経済新報社
2022.4.25 7:06 pm
地政学が多様化し、対象として考慮すべき範囲が大きく広がっていることが分かる良書。地政学といえば、政治や軍事と地理の関係を論じる学問というイメージが強い。頭に浮かぶのは世界地図で描かれる国境だったりする。しかし、地球温暖化や技術の進歩が地政学に変化をもたらしていると著者は主張する。筆者は英国の地政学者。英国人らしい懐の深さを感じさせる書である。
筆者は、国境はもちろん、深海や宇宙、南極、北極を含めて地政学を論じる。パンデミックによって引き起こされた国境管理や検疫、監視、勾留、ロックダウンといったウイルスナショナリズムの問題についても言及する。地球温暖化による海面上昇や氷河の流出によって、国境や排他的経済水域の根拠自体が揺らぐ事態も地政学的に大きな問題となる。
さらに「政治指導者の個人的な計算、将来の安全保障に関して行う主張、地政学的な利己主義、体制の存続に名を借りたむき出しの野心が前面に打ち出される可能性がある」と懸念する。
本書の議論は具体的で腹落ちする。南極旅行や国境付近での登山、月面着陸を権益拡大につなげようと試みる中国の動きに警鐘を鳴らす。河川の上流を押さえる国による水利権主張や利己的な動きに危機感を募らせる。捜索技術や追跡技術、生体認証技術のイノベーションによって可能になった国境管理「スマートボーダー」の話も興味深い。利便性や「移動の自由」の面では進歩だが、常に監視・追跡されうるデメリットも小さくない。
書籍情報
新しい国境 新しい地政学
クラウス・ドッズ、町田敦夫・訳、東洋経済新報社、p.2860、¥373
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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