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横田英史の読書コーナー

実在とは何か〜量子力学に残された究極の問い〜

アダム・ベッカー、吉田三知世・訳、筑摩書房

2021.12.20  2:59 pm

 量子コンピュータに注目が集まっているが、その仕組みは理解しづらい。説明に使われる「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった現象は物理的なイメージがわきづらく、いくら教科書を読んでも腹落ちしない。サイエンスライターである筆者は、量子力学の科学史的な歩みを丹念な取材で描き出す。登場するのはアインシュタインやボーア、シュレジンガー、ハイゼルベルグ、ファインマン、フォン・ノイマンなど多士済々。彼らの多彩なエピソードを取り上げており、エンターテインメントとしても楽しめる。本書を読んでも量子コンピュータ(量子力学)の原理を理解できるようにならないが、理解できなくても仕方がないことがよく分かる。
      
 筆者は、なぜ量子力学にクリアな説明が存在しないかを、多くの文献や取材に基づき明らかにする。元凶は、量子力学の正統的説明とされる「コペンハーゲン解釈」に対する論争を物理学者たちがタブー視し、曖昧なままで放置し続けたこと。原理は分からないが、数学的に定式化された量子論はうまく機能した。量子力学は半導体開発などにおける計算ツール(シミュレーション・ツール)として実に役立つ。実験と実用性を重んじる米国の物理学会にマッチした。細かいことを四の五の言わず、「黙って計算しろ」という訳である。
        
 ちなみに「コペンハーゲン解釈」自体が摩訶不思議である。たとえば「物質は実在しない」。実在する物から成る我々の日常世界が、どうして「物質は実在しない」という量子的世界で構成されるのだろうか。理解不能である。「巨視的な世界と微視的な世界で物理法則が分かれている」というのも不思議。巨視から微視に切り替わる不連続な領域はどうなっているのだろうか。
       
 さらに、「量子力学は原子や電子、素粒子について何も教えてくれない」という解釈は身も蓋もない。もっともコペンハーゲン解釈に代わる、エヴェレットの「多世界解釈」や「ベルの定理」も摩訶不思議なのには大差がない。量子力学の奥深さを感じさせられる。

書籍情報

実在とは何か〜量子力学に残された究極の問い〜

アダム・ベッカー、吉田三知世・訳、筑摩書房、p.480、¥2750

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。