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横田英史の読書コーナー

スピルオーバー〜ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか〜

デビッド・クアメン、甘糟智子・訳、明石書店

2021.9.5  11:23 am

 大判の上に500ページを超える大著なので一瞬たじろぐが、新型コロナ禍に見舞われるなか、十分に読む価値のあるノンフィクション。著者の卓越した取材力と軽妙な筆致の引き込まれ、長さはさほど感じない。新しい奇妙な病気であれば、「人獣共通感染症」の可能性が高いと断言する。今後も続くと予想されるパンデミックに備える意味でも、お薦めの1冊である。
    
 著者は動物から人間へとウイルスが感染するスピルオーバー(異種間伝播)に焦点を当てる。過去に爆発的に広がったウイルス感染の実態とその原因(宿主と感染経緯)を、執念とも言える熱意でたどる。取り上げるのは、エボラ、SARS、ヘドラ、マラリア、Q熱、ライム病、HIV。ウイルスの保有宿主はコウモリやチンパンジーなどである。筆者は、人間が野生動物を狩猟したり食べたり、開発で生態系を荒らすことによって、異種間伝播が広がっていると警鐘を鳴らす。
    
 出色なのは、筆者のストーリーテラーぶりが遺憾なく発揮されたHIVの起源を探った8章である。丹念な現地取材と分析、一線の研究者への取材、さらに想像力で、1908年のカメルーン南東部がエイズウイルスのグランドゼロと特定する。そして1969年頃に、一人の感染者あるいは血漿の入った1個の容器が米国にHIVをもたらしたと推測する。2012年に出版された書だが、新型コロナのパンデミックを予言する表現がここかしこに登場する。新型コロナに対しては補章(2020年1月28日付ニューヨーク・タイムズの寄稿)で取り上げる。

書籍情報

スピルオーバー〜ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか〜

デビッド・クアメン、甘糟智子・訳、明石書店、p.512、¥4180

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。