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横田英史の読書コーナー

人新世の「資本論」

斎藤 幸平、集英社新書

2021.1.24  2:41 pm

 温暖化、人権、ジェンダーなど人類が抱える多くの問題を解決するための処方箋をマルクスの「資本論」を再解釈することで見出した書。知的興奮をおぼえる良書である。成長が必然的にビルトインされる資本主義の枠組みでは解決は不可能で、脱成長型コミュニズム(ピケティ的には参加型社会主義)が人類を救うと主張する。青臭い部分もあるが、格差やポピュリズム台頭など資本主義の限界が明らかになるなかで、傾聴する価値のある議論を展開している。今の時代に必要な「公正」「正義」を考えさせてくれる。
   
 「資本論」と言われると一瞬たじろぐが、社会科学の書にしては“こなれた”文体で読みやすい。カーボンニュートラルや脱炭素の議論が進むなか一読に値する書である。丸善丸の内本店や東大生協でベストセラーになるのも分かる。
   
 タイトルにある人新世(アントロポシーン)とは、人間の営みが拡大し、活動の痕跡が地層に永続的に残ることに由来する。地質学的な意味で、完新世に次ぐ時代として名付けられた。放送大学に「『人新世』時代の文化人類学」という講座があるが、本書に通じるところがあり、受講されるのも悪くない。
   
 先進国が唱えるカーボンニュートラルや脱炭素は、二酸化炭素の排出を発展途上国(グローバル・サウス)に転嫁・押し付けるだけで本質的な解決にならないと筆者は繰り返し主張する。しかもグローバル・サウス自体が消尽する状態にあり、脱成長の枠組みが不可欠である。水・電力・住居・医療・教育を公益財として位置づけ民主主義的に管理する脱成長型コミュニズムが必要だと説く。筆者が挙げるデトロイトやバルセロナ、コペンハーゲンでの実践例が興味深い。

書籍情報

人新世の「資本論」

斎藤 幸平、集英社新書、p.384、¥1122

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。