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横田英史の読書コーナー

心はこうして創られる〜「即興する脳」の心理学〜

ニック・チェイター、高橋達二・訳、長谷川珈・訳、講談社選書メチエ

2026.3.6  8:31 am

 心には“表面”しかないと論じた書。人間の心の奥底には価値感や信念が存在すると考えるのは幻想で、その場その場で場当たり的に言葉を発しているに過ぎない。深層心理とか内的世界、無意識の思考というのは存在しないと語る。内なる自己(信念や欲望)を表現することによってではなく、即興で言動を作り出すことでその時の課題に対処していると断じる。人間の知性はさまざまな前例を拡大し混ぜ合わせ再設計することで変化に満ちた新しい世界に対処する。知性の秘密は、新しさへの対処のために古いものを再設計する柔軟性と手際の良さにあると分析する。
     
 筆者は数々のユニークな実験を取り上げて議論を展開しており、読者を惹きつけ飽きさせない。脳や心を論じた書としても面白いが、本書の真価は生成AIとの関連である。コンピュータに知的に振る舞わさせたければ、人間が頼っていると思い込んでいる知識や知恵、信念を抽出することではなく、経験から学習する機械を設計する方がはるかに効率的だと語る。
     
 本書が上梓されたのは生成AI登場前の2018年だが、生成AIの仕組みの妥当性を予見する先進性には舌を巻く。生成AIとの関連付けながら読むと、より楽しく読む進むことができるだろう。筆者は「機械が知性を持つのはずっと先」と述べるが、今はどう考えているのか。生成AIに対するコメントを読みたいところだ。ちなみに著者は、この書評で以前取り上げた「言語はこうして生まれる〜「即興する脳」とジェスチャーゲーム 〜」の共著者である。併せて読むのも悪くない。

書籍情報

心はこうして創られる〜「即興する脳」の心理学〜

ニック・チェイター、高橋達二・訳、長谷川珈・訳、講談社選書メチエ、p.336、¥2145

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。