横田英史の読書コーナー
The Nvidia Way エヌビディアの流儀
テイ・キム、千葉敏生・ 訳、ダイヤモンド社
2025.5.22 12:24 pm
AIブームに乗って時価総額世界一にまで上り詰めた米エヌビディアについて、創業以前からの歴史と経営戦略、開発体制などを追ったビジネス書。共同創業者であるCEOのジェンスン・ファンなど、エヌビディア関係者への取材に基づいて内情を紹介する。エヌビディア本は複数出版されているが、内部の関係者への取材がきちんとされている点で本書が勝っている。取材先はエヌビディア内部と外部をあわせて100人ほどという。技術面への言及は通り一遍だが、エヌビディア興隆の要因を知る第一歩として本書を選ぶのは悪くない。
エヌビディアの社風は、週末のフルタイム労働や長時間残業、「光の速さで働け」などモーレツである。TSMCと共通する部分も多い。ジェンスンCEOは、「廃業30日前」と社員の危機感を煽り、公開の場での叱責で社員を鼓舞する。組織はフラットで、3チームが並行して製品開発を進める。パソコンメーカーの製品サイクルに合わせ、パイプライン方式で新製品を投入することで他社の追従を許さない。グラフィックスLSIメーカーはかつて、S3やATI、Matrox、3dfx、NeoMagicなど群雄割拠だったが、いまやエヌビディア一人勝ちの状態である。
筆者が紹介するエヌビディアの評価は「勝てば官軍」である。30年にわたってCEOの地位にあるジェンスン・ファンを手放しで持ち上げる。筆者は経営コンサルタントや株式アナリストなどを経て、ブルーンバーグのコラムニストを務める人物だが、「エヌビディアはイノベーションのジレンマを解決しただけではなく、完全に乗り越えたようだ」とは、さすがに言いすぎだろう。本書が歴史の評価に耐えられるかは微妙だ。
本書を読んで強く感じるのは、「単一障害点」となっているジェンスン・ファンの存在である。ジェンスン・ファン退任後のエヌビディアの先行きには不透明感が漂う。
妙なのはエヌビディアの創業2年目に訪れた経営危機の話。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2024年5月に、「The 84-Year-Old Man Who Saved Nvidia」と題する記事で、エヌビディアの経営危機を救った人物としてセガの副社長だった入交昭一郎氏を取り上げた。この話がすっぽりと抜け落ちている。経営危機を脱したのは、セガとの契約に巧妙な項目を入れたジェンスン・ファンの手柄としている。本書の英語版は2024年12月の出版なので、十分にフォローできたはず。不可解である。
書籍情報
The Nvidia Way エヌビディアの流儀
テイ・キム、千葉敏生・ 訳、ダイヤモンド社、p.464、¥2640