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横田英史の読書コーナー

世界秩序が変わるとき〜新自由主義からのゲームチェンジ〜

齋藤ジン、文春新書

2025.4.30  12:18 pm

 ヘッジファンドなどプロの資産運用者に助言するコンサルタントが、新自由主義崩壊後の世界経済の行方を予想した書。トランプ現象は新自由主義という既存システムに対する信頼の揺らぎと分析する。様々な行動の根底にあった新自由主義の価値観が瓦解し、勝者と敗者がひっくり返るゲームチェンジが起きている。その結果、中国は衰退し、日本は復活すると説く。日本が有利で中国が不利の構図は、以前取り上げた「世界の終わりの地政学」と共通するが、日本に対する分析は本書の方が精緻で信頼性が高いと感じる。
     
 覇権国である米国は、地位を脅かすと見定めた相手国を徹底的に叩き潰す。かつての日本やソ連の衰退がこれを物語る。そして現在の敵は明らかに中国である。高齢化が急速に進む人口動態や習近平の独裁体制のリスク、イノベーションの欠如もあいまって、衰退は必定だと断じる。新自由主義の最大の享受者だった中国が、逆流によって最大の痛みを感じることになる。
     
 日本は新自由主義に乗り遅れたことが奏功し、数十年に一度のチャンスを迎えているという。雇用維持の経営判断が生産性の停滞を招いていたが、バブル期世代が引退の時期を迎え、企業は一気に身軽になる。生産性の低さが逆に伸び代になるし、労働力不足によって賃金が上昇する「ルイスの転換点」を迎えることも追い風となる。新自由主義の時代は名経営者にスポットライトが当たっていたが、これからは「政治家が一番知っている時代」になると語る。この点でも、政治家と産業界が癒着した日本の構造が有利に働くと語る。
     
 ちなみに米国については、トランプ現象を含め、その柔軟性を評価しており、今後も覇権国としての地位は揺るがないと断じる。筆者は日本経済のウォッチャーとして、日本の金融危機などをいち早くレポートにまとめることで、ジョージ・ソロスのヘッジファンドに大きな利益をもたらした人物。具体的な事例を挙げ持論を展開しており説得力に富む。世界政治と経済を俯瞰的な視点で分析した本書には、類書にはない鋭さを感じる。不透明感漂う時代にお薦めの1冊である。

書籍情報

世界秩序が変わるとき〜新自由主義からのゲームチェンジ〜

齋藤ジン、文春新書、p.256、¥1155

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。