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横田英史の読書コーナー

知能とはなにか〜ヒトとAIのあいだ〜

田口善弘、講談社現代新書

2025.3.5 11:50 am

　データサイエンスを専門にする物理学者が、「生成AIの本質は世界シミュレータにあり」と論じた書。脳という臓器が生み出す「人の知能」と生成AIの共通点と相違点を整理し、シンギュラリティの妥当性について論じる。脳は「世界シミュレータ」で周囲の状況を脳内で再現するが、生成AIとは仕組みが全く異なる。チャットGPTは脳のシミュレーションに成功したのではない。チャットGPTの出力結果を受け取った脳が、勝手に「心がある」と誤解したに過ぎないと断じる。
　　　　　
　筆者は、生成AIの延長線上に人類に匹敵する知能と自我を持つAIが誕生することはないことを明らかにする。生成AIと人類のもつ知能は似て非なるもので、今の生成AIと大規模言語モデル（LLM）を見て「いずれ自我や意識が生まれる」と騒ぐのは危険だと言い切る。
　　　　　
　筆者は機械学習などを用いてバイオインフォマティクス（生命情報学）の研究者で、非線形物理学の研究に携わる。筆者の目からは、生成AIを巡る今回の騒動は「いつか見た風景」だという。生成AIのアーキテクチャは、非線形物理学者がかつて盛んに研究した「非線形非均衡多自由度系」そのものだとする。20世紀末に十分な処理性能をもつコンピュータが存在すれば、物理学者が生成AIにたどり着いたかもしれないと悔しがる。
　　　　　
　本書は新書らしく、冬の時代を含むAIの歴史を簡単に振り返るとともに、知能とはなにか、脳とはなにかから書き起こす。生成AIの数々の謎についても率直に語っており、気楽に読める啓蒙書に仕上がっている。物理学者の視点からみた生成AI論として面白く、一読に値する。

書籍情報

知能とはなにか〜ヒトとAIのあいだ〜

田口善弘、講談社現代新書、p.208、¥1012

横田英史（yokota@et-lab.biz）

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル（現日経BP社）に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT（現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、日経BP総合研究所グリーンテックラボ主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会（JASA）理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

＊本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。