第12回 知的財産活動の広がり

21世紀は、知的財産権の活用を考慮すると、知的財産権の所有権としての性格が使用権的な性格へ変わっていくと言われています。つまり、所有から使用への変化が生じている様です。
経営の実態がバランスシートに載る経営から、キャッシュフローという時価による経営となると、オフバランス資産としての知的財産の価値が更に大きく評価されてくるでしょう。
様々な広がりをもって知的財産が前面に出てきそうですが、その課題もあります。

1)グローバリゼイション

(1)貿易と知財の流通

知的財産は人種を選ばず、地理的な制約を持たないので、どこでも移動が可能です。特許制度では、当初から世界統一条約の可能性があるのはそのためです。WIPO(世界知的所有権機関)では、各国ごとに違う制度の調和を目指して特許ハーモナイゼーション条約の検討が行われています。

そして、知的財産がますます経済活動、グローバルに言うなら貿易収支とますますリンクしていきます。1994年、多角的貿易交渉の実行母体WTO(世界貿易機関)が設立され、TRIPs(知的財産の貿易関連側面に関する)協定が生まれたのですが、経済的な連携を深めつつ、こうした様々な実務的な協定が各国の法制を調整していき、いずれは、世界統一条約が発効する日がくるでしょう。

(2)南北問題

一方で、問題も拡散します。特許権は独占権ですから、権利者の許諾を得ない限り実施できません。しかし、実施もせずに他人にも使わせないのであれば問題です。それは一国内ばかりではなく、富める国と貧しい国とではどうでしょう。昨今のようにグローバルに権利化が進むと、問題が出てきます。一昨年、薬が買えない貧しい国々がエイズ薬の特許権を無視する動きがあり、問題となりました。知的財産権制度が富める国を更に富ませ、貧しい国を更に貧しくする様に作用するとしたら、南北問題はいつまでも解決しないことになります。酸性雨などの環境問題も一国で対処できません。公益の概念もグローバル化が進むと、世界的規模で考えないといけないようになっているのです。

2)最後に当たって

本連載の最後に当たり、初心に返って、知的財産活動の在りようについて考えてみましょう。
何故何故を繰り返して理由を考え、本質に迫る品質管理の手法があります。それを借りて、疑問符を付けてスタートします。

(1)何故、知財活動をするのか

企業経営から見た時、知財活動をする意味は、将来の経済的利益が得られるからです。将来に利益が望めないのであれば、知的財産の管理などやる必要性はありません。ただ、経済的利益のカウントの仕方がむずかしく、例えば、クロスライセンスして相手にお金を払わなかった、訴訟で負けなくて(和解や防衛成功)、あるいは勝って(金が取れない場合もありますので)事業を守ったといった消極的な結果をどう評価するかによって、この経済的利益の内容が異なることになります。

もうすこし、具体的に考えると、
知財活動の具体的な意義として、ハイリスクな技術開発費用のリターンとしての位置付けがあります。勿論、技術的成果を製品とし、それで利益を上げることは勿論ですが、開発によって生じる利益を最大にするために、知財権を確保するということもあるはずです。このように考えると、出願活動は必須ですし、技術成果の何をどう出願して、どう守って行き、如何に経済的利益を最大化するかが問われます。したがって、投資回収の計算をするように、計画的な出願が必要です。ですから、知的財産活動は技術開発活動とリンクして行わねばなりません。

よく、出願でノルマがいわれますが、出願だけが取り出されることの方が異常なのではないでしょうか。知財関係者の間では、千三つという言葉があり、1000件出願して、3つ有効であれば良いということを言うのです。これが妥当であると思われるほど、出願数に対して有効な権利数の数が少ないということです。0.3%といえば、確率的に偶然に生じる現象であっても不思議は有りません。それを改善するとしたら、目的を持った計画的な出願がその一つの有効な対策です。

(2)技術開発と知的財産の関係

<1>技術活動は知財活動

知財活動は、本来知財部員の為で無く、ビジネスを担うあなた方のものなのです。極論すれば、デイリーの技術活動が、実は知財活動なのだと言うことを第1回で強調しました。そして、総べての活動を通じて、知的財産を活用してビジネスを行い、ビジネスに活かす、これが知的財産管理の基本ともいうべきスタンスです。経済的利益を最大化するために、技術開発活動とその成果を知的財産に換える活動が同時並行して進む、それが本来の在り方ではないでしょうか。そして、職務発明の議論はこうした環境下で考えるべきものといえないでしょうか。

<2>特許権の質

特許権として権利の質というのはどういうものなのでしょうか。実はこの特許権にまつわる質については、2つのファクターがあります。即ち、

《1》 権利書としての明細書の質
《2》 皆が実施する、したくなる発明の質

《1》は知財部ないし特許事務所の力に大きく依存しますので、ここはプロの腕を借りましょう。
ところが、《2》は技術部や開発部にいる発明者であるあなたの力量に大きく依存するのです。
ですから、日常の業務では、この発明の質を問うべきです。

すばらしい発明で、これが実現すれば世の中がひっくり返るという発明もあるでしょうが、
その実現が10年も、20年も先であれば、経済的には苦しいものになります。

発明ばかりでは有りません。知的財産としての応用発明、ノウハウなど総べての知的財産で事業を育てる工夫が必要となります。あなたは必ず、どこかで貢献できるはずです。

ぜひ、世に問うてすばらしいといわれる知的財産が創生されますよう、祈念してこの連載を終ります。
ご愛読いただいてありがとうございました。

バックナンバー

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

>> 第6回 発明者の権利と実施権等

>> 第7回 知的財産権の活用

>> 第8回 裁判制度と仲裁等

 

>> 第9回 新しい分野の知的財産権

 

>> 第10回 商標・商号、意匠

 

>> 第11回 ノウハウの保護

   

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp