第6回 発明者の権利と実施権等

1)発明者の権利

(1)職務発明の扱い
特許になる前の権利は「特許を受ける権利」といいます。この権利の原始的取得者は自然人たる発明者に限ります。ですから発明者が出願人となってもおかしくありません。ところが就業規則を作り、その中に会社に職務発明は譲渡する旨の規定を設ける会社が多くあります。特許法の目的は、産業の振興発展ですから、会社内で行われた発明の取扱いは大きな課題です。昭和34年に施行された特許法によれば、35条に「職務発明」と条項を設けて規定しています。

(2)改正の動き
現在、この35条をめぐって法改正の動きがあり、ほぼ固まったようです。改正案によると企業と社員は労働協約などに基づいた合理的な契約を交わし、発明の報酬を双方の合意で取極めることを原則とするとのことです。来年春には国会に改正案が上程され、2005年の施行が予定されています。

職務発明については、様々な議論がありますので、今回の改正案の是非を含めて興味のある方はチェックしてみてください。主な関連サイトを上げておきますが、検索サイトで探せば、沢山ヒットしますので、資料収集には困らないでしょう。

*我国における職務発明制度 (特許庁
*発明は発明者のものか、会社のものか? (発明協会)
*従業員の発明に対する処遇 (日本労働研究機構

この規定は、労働法的な内容を含んでおり、それが議論に拍車を掛けています。特に「相当の対価」の解釈をめぐって、企業と従業員の関係が先鋭化します。職務発明をめぐる多くの裁判も、この部分を争う例が多いのですが、最終的には、裁判で事例に合せて判断をしてもらうことになります。
ここでは、個々の裁判例には触れず、どう考えるべきかという点について個人的見解を説明します。

裁判においては、従来の慣行がどうであったかは比較的大きな比重を持って判断の基準となります。ですから、建前がこうだから、こうだという言い方は認められないと言えます。

職務発明について言えば、もともと日本では職務を明確にしていない労働慣行がありましたので、どうしても解釈に幅が出てしまうのです。

欧米では、個別に技術者と契約する例が多いと聞いていますが、それも研究開発職がその対象であり、一般の技術者まで発明すること自体が職務と期待されていないと考えられます。

こうした労働慣行の元では、企業と個人の関係は自由意思による契約でよく、35条のような規定は不要ですが、日本の労働慣行はそうではありません。ですから、35条を廃止というのは極端に過ぎるでしょう。かといってそのままと言うのも実情を反映していません。

特許制度があり、職務発明の制度を作った趣旨を考えてみなければなりませんが、どうも何の為に・・という目的意識を持たないまま議論が進行しているように見えます。

この35条をめぐる議論で欠けているのは、発明者に対する尊敬の念ではないでしょうか。お金だけが、対価というのは何か偏っていると思います。知的財産を大切にする風土があって初めて、「相当の対価」の議論があるべきと思うのですが如何でしょうか。

発明を実施して事業化するには沢山の技術者の協力が必要です。その協力結果が国を繁栄させる原動力になると考えるなら、夫々の領域における専門職として有能な人に敬意を表する労働慣行が必要でしょう。米国には、高い能力を持つ人達を「フェロー」として優遇する制度がありますが、これに似た新たな労働慣行の確立なしに、改正するにせよしないにせよ職務発明の規定が十分機能することはないでしょう。

(3)真の発明者
会社によっては、社長さんが発明者であることがあります。ほんとに社長さんが発明者であれば、何も問題がありません。しかし、社長さんは発明者達の代表者で出願人であっても、実際の発明者でなく、不当に取り上げたとしたら問題があります。こうしたことを「冒認」といい、権利化されても、無効審判で訴えられ、認められると「冒認出願」として権利は無効になります。この場合、発明者が代わって権利者になれると良いのですが、現行規定はそうなっておらず、権利が無効になってしまうだけです。

2)実施権

(1)専用実施権と通常実施権
発明者が権利を取った時、その知的財産権を活用する場合には、大きく2つ方法があります。

一つは、特許権を他人に譲渡してしまうことです。この場合には、権利者としての権能がほとんど手元に残りません。もちろん手放すに当たってそれ相応の対価を要求することになるのですが。
もう一つは、特許権を自分の手元においておき、実施権を許諾する(ライセンスする)ことです。

ライセンスするに当たって、日本の特許法は、大きく分けて専用実施権と通常実施権を規定しています。特許権者は、総ての権能(使用収益処分)を有しますが、実施権者を設けることにより、制約を受ける場合があります。専用実施権を設定してしまうと、権利内容は実施権者に行ってしまい空洞化してしまいます。通常実施権を設定した場合には、特に影響を受けず、自身の実施もできますし、相手も実施できます。また、時間的、地域的な制限付きとして、多数の権利を認めることもできます。

(2)実施権の性格
特許法による専用実施権と米国の置けるExclusive Licenseとは違う内容のものです。紛らわしいので注意が必要です。米国では、通常実施権としてLISENCEがあり、それにいろいろ付帯事項が付いて独占的であったり、単なる実施を許可されたものであったりします。また共有者の権限についても日本とは異なった枠組みがありますので、特に外国法人と契約する時は、こうした権利の違いを調べて承知しておかないと不利な目にあうことが在ります。

3)共有関係

権利関係の中でも、注意すべきは共有にかかわる場合です。多くは共同開発時に発生する発明に対して、共同開発者が共有して権利を持つ様に共同出願するケースが多いかと思われます。両者の貢献度合いを勘案して折半でなく、持分を按分することもできます。

共有にしたのですから、自分自身が実施する場合は特に弊害は生じませんが、仮に金に困って、この権利を処分しようとしても相手方の承諾が必要になります。また、自身が他社にライセンスを与えて、やらせることについても相手方の承諾が必要です。

共有特許はその使用収益処分において制約の多い権利ですから、分野などで場合分けをしておき、各々が単独の権利にできるような検討をしておくことも含めて、権利取得については共同開発時の共同研究契約時に十分注意しましょう。

4)権利間の関係

(1)利用・抵触関係
自分の権利が取れたとしても、他人の権利も尊重しなければなりません。他の特許権との関係で問題となるのが、この利用・抵触関係です。簡単に言えば、抵触とは、一部分ないし全部が相手の権利範囲とオーバラップしている状態を想像してください。権利は独占権であるので、権利の併存は本来許されないのですが、例えば、発明と考案との間では、技術的思想として共通性がありますので、そうなります。知的財産として質の異なる意匠や商標についても、権利としては成立しますが、実施できません。

例として、この業界のバイブルとも言うべき工業所有権法逐条解説には、次の例が載っています。
タイヤの磨耗を減らす特殊な凹凸についての特許権があるとして、それの美的効果を考えて、意匠権でその模様が権利として成立し得ます。一般的には、特許権の権利範囲が広いですから、その意匠権にかかわる内容を実施すれば、権利侵害となって実施できません。商標でも、立体商標が認められていますので、同じようなことが起こり得ます。

発明同士でいえば、発明の技術的範囲と特許としての権利範囲とはどういう関係にあるのかが問われます。請求項の解釈は、明細書の詳細な説明などの記載を考慮して用語の意義を解釈することになっていますから、説明に意を尽くさないと自分の意図に反し、解釈で狭く捉えられてしまったり、あるいは広く解釈されて拒絶理由や無効理由が解消しない場合を生じますから、注意して下さい。

利用は、自分の発明を実施しようとすると、相手の権利範囲を実施せざるを得なくなる状態をいいます。例えば、方法の発明について権利を持っているが、相手は、その方法で作った物質の発明について権利を持っているとすると、方法の発明を実施すると、それは相手の権利を侵害することになります。

権利は発生するが、実施が侵害になるというのはちょっとなじめないかもしれませんが、発明のカテゴリや質が違うのですから権利は複数発生してもおかしくありません。ですから、権利を取る場合、どう取ったら良いかと言うことを考えないといけないと言うことです。

(2)自社の権利を活かす
上記の例でいえば、相手が物質特許を持っており、それを使いたい場合、自分には安く作る方法の特許があれば、クロスライセンス交渉をすることができるでしょう。こうしたことは法律事項では有りませんが、権利間の関係を考える上で重要です。

何をどの様に権利化するのか、他人に取られていたらどうするのか、これは技術の課題であると同時に自社の立場を如何にして強化するのか事業経営に深く係わる課題でもあります。このように、相手の特許と相殺するクロスライセンス契約を結ぶべきか、あるいは業務提携してお互いの権利をプールしてデファクトを目指すのか、場合によっては、企業買収も考慮に入れる必要があります。米国では、ベンチャのもつ技術や特許を会社ごと買収し、傘下に納める例も多くあります。急激に成長を遂げたCiscoなどはその典型的な例です。

バックナンバー 

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp