第11回 ノウハウの保護

1)ノウハウの重要性

(1)ノウハウの実態

特許をライセンスしたとき、相手方に技術力があり、自主開発する力があれば、明細書の内容をトレースして実施できます。しかし、そうでない場合や実施はできても経済的に見合うレベルに達しない場合があります。公開された明細書には、歩留向上のような経済的なファクターや品質管理的な内容まで含まれていないのが通常です。こうして特許ばかりでなく、発明を効果的に実施するために必要なノウハウも知的財産として大いに価値があります。ライセンスする内容として、特許実施契約の他に、ノウハウ契約を交わして実施に際しての現実的な歩留まり実現を約束することも行われています。当然ですが、実施契約単体よりもノウハウ契約を付加した方が契約額が大きくなります。知財収支という場合には、こうした特許契約による収入以外にノウハウ契約による収入もあるはずです。

特許の価値を算定する時に、該当特許をサポートするノウハウがあるかどうかで、判断してしまう方法もあるくらいです。ペーパー特許で稼げる案件の数は多くはありません。

公開して取る特許権に対して、秘匿して秘密に管理していくことに意味のあるノウハウ、権利化しにくく、管理の難しいノウハウをどのように管理し、保全していくにはどうしたらよいのかを考えねばなりません。

(2)どのように管理するか

上記のノウハウを含め、ビジネス上有益な情報を一般的には営業秘密といわれます。例えば、技術の内容を明確にして保存するため、文章と図面或は写真によりその技術内容を説明した技術説明書を作成し、これを秘密資料として管理することが考えられます。実施できる程度に詳しくないと効果がないでしょう。

これらをどの様にして使うのかというと、一つは先使用の主張資料とすることが挙げられます。また、ノウハウとして使用契約を結ぶことにも、こうした資料は役に立ちます。
こうした「営業秘密」とは、経営・営業ノウハウを含み、何も技術的な内容に限定されませんが、以下の要件を満たすものとされます(不正競争防止法2条4項)。

<1>秘匿性:秘密として管理されていること
<2>有用性:技術上または営業上の有用性がある情報であること
<3>非公知性:公知でないこと

米国では、特許のほか、営業秘密が知財として確立していますが、日本では、まだこれからという状態ですから、様々な実務上の課題があります。

よく裁判で争点となったのは、「秘匿性」です。例えば、管理規程を設け、書類に「部外秘」と記載するなど、扱う者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしておいたり、特定の場所に保管しているものが営業秘密であることを明確にしていることが必要ですが、実態はそうなっていない。

それでは、秘匿して秘密に管理していくのですから、誰かが持ち出したりして自分の権利が侵害された場合、どのように対抗するのでしょうか。これは、登録を必須としない著作権の管理にも似た側面があります。とにもかくにも、秘密に管理していることを示す証拠として文書管理は必須ですが、デジタルコンテンツとして、電子化された内容であれば、いとも簡単にコピーや改変が可能ですから、文書管理だけでは十分には保護できなくなりつつあります。
H15年1月、産業経済省は管理指針を出しました。

2)半導体IPコア

設計者のリソースが絶対的に不足すると騒がれてから久しいですが、特に深刻な状態となっているようには見えません。しかし、依然として設計人口より製品の寿命短縮、製品規模の増大が進んでおり、改善が進んでいるとは言えません。やはり設計データの再利用を進めることがその大きな解決策と言えそうです。製品の設計資産として考えられるのは、半導体IPコアといった設計にかかわるノウハウです。

こうした設計資産をどの様に守るのかについて、既存のインフラを考えてみると、特許権、著作権、不正競争防止法、私的契約、回路配置利用権等多岐にわかっており、よくみえないばかりか何も法的な手当てがされていない分野もあります。特に設計データは野放し状態の代表格です。

設計資産の対象をどの様に定義、特定するのかについては、議論がありましたが、最近ではVirtual Socket Interface Alliance (VSIA)などの業界団体がデータの標準化を提唱しています。VSIAによれば、それは「デリバラブルズ」として所定のデータをまとめておき、それを相手側に提供することで、ノウハウのトランスファーができるようにしています。日本ではIPTCが頑張っています。
設計だけを行い、自ら工場を持たないファブレスと称する企業群がどんどん輩出する事態は今後も大きく進展すると思われます。また、今までの垂直統合型の企業であっても、ハード製品を売るのは勿論、 自身で設計して応用製品を作りたいというニーズにも対応して、設計ノウハウを売って収益を得るという方策も今後は注目されるようになるでしょう。

3)標準化と独占権

(1)標準化

標準化については、2つのやり方があります。予め業界団体で協議し取極めて規格(デジュールスタンダード)を公表する場合と皆が使った結果、マーケットで自然にシェアが増えていって標準とみなされる場合があります。例えば、マイクロソフトのウインドウズのように、パソコンソフトとして大量に使用されるようになると、誰もが使わざるを得なくなります。これを事実上の標準(デファクトスタンダード)といいます。同じようにある特許が業界のデファクトスタンダード(事実上の標準)の内容となれば、得られる利益は莫大なものとなります。こうなれば、特許権の存在がなくとも十分利益を上げることができます。一方で、アップルの様に、技術的にはオープンにしていない会社もあります。

(2)特許フリー

標準化に必要な特許をオープンにしてフリーにしてしまう場合と、使用許諾しない特許は排除するが、使用を認めればそのコストに関しては中立的な立場を取る場合もあります。これは、団体の方針によって異なるので、加盟する時に確認すべきポイントです。
こうした標準化で仮に特許権の行使を放棄して特許フリーとしても、そこに沢山のノウハウが詰まっていると、他社に比較して有利にビジネス展開ができるはずです。仲間つくりに失敗すれば、孤立してしまいます。ビジネスとしての技術の広がりをどの様に経営判断するのか、経営戦略が問われる場面が出てくるでしょう。

特許を取る側からすれば、こうしたデファクトスタンダードになれるような優秀な発明をすべきですし、それを標準とする活動も必要です。しかし、これが行き過ぎると、マイクロソフトであったように、デファクトであっても独占禁止法に触れるとされます。

(3)ベンチャー企業の台頭

これまでは、製造から販売まで一つの会社がおこなう、いわゆる垂直統合されたビジネス形態が主流でしたが、投資規模の増大に伴なうリスクの増大や設計はできるが、製造まではやれないといった設計会社(ファブレス)に対して、製造を請け負う会社が出てきました。

半導体製造では、ウエハー工程を請け負うファンダリ、組立やテスト工程を請け負うサブコン、そして基板実装から、セット組立まで請け負うEMSが躍進しています。半導体分野でいえば、TSMCやUMCの名前を知らない人はいないでしょう。そして、Amkor Technologiesといった組立関係の巨人やEMSのソレクトロンなど、こうした企業群が半導体関連分野で過半を制し、メジャーになる日もそう遠くありません。

また、大企業はこれまで、多くの製造会社間でクロスライセンスしてきましたが、製造部門を持たないこうしたベンチャーとでは、それができません。知的財産権の扱いばかりでなく、その内容も変えざるを得ない状況が生じているのです。

バックナンバー

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

>> 第6回 発明者の権利と実施権等

>> 第7回 知的財産権の活用

>> 第8回 裁判制度と仲裁等

 

>> 第9回 新しい分野の知的財産権

 

>> 第10回 商標・商号、意匠

   

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp