第7回 知的財産権の活用

1)知的財産の管理

(1)財産から資産へ

前回の最後に説明した様に、知的財産権を活用しようと考えるなら、保有している特許権の内容をよく管理することが必要です。維持費も件数があれば、ばかになりません。いらない権利は、資産管理上不良資産ですから、処分が必要です。財産と言うより経理上の言葉である資産という考え方で捉えるべき時代になっていきます。

このように考えると、権利を活用するのに総てが自前の特許でなければならないことはありません。他に有用な特許技術があれば、権利を購入したり、会社ごと買収したりして、自らの権利を強化することが必要になります。また、特許のような権利がなくとも、製造ノウハウを蓄積し、事業を運営することもできます。ノウハウといっても馬鹿にしてはいけません。IBMでは、およそ2000億円の知的財産収入があるそうですが、その過半数は特許以外での収入なのだそうです。IBMでは、事業遂行に必要な商品・技術分野毎の特許(群)を対象に、知的財産としての明確な分析・評価を行い、事業リスクを最小化し、利益を最大にする体系的な知的財産活動を行う、Patent Portfolio Managerがいるそうです。

GEやGMといった、かっての大手製造業者は、現在その姿を変えています。GEはGEキャピタルを有し、コアコンピタンス事業と位置付けており、収益の7割を金融事業で稼いでいるのが実体です。もう製造業とは言えません。GMもGMACというノンバンクを保有しており、ソフト化へ驀進しています。

事業として製造業を営み、かつその製造に掛かる特許をライセンスすることに関しては、明確な企業戦略が必要です。GEやGMがその知的財産を資産運用するという背景には、彼らの事業が製造業から知識産業へと変化していったことと無縁ではありません。

(2)知的財産権の価値判断

それでは、知的財産の価値をどのように算定したら良いのでしょうか。特許の経済的価値を判断する基準について、これまで様々な基準が採用されてきました。総コストを価値とみなす原価法、取引事例比較法、どれほどの収益が見こめるかで判断する収益還元法などがあります。しかし、どれも主観的判断が入らざるを得ず、標準的とまでは行かない状況でした。

最近では、特許権の性格が先物のコールオプションに似ているところから、まるで株価の日経平均ように価値を推定する評価法を企業に採用してもらう会社(pl-x;ピーエルエックス)が登場しています。

企業の動きが激しく合併や買収が頻繁に起きていますが、その譲渡価格の妥当性を見るために、取得した知的財産などの無形資産の時価が問われています。米国の、企業会計では、M&A部分では無形資産の評価を簿価から時価評価するように統一されました。また、国際会計基準審議会(IASB)は、企業が自ら生み出した無形資産を時価で評価することを取り決めたとのことです。この動向をみていると、知的財産と言う静的な言葉から、知的資産という動的な言葉が出てきてもおかしくありません。いずれ、総ての資産を時価で計り、将来利益を生む資産とそうでない資産が会計上必要とされ、経営そのものに大きな影響を与えていくことになるはずです。人的資源しかない日本で、製造業を中心に考えてみても、ソフト中心で考えてみても知的財産の重要性をいくら強調しても足りないくらいだと思えます。

2)ライセンス契約

特許権は財産権ですから、権利を移転することが出来ますし、実施権を設定して他人に利用させることも出来ることは説明しました。権利のライセンスや売買は通常の商取引ですから、原則としてどのような契約も出来ます。

ライセンス契約で注意する点は、契約期間の設定とその効力範囲です。そして、実行せねば、損になるとした内容にすべきです。例えば、権利化以前の知的財産であれば、仮に権利化できなかった場合や、権利の無効を争うことを制限する規定が交渉テーブルに載るでしょう。こうした内容はお互いの力関係によって決まるのが通常ですが、仮に何かトラブルがあっても、損を最小にするように規定すべきです。

契約期間としてはライフ契約の権利期間総てとタームと称する時限があります。前者の方が費用は高いですが、後の知的財産価値の上昇による支払い増を防ぐことができます。また、タームでは契約当初の費用は掛かりませんが、後に知的財産価値が上がってくると更新時に契約金がつりあがったり、契約更新できない場合を生じます。効力範囲として、地域限定、分野限定がよく知られていますが、こうした条件は、対象の内容と自己の事業展開を考慮して決めます。

3)ライセンスビジネス

産業が爛熟ないし、産業規模がふくらんでくると、沢山の権利が存在し、一つの特許だけで総てがカバーできなくなってきます。かって、各社が自社の特許を持って集まり、それでパテントプールを作り、行使するのは独禁法に反すると言われた時代がありました。米国もプロパテント政策以前にはそうでした。最近は、パテントプールの一形態と考えられるライセンス供与のビジネスが現れました。

MP3のライセンス会社は、その典型例です。ライセンス会社が窓口となり、そこに行けばMP3に関するライセンス契約ができるというものです。司法省のお墨付きを得ているとのことです。閉鎖的なライセンス団体は依然として独禁法の対象なのでしょうが、こうしたオープンな形態であれば、利用者が便宜を得るからでしょう。権利の活用面で非常に興味ある動きです。

4)知的財産権の活用

(1)権利侵害と訴えられた場合

相手から警告書が送られてくるはずです。内容をみて、まず当方の状況を確認してみてください。その事実があっても、出訴期間があり、時間が経過していたら訴えることはできないからです。例えば、日本では、損害賠償請求の出訴期間は、3年です。

最近では、自分が発注したある部分に特許権があり、それで訴えられる事例も多いと聞いています。米国では、ある部品がその製品の本質的な機能を担っていたとき、賠償額として、その部品の価格ではなく、その装置の価格で請求が認められる場合があります。当然ですが、部品よりそれを組み込んだ装置の方が高い訳で、汎用品なら交換できますが、専用的部品であれば、そうもいかず、踏んだりけったりとなります。

訴えられるのは、製造を依頼した当事者ですから、そうしたときに責任をどのように分担するか、売買契約でうたうことが行われています。

このように、サブコンやEMSは、請負に徹することで、知的財産権の網の目を逃れることが可能です。請負では、発注主の責任で仕事が行われ、言わば下請けとして賃仕事を請け負うことができるからです。

相手が直接的に実施している場合を直接侵害といい、相手が実施していなくとも直接侵害を引き起こす態様であればそれを間接侵害として規制の対象にしています。しかし、日本の現行規定は適用範囲が狭く、なかなか発動されません。権利と実施が分離した形態に法律が追いついていないのが実情です。これも、昨年4月の改正にはこうした間接侵害の強化も盛り込まれました。

(2)権利侵害された場合

上記の反対の場合、裁判を起こす前にやるべきこととして、最初に警告を発して、ライセンス供与などの交渉を開始すべきです。裁判は費用も時間も掛かるので、当事者間で和解が出来ればそれで十分な場合があります。和解は、お互いに守秘義務を課して話し合う場合が多く、その内容が公にされることはほとんどありません。交渉が終った後に、事実が報道されることが多いのが実情です。

賠償額の決定では、単独で決まることも勿論多いのですが、カウンターと称して相手側の違った侵害事実を持ってきて、それを交渉のテーブルにもってきて額の相殺を図ることがよく行われます。権利関係が錯綜しているとこうしたことがおきがちで、クロスライセンスすることでお互いの手間を省くこの対応に価値が出てきます。ですから、権利侵害されたといきり立ち、権利行使する前に、カウンターパンチを食らわないように競業関係を下調べしておくことも重要です。

今後は、ファブレスなどの生産機能を持たない会社が増えてくると、知的財産による支配が大きな影響力を持つようになり、企業形態が問われる様になるでしょう。

5)他人の力を利用する

(1)助成制度

特許を出したいとしても、費用がでないとか、研究開発費用が出ないといった場合、公的な助成制度を利用することを考えてみてください。国や多くの自治体でそうした助成制度をもっています。解説本も幾つか出版されるほどですから、身近な自治体のHPや公報をチェックしてみてください。

制限がきつい、申請の手間暇が掛かるとの批判もありますが、返す必要のないものもありますから、そこは費用対効果で見てみましょう。

(2)大学や公的研究機関の知的財産を利用する

最近の産官学連携にはモデルがあります。米国はそうした活動をほぼ10年前からスタートしており、大学が大きな力を持ってライセンスビジネスをしています。先の鉛フリーなどはその良い例です。大学が独立行政法人となることが決まっていますので、知的財産に関してももっと自由に取り扱うことができます。国立の研究機関は既にそうなっており、国有特許を利用することはメリットがあります。

テーマによっては、利用できるものがあるかも知れません。独立行政法人となった産業綜合研究所(産総研)では、積極的に活用の機会を作ろうとしています。自社の事業と関係する旧国立系の研究機関でやっていることがわかっているなら、チェックする価値はあるでしょう。こうした研究機関のライセンスフィーは比較的低く、自社の技術ドメインに対する目利きに自信があれば、先物買いの価値はあります。

(3)斡旋会社

特許権などの売買に当たって、対象物件を扱うデータベースが存在します。2002年3月末までは日本テクノマートがやっていましたが、現在は、同じく特許庁の外郭団体(財団法人)日本特許情報機構(JAPIO)が引き継いでいます。この他に技術取引の仲介斡旋は、(財)日本立地センターが引き継いでいます。ここでは、企業、大学、研究機関等が保有しているライセンスしても良い特許情報を無料で提供しています。また、ライセンス情報のみならず、企業のニーズ情報も登録・検索できます。DB登録には会員になる必要がありますが、特許流通アドバイザーという方が都道府県にいますので、興味のある方はコンタクトしてみると良いでしょう。技術の売込みなどアドバイザーの人脈を通じて、個別の相談に乗ってくれることがあります。このアドバイザー派遣業務は(社)発明協会に引き継がれました。その他にも、知的財産を仲介する業者が数社あります。

国内よりも、外国の方がこうしたことは進んでいます。仲介する業者も多いですが、特徴的なのが、マーケットプレイス形式とでもいうのでしょうか、DBを会員に公開し、情報提供することをメインとする活動が活発です。Plx.com、yet2.comなどが比較的有名です。

バックナンバー 

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

>> 第6回 発明者の権利と実施権等

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp