組込みシステム業界では、ここ数年、システムの大規模化や複雑化、機能安全、開発コスト削減、アジア圏を中心に拡大するグローバル市場への対応などに追われてきました。
その結果、海外企業へのアウトソーシングや開発拠点の海外移転、新しい開発手法とツールの導入などが進展してきました。そこにAndroidが登場したことで、従来からの業界の構造や勢力地図がさらに大きく変化しつつあります。EISでは、これらの状況を「組込み開発新時代」と捕え、組込み開発関連企業の事業責任者に今後の対応やビジネス戦略をうかがいます。また、このシリーズを通じて新しい会社や隠れた有望企業などを紹介したいと思います。


第4回
ARM Cortex-MコアMCU向けに最小フットプリントの
高性能RTOSとミドルウェアを提供します。
〜新事務所に移転してさらなる躍進を目指す〜

イー・フォース株式会社
代表取締役 与曽井陽一さん


─貴社の沿革と概況を教えてください。

2006年に他社が手掛けていない、これまでにない組込み向けの自社製品を開発すべく起業しました。当時、日本ではルネサスのSHマイコン、μITRONが全盛だった印象がありましたが、ARMコアのMCUが主流になる時代が来るという予感もあって、創業当初からARMコアMCU対応したReal-Time OS(RTOS)の開発を目指しました。とは言っても、いきなり開発費を準備できていた訳ではなく、創業時はまず受託開発からスタートしました。当社で最初に開発に着手したのがARM9コアをターゲットしたRTOSで、μITRON4.0スタンダード・プロファイルに準拠した、μC3(マイクロ・シーキューブ)/Standardを、2007年9月から発売することができました。次に、ARMからCortex-M3コアが発表されたのを機にμC3をMCU内蔵のメモリのみで動作可能にしたμC3/Compactを2008年4月に他社に先駆けて発売開始しました。その後、半導体ベンダー各社からCortex-M3を内蔵したMCUが次々に発表されたことから、当社のRTOSを採用するお客様が非常に多くなり、お蔭様で業務が軌道に乗りました。その後はμC3/Compact 上で動作するTCP/IPのスタック、IPV6スタックなどのミドルウェア製品群も開発しました。現在、まだ総勢10名ほどの小規模な企業ですが、パートナー各社さんからの暖かいご支援もあって業務を拡大しており、本年3月末に新事務所へ移転することができました。


新事務所はこんな様子

─貴社の主力製品である、μC3/Compactの特長を教えてください。

μC3/CompactはμC3/Standardから一部の拡張機能を取り除いてMCUの内蔵メモリのみで動作できるように最適化した製品で、STマイクロエレクトロニクス、テキサス・インスツルメンツ、富士通セミコンダクター、東芝、NXPセミコンダクターズなどの各社から発売されているCortex-M3コアのMCUをサポートしており、Cortex-M4を内蔵したFreescale社のMCU、Kinetis シリーズもサポートしています。μC3/CompactとμC3/Standardの機能の違いは下図を参照してください。

μC3/Compactの最大の特長は、最小のフットプリントで実装できるコンパクト・サイズのRTOSである点です。μC3/Compactは8Kbyteの内蔵メモリがあれば動作します。
以前は、USBやファイル・システムなどの市販のミドルウェアを使用するときに、CPUの外部に専用のコントローラや大容量のメモリを接続する必要がありました。これに対して最近各社から発売されているARM Cortex-Mコア採用のMCUには大容量のFlashメモリ、RAMに加えて、イーサネット、USBコントローラ、SDカード・インタフェースなど、豊富な周辺機能も内蔵されています。当社は、これらのMCU上で動作するように最適化したμC3/Compact対応のTCP/IPプロトコル・スタック(製品名:μNet3)などのミドルウェア群も提供しており、パートナー社のUSB、ファイル・システムなどと併せて、これらをARM Cortex-MコアのMCUに内蔵されたメモリ上で動作させることができます。これにより、従来の汎用MPUに外付けのメモリと専用ICを接続して汎用のミドルウェアを使用する構成に比較すると、システム・コストを大幅に削減できます。


システム・コストを大幅に削減

μC3/Compactは今後発売される新しい ARMコアのMCU製品にも順次対応してゆく予定です。

μC3/Compactのもうひとつ大きな特長は、付属しているツール、μC3/Configuratorを使用することによって、これまでRTOSを使用した経験がない設計者でも各種の初期設定をメニュー画面から視覚的に短時間に行うことができ、アプリケーション・ソフトの記述、ビルドそしてデバッグまでの過程にスムーズに進むことができる点です。このツールを活用することによって、これまで8ビット、16ビットのマイコンをOSなしで使用していたユーザーが、32ビットのARMコアMCUにスムーズに移行できた事例が数多くあります。μC3/Configuratorの詳細は、当社のwebサイトで確認できます。

─貴社製品のライセンス形式はどのようになっていますか?

当社では、ロイヤリティなしのプロジェクト・ライセンス方式を採用しています。この方式では、お客様が開発する製品シリーズで同じCPUグループと同じコンパイラを使用するプロジェクトに対して使用許諾が提供され、最終製品の出荷台数に応じた費用は発生しません。ターゲットがCortex-M3コアMCUの場合、μC3/Compactのライセンス費用は、1プロジェクト単位で700,000円となっています。

─μC3/Compactを購入前に評価することは可能ですか?

はい。当社ではμC3/CompactとTCP/IPプロトコル・スタック、μNet3 /Compactを評価できる無償評価版を当社のwebサイトからダウンロードできるようにしており、当社製の評価ボードだけでなく、各MCUベンダーやツール・ベンダーから提供されている評価ボード上で動作させることができます。また、CQ出版社の雑誌に掲載された各種の記事に連動した評価版なども併せて提供しています。

─現在の主な取引先をどんなところでしょうか?

当社の製品は、医療機器、計測器、制御システムなどの産業用電子機器から、ディジタル家電やゲーム機のような民生用電子機器、車載機器などのメーカーさんで多くの採用実績があります。取引自体はこれらのメーカーさんと直接の場合と、各MCUベンダーの販売代理店さんやツール・ベンダー、ミドルウェア・ベンダーさん経由の場合とがあります。いずれの場合でも、最終ユーザー様には万全の技術サポートを提供しており、今後も半導体商社、ミドルウェア、ツール・ベンダーなど各社とのパートナーシップを大事にして行きたいと考えています。

─貴社は受託開発サービスも提供していますか?

現在、当社ではRTOSおよび関連するミドルウェアなど自社製品の開発に注力しており、システムの一部や全体を開発するような受託開発業務は行っていません。お客様からそのような開発依頼があったような場合には、受託開発を行っている当社のパートナー様をご紹介するようにしています。

─組込みシステムでもマルチ・コアの採用が始まっていますが、貴社ではどのように対応していますか?

基本的に当社では対称型マルチ・プロセシング、いわゆるSMP対応のRTOSは開発していませんが、μC3/Standardは非対称型マルチプロセッシング(AMP)に対応することができます。カシオ計算機様から最近発売されたデュアル・プロセッサ採用の最新のディジタル・カメラ、EX-ZR20には、当社のμC3/Standardが採用されています。
組込みの世界で使用されるマルチ・コア・システムのほとんどは、当分の間、AMPが主流になると考えており、現在のところSMP対応のRTOSを新たに開発する計画は持っておりません。

─最近、組込みシステムにもAndroidプラットフォームを採用する動きがありますが、貴社のビジネスに影響は出ていますでしょうか?

ほとんど影響は出ていません。当社のRTOSが採用されるような、高速起動やリアルタイム性能が重要視されるアプリケーションでは、Android OS/Linuxが採用される事例が少ないためだと思われます。今後、当社のRTOS製品とAndroid OS/ミドルウェアが複合的に使用される可能性はあるかもしれません。

─昨年のET2011でも、ARMコア内蔵のMCUを展示、プロモーションしていた半導体企業が非常に多いのが目立ちました。新しい事務所に移転され、スタッフも増強された貴社のますますの発展が期待されます。本日は有難うございました。

文中の商品名、商標は該当各社の登録商標または商標です。

バックナンバー

第1回 ニューラル株式会社 
制御システム部 マネジャー 金田一 勉さん

第2回 ミラクル・リナックス株式会社 
執行役員 営業本部長 原 克己さん

第3回 株式会社CRI・ミドルウェア 
営業部組込み分野担当部長 石黒 哲夫さん

第4回 イー・フォース株式会社 
代表取締役 与曽井陽一さん