中村正規の「半導体業界を語る」 (6)

−外国系半導体企業の悩み−

by MSC, LTD 中村正規(msc@st.rim.or.jp



外国系半導体企業の悩み

気のせいか、今年になってから外国系半導体企業の日本法人のトップの交替や技術者の移籍がまた多くなったような気がする。私が知るだけでも、昨年の暮れから現在までにインテル、リニア・テクノロジー、ラティス・セミコンダクター、ザイリンクス、VLSIテクノロジーなどの各社で日本法人のトップが入れ替わっている。

外国系半導体メーカーは、日本法人のトップに立つ人材と若手技術者の獲得で相変わらず苦労しているようだ。ヘッドハンタでもない私のようなところにも、人物紹介の依頼が舞い込んでくることがある。私は、かって日米間の政治課題にまでも発展した外国系半導体の日本市場におけるシェア問題の根底には外国系半導体企業の日本における人材獲得難があったと考えており、30%を超えるシェアが報告された現在でも、この問題は基本的に解決していないような気がする。

外国系半導体企業の日本における人材獲得難は、日本のベンチャー企業が抱える悩みとも共通している。日本では、疲弊しつつある旧来からの大企業中心の産業構造の改革が叫ばれ、ベンチャー企業待望/育成論が盛り上がっているが、多くのベンチャー企業は資金だけでなく、優秀な人材の獲得でも苦戦している。



日本法人のトップに立つ人

外国系半導体メーカーが日本で特に苦労しているのが、日本法人のトップに立つ人材の獲得である。インテルでは、日本法人の社長にこれまで副社長だった傳田信行氏が昇格した。傳田氏はインテル以外の半導体メーカーに勤務した経験のない4004時代からの「インテル生え抜き」の人である。こうした「生え抜き」が外国系半導体メーカーの日本法人のトップに起用されるケースは希で、外資系半導体企業の日本法人のトップには幾つかの海外メーカでの勤務を経験した日本人がスカウトされるか、本社から数年ごとに新しい人物が送られてくるのが通例である。

最近では、本社から外人が送られてくるケースは少なくなり、日本人が日本法人のトップに起用されるケースが増加している。ところが、外国系半導体メーカーの日本法人のトップに立つべき人材の候補者の数は、明らかに不足しているようだ。外国系企業の日本法人のトップにふさわしいと思われるような人の中には、日本法人の社長の座がいかに不安定でストレスの多い仕事であるかと考え、外国系企業の雇われ社長ではなく、自ら半導体商社を創業する道を選択した人もいる。

確かに、外国系半導体企業の日本法人のトップや幹部になる人は、外国にある本社と絶えず意志の疎通をはかりながら、「わがままな日本の顧客」の要求に対応し、常に日本での成績を上げなければならない。彼等の多くは、本社の意向と日本的な取引慣行の板挟みに悩むことになる。したがって、外国系企業の日本法人のトップに立つ人には、本社と十分な意志の疎通がはかれるだけ英会話能力は勿論のこと、すぐれた人間性、それに強い意志と精神力が求められる。外国系企業の日本法人には個性の強い日本人が集まる傾向があり、彼等をまとめあげるだけの強いリーダーシップと統治能力も重要である。



外国系企業側の問題点

外国系半導体企業の日本法人のトップに立つべき日本人の絶対数が不足しているのは事実だが、採用にあたる外国系企業側の姿勢にも問題がないとは云えない。

今年に入って、昨年末まである米国半導体メーカーの日本支社の責任者だった日本人が、身分を偽って競合メーカーから開発途中の新製品の資料を入手したカドでFBIに逮捕され、日本に強制送還されたことがシリコン・バレーの新聞で報道された。この人物は逮捕されたとき、日本支社の責任者の地位をすでに解任されていたらしいが、一時的にせよ、このような人物が日本支社のトップに座っていたことは大きな問題であり、この人物を採用した米国本社側には人を見る眼がなかったと云える。

これは私の偏見かもしれないが、外国系企業が日本法人のトップや幹部社員を採用するとき、その人物の人間性や業界での評判などよりも、英会話の能力だけを優先しているのではないかと、疑いたくなるような人選をすることがある。逆に云えば、我々日本人の中で、十分な英会話能力を身につけている人がまだまだ少ないということなのだろう。我々日本人も外国人従業員を採用するとき、同様な問題を抱える可能性があるので注意したいものだ。

また、日本市場に対する戦略をあまりにも短期的にころころと変えるような外国系半導体メーカーの姿勢にも問題がある。基本的な対日戦略とそれに伴う組織変更を行うたびに、折角獲得した優秀な人材が流出する現実を私は過去に何度も目にしてきた。



労働力の非流動性

日本の半導体業界では、国産の半導体に携わっている人達と外国系製品を取り扱う人達は、ほぼ完全に分離された世界で活動している。両者の間には深い川のようなものが流れており、国産の半導体に携わっていた人がこの川を渡り、外国系メーカやこれらメーカの製品を取り扱う商社の側に移動することはできるが、この川を逆方向に渡る橋(外国系メーカから国産メーカ)は用意されていない。一方、外国系製品の販売や設計に携わっていた人が競合する外国系半導体メーカーや商社に転職することは頻繁に行われているが、国産の半導体に携わっている人達が、競合する他の国産半導体メーカーに移籍した例はあまり聞いたことがない。

米国、特にシリコン・バレーでは、転社、転籍は常識的に行われており、人材の流動化、特に大企業からスタートアップ企業への移動が産業を活性化させ、多くの新しい技術や企業を誕生させる大きな要因にもなっている。また、スタンフォード大学などへの留学を経験した台湾、インドなどからの移民達が現在のシリコン・バレーの発展と活性化に大きな役割を果たしているのも衆知の通りである。これに対して、日本社会では、会社の移籍を繰り返す人物を「Job Whopper」などと呼び、嫌う傾向がある。また、海外からの留学生が日本に残って活躍できる環境も整っていない。

日本の半導体ユーザーの立場から見れば、取引先のトップや担当者が頻繁に変わることは、迷惑な話しであり、不安も感ずるだろう。しかし、現在のような激しい競争が続く半導体業界で人材が流動化するのはむしろ当然であり、私は日本の半導体業界で人材の流動化が国産系、外国系を問わずにもう少し活発になったら、業界がさらに活性化するのではないかと考えている。



多くの人材が眠っている日本企業

多くの新しい技術や製品が日本ではなく外国で開発されている以上、我々がこうした先端技術を利用するには、開発した外国企業の日本法人と上手につきあう必要があり、また日本法人の存在が重要になってくる。しかし、残念なことに、冒頭で述べたように外国系企業(特に中堅クラス以下)の日本法人では相変わらず、人材獲得難という問題を抱えている。この問題の解決されるまでには、日本社会の構造的な変化を待たなければないなのだろうか?

私には、日本企業の中に能力を十分に発揮していない優秀な人材が数多く存在しているように見えるし、彼等の多くは外資系企業で十分に才能を発揮できると確信している。年功序列、終身雇用に代表される、日本的雇用システムが崩壊しつつあると云われながら、中小の外資系企業で働く勇気のある日本人はまだまだ少数派のようだ。

だだ、最近になって、各外資系半導体メーカーの日本支社に海外留学を経験し帰国した日本人や、流暢な日本語を話す若い外国人技術者をみかけるようになり、この問題が少しずつながら改善に向かっている兆候も見えるようにはなっている。


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