第18話

21世紀のマーケティング戦略
半導体メーカのwebサイト、展示会、広告を考える

私が最初に教えられたFABとは?

私は半導体業界(モトローラ)に入ってすぐに先輩に「FAB」という言葉を教えられた。私が最初に習った「FAB」とはウェハーの製造プロセスを行う「Fabrication」の略語ではなく、半導体製品の「Feature」(特長)、「Advantage」(競合品、従来品などと比較したときの長所や利点)、そして「Benefit」(ユーザにもたらされる利益や恩恵)の3つの言葉の頭文字を取ったものであった。
私は先輩達に「自社の半導体製品をユーザに採用してもらうためには、各製品の「FAB」を正確に理解し、顧客の技術者に明確に説明できるようにならなければならない」ということを教えられたのである。新製品が発表されると、米国の本社からは「FAB」を記述した資料が送付されてきたし、データシートにはこれらが項目ごとに明記されていた記憶もある。その後、半導体産業は短期間に驚異的な成長を果たしたが、現在でもこの製品ごとの「FAB」を明確にすることの重要性は今も変わっていない。しかし、最近の半導体業界では製品の「FAB」を強調するだけでは不十分になっている。半導体の集積度が向上してシステム全体の機能を実現できるようになり、しかも「Time-to-Market」が要求されている現在では、製品の「FAB」だけではなく、そのデバイスを使用してシステムをいかに短期間に開発できるかを示すことが非常に重要になってきた。ユーザが必要とするシステムの機能と性能をいかに実現できるかを示すソリューションを示すことが重要になっているのである。
システムを簡単に構築できるようにするリファレンス・デザイン、設計手法や開発環境、デザインの性能を簡単に評価できるようにするプラットフォームやデザイン・ツールなどの優劣が各半導体製品のビジネスの成否を左右するようになってきた。特にマイクロプロセッサ製品やマイクロプロセッサを内蔵した製品などでは、サードパーティのツールを含めた開発/デバッグ環境、評価ボード、サポートされるOS、ユーザ・マニュアルなどのような幅広い情報とドキュメントを包括的に提供することが求められる。このような幅広い領域に及び、しかも更新頻度の高い情報をユーザに提供するもっとも効果的な手段がwebサイトの活用である。

半導体メーカのwebサイト評価

1年半程前のことになるが、日本の半導体メーカのwebサイトを評価する仕事の依頼を受けたことがある。この時点で私が評価した限り、日本の半導体メーカのwebサイトは、コンテンツ、デザイン、ナビゲーションを含むユーザビリティなど、ほとんどの評価項目で海外の半導体メーカに比較して大きく見劣りしていた。特に気になったのは、情報をPDFで提供している箇所が多すぎること、製品の種類によってページのデザインや情報の提供形式が異なる点などだった。また、日本の半導体メーカのグローバル・サイトは日本語のサイトをそのまま英語に翻訳したものになっていたため、海外メーカのサイトに比較したとき、その貧弱さがよけいに目につく結果にもなっていた。私の米国の友人からは「どうして、日本の半導体メーカはwebサイトの充実に力を入れないのか?」と質問され、答えに窮したこともあった。
2001年の深刻な半導体不況によって主要な半導体メーカは人員削減を余儀なくされてきたが、ユーザに対する情報提供や技術サポートを効率的に行うためには、webサイトの活用がますます不可欠になっている。海外の半導体メーカは、WEBサイトを活用したワールドワイドなマーケティング活動と技術サポートの重要性を認識して、webサイトのコンテンツの充実と各地域言語への対応を進めてきた。これに対してシステムLSIビジネスの獲得に躍起になってきた日本の主要半導体メーカは、重要顧客への直接営業に重点をおくあまり、webサイトの充実をあまり重要視してこなかったのだろうか?
その後、日本の主要な半導体企業のWebサイトは、かなり改善されたように思われるが、今後の市場のグローバル化の進展や構造変化に対応するためには、一層の改良、工夫が必要だと感じている。

Webサイトの重要性

半導体メーカにとってwebサイトの存在がいかに重要かについて、いまさら私が述べる必要もないだろうが、半導体メーカのwebサイトは新規顧客の獲得には勿論のこと、幅広いユーザ層に対する情報と技術サポートの効率的な提供にも貢献しなければならない。
エレクトロニクス業界では、市場のグローバル化が進み、ユーザの設計拠点と生産拠点の分散化が進展している。このため、半導体ベンダは従来のように大手ユーザの国内の主力工場に対する営業活動だけでは、市場のすべての要求には対応できなくなってきている。ユーザ側では製品ライフサイクルの短縮化の進展に対応すべく、開発、設計、製造、販売、サービスの外部委託(アウトソーシング)や水平分業化を加速させている。最近では製造だけでなく、設計の一部や部品の調達までを請け負うEMS企業の台頭も目立つようになった。水平分業の進展やEMS企業の台頭によって、各半導体メーカは従来の重要顧客に加えて、これまでの顧客リストになかったこれらの新たなユーザにも的確な情報をタイムリに提供する必要がある。これらの状況を考えても、webサイトは非常に重要な役割を果たすことになる。

半導体メーカにとって、各製品に関する最新の技術情報を24時間、365日、ユーザに提供可能なことがwebサイトのもっとも大きな利点のひとつであろう。半導体メーカのwebサイトには、各製品ファミリの紹介、アプリケーションごとに対応するデバイスの選択機能、デバイスの機能や規格、シミュレーション・モデルなどの情報を提供するだけでなく、昼夜を問わず開発や設計の業務を行っているユーザの設計者に対するサポートを提供できる機能が求められている。設計者にとっては、深夜に発見された特定のデバイスに関する問題や疑問を早急に解決したいときに、適切な関連技術情報がサプライヤのwebサイトに提供されていることを期待している。私が参加しているあるFPGA関係のメーリング・リスト(ML)には、多様な質問が投稿されるが、その多くは代理店やメーカの営業時間が終了した深夜に何らかのトラブルに遭遇した技術者が他のML参加者に解決策やそのヒントを求めるものである。
海外の半導体メーカの中には、テキサス・インスツルメンツ(TI)のようにあらゆる技術情報をすべてデータベース化してユーザに提供しているところが多くある。(参照:TI社のknowledgebase)また、デバイスに関連した問題と解決方法までをすべてweb上に技術文書やFAQの形式で公開して企業も多い。勿論、日本の半導体メーカの多くも、製品ごとの「FAQ」などを提供しているが、その規模や内容はまだ海外メーカに比較して及ぶものではない。私は人材の流動性が高い海外企業、特に米国企業ではあるゆる情報をデータベース化しておく傾向があり、担当者が交代した場合の影響を最小に抑えようとしているのに対し、人材の定着性が高い日本企業ではこれらの技術情報がまだ個人レベルに滞留する傾向があり、webでの情報提供が進展していない原因のひとつと分析している。

展示会と媒体広告

マイクロプロセッサやFPGAのような半導体製品の場合、関連するサードパーティの製品などの幅広い情報をユーザにわかりやすく提示するもうひとつの方法がプライベートショーの開催や業界の有力な展示会に出展することだ。私は毎年11月に開催されているEmbedded Technology(ET)「組込み総合技術展」の運営事務局の仕事を今年から委託され、この半年の間、微力ながら出展社を集めるための営業活動やカンファレンス・プログラムの構築などの運営業務に奔走してきた。幸い、各方面からの協力を得てET2003は昨年を上回る過去最大規模で開催することができた。(ご出展頂いた各企業の皆様、カンファレンス・プログラムに協力して頂いた講師の皆様、展示会に来場頂いた皆様には、この場を借りて深く御礼申し上げます)
運営事務局を担当した私には各社のブースをゆっくり見て回るだけの時間はなかったのだが、主要なプロセッサ・ベンダが自社の大きなパビリオンに共同出展者として多数のパート企業を招き入れ、ユーザにトータル・ソリューションを示す展示方法が今年のETでは特に目立った気がする。これは従来からの「製品展示」から「ソリューション展示」への移行を示すものであり、私にとっては冒頭に述べたデバイス単体のFABを示すだけでは不十分であることを改めて確認させることでもあった。

私の出展営業活動の過程で出展に消極的または否定的な企業の中には、以下のような理由を述べる方がいた。
「当社のターゲットになる顧客は限定されており、不特定多数を相手にする展示会に出展する必要はない」
「当社はすでに大手企業を中心に高いシェアを確保しているので、いまさら展示会に出ても効果は少ない」
確かに、これらの理由から多くの出費を伴う展示会への出展に消極的になるの心情は十分に理解できる。ただし、上記のようなコメントを寄せた企業でも当然ながらwebサイトを通じて不特定多数のユーザに対する情報提供は行っており、主要な業界誌にも広告は掲載している。これらの企業が業界誌などに広告を掲載する目的は、新規顧客の獲得よりも既存のユーザに新しい情報を伝達し、企業の存在感と安心感を示すことにあるのかもしれない。ただし、展示会への出展もある意味で広告と同じように存在感と安心感を既存のユーザに与える効果もあり、新規顧客を獲得する上ではプライベートショーよりも遥かに効果的な手段となる。
エレクトロニクス産業の構造は日々刻々と変化しており、現在の重要顧客が今後も同規模のビジネスを提供してくれる保証はない。ターゲットとなる顧客が技術革新や製品系列の増大共に変化するのは、当然である。前述のように大手企業がデザインをアウトソーシングする傾向は今後も強まるため、展示会や媒体広告などを通じて常に新規顧客の獲得を怠らないことは非常に重要であると考える。

21世紀におけるマーケティング活動

幸い、2003年と2004年の半導体業界には明るい見通しが立っている。しかし、私は80年代までに我々が過去に経験したような年率20%以上の高い成長率が継続するようには思えない。図1に示すように、半導体産業は今後も好景気と不況の波、いわゆるシリコン・サイクルを繰り返すものの、少し長いスパンで眺めれば年平均成長率は世界的なGDPのレベルに近づいていくことになるだろう。したがって、各半導体メーカが低成長の中でも自社の業績を伸ばすためには、上記に述べたwebサイトの充実やメール配信、展示会への参加やプライベートショーの開催、そして媒体広告などを効果的に活用して、既存ユーザの囲い込みと、新規ユーザの獲得、または競合メーカからのユーザ獲得に向けた活動を継続的に行うことがますます重要になると考える。

図1 半導体産業の推移とシリコン・サイクル(4半期ごとの売り上げ推移)出典:InsideChips.com

(2003年11月末記す)

余録
前回の第17話で紹介した2002年の半導体業界の成長率は結局、前年比+1.3%となり、+1.0%と予測したIC InsightsのBill McCLean氏がInsideChips.comから表彰された。
2003年の成長率をもっとも正確に予想した調査会社は、来年2月には判明する。

中村正規の「半導体業界を語る」 バックナンバー 目次

第17話

2003年01月

2003年の半導体市場予測

第16話

2002年10月

業界再編の先に明かりは見えるか?

第15話

2002年7月

ベンチャー企業への期待

第14話

2002年1月

水平分業の進展と新しいビジネス・モデル

第13話

2001年11月

インテルとモトローラ(その3)

第12話

2001年8月

インテルとモトローラ(その2)

第11話

2000年10月

インテルとモトローラ(その1)

第10話

2000年1月

システムLSIビジネスを考える

第9話

1999年9月

日本の大手半導体メーカの事業戦略を聞いて

第8話

1999年7月

第7回FPGA/PLDカンファレンスで感じたこと

第7話

1998年7月

業界再編と変革が求められる日本の半導体商社

第6話

1997年6月

外国系半導体企業の悩み

第5話

1997年11月

96年の勝者と敗者

第4話

1996年12月

ELECTRONICA 96レポート

第3話

1996年8月

会社、買います。売ります。最近の半導体会社買収事例

第2話

1996年7月

日米半導体協定とJapan Passingを考える

第1話

1996年4月

PREPは今?


有限会社エムエスシー
社長 中村 正規

1968年、鶴岡高専卒業後、モトローラJapanおよびインテルJapanでセールス、マーケティングを担当、その後半導体輸入商社、シナダインを創設し、外国系を中心にした半導体の販売や技術サポートを行う。1991年にエムエスシー社を創業し、半導体に関する各種のマーケティング・サービスとコンサルタンティング業務を提供している。特にASIC、PLD、FPGAの分野に詳しく、 米国半導体調査会社、HTE Research社の日本側パートナーとしても活躍している。バスケット選手をしていたと思われる長身と、優しさを湛えた笑みで根強い女性ファンも獲得。ぬっと現れ、さっと問題解決をするので「不思議なオジサン」とも呼ばれている。また、最近ではその幅広い人脈と確かな見識を活かし、ET2003/2004運営事務局マネージャーとしても活躍されている。(文責:門田)
メールアドレス:msc@st.rim.or.jp