中村正規の「半導体業界を語る」(7)

−業界再編と変革が求められる日本の半導体商社−

by MSC, LTD 中村正規(msc@st.rim.or.jp



半導体商社の倒産と買収/合併、外資の上陸

今年に入ってから、独立系の中堅半導体商社、 大日電子とエッチワイアソシエーツの両社が相次いで倒産した。また、独立系半導体商社の ユニダックスは、兼松電子部品と合併して再スタートしたし、 大倉商事の半導体販売子会社であった大倉エレクトロニクスが、世界No.3の電子部品ディストリビュータ、 Memec Component Internationalグループに売却された。 そして、かってはRCAやXilinxの半導体製品の総代理店として活躍した老舗、 大倉商事本体が倒産してしまった。

一方、モトローラ製品の取り扱いから半導体ディストリビューション・ビジネスに参入した オムロンは、半導体の販売ビジネスを同じモトローラの 代理店でもある丸文に譲渡し、 半導体の代理店ビジネスからの撤退を発表した。 さらに、丸文は世界最大手の半導体ディストリビュータである Arrow Electronicsと合弁会社を設立し、 近く本格的な業務を開始すると発表した。 ( http://www.marubun.co.jp/pr/release/pdffile/marubun-arrow.pdf

このように、日本の半導体流通業界では、遅れていた業界の再編や半導体商社の シェイクアウトがようやく開始されたようだ。これまで、日本は世界的な2大半導体 ディストリビュータであるAvnet(http://www.avnet.com/)とArrowの両社が世界中で 唯一参入できない特殊な流通市場を形成していたが、今回のArrowと丸文との合弁会社の設立や、 Canadaを本拠地にするFuture Electronicsが昨年、 日本事務所を開設するなど、グローバル化の波も急速に押し寄せるようになっている。



日本は特殊な市場?

かって、外国系半導体メーカーの日本市場でのシェアの低さが政治問題に発展したとき、 海外メーカーは「日本は世界標準とは異なる特殊な市場だと」主張し、 日本の通産省は「日本の半導体市場は決して特殊ではない」と反論していた。 半導体の流通だけを捕らえれば、日本は確かに特殊な市場である。米国における半導体製品の販売は、 メーカーの直販、Representative(Rep.)と呼ばれるメーカーの販売代行を行う会社、 そして大量の在庫を抱えて小口からの販売を行うディストリビュータの3つのチェンネルを通じて 行われている。

このうち、ディストリビュータとしては、 ArrowとAvnetの両社が特に有名である。 この世界の2大ディストリビュータであるArrowとAvnetの両社はアジア各国を含むグローバルな 販売ネットワークを形成しており、最近の四半期ベースでもArrowは20億ドル、 Avnetは15億ドル以上を販売している(半導体以外の製品も含む)が、この両社は未だに 日本だけには本格参入を果たしていない。Avnetは1970年代半ばのHamilton Avnet時代に 一度日本進出を果たしたが数年で撤退したし、Arrowは日本の半導体商社と80年代半ばにいったん 合弁会社を設立したが大きな成果を上げることはできなかった。結局のところ、これまで日本のユーザは、 品不足のときだけこうした海外の大手ディストリビュータを活用するだけで、 彼等の豊富な在庫を日常的に活用することはなかったのである。

ただし、ビジネスのグローバル化と大競争時代の到来は、日本の半導体ユーザにも大きな 影響を及ぼしており、従来のような日本的取引慣習で日本の半導体商社を通じて購入する 伝統的な購買スタイルは、徐々にではあるが姿を変えつつある。こうした新たな傾向は、 Avnetの日本再上陸にも新たな道を開くことになるだろう。

最近のキーワードとなっている 「サプライ・チェイン・マネージメント」や「BTO(Build To Order)システム」は、ユーザが 幅広い商品と豊富な在庫を取り揃えた強力な半導体商社との関係を重視する傾向を強め、 特徴のない中小の半導体商社の生き残りを難しくすることになるだろう。 事実、一部の日本の大手半導体ユーザは自社のホーム・ページを通じて、主要な半導体製品の 購入リストを公開し、世界各国のサプライヤに1円でも安い製品の供給を求めるようになっている。 (代表的な例は横河電機



業界再編はあるのか?

米国や欧州では、80年代からディストリビュータの買収、合併が活発化し、業界の再編が進展した。 その結果として、現在のArrow、Avnetの2大ディストリビュータが誕生したのである。これに対し、 日本では1970年代後半から輸入品を中心に取り扱う新たな半導体専門商社が数多く誕生し、 米国とは対照的に半導体商社の分裂、分散化が進み、この傾向は80年代後半まで続いた。 この結果、日本には海外製品を取り扱う半導体商社が乱立することになり、現在でも売上高が 100億円前後から300億円程度の半導体商社が多く存在している。日米半導体摩擦をきっかけに 1988年に結成された外国系半導体商社の団体、DAFSには 約80社もが加盟している。さらに売上げ高が30億円以下規模の電子部品商社の数は1千社以上にも 及ぶと云われている。

日本の半導体市場が従来のように高い成長を続ける限り、 これら中規模な商社や零細な商社の将来性も約束されたのだが、ここ数年の日本市場の停滞、 半導体テクノロジの進化による高集積化や製品のカスタム/セミカスタム化の進展、 製品ライフ・サイクルの短縮化、マージンの低下、顧客の生産拠点のグローバル化、 一部大手顧客が世界的な規模で購買業務を展開するIPO(International Procurement Office) 活動の本格化、半導体市場自体の構造変化、インターネット文化の普及による情報のオープン化などが、 日本の半導体商社に新たな課題をもたらすようになっている。

こうしたことから、私は企業合併などによる業界の再編成は避けられない情勢になっていると 考えている。ただし、歴史の浅い半導体業界では、多くの半導体商社の創業者が現役で活躍しており、 よほどの経営不振にでも陥らない限り、彼らが苦労して育て上げた企業を自ら他人に売り渡したり、 他社との合併による発展を指向することはないかもしれない。このため、日本では独立系半導体商社の 業界再編は、結局のところ、激しい生き残り競争による自然淘汰を待つしかないようにも感じられる。



半導体商社のリスク

自社製品を開発、製造しない商社のビジネス・リスクは小さいと考えられがちだが、 実際はそうでもない。外国系製品を取り扱う半導体商社にとっての最大のリスクは在庫である。 メーカによっては、各代理店に対して売り上げの3ヶ月分に相当する在庫を常に確保し、 さらに向こう3ヶ月分の注文残を持つことを要求する。つまり、各代理店は6ヶ月先の需要を予測して、 在庫する製品の種類と数量を決定するという高いリスクを背負うことになる。しかも、この在庫量と 発注残は毎月メーカー側に監視、モニタされている。

現在のように、技術革新のスピードが速く、最終システム製品のライフ・サイクルがさらに 短縮されるような状況の下で、各代理店が6ヶ月も先の需要を予測するのは非常に困難であり、 当然のこととして売れなくなった製品の在庫を抱える危険性が高くなる。 「総額10万円を超えるような接待をやることには慎重になっても、10万円の不良在庫を抱えることは 簡単に起きてしまう」のである。

また、各代理店はこれらの輸入代金をメーカの出荷後30日から60日以内に現金で決済する必要がある。 しかし、日本のユーザからは製品の出荷から120日以降でないと売上代金を回収できないことが多い。 このため、代理店の資金負担は膨大となる。この資金負担は売上高が増加すればするほど重くなり、 資金繰りを圧迫することになる。したがって、一定規模にまで成長した半導体商社の多くは 株式公開による資金調達を行うようになる。

日本の半導体商社にとって次に大きなリスクは、担当していた顧客を他の代理店に移管することを 要求されたり、メーカがその顧客への直販に乗り出す可能性である。システムLSIの時代には、 メーカー直販の傾向がさらに強まることが予想される。また、取扱っていた中小のメーカーが 大手メーカーに吸収合併されて代理店権を失ったり、販売先が大幅に制限されるリスクは常につきまとう。



自社製品という悪魔のささやき

販売先の顧客をメーカー側に制限されることが多い半導体商社にとって、「自社ブランド製品」を 持つことは、どの顧客にも自由に販路を確保できる魅力的な夢の商品となる。ただし、 私は半導体商社が開発した自社ブランド製品が大きな成功を収めた例はこれまであまり 目にしたことはない。むしろ、大日電子のように自社製品の開発に失敗して倒産した例や、 業績不振に陥った例は数多く目にしている。「自社製品を持つ」というには、半導体商社にとって いわば「悪魔のささやき」のようなもので、製造メーカーとは異なる価値基準と社内システムを持つ 半導体商社が自社製品の開発に乗り出すことは、大きなな賭になることが多い。



RepかDistributorか?

日本には米国のようなRepを通じた販売チャネルは事実上存在しない。このため、国産品、 海外品を問わず、日本の各半導体商社はRepとDistributorの双方の機能を持っていなければならない。 Repが果たす主要な機能は、メーカーの販売代理人としての「Design-in活動」であり、 Distributorとして果たすべき主な役割は、豊富な在庫を確保して効率の高いロジステック・システムで 商品を販売することである。

今後、多くの日本の独立系半導体商社は、このいずれの機能に重心を置くべきか、その決断に 迫られる場面に遭遇するだろう。日本の多くの半導体商社は、これまでRepとDistributorの機能を ミックスした組織と体制を維持することに成功してきたが、前述のように全世界をネットワークした 巨大ディストリビュータが日本に本格進出した場合には、Distributorとしての機能が、 以前より大きな影響を受けることになるだろう。一方、Repとして機能をさらに強化するためには、 技術力のさらなる向上が要求される。

日本では、多くの技術者が商社よりもメーカーを 好む傾向が強く、日本の半導体商社は優秀な技術者の確保に絶えず苦労している。 前述のように「シリコン・オン・チップ」の時代のデザイン・イン活動には、システム・レベルの 高度な技術が要求されるため、半導体メーカーはエンド・ユーザーとダイレクトな関係を 持つようになり、中間の半導体商社が「中抜き」される傾向が強まるだろう。こうした「中抜き」を 避けるためには、各半導体商社に相当に高い技術力が要求される。ソフトウェア、ハードウェアを 包括したシステム・レベルの技術を理解できる技術者をどう確保できるかが、各半導体商社にさらに 重要な課題となっている。独立系半導体商社がエレクトロニクスの各分野の最新技術や市場に 精通した技術者を取り揃えることは事実上不可能であり、特定の専門分野に的を絞る 「セグメンテーション化」が必要になるだろう。



国産メーカー系半導体商社

日本の半導体商社は、特定の国産メーカーの製品のみを取扱う専属代理店的な商社と複数の 海外メーカー製品を取り扱う半導体商社とに2分されているのが実情である。 特定の国産メーカーの製品を取り扱う半導体商社はメーカーの子会社だったり、 系列企業だったりすることが多く、複数の国産半導体メーカーを扱うことはまずない。 また、彼らは、取扱いメーカーから天下り的な役員を含む人材も受け入れている。

これら特定の国産メーカーの製品のみを取り扱う半導体商社の在庫負担や資金負担は、 海外製品を取り扱う半導体商社に比較して軽いが、得られる粗利率は相対的に低い。ただし、 設定された年間販売目標額を達成すると「報奨金」と呼ばれるボーナスがメーカーから 支給されるのが一般的のようだ。彼等の経営はメーカーの庇護の下で安泰のようにも見える。 ただし、彼等は日本の半導体メーカーの開発から販売までを垂直統合した構造に組み込まれた 運命共同体の一員であり、その命運はメーカーの意向と製品競争力に大きく左右される。 また、国産半導体メーカーにおいても、今後、代理店、特約店の絞込みが進むことが予想される。 結局、生き残るのはメーカー直系の子会社だけになるかもしれない。

特定の国産メーカー1社のみを扱う半導体商社では、グローバルな視点から市場動向を 読みとる能力や国際的なビジネス感覚を磨くことに限界が生じると思われる。彼等が身につける能力が、 「品不足のときにメーカーからより多くの製品を分配してもらう方法」だったり、 「より大きなビジネスが期待できる顧客や安い価格をメーカーから得るための人間関係の構築方法」 だけに偏らないように注意することが必要だと考える。


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