中村正規の「半導体業界を語る」(5)

−96年の勝者と敗者−

by MSC, LTD 中村正規(msc@st.rim.or.jp



殆どの半導体メーカーが利益を享受した95年とは一変し、96年の半導体業界は世界全体で約7%程度のマイナス成長となったと云われている。これは云うまでもなく、メモリ、特にDRAM価格の急激な下落に大きく影響された結果によるものである。

いまや、半導体業界の動向や指標はDRAM市場の趨勢に左右されるようになってしまった。最近では、半導体市場全体の推移を表す統計データなどに、DRAMを除いたときの数字が公表されることがしばしば見られるようになっている。確かに、DRAMは半導体製品であることには間違いないのだが、その市場構造やマーケティングおよび販売戦略は他の半導体製品とはあまりにもかけ離れたものとなっている。この際、DRAMだけは半導体の中で別個のものとして扱い、半導体市場全体の統計数字から除外して別個に議論するのも良いのかもしれない。

誠に古い話しで恐縮だが、今から約25年程前に私が1Kビット、4KビットのDRAMの販売、マーケティングを担当していた頃、ICメモリは「ダイナミック・ラム」、「スタティック・ラム」と呼ばれていたが、いつしかこれらは「ディー・ラム」、「エス・ラム」と呼ばれるようになり、最近では「ドラム」、「スラム」と発音する人までいる。まさしく、96年の半導体市場はDRAMによって「ダイナミック」に変化し、その価格は「ドラム」缶が坂道を転がり落ちるように下落した。そして、これに引きずられるかのように、SRAMの価格も「スラム」街のように荒れ果ててしまったのである。

今年の1月から2月にかけ、米国では各半導体メーカーの96年第4四半期の業績が発表され、各社の96年の業績が明らかになった。これによれば、96年の半導体業界では売上を伸ばした勝ち組と、売上や利益を減らした負け組とに2分されている。96年に好成績を残したメーカーは非メモリ系製品のサプイヤが多く、メモリ製品の比重高いメーカーの業績は総じて芳しくなかった。



高い成長を果たした勝者達

96年の勝者には勿論、世界No.1のICメーカーであるIntelを上げなければならない。同社の業績については、多くのメディアで取り上げられているが、売上高は昨年、遂に200億ドルの大台を超え、しかもその純利益が51億5千万ドル以上というから驚きである。同社の96年10-12月期のGross Profit Margine(荒利率)は、昨年よりもさらに10%程高い62.9%という高水準を記録した。これらの数字は、96年もIntelの「一人勝ちを」を如実に示したものになっている。

NASDAQを中心にした株式市場で株式公開している米国の半導体メーカーの中で96年の最も高い成長を果たしたのは誰であろう。売上の増加率だけで見ると、意外といっては失礼だが、これはJPEG、MPEG IC専業サプライヤとも呼べるC-Cube Microelectronicsであった。C-Cube社は、創立後暫くの間、JPEGやMPEGの技術をJVCや松下、SONYなどにライセンスすることで収入を得ていたが、MPEG技術が本格的に普及し出した95年半ばから、急速に売上を伸ばすようになった。95年の同社の売上高は前年比193%増の1億2千3百万ドル、そして96年も前年比157%増の3億1千8百万ドルという急成長を遂げている。ただし、同社は昨年、デジタル・ビデオ・ネットワークのDiviCom社を高額で買収したため、96年通期の経常利益では約7千3百万ドルの赤字となった。

この次に売上高を大幅に伸ばしたのはFlash、MCU、PLDなどを主力製品とするAtmelで、同社の96年の売上高は前年比69%増の10億7千万ドル余となり、遂に10億ドル企業の仲間入りを果たした。Atmelのここ数年間の対前年比の売上増加率で見て、驚くべき事実に気が付いた。なんと、同社の過去3年間の対前年売上高増加率が94年、95年、そして96年も69%という同じ値になっていたからだ。これは偶然の一致なのだろうが、こうした経営は奇跡かマジックと呼ぶしかあるまい。

この他には、昨年秋にFPGAとゲートアレイを混在させた新しいコンセプトのプログラマブル・ロジックを発表したActelが前年比48%増の1億4千8百万ドル、グラフィック・アクセラレータ・チップのS3社が前年比47%増の4億6千5百万ドルと、高い成長を遂げている。

これらに次いで順調な成長を果たしたのはガリ砒素チップのTriQuint Semiconductor、DSPや幅広いアナログ製品を持つAnalog Devices、PCグラフィック・チップのTrident Microsystems、長年にわたるリストラで再建を果たしたChips & Technology、高集積PLDのサプライヤであるAlteraなどで、これらの企業は昨年20%以上の売上増を達成している。

これらの中で今年大いに注目されるのがAlteraである。96年の10-12月期のAlteraの売上高は1億2千7百万ドルで、これに対してここ数年、業界トップの地位を保っているXilinxの同時期の売上は1億3千5百万ドルと、両者の数字はかなり接近したものになっている。Alteraが97年にはXilinxを追い抜いて、プログラマブル・ロジックの領域におけるNo.1サプライヤになるのか、大いに注目される。

上記以外で96年の業績が比較的好調だったメーカーには、Dalls Semiconductor、ネットワークICのLevel One CommunicationSGS Thomson、アナログICのMaximなどを上げることができる。



メモリに泣いた人達

95年にメモリで笑った人達は、96年に同じ製品で泣くことになった。例えばSRAMのAlliance SemiconductorCypress SemiconductorIDT、DRAMのMicron TechnologyTIなどはメモリ価格の下落による打撃を被り、業績を悪化させた。

SRAMベンダであるAlliance Semiconductorを例に上げると、同社の96年全体の売上高は7千3百万ドルと同社の95年を通じた売上高、2億2千万ドル余りから約3分1までに急激に落ち込んでいる。95年には、同社の各4半期毎の売上が前年比150%、200%増といったハイ・ペースで急増していただけに、メモリ市場というものが、いかに恐ろしいかがわかる。

96年10-12月期だけを見ると、IDTは前年同期比で31%減、Cypressは36%減の売上となっており、Micronは96年9-11月期で前年同期比で39%減という成績だ。一方、TIはDRAMだけでなく、DSPを含む幅広い半導体製品やシステム、電子部品などの製品群を持っているだけにDRAM価格の下落の影響を薄めることはできたが、96年通じての売上高は前年比13% 減、利益は半減という苦しい結果となってしまった。この結果、TIは防衛システム機器部門、モバイル・コンピュータ部門などを売却するなどのリストラ策を進めている。幸い、TIの戦略商品であるDSPは先の四半期で半導体部門の売上の約40%にも達するまでの順調な伸びを示しているという。



赤字が続くインテルへの挑戦者達

一方、非メモリのサプライヤの中で業績が芳しくないのが、王者インテルに戦いを挑んでいるAMDCyrixである。

AMDの96年の売上は前年比21%減の19億5千3百万ドル、収益面では6千9百万ドルの赤字となった。AMDの今後の命運は、いずれにせよ近く出荷が開始される予定のK6が握っている。

AMDは昨年、同社の主力製品のひとつであるPLD部門を分離して、子会社化した。AMDのこの子会社については、その名前が数ヶ月にわたって決定されなかったことなどから、業界ではAMDがPLD部門を外部に売却するのではないかという噂まで飛んだが、今年になってこの子会社にようやくVantis Corporationという名前が命名された。AMDは1988年にPLDとトップサプライヤだったMonolithic Memories Inc(MMI)を吸収合併して以来、1993年までPLD/FPGA市場のNo.1サプライヤの地位を保っていたが、現在ではXilinx、Alteraから少し離れれたNo.3の地位に甘んじている。会社の業績が不振になると、トップの首が飛ぶのが通例だが、Jerry Sanders IIIという強烈な個性を持った創業経営者がCEOであるAMDは例外である。AMDの役員会は同氏と2001年までCEOに起用するという契約を昨年交わしている。

一方、Cyrix社の96年の業績は、売上が前年比19%減の1億8千3百万ドルで、2千5百万ドルの赤字だった。Cyrixでは、インテル互換のプロセッサを今後はCyrixのブランドではなく、顧客のPCメーカーのブランドにしたOEM供給へ戦略を転換したと伝えられている。



Fairchildを売却したNSの苦悩

非メモリ系ベンダの中で、96年の業績が不振だったのはNational Semiconductor (NS)VLSI TechnologyBurr Brown Oak TechnologyExarIMPなどである。

NSの96年6月から11月までの上半期の業績は、売上が7%減の12億2千7百万ドル余りで1億7千万ドルを超える赤字だった。NSは現アップル・コンピュータ会長のGilbert Amelio氏がCEOだった時代に思いきったリストラで経営の再建を果たした見えたが、再び困難な局面を迎えている。

昨年、Amelio氏の後を引き継いでLSI LogicからCEOにスカウトされた Brian Halla氏もAmelio氏にひけをとらない思い切ったリストラ策を講じている。その一つが第2話で紹介したFairchildという名前を復活させ、一部の汎用製品をこの子会社に移管したことだった。さらなるリストラを進めるHalla氏は、今年になってこのFairchildをCiticorp Venture Capital社という会社に約5億5千万ドルで売却した。NSは新しいFairchildの株式の16%を依然として保有するらしいが、Fairchild社は今回の売却でまたしても独自の道を歩むことになった。フランスのSchlumbelgerがFairchildを大騒ぎの末に富士通ではなく、 NSに売却したのが1987年だから、あれからちょうど10年が経過したことになる。 半導体業界もこの10年で大きく変わったものだ。

古くは読売ジャイアンツの無敗神話も9回までで途絶え、ラクビーの新日鉄釜石、 神戸製鋼の連覇も7回で途絶えた。今年の勝者達が来年の勝者でいられる保証は全くない。 勝者と敗者が入れ替わってこそ、業界が活性化され、新たな技術革新が生まれるのである。


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