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2012年2月

スピーチの奥義
寺澤芳男、光文社新書、p.211、¥777

2012.2.2

 最近、日本経済新聞「私の履歴書」に登場した寺澤芳男が、スピーチのノウハウを開陳した書。画期的な内容が含まれているわけではないが、実践的なのは確か。特に英語でのスピーチに関するノウハウは貴重。海外でスピーチする機会がある方は一読して損はない。野村証券副社長、MIGA長官、参議院議員、経済企画庁長官の経歴はだてではない。
 スピーチに緊張はつきもの。筆者は緊張を和らげ、肩の力を抜く秘訣を伝授する。ポイントは開き直ること。自分の話など受けなくて当たり前、伝えたいことを情熱にまかせて突っ走って語るのが肝要だという。「スピーチの出来は長さとテーマの数に反比例する」はなかなかの名言。テーマは二つ以内に絞れとの指摘は的確である。このほかジョーク活用法、視線の置き所、PowerPointの問題点、タブー集など実践的な内容が盛りだくさんである。
 筆者が考えるスピーチの名手たちのエピソードも悪くない。登場するのはジョブズ(有名なスタンフォード大での卒業スピーチ)、盛田昭夫、細川護熙、オバマ、クリントンなどの名スピーチを紹介する。

 

FUKUSHIMAレポート〜原発事故の本質〜
FUKUSHIMAプロジェクト委員会、日経BPコンサルティング、p.500、¥945

2012.2.1

 福島第一原子力発電所の事故を第三者の立場から調査・分析し、知見を後世に伝えるために昨年4月に発足したFUKUSHIMAプロジェクト。その成果をまとめた書である。このプロジェクト、仕組みがなかなかユニーク。特定組織の意向に影響されたり、経済原理に左右されることを避けるために、活動資金の一部と書籍発行の全額を寄付で賄っているのだ。この発行形態のためなのか、論旨が明確で切れ味のよい報告書に仕上がっている。500ページもある分厚い書だが、文章がこなれていて読みやすい。玉石混淆の原発関連書籍のなか、データをきっちり押さえた本書は一読の価値がある。なお本書の関係者に、評者の元上司や元同僚、知人が含まれている。書評にバイアスがかかっている可能性がある点は了解していただきたい。
 本書は七つの視点から原発事故を分析する。「メルトダウンを防げなかった本当の理由」と題する第1章はかなり衝撃的。公開されたデータをもとに、福島原発1号機〜3号機のメルトダウンは100%確実に防げたと断じる。1号機〜3号機には交流電源が喪失しても動く自然冷却システムが用意されていた。これが稼働し8〜70時間のあいだ3基の原子炉は制御可能であり、「全交流電源が喪失し、ただちに原子炉は制御不能になった」というのは嘘だと断定する。この期間に海水を注入せず、メルトダウンを起こした東京電力の経営責任は大きいと結論づける。
 日本の原子力行政には核兵器製造力を保持する目的があったとする第3章も読み応えがある。技術的にも経済的にも核兵器を製造する能力を保つために、政府はあの手この手で原子力発電所を優遇した。国の手厚い援助を期待できる原子力損害賠償法、低利で資金を調達できる仕組み、資産価値が大きな発電所をもつほど利潤が大きくなる総括原価方式、原発のコストは安いという神話などで、原子力発電の建設を支えた。
 個人的に興味深かったのは、第5章の「風評被害を考える」。福島原発事故が海外でどのように報じられたかを分析する。面白いのは欧米の新聞の紙面比較である。直感的にはUSA TodayやThe Daily Mailといった中級紙の方が、New York TimesやWall Street Journal、Wasihngton Postといった高級紙よりも扇情的と思われる。しかし調査結果は逆。New York TimesとWasihngton Postは否定的で、誇張した記事や誤報が多かった。高級紙でもWall Street Journalは、否定的だが誤報や誇張は少なかったという。ぜひとも理由を知りたいところだ。

 

2012年1月

「僕のお父さんは東電の社員です」
森達也著、毎日小学生新聞編、現代書館、p.224、¥1470

2012.1.29

 東日本大震災が起こって3週間ほどたったころ、小学6年生の「ゆうだい君(仮名)」が毎日小学生新聞に投書を寄せた。「突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です」ではじまる投書である。内容は毎日小学生新聞の1面に掲載されたジャーナリスト北村龍行(元毎日新聞論説委員)の寄稿に対する反論。北村は原発事故と東京電力の責任について言及した。ゆうだい君は、東電だけが悪いのか、東電にすべての責任を電力を必要とする現代社会に問題はないのか、など率直な疑問を北村に投げかける。「読んでみて、無責任だ、と思いました」という素直な書き口に、プロの書き手はついたじろいでしまうだろう。
 ゆうだい君の投書ををキッカケに、毎日小学生新聞で「ゆうだい君の手紙」特集が始まる。本書におさめられたのは、この特集に掲載された小学生から大人までの投書。未曾有の国家の危機に、多くの人がどのように向き合っているのかが分かる貴重な記録である。
 本書に取り上げられている投書の文章はお世辞にも優れているとはいえない。しかし素直な文章からは、いずれも原発問題に真摯に向き合っていることが伝わってくる。プロの書き手はどうしても構えてしまい、本書に取り上げられている文章には迫力負けしてしまう。物書きとして大人として、いろいろ考えさせられた書である。

 

あんぽん〜孫正義伝〜
佐野眞一、小学館、p.399、¥1680

推薦! 2012.1.27

 二つの意味で、凄まじい迫力の本である。一つは孫正義の人生の迫力。本書が紹介する在日、差別、幼少期の貧困などは、この手の書に多い予定調和的な美談を簡単に打ち砕く。もう一つは、ノンフィクション作家としての佐野眞一の驚くべき力量。筆者はあとがきで、「人を描く場合、その人物が絶対に見ることができない背中や内臓から描く」と述べているが、本書でその真骨頂を見せてくれる。
 孫正義の好き嫌いは別にして読んで損はない。ベストセラーになったスティーブ・ジョブズの評伝に勝るとも劣らない出来である。多くの方にお薦めしたい。ちなみに本書は週刊ポストの連載に大幅加筆したものなので、ご存知の方も多いかもしれない。タイトルの「あんぽん」は、孫が1990年に帰化するまでの名前「安本正義」からついた渾名である。
 筆者は本書を執筆した目的を、叩かれても叩かれてもへこたれない「孫のいかがわしさの根源を探ること」と前書きで語っている。そのために父方・母方の親類全員にインタビューするとともに、韓国にまで足を延ばし徹底的に取材する。常軌を逸した行動と愛情がないまぜになった「底光りする家系」とはすごい表現である。特に孫に強い影響を及ぼした父親・安本三憲へのインタビューは秀抜。強烈な人柄をものの見事に描き出している。
 本書は魂を揺さぶるエピソードを数多く紹介する。冒頭に出てくる幼少期の極貧もその一つ。ウンコ臭い水があふれる掘建て小屋のなかで、膝まで水までつかりながら必至に勉強する孫の姿を描く。孫のど根性の原点がここにあると佐野は語る。

 

文明を変えた植物たち〜コロンブスが遺した種子〜
酒井伸雄、NHKブックス、p.272、¥1155

2012.1.24

 コロンブスの航海がキッカケになって、新大陸原生の植物が欧州に渡った。その植物が、欧州の政治や社会、産業、文化を与えたインパクトを紹介した書。4回にわたるコロンブスの航海が、新しい文明の幕開けに貢献したというのが筆者の見立てである。取り上げるのは、ジャガイモ、ゴム、カカオ、トウガラシ、タバコ、トウモロコシの六つ。毎日欠かさず口にするものではないが、ないとそれなりに困る食材である。肩の凝らない内容で、一気に読んでしまった。ちなみに筆者は明治製菓の研究所長を経て子会社社長を務め、現在の肩書きは食文化史家。
 トップバッターは、アンデス高地由来のジャガイモ。エネルギー源として欧州の食卓に上がるようになったことで飢餓の恐怖から欧州の人間を救った植物として取り上げる。飢餓から解放された結果、人口が急増し、国力の増強につながった。キリスト教文明による世界支配の原動力になったとする。さらに余ったジャガイモは家畜の飼料となり、1年を通して新鮮な肉が食べる食文化を生んだ。
 カカオやタバコの逸話は実に興味深く、歴史って面白いと感じさせてくれる。まずカカオ。カカオは当初飲み物として扱われた。当時の欧州は、水質が悪く、子どもも含め多くの人間はアルコール系の飲料でのどを潤していたという。1日中、ほろ酔い気分だった訳だ。それがチョコレート、茶、コーヒーの普及によって、アルコールを昼から摂る習慣は廃れた。これが労働者の質を向上させ、産業革命の進展を欧州の近代化につながった。
 いまや万病のもと扱いのタバコだが、かつてはペストの予防薬だったという話は興味深い。タバコ屋は1軒もペストにかからないという噂がたち、喫煙は最も優れた予防薬としての地位を確立した。子ども吸うことを強いられたという。へ〜である。

 

日本経済・今度こそオオカミはやってくる
冨山和彦、竹中平蔵、PHP研究所、p.224、¥1470

2012.1.20

 竹中平蔵と冨山和彦が、日本の経済政策と産業政策について語り合った書。理論派と実践派を組み合わせた企画は編集者のファインプレーだろう。竹中はいわずと知れた小泉改革の司令塔。冨山は経営コンサルタントだが、産業再生機構設立にかかわりCOOを務めたあと、バス会社などの経営に参加した。改革派の書だけに中身は自ずと知れるが、期待を裏切らない。日本経済の没落を予想する一方で、復活への処方箋も描いている。
 2人は、現在の経済政策と産業政策に悲観的な見方を示す。日本人の思考パターンは1960年代から変わっておらず、時代に取り残されていると手厳しい。悪いことに、東日本大震災と原発事故が重なった。安全神話の崩壊、製造業のサプライチェーンの寸断、電力供給に対する不安、さらに高い税金、円高など、マイナスの要因は数え上げたらキリがない。マイナス成長下の増税論議にも苦言を呈している。
 こうした状況を作り出したのは、問題先送りに終始し、抜本的な対策を打とうとしない政財界だけではない。科学的で冷静な議論を避け、情緒的でステレオタイプの議論を好むマスコミや評論家にも責任の一端があると断罪する。しかし日本にはびこる責任回避システムは限界に近付いており、このままでは大空洞化時代が幕を開けると警鐘をならす。工場の海外移転はさほど顕在化していないが、それは企業が本気になっている証拠だと分析する。
 現状には厳しいが、将来には意外なほど楽観的である。「現在は明治維新以来の絶好のチャンス」「危機の時代が大局観を生む」「30代はすごいリアリスト」「リーダーは忘れたころにやってくる」など、将来に期待を寄せる。東京への期待も興味深い。日本復活の前提と考えているのが、東京のもっている潜在力を伸ばしていくこと。イノベーションは都市のダイナミズムから生まれ、それができるのは東京だと論じる。

 

ウェブ×ソーシャル×アメリカ〜<全球時代>の構想力〜
池田純一、講談社現代新書、p.320、\840

2012.1.18

 ウェブやパソコンの誕生と発展を米国文化の視点から分析した書。AppleやGoogle、Facebookが米国で誕生した思想的・社会的背景を、幅広い視野から解き明かす。新書らしい知的興奮を与えてくれる良書である。類書にない構想力の大きさが本書の特徴の一つ。情報技術やウェブの技術史については多くの書物が扱っており、評者もかなりの何冊を読んだ。しかし本書はそれらとは一線を画している。
 本書は技術と文化、社会を網羅的かつ統一的に扱い、斬新な切り口から新たな視点を提供する。登場人物もイノベータの面々にはじまり、学者、評論家、編集者と幅広い。Facebookのマーク・ザッカーバーグ、Appleのスティーブ・ジョブズ、経営学者のマイケル・ポーター、サイバネティクスのノーバート・ウィーナー、認知科学のドナルド・ノーマンが1冊の書籍に登場するだけでも、ちょっと驚きである。それぞれの人物の位置づけを明確にしており、頭の整理に役立つ。もっともザッカーバーグの行動パターンは、古代ローマである詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の影響を受けているといった論理展開は、評者のレベルでは壮大すぎてついていけない。
 興味深いのは、米国のカタログ誌「Whole Earth Catalog(WEC)」に関する記述である。WECはジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで使った“Stay Hungry,Stay Folish”の出所元。1968年〜1972年にかけて定期的に出版され、当時のカウンターカルチャー(ヒッピーやドラッグに代表される)に強い影響を与えた。しかし、WECがジョブズに多大な影響を与えたからといって、パソコンやウェブを生んだのはカウンターカルチャーではないと論じる。一方で筆者は、WECが与える「全球という視座」に注目する。全球という視座につながる宇宙開発が、パソコンやIT、ウェブなど全ての出発点になったと結論付ける。

 

横浜事件・再審裁判とは何だったのか〜権力犯罪・虚構の解明に挑んだ24年〜
大川隆司、橋本進、佐藤博史、高文研、p.239、\1575

2012.1.14

 冤罪を晴らすために24年間わたって再審裁判を闘った弁護士たちの奮戦記である。こう書くと、血湧き肉踊るようなノンフィクションを期待するが、本書はきわめて地味。担当弁護士やジャーナリストが、冤罪の経緯と構造を淡々と論じている。しかし現在の裁判にも通じるところが多く、示唆に富む良書である。万人向けではないが、読んで損はない。
 本書が扱うのは、戦時下の1942年〜1945年にかけて神奈川県警察部特別高等課(特高)が90人を検挙した冤罪事件。共産主義活動と日本共産党再建活動という特高警察の筋書き通りの調書を書くため、拷問による自白が強要された。有罪判決を覆すための再審裁判は1986年〜2010年の24年間、4次にわたって続けられ、最終的に実質無罪である免訴を勝ち取った。横浜事件は特高警察と治安維持法を裁いた唯一の歴史的裁判と言われる。

 

「お手本の国」のウソ
田口理穂ほか、新潮新書、p.238、\777

2012.1.11

 隣の芝生は本当に青いのか。「巷間伝わる他国の美点は正しいのか」「本当にお手本になるのか」を、現地に在住しているジャーナリストが論じた書。「ドイツは戦争責任問題を整理した」「フランスは少子化問題を解決した」「子どもの学習法なら『フィンランドメソッド』」「イギリスの二大政党制は機能している」「アメリカでは国民参加の裁判が当たり前」「ニュージーランドは政界有数の自然保護大国」フランスは少子化問題を乗り越えた」といった、ステレオタイプ的な常識について実態を紹介する。現地在住のジャーナリストの個人的見解の域を出ないところもあるが、各国の一面をとらえているのは確かで一読をお薦めする。

 

ナチを欺いた死体〜英国の奇策・ミンスミート作戦の真実〜
ベン・マッキンタイアー著、小林朋則・訳、中央公論新社、p.469、¥2625

2012.1.9

 とてもノンフィクションとは思えない、奇妙きてれつな第2次世界大戦時の話。実に面白い。連合軍がシチリア島への進攻を企てたときに、上陸ポイントについてドイツ軍に偽情報をつかませて作戦を成功させた「ミンスミート作戦」の舞台裏を詳細に描いている。「現実は小説よりも奇なり」を地で行ったようなストーリーで、400ページを超える大著だが気にならない。充実した写真も見所の一つである。
 ミンスミート作戦に関しては、立案したモンタギュー自身によるベストセラー「実在しなかった男」(映画化もされている)があるが、筆者によると内容には英国政府の検閲が入っており、必ずしも史実に忠実とはいえないという。本書は、機密解除になった公文書とインタビューをもとに、第2次世界大戦の行方を左右したミンスミート作戦を詳述する。
 ミンスミート作戦とは、英国情報部がドイツ軍を欺くために立てた奇策。一般人の死体を高級将校に仕立て、あたかも極秘文書運搬時に航空機事故で溺死したように見せかけてスペインの浜辺に漂着させる。ドイツ軍に信じさせるために英国情報部があれこれ手を打つ。いずれも芝居がかっていて(映画のようで)楽しい。

 

2011年12月

ザ・ラストバンカー〜西川善文回顧録〜
西川善文、講談社、p.322、\1680

2011.12.27

 住友銀行(現・三井住友銀行)元頭取で、日本郵政の初代社長を務めた筆者が、激動のバンカー人生を振り返った書。取り上げるのは、住友銀行の天皇と呼ばれた磯田一郎との確執、安宅産業処理、平和相銀・イトマン事件、バブル崩壊にともなう不良債権問題、郵政民営化など。それぞれが日本の金融史において一大トピックとなった事件だが、当事者だった筆者が生々しく振り返る。自己弁護の部分がないとは思わないが、一級の回顧録なのは間違いない。
 山場の一つは、磯田一郎をめぐる裏話だ。「向こう傷を恐れない」経営スタイルで知られ、有能な銀行家として名をはせた磯田だが、ヤミの勢力に食い物にされたイトマンに深く関与し失脚した。長女かわいさのあげくビジネスマンとしての道を踏み外した磯田の弱さを明らかにする一方で、「悪人ではなかった」と人物を評価する。
 銀行再編の裏話も興味深い。住友銀行は、さくら銀行(太陽神戸銀行と三井銀行が合併して誕生)と合併することになるが、著者と旧さくら銀行の岡田明重頭取との親交が縁となったことを明らかにする。東京三菱銀行ではなく、なぜ三井系のさくら銀行を選んだかの理由についても明らかにする。合併話に比べ不良債権問題は、「不良債権と寝た男」と評された筆者にしてはイマイチ迫力に欠ける。関係者への遠慮なのだろうか。
 経済合理性とかけ離れた非論理的な政治に翻弄され続けた日本郵政社長時代については、愚痴っぽい話がぐっと多くなる。特に鳩山邦夫・総務大臣との確執について詳細に振り返る。「かんぽの宿」「東京中央郵便局再開発計画」で両者は対立したが、本書を読むと何ともばかばかしい話である。

 

ホームレス博士〜派遣村・ブラック企業化する大学院〜
水月昭道、光文社新書、p.214、\777

2011.12.21

 人間環境学博士で、立命館大の研究員と同志社大非常勤講師を務めている筆者が、大学院と大学院卒業生の窮状を切々と訴えた書。博士号を取得しても就職できない状況や、非常勤講師という低賃金で不安定な雇用形態、東大卒の博士の就職率が約40%など、本当なのだろうかと思うような話が次から次へと登場する。こうした悲惨な状況を招いた国の文教政策を痛烈に批判している。筆者の主張がすべて正しいとは思えないが、日本の大学と文教政策の一面を知ることができる新書である。
 いやはや大学院は、凄いことになっている。評者の大学時代にもオーバードクターの問題はあったが、桁違いに悲惨になっている。そもそもの元凶は、需要と供給の関係を無視した国の大学院重点化政策にあるというのが筆者の主張。20年前に7万人だった大学院(修士+博士)の定員が、大学院重点化政策が始まった1991年には10万人、そして現在は26万人に急増。超高学歴の博士を増産したものの、就職先は限られる。とりあえずの非常勤講師は平均的に週に9コマを担当するが、その年収は320万円。週2コマとなると年収は70万円と100万円に満たない。しかも昇給なし、雇用保険なしと辛い。
 こうした状況を筆者は「国家の詐欺」と断じる。少子化によって経営が苦しくなっている大学と天下り先のポストを確保したい文科省の利害が一致した結果とみる。減少する大学生を大学院生の増加で補う訳だ。

 

日本の企業統治〜その再設計と競争力の回復に向けて〜
宮島英昭・編著、東洋経済新報社、p.384、\5040

2011.12.19

 バブル崩壊に伴う銀行危機(1997年)から2008年のリーマンショックを経て現在に至るまでを対象に、日本における企業統治の変遷を追った書。経産省系の経済産業研究所の研究成果をまとめている。社外取締役、執行役員制度、株式の持ち合い、海外機関投資家の増加、雇用システムの変化、親子上場といった切り口から日本企業のガバナンスと組織を論じる。内容にさほど意外性はないが、なんとなく感じていることをデータで裏付けているところが本書の真骨頂である。
 ただし評価基準は主に経営パフォーマンスなので、オリンパスや大王製紙の事件が世間を騒がせているいま、不祥事や違法行為防止の観点を期待すると裏切られる。内容が堅いうえに400ページ近くあるので、読破するのはそこそこ大変。それぞれの章は独立性が高いので、興味のあるところをつまみ食いして読み進むのがお勧めである。
 現在の日本企業の統治形態は、関係性を重視した旧来日本型と、市場性に重きを置く米国型のハイブリット構造をとるというのが筆者の見立て。日本企業における外部および内部ガバナンスの変化、企業統治と企業構造(取締役制度や人事制度)との関係、企業統治の企業行動(研究開発投資や雇用)への影響などについて分析する。
 執行役員制度が企業のパフォーマンス向上につながることはない、取締役会の縮小が利益率の向上と正の相関があるといった指摘や、外国人投資家や機関投資家の株式保有が近視眼的な企業行動につながる証拠はないという指摘は、本書の中では意外性があり興味深い。ちなみに本書では数字が並んだ表が頻出するが、読み飛ばして結論を急いで読んでも支障はない。

 

鷹匠の技とこころ〜鷹狩文化と諏訪流放鷹術〜
大塚紀子、白水社、p.216、\2310

2011.12.15

 世界的には5000年以上、日本でも1650年以上の歴史を持つ放鷹・鷹狩。日本では徳川家康の時代に大きく発展した。鷹狩に際して、人鷹一体となって狩りを遂行するのが鷹匠である。本書は、早稲田大学の卒業研究をキッカケに鷹匠に興味を持ち、ついには諏訪流鷹匠になった女性の書。
 鷹匠とは何か、放鷹のテクニックと道具、鷹狩の歴史と現在、鷹の気性と個性、海外の鷹狩などについて綴っている。門外不出の口伝・秘伝を文書化しており興味深い。特に、鷹の調教や体調管理法などに言及する放鷹術の章は秀抜。鷹狩文化の伝承に対する筆者の想いがひしひしと伝わってくる魅力的な書である。
 東京・浜離宮で正月に行われる「放鷹実演」の話で本書は始まる。汐留の電通ビルの屋上からハヤブサを放ち、急降下する姿を見物人に見せるというもの。こうした行事が東京のど真ん中で行われていたとは、寡聞にして知らなかった。ただし鷹狩自体は1972年以降は禁止されており、その技術の伝承が途切れることに筆者は危機感を募らせる。
 人と鷹が一体になるための数々のテクニックは奥が深い。人鷹一体の鷹に仕立てるための手順、狩りに向けた鷹の体調管理、鷹の体調の見分け方など、へ〜と驚くような話が並ぶ。華麗な放鷹術に「羽合(あわせ)」がある。鷹に加速をつけるために、拳の上にのった鷹を獲物に向けて投げるように押し出す動作である。連続写真が掲載されているが、これがカッコイイ。電子書籍なら動画を組み込みたくなるところだ。

 

ThinkPadはこうして生まれた
内藤在正、幻冬舎、p.201、¥1575

2011.12.10

 期待はずれに終わった書。いまやMac派に戻った評者だが、かつては長期間にわたってThinkPad愛好者だった。家族にも勧めていた結果、3台のThinkPadが家で稼働していた時代もあった。「トラックポイント」は、ノート・パソコンのポインティング・デバイスの最高傑作だと今でも考えている。そのThinkPadの父と呼ばれる内藤在正が綴った書とあって、設計哲学や開発秘話が語られるのだと期待して読んだ。興味深い記述もあるのだが、書き込み不足で心に響くものが少ない。散見される誤字も含め、編集者の力量の問題だろう。悪い題材ではなかっただけに残念である。
 ThinkPadが誕生したのは1992年。米IBMがパソコン事業を中国Lenovoに売却したあとも、1年間に1200万台が出荷されているという。キーボードやポインティング・デバイスといった入力部の操作性、堅牢性といった面で、ビジネス・パーソンに支持されているのだろう。Let'sNoteに席巻されるまで、ThinkPad Xシリーズが記者の定番パソコンだった時代がけっこう長かった。最近では、レノボNECホールディングスの米沢事業場にThinkPadの製造拠点を移すという話(当該記事)も出ている。
 本書はThinkPadが生まれるまでの経緯、ThinkPadの設計思想や開発秘話、内藤自身の技術者および管理者としての哲学、大和研究所の思い出、LenovoやNECレノボ・グループについて総花的に語っている。ThinkPadについて論じている前半部はともかく、LenovoやNECレノボ・グループなそ社内に向けたような書きぶりになっている後半は、読んでいてイマイチしっくりこない。

 

福島 嘘と真実〜東日本放射線衛生調査からの報告〜
医療科学社、高田純、p.108、¥1260

2011.12.8

 世界の核災害調査を手掛けた札幌医科大学教授(専門は放射線防護学)が、福島原発事故の影響を受けている地域の環境と健康を実地調査した書。結論は、福島の放射線は心配なレベルではなく、健康被害はないというもの。著者がこれまで調べた中国やロシアの核災害地と比べて、はるかに安全と強調する。問題は、政府の根拠が不透明な対応とそれに振り回される行政にあると指摘。全体で108ページの小冊子だが、数多くの現場を踏んだ人間のもつ力強さを感じさせられる。原発問題は、専門家と素人が入り乱れたり、エセ専門家が登場したりと混乱状態だが、本書は一読の価値がある。日本の書籍で軽視されがちな索引が充実しているのも見逃せない。後々役立ちそうだ。
 筆者は、ガンマ線スペクトル・メーターやアルファ・ベータ・カウンターなどの計測器を携え、2011年4月に札幌から福島経由、東京までの「東日本放射線衛生調査の旅」を敢行した。旅の途中では、屋外における放射線の計測を行うほか、避難者の甲状腺線量検査などを実施。いずれも問題のないレベルであることを確認している。
 筆者が憤るのは二つ。一つは、国際原子力事象評価尺度で「レベル7」とチェルノブイリ事故と同等と評価した問題。レベル7の根拠となる放出放射能の算出方法を明記した検証可能な報告書が開示されていない点を問題視する。もう一つは、計画的避難の根拠となる年間線量の算出方法。住民に個人線量計を装着することもなく、屋外線量率を一定値にして年間時間数をかけたため、科学的にみて過大な数字になったと指摘。被災者を苦しめる杜撰な算出法で容認できないと避難する。

 

利他学
小田亮、新潮選書、p.255、¥1260

2011.12.7

 人はなぜ赤の他人を助ける、もっといえば自分が相手よりも損をするような利他的な行動をするのだろうか。その根源的な理由を、人間行動進化学を中心に生物学、心理学、経済学、哲学の研究成果をもとに探った書。なぜ人間は利他的なのか、何が利他的行動を起こさせるのか、なぜ利他的行動が維持されるのか、利他性はどこから来たのか、利他性はどこに行くのかといった切り口で持論を展開する。知的好奇心を満足させられる書である。
 興味深いのは利他性の原因をさぐる実験である。たとえば「人の目」の効果。1000円を分配する実験で「目」の絵を飾っておくと、他人への分配額が増える。「目」の写真を置いたカフェテリアでは、トレイが片付けられる割合が増え、テーブルがきれいになる。これは利他的な行動によって自分の評判がよくなり、回りまわって自らの利益になるという仕組みが進化の過程で出来上がったという。東京都内では、歌舞伎の隈どりをした目を描いた「東京都防犯ステッカー」を張ったクルマが走っているが、人間行動進化学的に意味があるわけだ。
 人間は利他的主義者を外見から見分けることができるという実験結果も面白い。高利他的主義者は低利他的主義者よりも積極的で、心が広く、責任感があるように見え、感じよく、親しみやすく、親切であり、外向的であるという印象をもたれるという。よいところだらけである。では、どういう外見が利他的主義者につながるのだろうか。筆者は、額にしわがよる頻度やうなずきの頻度が多く、ほほ笑みの左右対称性が高いほど利他的に見えるという実験結果を紹介している。ほほ笑みの回数が多いのも好印象につながる。

 

江戸のしきたり〜面白すぎる博学知識〜
歴史の謎を探る会、KAWADE夢文庫、p.221、¥540

2011.12.5

 この手の蘊蓄本は当たり外れが大きい。あまりにも下世話だったり、内容が薄かったりしてガッカリすることが少なくない。本書の評価は可もなく不可もなくといったところ。一つのエピソードに2ページ前後を割き、テンポよく江戸時代の風習や風俗を紹介している。紹介するには、しきたり、近所つきあい、身だしなみ、遊びのマナー、恋愛と結婚、年中行事、商売、武士の作法、刑罰である。深さこそ足りないが、エピソードの選択の仕方が優れており飽きさせない。江戸時代の豊かさを感じることができる1冊に仕上がっている。暇つぶしに読むのには悪くない書である。

 

世界一のトイレ〜ウォシュレット開発物語〜
林良祐、朝日新書、p.192、¥756

推薦! 2011.12.2

 1980年に登場したウォシュレットは世紀の発明である。外出先のトイレで、ウォシュレットがあればついホッとするのは評者だけではあるまい。本書はウォシュレットだけではなく、暖房便座、防臭装置、汚れない便器、節水装置など数々の日本発の技術が生まれるまでの試行錯誤を開発者であるTOTOウォシュレットテクノ社長が綴った書。日本的なキメ細かさと創意工夫が随所に出ているし、技術の奥深さがよく分かり興味深い。技術者の方々にお薦めしたい良書である。ちなみに日本家庭におけるウォシュレット普及率は実に70%超。すごい。
 評者は、上前淳一郎が週刊文春に連載していた「読むクスリ」でウォシュレットの開発秘話を読んでから、この発明がずっと気になっていた。「読むクスリ」では、ウォシュレットのノズルの最適な角度を知るために、嫌がる社員を動員した話が紹介されていた。そのほかにも逸話があるはずと、本書の登場を10年以上も待ちわびていたのだ。
 ウォシュレットが普及するまでの苦闘の歴史は読み応えがある。人間が飲料する水を直接便器につなぐことに対する水道局の拒否反応。感電を恐れることが普及の障害になった訴訟大国・米国の事情など、パイオニアのTOTO技術者の苦労がわかる。トイレにコンセントが入り、便器が電気製品になったったことが画期的だったという筆者の指摘は目から鱗である。
 本書を読んで感心したのは、ウォシュレットの洗浄水に隠された秘密である。おしり洗浄機能「ワンダーウェーブ洗浄」では、しっかりと当たる強い吐水と、水をセーブする弱い吐水を1秒間に70回以上繰り返しお尻に当て、2倍の洗浄力を得ている。何気なく使っているウォシュレットにこんな技術が使われているのには正直驚く。女性ならではの意見がウォシュレットの技術革新に生かされているという逸話も興味深い。

 

2011年11月

「方言コスプレ」の時代〜ニセ関西弁から龍馬語まで〜
田中ゆかり、岩波書店、p.280、\2940

2011.11.30

 方言に対する日本人の価値観の変遷を各種の意識調査、テレビ番組や文学作品の分析などから追った書。表題の「方言コスプレ」とは、大阪人でもないのに吉本芸人のように大阪弁で突っ込んだり、高知出身者でもないのにドラマの坂本龍馬のような言葉を使ったり、TPOに応じて方言を使い分ける「言葉のコスチューム・プレイ(コスプレ)」現象を指す。筆者によると比較的若い年齢層を中心に、親密な間柄やくだけた場面で定着しつつある表現という。日本人の方言に対する意識がこの40年ほどで劇的に変わったことがよく分かる書である。
 評者のような世代だと、話し言葉といえば標準語というイメージがある。生まれ育った地域の方言(評者の場合は生まれ故郷の大阪弁だったり、育った金沢弁だったりする)は使っているものの、頭のどこかに標準語の呪縛が存在する。筆者は「近代から戦後にかけての標準語の登場と強制」と書いているが、当たらずとも遠からずである。しかし方言に対する日本人の姿勢は徐々に変わっていく。1980年代になると方言コンプレックスが問題にならなくなり、逆に方言がプレステージ化することを筆者は新聞記事や投書から明らかにする。
 同時に方言は特定のイメージと結びつく。大阪弁なら「おもしろい」「怖い」「かっこいい」、沖縄弁は「あたたかい」、東京弁は「つまらない」「冷たい」、広島弁は「男らしい」「怖い」、福岡弁は「怖い」などだ。このステレオタイプのイメージが会話相手と共有されることによって、方言のコスプレ化が可能になっていく。このあたりの論理展開はなかなか読ませる。興味深いのは、NHKドラマ(特に大河ドラマ)を分析することで日本社会の方言に対する変化を論じる部分。NHKドラマが試行錯誤しながら方言を扱ってきたことを、筆者は丹念な調査で明らかにする。かつては標準語だった坂本龍馬が、ついには土佐弁を喋るようになっていく。丹念な分析に裏付けられたこの部分を読むだけでも価値がある。

 

Steve Jobs、Walter Isaacson
Simon & Schuster、p.656、$35.00

推薦! 2011.11.28

 iPhone 4S発表の翌日10月5日に逝去したスティーブ・ジョブズの評伝。600ページを超える大著で、読み終えるまでにほぼ1カ月かかってしまったが、それだけの価値は十分だ。本書が出版されたのは、当初の予定から1カ月前倒しの10月25日。日米でほぼ同時発売というのも驚きである。原著をあえて読んだのは、日本語版では21章「Family Man」が削られているから。家庭人としてのジョブズを扱った章で、削られた理由はよく分からない。日本語版にはもう一つ問題がある。ジョブズは自らの評伝の装丁にこだわり、やり直しを命じたという。原著はジョブズの要求に沿っているが、日本語版は無視している。
 本書がジョブズ本の決定版であるのは間違いない。ジョブズの人生の表面(長所)と裏面(欠点)を微に入り細を穿って描いている。ジョブズが複雑な性格で、どれほど“嫌な奴”なのかは本書を読めばよく分かる。JobsやAppleに関してはJim Carltonの「Apple」やJeffrey Younの「iCon」など優れたノンフィクションがあるが、内容の充実度では本書に一歩譲る。IT業界やパソコン業界の裏側で繰り広げられていた逸話が満載なので、この業界に関心のある方々にお薦めである。Isaacsonという手だれの伝記作家の目を通してだが、ジョブズの強烈なメッセージがビシビシ伝わってくる。一読の価値がある。ただし何せ長いので、まとまった時間がとれる正月休みなどで読んでほしい。
 ジョブズの人生を一貫するものは、デザインへのこだわりと、シンプルさの追求である。誰も見ない製品の裏側にまで完璧を期すなど、その徹底ぶりはすさまじい。凡人にはとうてい真似できそうにない。ジョブズの完璧主義が、Macintosh、iMac、iPhone、iPad、iTunes、Apple Storeなどの成功を生んだ経緯を本書は丹念に追っている。ジョブズの行動の背景にある仏教や禅への傾倒も興味深い。
 Apple、NeXT、Pixarといったビジネスでの成功物語と並んで、本書で特筆すべきなのはプライベートな面にかなり突っ込んでいる点。妻や娘との関係はもちろんだが、ガンとの闘いについても多くのページを割いている。死の床にあるジョブズをゲイツが見舞った話や、近所に住む米グーグルの創設者ラリー・ペイジとの交流はちょっと感動的である。人生の最後におけるジョブズの姿を知るだけでも本書を読む価値はある。

 

ゲームが変わった〜ポストものづくりの競争をどう勝ち抜くか〜
中村吉明、東洋経済新報社、p.272、¥1890

2011.11.4

 世界市場における競争条件が変わったにもかかわらず、日本企業は対応できていない。では、どうすれば活路が見出せるのか、どうすれば持続的な成長を成し遂げられるのかを経済産業省の官僚が説いた書。正直なところ得るところは少ない。日本の官僚はこの程度なのかという思いを強くする。この手の「日本復活の処方箋」を読み見慣れた方には、新たな発見は多くない。特にIT関連の詳しい方は失望するかもしれない。出てくる事例がいまどきアップルやアマゾン、グーグル、シスコでは言い古されており魅力に乏しい。
 筆者はIT業界のほか、水ビジネスと鉄道ビジネスの現状に二つの章を割いて触れる。この部分はお薦めである。評者にとっても土地勘のない分野だけに興味深く読むことができた。

 

2011年10月

かぜの科学〜もっとも身近な病の生態〜
ジェニファー・アッカーマン著、鍛原多惠子・訳、早川書房、p.351、\2205

2011.10.25

 身近な病気「カゼ」について、微に入り細を穿って解説した書。サイエンスライターである著者が、カゼとは何か、かかったらどうしたらいいのか、かからないための工夫、カゼ薬や民間療法の効果について、最新の研究や研究者への取材を交え紹介する。すごい驚きがある内容ではないが、知的好奇心をそこそこ満足させられる。アポロ7号の乗組員全員が身体検査のあと6時間後に発症し散々なフライトだったなど、カゼにまつわるエピソードの数々は興味深い。睡眠時間やストレス、性格と発症との関係を明らかにするなど全体に肩の凝らない内容なので、ヒマつぶしに読むのに向いている。
 現代は「カゼの黄金時代」らしい。とりわけ保育施設や学校は病原菌の巣。「第一次世界大戦時の塹壕以来、病原体がこれほど効率的に共有されている場所は現代の保育施設以外にない」という専門家の言葉を本書は取り上げる。秀抜なのは、チキンスープなど民間療法や、免疫力が下がると風邪にかかるという俗説についての解説とエピソードの数々である。ビタミンCの摂取やニンニクを食べることの効果の有無についても、本書は紹介する。
 カゼの身体機能に与える影響は興味深い。カゼをひいても肺機能や運動能力は損なわれない。ただし記憶する速度は落ちたり、情報を分析・処理する能力に影響を与えるという。カゼは200種類以上の異なったウイルスによって引き起こされ、アデノウイルスのように脂肪細胞の形成速度に影響を与え、肥満の原因となるものさえ存在する。ちなみに、カゼに限らず伝染性疾患の蔓延を予防するもっとも有効な方法は「手洗い」であり、カゼはウイルスであり細菌ではないので、抗菌石けんや洗浄剤はカゼの予防には効かないことを本書は紹介している。

 

勲章〜知られざる素顔〜
栗原俊雄、岩波新書、p.224、\756

2011.10.19

 勲章について、制度創設の経緯や歴史、制度の中身、人選の方法、製造現場、売買の実態などについて詳説した書。新聞に叙勲の記事が出ていても読み飛ばしていたが、毎年春と秋に約4000人が勲章を授与されているという。そんなに多いとは、ちょっと驚きである。勲章制度には法律の裏付けがないとか、文化勲章と文化功労者との関係など知らないことが満載である。蘊蓄好きの方にお薦めの1冊である。
 勲章制度の誕生をめぐる裏話は興味深い。時は140年ほど前のパリ万博。薩摩藩は独立国として国際社会に認められるために「薩摩琉球国勲章」をフランス政府高官に進呈した。これが日本の勲章制度の始まりと言われる。幕府側でも「葵勲章」を作ったが、倒幕とともに幻となったという。
 このほか本書では、戦前と戦後における勲章制度をめぐる動き、選考の過程、受勲者や拒否者の素顔、叙勲するための涙ぐましい運動、勲章の製造現場、売買の実態、勲章を身につけるときのドレスコードなどを紹介する。

 

独自性の発見〜消費者の心をつかむ唯一の方法〜
ジャック・トラウト著、スティーブ・リヴキン著、、吉田利子・訳、海と月社、p.312、¥1890

2011.10.17

 メインタイトルからはハッキリ分からないが、モノがあふれる時代に企業が生き残るためのマーケティング法を説いた書。実は原題「Differentiate or Die」が内容をよく表している。失敗とは言えないが、邦題には一考の余地があったと思う。差別化は企業が常に努力しなければならない最も重要な戦略だと、筆者は強調する。そして、他社との差別化で効果がある「真の独自性」を実現する方法を豊富な事例を駆使しながら紹介する。具体例が多いのでマーケティングに興味のある方にお薦めである。
 とにかく著者は自信満々である。あのマイケル・ポーターに対して、「独自のポジショニングの必要性について語るが、どうすればよいのか助言してくれない。戦略的継続性とか戦略的ポジショニングの深化、トレードオフの最小化などについて語るが、これでは差がつかない」と断じる。広告会社も「広告会社が重視するのはアートであり、科学的姿勢ではない。それでは差はつかない」と切って捨てる。
 筆者が推すのは「USP(Unique Selling Proposition)」。USPの要諦は三つ。第1は、広告を見る人に「この商品を買ったら、こういう利益がありますよ」と知らせること。第2は、消費者への提案は競争相手が出さないか、出せないものであること。第3は消費者の気持ちを動かせる力があること。いずれも当たり前のことだが、実現できている例は多くない。少ない成功例と多くの失敗例を筆者は次々に取り上げ、ポイントを手際よく解説する。
 筆者が強調するのは「科学的・論理的であるべき」という点。マーケティングの世界で論理的な議論に出会うことはめったになく、これこそが失敗する原因だと自らの経験をもとに分析している。

 

民意のつくられかた
斎藤貴男、岩波書店、p.222、¥1785

2011.10.13

 原子力、オリンピック招致、事業仕分け、選挙、道路建設、捕鯨問題などを切り口に、世論はどのように形成されていったのか、民意とは何かを追った書。巨額の広告宣伝費、誘導的な世論調査、営利的な非営利団体を切り口に関係者を取材して実態に迫っている。もともとは雑誌「世界」に掲載された記事。岩波書店と斎藤貴男の組み合わせなので、読む前から方向性が分かるが、思ったほどには岩波臭さは感じなかった。ありがちな切り口だが、日本社会の裏の実態を知ることができるノンフィクションなのは確か。
 時節柄、原子力問題に8章のうち冒頭2章を割き、原子力に関する世論形成の舞台裏を明らかにしている。評価したいのは、1章、2章とも福島原発事故の前に雑誌「世界」に掲載されている点。1章が2010年2月、2章が2009年12月が初出。便乗組ではなく、少なくとも斎藤の目の確かさが分かる。内容的にも、大手広告代理店のマスメディアを巻き込んだ巧妙な広報宣伝手法、教科書検定の仕組みを使った原子力教育の実態を明らかにしている部分は読み応えがある。
 国策PRと題した3章も刺激的である。原子力行政以外にも、国家が広告を巧みに利用して世論を誘導していることを明らかにする。事例として挙げるのが2008年から2009年に繰り広げられた「チーム・マイナス6%」キャンペーン。京都議定書で義務づけられた二酸化炭素削減を周知徹底するための広報活動である。一見すると無関係に見えるイベントを矢継ぎ早に繰り出すことで、国策の普及啓蒙を図った過程を明らかにする。

 

ひとはなぜだまされるのか
石川幹人、ブルーバックス、p.298、¥861

2011.10.8

 人間の心の動きを、生物の進化に基づいて考える「進化心理学」の入門書。進化心理学は1990年代から注目され始め、心の動きが形成された経緯を進化論に基づいて解釈する学問である。例えば、壁の汚れを幽霊だと間違える、怒りの感情を損と知りながら爆発させる、想像と現実は無関係と分かっていながら関連づけて考えたといった行動の根底に、人間の進化の過程があると考える。本書は、錯視、注意、記憶、感情、想像、信念、予測の七つの切り口から、進化心理学の考え方を紹介する。進化心理学では、人間の心は過去の狩猟時代の生活に合うようにチューニングされていると考える。現在の生活環境は、人間の心の仕組みとはズレており、それが数々の齟齬を生む。タイトルとの内容に若干のギャップはあるが、知的好奇心を満たしてくれるブルーバックスらしい書である。
 例えば錯視の裏側には、草原に生きる上で適切なように調整された視覚が存在する。注意力にも人類の長い歴史が横たわる。獲物や外敵の敏捷な動きに対して瞬間的に対応するために、速い変化には注意を集中できるが、遅い変化には散漫になってしまい気づかない。記憶の仕組みも興味深い。見たままを忠実に記憶するのではなく、ロジカルな解釈とともに記憶する。また多くの事柄をバラバラに記憶するのではなく、相互に関連づけて整合的な知識として蓄える。
 示唆的なのは予測の章である。人間の心は、将来の予測にあまり重きをおかないようになっているという。進化心理学的に人間は、数十年、数百年に1回しか起きないような災害に準備する姿勢は決定的に欠けている。本書執筆中の東日本大震災が起こったが、不幸にも進化心理学の理論を裏付ける結果となった。今回の教訓をどう生かすか、我々には進化心理学を超える英知を求められている。

 

余震(アフターショック)〜そして中間層がいなくなる〜
ロバート・B・ライシュ著、雨宮寛・訳、今井章子・訳、東洋経済新報社、p.207、¥2100

推薦! 2011.10.6

 ウォール街で現在起こっているデモを予言するような内容を含んだ良書。一部の富裕層に富が偏在し、国家の経済成長を支える中間層が喪失しかねない米国の状況に警鐘を鳴らすと同時に、明快な処方箋を書いている。筆者はクリントン時代の労働長官など民主党政権の要職を歴任し、オバマ大統領のアドバイザーを務めた大学教授。この書評で前著「暴走する資本主義」(2008年)を推薦したが、本書もお薦めの1冊だ。
 筆者は資本主義を、「富が集中するように仕組まれたゲーム」と位置づけ、その暴走によって富裕層と中間層の経済格差は拡大し続けると論じる。富裕層がどんどん経済力(上位10%が国民総収入の50%)を手に入れても、米国経済を浮揚させる力にはならない。中間層に十分な購買力がなければ需要は拡大しないからだ。米国経済は縮小するばかりで、リーマンショックからの回復は覚束ない。リーマンショックの“余震”は続き、中間層の所得は増えず経済力はどんどん落ち込む。その結果、不平不満が蔓延し、社会は不安定になると結論づける。
 筆者は1920年代の大恐慌と2000年代のリーマンショックを比較して、前者は新たな経済秩序を生み出したが、後者は何も生み出していないと断じる。政府は多額の資金を投入し経済破綻を防いだが、格差拡大という社会問題の解決を先送りにしてしまった。政府は大恐慌の教訓を学んでおらず、危機の火種は残ったままというが筆者の判断である。
 筆者は中間層への配分を厚くすることが需要を喚起し、経済再生のポイントになると1947年〜1975年の大繁栄時代の分析をもとに強調する。筆者は富の再配分について、即効性のある方法として「負の所得税」「所得補助」「税控除」といった方策を提案する。

 

江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた〜サムライと庶民365日の真実〜
講談社プラスアルファ新書、古川愛哲、p.192、\840

2011.10.4

 タイトルと内容が異なっている書。タイトルの引かれて購入すると、評者のように期待はずれに終わるかもしれない。江戸時代についての蘊蓄話が本書の中心である。時代劇の時代考証はめちゃくちゃといった話が次々に登場する。エンタテイメントとしては悪くないが、知的好奇心を満たされる度合いは低く、少々食い足りない。
 そもそも、「江戸の歴史は大正時代にねじ曲げられた」という話がどこに出ていたのだろうかと読み返すと、冒頭に登場する。要するに、大正時代に始まった「チャンバラ」に描かれた江戸時代は間違いだらけという話である。タイトルにもかかわらず、何とも印象に残らない。

 

死のテレビ実験〜人はそこまで服従するのか〜
クリストフ・ニック著、ミシェル・エルチャニノフ著、高野優・訳、河出書房新社、p.309、¥2100

2011.10.3

 テレビ番組を模して2009年に行われた心理学実験(服従実験)の詳細を紹介した書。人間が権威に弱いことと、テレビの影響力の大きさを示すショッキングな内容である。筆者はテレビ番組の制作者とジャーナリスト。刺激に飢え、どんどんヒートアップするテレビ番組に危機感を募らせ、この実験を企画した。人々はテレビを無条件に信頼しており、信者に絶対的な権威を持つカルト宗教のようなものだと、筆者は警鐘を鳴らす。その手口は、感情に訴えることで視聴者を煽動しており、独裁者とそっくりだと断じる。
 実験はクイズ番組の体裁をとり、出題者(一般人)は回答者(俳優)が間違えるたびに、回答者に与える電気ショックの電圧(最大460V)を高めていくというもの。高電圧に苦しむ回答者の声を聞きながらも、電気ショックを与え続けるように司会者から命令されたときに、人はどれくらいの割合で権威に服従し残酷な行為に走るかを調べた。有名なミルグラムの服従実験(通称「アイヒマン実験」)を架空のクイズ番組に応用し、テレビのもつ権威性を確かめる目的で行われた。
 結果は衝撃的。81%の出題者が最後までクイズを続け、最終的には表面上460Vもの電気ショックを回答者に与えたのだ。科学者の権威に対する服従を調べたミルグラムの実験の結果が62.5%だったので、単純に数字を比べるとテレビの権威が科学者を上回ったことになる。
 日本のテレビの低俗化は酷いが、本書が紹介する欧州の状況も似たようなもの。露出度と露悪度は欧州が先をいくかもしれない。筆者が服従実験と実験をもとにしたドキュメンタリー番組を思い立ったのは、「このままでは、いずれ殺人を見せる番組が登場しかねない」という危機感が背景にある。テレビ番組によって、テレビ番組を批判するためだったという。
 本書は服従実験について、なぜ人々は良心に背く行動をとったのか、途中で服従をやめた人々の状況はどうだったのかについて、社会心理学的な分析を加える。前者は、自発的に参加してという意識から生まれる義務感、部分的な細かい作業に集中する、相手が悪いと考える、といった行動をとることで良心を抑える。後者は、仲間を作る連帯によって服従から逃れることができたと分析する。

 

2011年9月

アカデミック・キャピタリズムを超えて〜アメリカの大学と科学研究の現在〜
上山隆大、NTT出版、p.385、¥3360

2011.9.28

 米国の大学と市場経済とのかかわりを、歴史的な経緯や最近の事件・判決、米国社会の特性を踏まえて論じた書。情報技術やバイオ・テクノロジーの分野でイノベーションを生み続ける米大学と産業界の関係を知るうえで役立つ。研究の特許化をはじめとする大学における市場経済の浸透、大学そのものの商業化(ショッピングセンターやホテル、病院、出版社の経営)などについて、ベイエリアの状況を中心に議論を展開する。日本の大学や研究開発の在り方を考えるときに、貴重な情報を与えてくれる1冊である。
 研究は、特定の科学者の閉じられた真理探究の活動であってはならないという規範が米国社会に存在すると著者は指摘する。研究者は、一般の人々に対して何らの金銭的利益や精神的利益、幸福にもたらさなければならない。一方で基礎研究は、応用研究を経てイノベーション、産業の発展、豊かな社会へとつながっていく(いわゆる「リニアモデル」)。だから大学の研究への政府や企業の投資は正当化される。こうしたメンタリティが社会には組み込まれており、米国の“地頭”の強さにつながっている。
 あまり語られることのない研究費還流の仕組み、遺伝子情報や研究ツールの特許化、研究者における利益相反(出資企業の利益と公共の利益の対立)など、本書には興味深い実例が並ぶ。例えばスタンフォード大学における研究費還流の仕組みはこうなっている。自然科学系研究者は政府から巨額の資金援助を受けているが、大学は50%の共通費を徴収する。この資金を研究費の乏しい人文・社会科学に配布している。メジャーリーグの「ぜいたく税(luxury tax)」同様、米国らしい合理的な考え方だ。有名なスタンフォード・ショッピングセンタの設立経緯についても触れている。

 

日本中枢の崩壊
古賀茂明、講談社、p.386、¥1680

2011.9.15

 現役官僚が民主党政権の国家公務員制度改革などを批判したことで話題を呼んだ、古賀茂明のベストセラー。雑誌論文や国会証言などで政権批判を行ったため経済産業省大臣官房付という閑職に追いやられた。その後も現役官僚の肩書きで政権批判を続けていたが、9月22日付で辞表を提出したようだ。本書は“現役官僚”が徹底的に政権を批判している点で見るべきところはあるものの、内容自体は他の民主党政権批判や官僚批判と大きく異なってる訳ではない。政官界の問題について頭を整理するときに役立つといったところが、本書の評価として妥当なところだろう。
 筆者が力点を入れて論じるのが国家公務員制度改革。自民党政権時に渡辺喜美・行政改革担当大臣がどのように改正させたか、成立までの紆余曲折、成立後の官僚の抵抗などを詳述している。自民党への失望が大きかっただけに、民主党にいる政権交代に筆者は期待する。期待はすぐに失望に変わる。期待が高かっただけ、その反動は大きかったといえる。
 さすがに現役官僚だけに、官僚機構についての記述は詳細だ。天下りの仕組み、官僚が駆使する騙しのテクニック、大企業との癒着など、自らの体験を踏まえ紹介する。

 

調査報道がジャーナリズムを変える
田島泰彦、原寿雄、山本博、花伝社、p.243、¥1785

2011.9.15

 政府や官庁、企業の発表を唯々諾々として受け入れ伝える「発表報道」が蔓延するマスメディアに警鐘を鳴した書。10人の筆者がそれぞれの経験を基に、発表報道と対極をなす「調査報道」の重要性を説く。ここでいう調査報道とは、ジャーナリストやマスメディアが独自に取材、調査して読者に伝える手法を指す。日本での金字塔は立花隆「田中角栄研究〜その金脈と人脈」だし、米国ではボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインがニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート報道が有名である。
 本書の前半「調査報道の実際」では、桶川ストーカー事件、足利事件、リクルート事件、日米政府間の核密約、北海道警察の裏金づくりといった調査報道の過程を当事者がたどっている。休刊した写真週刊誌FOCUSの元記者(現在は日本テレビ)や共同通信記者、北海道新聞記者、フリージャーナリストが当時を振り返っており、現場の香りがぷんぷんする。彼らの述懐を読むと、調査報道が成功するまでの道のりは決して平坦ではないことがよく分かる。取材対象の抵抗、同業者の妨害、社内の反対、取材の行き詰まりなど、多くの困難にぶち当たる。挫けそうになる現場を勇気づける場面は読み応え十分である。
 後半「調査報道の可能性とジャーナリズム」は、大学教授の論考が中心になっている。ウィキリークスやYouTubeの台頭、名誉毀損訴訟の頻発と賠償金の高騰、個人情報に対する保護意識の高まりなど、マスメディアがおかれた環境の激変をどのように判断すべきか、さらにどのように対処すべきかについて論じる。あまりに変化が劇的で、ウィキリークスに対する評価などまだ定まらない点が多いが、マスメディアで禄を食んでいる評者のような人間の頭の整理に役立つ内容を含んでいる。

 

ユニコード戦記〜文字符号の国際標準化バトル〜
小林龍生、東京電機大学出版局、p.290、¥2700

2011.9.14

 文字コードの国際標準化の舞台裏を綴った書。ジャストシステムから派遣された日本人技術者の視点から、ユニコードとISO/IEC 10646における、漢字標準化作業の詳細を描いている。日本と欧米の標準化に対する考え方の違い、日本国内における標準化推進派と反対派の確執などの人間模様を話の中心に据える。ただし文字コードや情報技術の専門知識がないと読みづらい個所もあり、必ずしも一般向けとはいえない。
 ジャストシステムの浮川専務(当時)から辞令を受け、著者が国際標準化作業の現場に放り込まれたのは1995年のこと。パックス・アメリカーナ的な情報技術楽観主義の論理がまかり通る標準委員会のなかで、英語が不自由なまま悪戦苦闘する様子を本書は活写している。苦しい状況のなかで、出身企業(ジャスト以外は外資系)が異なる日本人委員が連帯しながら欧米委員と対峙していく様子は興味深い。
 国内における標準化作業も一筋縄ではいかない。もともとJIS漢字は「情報交換用符号化文字集合」として作られており、文学作品を想定しない。そのため「日本文化の根幹たるべき漢字の使用が工業規格ごときに左右されるとは何事か」とJIS批判・ユニコード批判の矢面に立たされる。筆者は「ヒステリックで声高な抽象的非難ではなく、具体的な形で提示してほしい」「国際整合性を無視できない」と考えたものの、文字コードの素人相手に説得は難しかったと嘆く。
 本筋と異なるが、国際標準化作業にかかる経費や英語上達法の話は興味深い。経費は出張旅費が中心だが、社員を送り出す企業の負担は相当なものである。英語が苦手だった著者は、最後には部会の議長に就任できるまでスキルを高めたが、それまでの道のりを付録部分で詳述している。まさに英語漬けで、やはり上達に近道はなさそうだ。

 

エネルギー論争の盲点〜天然ガスと分散化が日本を救う〜
NHK出版新書、石井彰、p.224、¥777

2011.9.12

 著者が天然ガスに長年かかわってきた人物という点を差し引いても、エネルギー問題を考える上での貴重な情報が多く盛り込まれた良書。原発派 対 反原発派(再生可能エネルギー派)という構図で“0”か“1”かの不毛な議論に陥りがちな日本のエネルギー論争の問題点を鋭く突いている。部分最適ではなく、全体最適の視点を提供する。
 筆者の舌鋒は鋭い。原発容認派も再生可能エネルギー推進派も、都合の悪い事実には目を背けて、自分たちのつごうによいように主張を組み立てていると切って捨てる。同時に、安易な技術楽観論と技術革新期待論を拠り所にしていると批判する。勉強不足のマスメディアが議論の迷走に拍車をかけているという指摘は耳が痛い。
 本書の特徴の一つは、エネルギー問題を文明史・人類史的、さらには生物学的・物理学的な視点から論じるところ。第1章と第2章を割いて、ユニークな視点から持論を展開している。新書なのでページ数の成約があるので語り尽くしているとは言いづらいが、名著「銃・病原菌・鉄」を彷彿させる内容である。刺激的だし頭を整理するうえで役に立つ。
 筆者が推すエネルギー源は天然ガスである。天然ガスは、同じ熱量でCO2排出量が石油よりも30%、石炭よりも50%少ない。シェールガスの採掘が可能になって埋蔵量は飛躍的に拡大。現在の生産量なら400年以上は維持でき、石油よりも豊富という。さらに米国が世界最大の天然ガス生産国になったことで、地政学的な懸念は少なくなる。筆者が考える全体最適のエネルギー政策はこうなる。天然ガスを活用したコジェネレーションと分散化を進め、太陽光発電と風力発電などの再生可能エネルギーと組み合わせる。再生可能エネルギーではコスト面を考えて風力発電を優先すべきと主張する。

 

清貧と復興〜土光敏夫100の言葉〜
出町譲、文藝春秋、p.288、¥1400

2011.9.8

 石川島播磨重工と東芝で社長を務め、経団連会長や第2臨調会長を歴任した土光敏夫の箴言・至言をまとめた書。100件の発言と背景説明で構成している。キリのいい100にこだわったせいで、後半部が息切れ気味なのは少し残念。短く・鋭くで十分に著者の思いは伝わったように思う。
 土光の発言からは、人間としての気骨と迫力、自信が、言葉に乗り移っている感じがする。没後20年あまりになるが、言葉はまったく色あせていない。日本の政治・経済・社会に対する危機意識は強く、いまなお通用する警鐘が並ぶ。しかも実行を伴っていたところが、土光の真価だろう。本書を読むと、この20年間、われわれは何をやってきたのだろうとの思いを強くする。
 城山三郎は土光を「一瞬一瞬にすべてを賭ける、という生き方の迫力。それが八十年も積もり積もると、極上の特別天然記念物でも見る思いがする」と称したという。多くの経済人を見てきた城山にこう言わしめる人間力はちょっと凄いが、本書を読むと理由が分かる。ここ数年、筋が通らない、腰が据わらない、言いっ放し、見識を疑うといった場面に散々出会ってきただけに、本書は一服の清涼剤である。

 

The Innovator's DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators
Jeff Dyer、Hal Gregersen、Clayton M. Christensen、Harvard Business School Pr、p.304、$29.95

2011.9.7

 「イノベーションのジレンマ」で知られるClayton M. Christensenなど3人の大学教授の手によるビジネス書。8年間の調査研究の成果という。本書の主題は「イノベーションはどうやって生まれたのか」「我々は、どうすればイノベーションを生み出せるのか」で、破壊的イノベーションを生む秘訣を事例に基づき論じる。画期的な議論を展開している感じはしないが、米国のビジネス書らしく、多くの事例や調査で裏付けをとっており読み応えはある。ただし、そのうちに翻訳が出ると思われるので、慌てて原書を読む必要性は感じない。
 筆者によるとイノベーティブな起業家は、一見関連がなさそうな事柄のあいだに関係性を見つける能力に長ける。その関係性からイノベーティブな製品やサービスを生み出すという。このほか、違和感がイノベーションのスタート、イノベーションには人材の多様性が不可欠、イノベータの能力はT型(特定分野における深い専門知識と幅広い興味)など、興味深い指摘が多い。ちなみに、生まれつきの才能がなければイノベータになれない訳ではなく、努力すれば身に付く。誰でも五つのスキルを磨けば破壊的イノベーションを生むことが可能と論じる(ビジネス的に成功するとは無関係だが…)。
 ここでいう五つのスキルとは、Associating(関連づけ)、Questioning(探究心)、Observing(観察眼)、Networking(人的ネットーワーク)、Experimenting(実行力)である。これらのスキルの鍛え方について、それぞれ1章を割いて詳述する。特に印象に残ったのはQuestioningとExperimenting。前者ではブレストならぬQuestionStormingの重要さ、後者では自ら手を動かすかどうかがイノベータと非イノベータの差だと説いている。
 興味深いのはイノベーション企業ランキング。過去の実績だけではなく、将来的にイノベーティブな企業かどうかを評価するための指標を筆者らは作成した。正しいかどうかは歴史が判断することになるが、1位はSalesforce.com、2位はIntuitive Surgical、3位はAmazon.com、4位Celgene、5位Apple。Googleは6位である。ちなみに過去の実績に基づくBusinessWeek誌のイノベーション企業ランキング(1位Apple、2位Google、3位Microsoft、4位トヨタ、5位GE)である。

 

五感で学べ〜ある農業学校の過酷で濃密な365日〜
川上康介、オレンジページ、p.195、¥1500

2011.9.1

 タキイ種苗が1947年に設立した農業学校「タキイ研究農場付属園芸専門学校」の体験入学記。40代のノンフィクションライターが18〜24歳の若者に交じって1年にわたって学校生活を送り、ユニークな教育と寮生たちの成長を追っている。「タネのタキイ」で知られるタキイ種苗が運営している学校が存在していること自体に驚くと同時に、農業という自然を相手にする仕事の奥深さと人格形成に与える影響を感じさせてくれる書である。
 学生の出身校はさまざま。高校からの進学者が大勢を占めるが、農学部以外からの大卒者も多く含まれており、農業のエリート養成校という位置づけも的外れではなさそうだ。全般に筆者の強い思い入れが感じられ、少し引いてしまう場面もあるが、素直に感動するのも悪くない。何よりも登場する学生たちが若者らしくていいし、彼らに対する記述に筆者の愛情が感じられる。

 

2011年8月

フォールト・ラインズ〜「大断層」が金融危機を再び招く〜
ラグラム・ラジャン著、伏見威蕃・訳、月沢李歌子・訳、新潮社、p.318、¥1995

2011.8.30

 リーマンショックの原因を分析した書籍として、欧米で高い評価を得ているビジネス書。帯にはBusiness Books of the Year 2010を受賞したとなっている。確かに高い視点から米国および世界経済を俯瞰し、過去の歴史を踏まえながら、なぜ金融危機が起こったかを丁寧に論じている。得るところの多いビジネス書である。
 筆者であるラグラム・ラジャンは、金融危機を2005年に予言したとされる米シカゴ大学経営大学院教授。「米国でいま最も注目を集める経済学者」といわれる。本書にはジャスミン革命を予言するような記述もあり、いま乗っている経済学者というのは間違いなさそうだ。議論が多岐にわたり頭の整理がつきづらいところもあるが、一読の価値はある。  筆者は金融危機を引き起こした原因が、フォールト・ラインズ(断層線)にあると指摘する。ここでいう断層線は、富裕層と貧困層、輸出国と輸入国、先進国と新興国といったギャップを指す。このギャップのあいだに蓄積したエネルギーが拡大し均衡を失い破断した結果、経済危機が生じたと分析する。例えば米国の富裕層と貧困層のギャップは政治的な圧力を生み、住宅ローン拡大を促す政策を政府にとらせた。サブプライムローンといった粗悪な金融商品に対する監視が行き届かなくなり、金融危機の原因の一つになったと結論づける。
 本書の特徴は複雑に絡み合う世界の政治、経済、社会システムを解きほぐし、金融危機の原因に迫っているところにある。第1に挙げるのは、前述の米国の経済政策。拡大した米国消費を、日独中といった輸出国が支え、輸出国と輸入国のあいだの依存関係が強まるとともに貿易不均衡は拡大を続けた。米国の消費が限界を超えて変調をきたすと、その影響は米国だけではなく世界にも及んだ。世界通貨危機となり負の連鎖が始まったのだ。  断層線は現在も存在し、今後も金融危機は必定である。筆者は後半部で、金融危機を周期的に起こさないための処方箋を書く。米国における金融改革だけではなく、教育や医療、セーフティネットの拡充などについて論じている。このなかでは失業対策(セーフティネット)に比較的多くの部分を割いているのが特徴的である。金融改革に際しては、「いかなる民間金融機関も政府の保護を受けてはならない」という主張も印象的である。

 

生物学的文明論
本川達雄、新潮新書、p.248、¥777

2011.8.25

 生物学は評者が好む分野の一つ。多くの書籍を読んでいるが、そのなかで特に印象に残っている2冊がある。「試験管のなかの生命〜細胞研究入門〜」と「ゾウの時間 ネズミの時間〜サイズの生物学〜」だ。いずれも生命や生物の不思議や魅力を巧みに紹介している。本書は後者の筆者・本川達雄 東工大教授による現代文明論。生物学の視点から現代文明や技術、科学に批判を加えている。
 筆者の主張は、環境問題、資源・エネルギー問題、高齢化社会といった問題を数学・物理学的発想から解決しようとするから袋小路に入ってしまうというもの。生物学者の視点からは別の解決策が見えると論じる。まず取り上げるのはサンゴ礁。サンゴ礁における共生や資源リサイクルを引き合いに、質よりも量を追う現代技術や科学の限界を指摘。普遍性を重視し多様性を軽視する科学的発想にも苦言を呈する。歴史を持つ独特なものは、それだけで価値があるとすべきというのが筆者の主張だ。
 本書の後半は、「ゾウの時間 ネズミの時間」の著者の真骨頂というべき内容が続く。ゾウの時間はゆっくり、ネズミの時間はせわしなく進む。エネルギー消費量に比例して時間が速くなるのだ。例えばネズミは単位時間あたり、ゾウよりも30倍のエネルギーを消費するので、30倍の速度で時間は進む。筆者はこれを現代社会に当てはめる。現代社会の時間は、エネルギーを使って(じゃんじゃん石油を燃やして)いるから、人間が生物として持つ時間よりも速くなっている。そのために、地球温暖化や資源エネルギーの枯渇が起こった。時間を少しゆっくりにして、社会の時間が体の時間とかけ離れないようにすれば、自動的に温暖化もエネルギー問題も解決する、と筆者は論じる。ちょっと風変わりだが、傾聴すべき内容を含んだ新書である。

 

ロボット兵士の戦争
P・W・シンガー著、小林由香利・訳、日本放送出版協会、p.720、¥3570

推薦! 2011.8.23

 軍用ロボットの過去・現在・未来を詳細に追ったノンフィクション。ロボットだけではなく、無人航空機や非致死性兵器などの最新兵器や研究開発に関するエピソードや事例が満載である。1991年の湾岸戦争は空爆の様子をリアルタイムで映し出し、戦争のイメージを大きく変えた。シュワルツコフ将軍が「ハイテク戦争」と呼び、「コンピュータがなければ、あれだけのことをやり遂げることはできなかった」と言われた戦争である。それから20年。筆者は、変貌を遂げつつある戦争の実態とそこから生じる問題に迫っている。700ページを超える大著で読み終えるのは大変だが、それだけの価値がある。
 筆者は国防総省、国務省、CIAなどの顧問も務める米ブルッキングス研究所の研究員。この書評で以前取り上げた「戦争請負会社」の著者でもある。2008年の大統領選ではオバマ陣営の国防戦略を取りまとめたという。米政府の政策に影響を与える人物だけに内容に説得力があるし、将来についての見通しは示唆的である。ロボットに興味を持つ方だけではなく、多くの技術者に読んでもらいたい。
 本書は、戦争のスタイルがこれまでと根本から違っていることを明らかにする。中核は情報技術(IT)とネットワーク技術、ロボット技術、そしてAI(人工知能)である。その結果、兵士は戦場に赴くことなく、敵に攻撃を加える。
 例えば無人攻撃機のパイロットの1日はこうだ。朝、米国の自宅で目覚め、米国内のオフィス(基地)に出勤する。オフィスの自席に座り、午前中はアフガニスタンのテロ組織の拠点を攻撃、午後にはイラクを偵察、夕方には自宅に帰って家族と食事、といった具合だ。ゲームと紙一重の世界がそこにはある。本書のタイトルになっている人型ロボットが歩兵の代わりに使われ始めるのは2025年ころ。米国では、150人の兵士と2000台のロボットから成る分遣隊も計画されているという。
 本書は、戦争がIT化することの危険性について言及する。これまで政治家は、武力を最後の選択とみなしてきた。しかし無人システムを使うと犠牲者が減るように見えるため、選択肢としての武力行使の順位が上がりかねない。すなわち戦争の可能性が高まってしまう。このほかロボット化とIT化は、軍隊の指揮系統や政治家・軍人の倫理観に影響を与えると指摘する。とにかく読みどころの多い1冊である。

 

百姓たちの江戸時代
渡辺尚志、ちくまプリマー新書、p.175、¥798

2011.8.16

 江戸時代の人口の80%を占めていた農民(本書では百姓と呼んでいる)。その暮らしぶりを紹介した書。記述は淡々としていて面白みに欠けるが、衣食住や労働、育児、医療、教養、遊び、文化などについて浅く・広く論じている。物足りない部分は文末に掲げた参考文献を漁ればいいとといった割り切りを感じさせる。
 本書を読むと江戸文化の豊かさと、評者のもつ江戸時代のイメージが時代劇に強く影響を受けていることを認識させられる。農民といえば年貢の取り立てに苦しみ、衣食住は貧しいとつい思ってしまう。しかし本書が紹介する農民の生活はずいぶん豊かである(比較的豊かな層に焦点を当てていることも影響している)。例えば「衣」。意外に衣装持ちだったり、絹の羽二重を持っていたりする。「食」にしても、婚礼の祝い膳に使われた食材の豊かさは驚きである。
 江戸後期は晩婚化(もちろん現代に比べるとずっと若い)と少子化が進んでいたというのも意外。18〜19世紀の平均初婚年齢は男が25〜27歳、女が18から24歳と現代に比べれば若いが、17世紀に比べて男が2歳、女が3歳ほど上昇したという。晩婚化の影響もあって子どもの数は2〜3人程度。少なく生んで、手間ひまかけて育てるのが普通だった。口減らしの対象から脱し、子宝という考え方も生まれた。何とも江戸時代への興味が増す書である。

 

チェルノブイリの森〜事故後20年の自然誌〜
メアリー・マイシオ著、中尾ゆかり・訳、日本放送出版協会、p.381、¥2310

2011.8.11

 チェルノブイリ原子力発電所で事故が起こったのは1986年4月26日。今から25年前である。本書は、原発事故が生態系にどのような影響を与えたのかを追ったルポルタージュ。ウクライナ系米国人ジャーナリストが現地に赴き、チェルノブイリだけではなくベラルーシやロシアなど周辺地域にも足を運んで実態をレポートしている。危険地域に暮らす庶民の生活にも迫っており、目線の低いルポらしいルポに仕上がっている。冗長な感じを受ける個所もあるが、放射線や放射性物質が20年ほどのスパンで生態系にどのような影響を与えるのかを知るうえで貴重な記録である。福島原発の事故に注目が集まるなか、読んで損はない1冊といえる。原著は2005年に出版されており、チェルノブイリの現状とは異なっている可能性もある。
 この書評では2008年に「人類が消えた世界」を紹介した。チェルノブイリとその周辺は人間の立ち入りが厳しく制限され、まさに“人類が消えた世界”である。生態系の再生能力を試す場となっており、事故後の変化は興味深い。では、事故から約20年後に訪れた筆者の目に、チェルノブイリはどう見えたのか。筆者はこう書いている。「ヨーロッパ最大の自然の聖域として息を吹き返し、野生の生物で満ちていた」と。人類が去った後に生まれたのは動植物の楽園で、筆者は行く先々で希少種や絶滅危惧種と出会っている。
 放射線による生物への影響と聞くと、奇形や巨大生物といった連想がわく。しかしチェルノブイリに関しては、遺伝子にキズがついている生物は認められるが、外見でそれと分かる事例は少ないという。本書を読んでも、チェルノブイリ原子力発電所から10km圏内にある枯れた松林「赤い森」の話が印象に残るくらいである。
 深刻なのは、やはり原発である。爆発した4号炉はコンクリートで固められ、「石棺」と呼ばれる建造物になっている。ところが応急措置で建てられたためにガタがきており、事故から20年あまりたち老朽化も進んでいる。地震によって崩壊する可能性もあると指摘する(チェルノブイリは活断層の上に建っているらしい)。石棺を覆う可動型シェルターを作る計画もあるようだが、建設が始まったという話は聞かない。チェルノブイリ原発という重荷は、今後も長く人類にのしかかり続ける。

 

感染症と文明〜共生への道〜
山本太郎、岩波新書、p.224、¥756

2011.8.5

 ペストや天然痘といった感染症が、古代以来の人類にどういった影響を与えたかを論じた書。文明が感染症の流行の土台となるとともに、感染症の存在によって文明が守られ、拡大を支えたこと、感染症の存在が社会の在り方に影響を与えたことを明らかにする。スケール感では昨年読んだ「銃・病原菌・鉄」に譲るが、対象を絞った分だけ感染症の内容は充実している。面白みは少ないが、新書らしい新書に仕上がっている。
 本書を読むとペストの威力と影響がよく分かる。ペストの起源は中国にあり、それが絹の道を通してユーロッパに達する。その結果、ユーロッパの人口は600年の間に3300万人から1800万人の激減するといった衝撃を人類に与えた。ペストによる人口激減が賃金の上昇を生み、農民の都市への流入につながり荘園制の崩壊を加速した。最終的には封建制度の解体につながる。
 本書はペスト以外に、マラリア、新型インフルエンザ、エボナ熱、エイズ、天然痘といった感染症について、流行の歴史と人類に与えた影響を論じている。

 

大泥棒〜「忍びの弥三郎日記」に賊たちの技と人生を読む〜
清永賢二、東洋経済新報社、p.444、¥2520

2011.8.3

 一種の奇書である。筆者は犯罪行動生態学の書と位置づける。伝説の大泥棒「忍びの弥三郎(のびのやさぶろう)」が服役中に書き記した6冊の日記をもとに、元警察庁の犯罪研究者だった筆者が防犯の要諦を解説している。犯罪者の心理に焦点を当て、犯罪予防のポイントを説く。家屋への侵入の実演や泥棒の目の動きを追った写真など、シカケを有効に使っており説得力に富む。なかには泥棒が建てた、泥棒に入られないための安心・安全住宅というものもある。ちなみに忍びの弥三郎の「忍び(のび)」とは、刑事や犯罪者が使う隠語。家人が就寝時に屋内に侵入し金品を盗むことを指す。
 本書の成り立ちは複雑である。刑務所の検閲を前提にした日記なので、ストレートに手口は書かれていない。そこで、これまた稀代の泥棒「猿の義ちゃん(ましらのぎちゃん)」の助けを借りて日記を解読したのが本書である。的確な指摘が多いので、悪用されることを恐れて核心部分は伏せ字になっている。本当に知りたい部分が読めないのは大減点だが、それでもなお興味深い内容にあふれている。
 本書は導入部分で犯罪および犯罪者に関する一般論や研究成果を紹介したあと、忍びの弥三郎の実像に触れる。その後、日記にそって「探る」「獲る」「退散する」について紹介する。なかには、子どもを犯罪者にしない13か条、泥棒の目のつけどころ、犬と猫はどちらが防犯に役立つかといった項目もある。

 

2011年7月

どがんね〜古賀常次郎詳伝〜
佐保圭、日経BPコンサルティング、p.224、¥1260

2011.7.31

 古賀常次郎といっても、ほとんどの方はご存じないだろう。評者も同じだったが、ひょんなことから会社の会議で古賀の話題が出てさっそく購入。「こんな快男児が佐賀県にいるのだ」と驚かされた。どちらかと言えば若い方々、特に小中学校の生徒に読んでもらいたい内容である。224ページの本だが、とても字が大きいので2時間もあれば読み通せる。
 古賀をどのように紹介するのが適切なのかは難しい。筆者は発明家、実業家、篤志家と枕詞を付けているが、そのいずれにも該当する。ともかく不思議な魅力をもった人物である。
 幼少期の家庭環境は恵まれず、読み書きもろくにできなかった。鑑別所送りになったりもしている。中卒で働きながら金型の技術を身につける。この経験が、「振動しても緩まない平ネジ」の発明につながる。日本だけではなく欧米でも特許を取得。NASAがロケットに使ったといった伝説も伝わる。佐賀県の長者番付の常連になるなど事業家としても成功しているが、業務内容は特許と無関係のビル管理業。篤志家としても佐賀県では有名。夏休みに読むと、一服の清涼感を与えてくれる書である。

 

ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕
サラ・エリソン著、土方奈美・訳、プレジデント社、¥2100、p.440

2011.7.22

 米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、ルパート・マードックの手にどうして落ちたのか(買収されたのか)を克明に追ったノンフィクション。副題の「なぜ世界屈指の高級紙はメディア王マードックに身売りしたのか」が、本書の内容をよく表している。今や盗聴事件の渦中にいるマードックだが買収においては手だれ。大株主である創業家・バンクロフト家を分断し内紛を起こさせるなど、百戦錬磨の手口がよく分かる。ちなみに筆者はウォール・ストリート・ジャーナルの元記者。記者側の視点から、経済紙から大衆紙への紙面の変化を批判的に描いている。
 否定的なイメージの強いマードックだが、本書を読むと別の側面も感じる。インターネットの興隆に伴う広告収入と販売収入の減少によって、新聞業界は苦境に陥っている。それでも買収の手を緩めないマードックのメディアへの情熱は凄い。ウォール・ストリート・ジャーナル買収でも、株価に70%近いプレミアムを上乗せした。いったい何がマードックの背中を押しているのか知りたいところだ。権力欲なのか政治的な野心なのか。
 本書は、ウォール・ストリート・ジャーナルの編集がどのようになされてきたのか、紙面(特に1面)の作り方のコンセプト、編集局の人間模様といった側面からも楽しめる。マードックの経営手法や、手に入れた新聞や放送局の編集にどのように干渉してきたかの説明も興味深い。一般向けの書ではないが、マスメディアに興味を持つ方にお薦めである。

 

トラブルなう
久田将義、ミリオン出版、p.207、¥1050

2011.7.24

 雑誌の編集者を務める筆者が遭遇したトラブルの数々を紹介した書。恫喝や脅迫、恐喝、拉致といった体験を面白おかしく綴っている。多くの事例を紹介しているぶん、個々のエピソードに対する書き込みは不足気味。物足りなさを感じるが、内容が内容だけに仕方がない面もある。詳しく書くと、さらなるクレームの呼び水になりかねない。評者の商売柄、文章が粗いのも気になる。同様の書に「ヤクザが店にやってきた―暴力団と闘い続け」が有名だが、面白さと役立ち度は一歩ゆずる。
 筆者は大学卒業後、ダークサイドJapan、週刊朝日や選択、別冊ラジオライフなどの編集を経て、現在は「実話ナックルズ」の発行人である。寡聞にして実話ナックルズは知らないが、コンビニに置いてあるらしい。創刊10年を超えているので、そこそこ固定ファンをつかんでいるのだろう。ちなみに本書のカバーでは、実話ナックルズをアウトロー雑誌と称している。
 本書は、筆者が体験したクレームの数々を、アウトロー(ヤクザ、右翼、ギャング)編、政治家編、文化人・ライター編に分類して紹介する。それぞれに業種(?)の特徴が出ていて興味深い。特に文化人・ライター編は実名で当該人物が登場している。同業者ということもあって容赦がない。「ほう」と驚くような話も出てくる。
 本書は個人的な体験談を紹介しているが、クレーム対処のノウハウ本としての価値もそこそこありそうだ。最後に休刊中の「噂の真相」の岡留・元編集長との対談を収録する。これがなかなか面白い。

 

東電帝国〜その失敗の本質〜
志村嘉一郎、文春新書、p.232、¥798

2011.7.22

 本書の帯には、「最も知る記者がついに書いた、超エリート集団のカネと人脈」とある。だったら「もっと前に東京電力の実態を書いてくれていたら」と突っ込みを入れたくなる。東日本大震災の前に上梓されていたら、筆者の評価と本書の価値はぐんと高まっただろう。東電に関する情報が溢れるなか、本書は馬群に埋もれた感がある。もっとも東日本大震災前に出版されていても、在庫の山を築いた可能性が高かったのも事実だが…
 筆者は朝日新聞で経済部記者として電力、石油、電機などを担当。朝日新聞退社後に東電の影響下にある電力中央研究所の研究顧問に就いている。ただし東電関連のマンション建設の反対運動に関係したため、他のマスコミ出身者の契約が延長されたにもかかわらず、筆者は雇い止めになったという。自慢話にも言い訳にも聞こえる話である。
 暴露的な話題を期待して本書を読むと失望するだろう。筆致は抑えられ、どちらというと淡々と東電の歴史と現状を紹介する。もちろん、豊富な資金力を生かして政治家や役所、マスコミを操り、寄付講座や寄付金で学界を動かしてきた実態に触れているし、官僚主義がはびこり驕り高ぶったところに原発事故の原因を見ているが、いずれも今となっては目新しさに欠ける。むしろ、木川田一隆や平岩外四といった歴代社長の逸話、電力の鬼と呼ばれた松永安左衛門との関係、福島県に原発が置かれた経緯、原発の新聞広告を巡るエピソードなどをバランスよく取り上げているところに本書の特徴がある。今の時期に一歩後ろに下がり落ち着いて、東京電力とはどんな会社かを考えたい方に向いている。

 

日本の電機産業はこうやって蘇る
若林秀樹、洋泉社、p.308、¥1575

2011.7.20

 証券アナリストとして電機業界を20年あまり見続け、現在はヘッジファンドの社長を務める筆者が描く電機産業の未来像。アナリストらしい視点で電機産業を俯瞰している。全体としてよくまとまっているが、議論の展開が少し雑駁なのが気になる。個人的な体験に基づいて将来像を語っているところが散見される。もう少し裏付けをしっかりした方が読者の安心感と信頼感は増しただろう。この書評で、筆者の前著「日本の電機産業に未来はあるのか」についてこう書いた。「電機業界に詳しくない方が読んで全体像を把握するには役立つ。逆に、少しでも業界を知っている方々には、刮目すべき議論が少なく退屈かもしれない」と。この指摘は今回も通用する。
 出版直前に、東日本大震災が起こったのも本書にとっては不幸だった。奥付を見ると本書の発行日は4月5日。震災の影響を反映する時間的な余裕はなかったのだろう。前書きや後書きでぎりぎり触れることも可能だったかもしれないが、そうすると景況感や原子力発電に関する記述と辻褄が合わなくなる。本文に手を入れるとなると、オオゴトになってしまう。こうなると、タイミングが悪かったとしかいえない。
 これまた前回と同じだが、校正の甘さとITやIT業界についての知識不足も気になるところだ。中国の大学は精華大学ではなく清華大学だし、通信機器(ルーター)で名前を挙げるならルーセントではなくシスコシステムズだろう。精華大学は京都の大学である。ルーセントは合併によってアルカテル・ルーセントに社名が変わっている。もう少し細部に気を配るべきだ。

 

Making the World Work Better:The Ideas That Shaped a Century and a Company
Kevin Maney、Steve Hamm、Jeffrey O'Brien、IBM Press、p.350、$29.99

2011.7.14

 米IBMの創業100周年を記念して出版された書。社長兼会長兼CEOのSamuel Palmisanoが力のこもった序文を書いている。USA TodayやBusinessWeek、Wired出身の3人のジャーナリストを使い、IBMの歴史を技術、経営、社会貢献といった視点から描く。成功だけは失敗についても触れている点で単なる社史と一線を画そうとする努力が伺えるが、しょせん社史の一種。サービス精神と批判精神の発揮には自ずと限界がある。とりわけ「IBMは素晴らしい」といったトーンの第3部は退屈である。評者のような IT 業界に関連する職業の人間はともかく、万人にお薦めの書とはいえない。
 本書は3部構成になっている。第1部は技術、第2部は経営、第3部は社会貢献について触れる。個人的に読み応えがあったのは、センシング、メモリ、プロセシング、ロジック、コネクティング、アーキテクチャを取り上げた第1部。ページ数が限られているので深みはないが、コンピュータと周辺機器の開発にまつわるエピソードを発明者への取材を交えて紹介する。ノーベル賞受賞者が続々登場するし、System/360、パンチカード、ハードディスク、磁気テープ、Fortranの開発物語は実に興味深い。
 第1部の著者Kevin Manleyが力を込めて書くのはスーパーコンピュータの話である。スーパーコンピュータ「Watson」が、クイズ番組「Jeopardy!」のチャンピオンとの対決し、勝利を収めた話に多くのページを割く。「DeepQA」と呼ぶ技術を使うWatsonに、チェスに特化したDeepBlueに比べて高い評価を与える。実際、DeepQAはコールセンターでの応用を考えているようだ。
 第2部ではIBMの経営の先進性を紹介する。社史であることを割り引く必要はあるが、女性雇用をはじめとする多様性や月給制の導入など、いろいろ勉強になる。IBM を破綻のふちから救ったGerstner はここで登場する。
 ちなみに本書はペーパーバック版は家で、Kindle版は通勤電車で読んだが、前者がお薦めである。レイアウトが凝っていて、興味深い写真がメリハリをつけて掲載されている。こうした楽しみがKindle版では残念ながら味わえない。ここらが、いまのデジタル出版の限界だろう。

 

赤ちゃんの科学〜ヒトはどのように生まれてくるのか〜
マーク・スローン、早川直子・訳、日本放送出版協会、p.424、¥2310

2011.7.6

 30年近く出産現場に立ち会ってきた小児科医が紹介する「赤ちゃんの神秘」。どこかの書評が取り上げていたので購入したが、400ページを超える大著なのでツンドク状態が続いていた。何となく目障りなので読み始める。筆者は赤ちゃんだけではなく、人間という生物の不思議にも言及する。読み出すと、なかなか面白い。肩の凝らない内容なので暇つぶしに向く。ただし、400ページ超なので集中力を持続するのが大変かもしれない。
 本書が扱う話題は多岐にわたる。帝王切開が一般的な出産法になるまでの歴史、陣痛を抑えるための数々の試み、分娩室に信頼できる人が付き添うことの大切さ、男性に起こる「つわり」の不思議、分娩にまつわる風習、新生児の五感(視力、聴力、味覚、嗅覚、触覚)などなど。
 とりわけ、帝王切開に初めて成功した医師の経歴は、生涯を男性で通した女性というのは驚きだ。あのナイチンゲールもかかわったという。クイズに出てきそうな逸話で興味深い。赤ちゃんの味覚も、聞けば当たり前の話だが、「ほう」とつい感心してしまう。人間は羊水の匂いを長期間記憶しており、母親の好みや文化に根ざした食べ物を受け継いでいくという(羊水には、母親が食べたものの匂いがすぐに反映するらしい)。最大の見せ場は、誕生から2〜3分のあいだに起こる変化と、生まれたばかりの赤ちゃんを母親のお腹の上に乗せたときの行動。後者は感動的だ。

 

津波と原発
佐野眞一、講談社、p.258、¥1575

2011.7.4

 東日本大震災の被災地を歩き、惨状を目の当たりにしたノンフィクション作家・佐野眞一の驚きと怒りがひしひしと伝わってくるルポルタージュ。特に怒りが凄まじい。本書はルポの基本である現場を歩くことの重要さを改めて教えてくれる。佐野はこう言う。「被災者はあまりにも激甚な災害に言葉を失った。その沈黙を伝えるには“大文字”の論評ではなく、ディテールを丹念に積み上げて“小文字”で語るノンフィクションしかない」と。こうした思いにかられて、手術後の身体にもかかわらず現場に向かう。
 筆者の怒りは、新聞やテレビといった大メディアに向けられる。“お上”の言うことを書くだけで、本当の現場を報じない。テレビが垂れ流す他人事のような津波映像や、新聞の紋切り型の美談報道に知的怠慢を感じ取る。大メディアは、空疎で重みも深みもない言葉をまき散らすだけと手厳しい。筆者は被災した人びとを丹念に描く。対象は、親交のあった新宿のオカマバーのママだったり、漁協の組合長や定置網の帝王と呼ばれる漁師、日本共産党の元文化部長などだ。それぞれが吐く言葉は重く胸に響く。
 後半は、逮捕覚悟で立ち入り禁止地域に入ったルポに始まり、日本の原子力発電や福島原発の原点に迫る。東電OL殺人事件に見る東京電力の体質、正力松太郎・読売新聞と原子力発電、福島原発と堤康次郎の関係など、縦横無尽に議論を展開し読み応え十分である。

 

2011年6月

江戸の卵は1個400円!〜モノの値段で知る江戸の暮らし〜
丸田勲、光文社新書、p.203、¥777

2011.6.30

 町人文化が花開いた文化・文政年間(1804〜1829年)の物価を、円換算して紹介する書。江戸っ子や武士の暮らしぶりが垣間見えて楽しい。取り上げるのは、表題の卵のほか、大岡越前守の年収、不倫の慰謝料、家賃、医療費、化粧品など。ちなみに一両は12万8000円と換算している。肩の凝らない内容なので、夏休みなどの休暇のおともにお薦めの書である。
 最初に紹介するのは庶民の生活。番頭の年収は256万〜384万円とそこそこだが、豪商となると年収1280万〜2560万円とかなりの高給取り。大工は職人のなかでは高給取りで年収は317万円ほど。長屋の家賃は年24万円なので、年収に占める家賃の割合は7.6%。現代に比べると家賃負担は比較的軽い。一方で食費にはお金がかかっており、エンゲル係数は46%と現代の23%に比べると高い。将軍の小遣いにも言及する。12代将軍の家慶が19億2000万円。大富豪の紀伊国屋門左衛門が築いた資産は1280億円と弾き出す。

 

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール
ドナ・ウォン著、村井瑞枝・訳、かんき出版、p.160、¥1680

2011.6.27

 米ウォール・ストリート・ジャーナルのグラフィック・エディタを務める筆者が伝授するグラフや図、表の作り方。記者時代にさんざん図表を作った評者だが、的確な指摘が多く、なかなか役立つ。経験から何気なく実行していた作図法や作表法が、理論だって裏付けられた感じである。顧客へのプレゼンテーションや社内資料の達人になりたい方にお薦めする。
 本書が推薦する図表作りの要諦は六つ。数字は分かりやすい表現(絶対値か変化率か)を使う、むやみにフォントの数を増やさない、色は使い過ぎず伝達のためにだけ使用する、ひと目で分かる工夫をする、データに応じて適切なグラフを選ぶ、図表はシンプルが一番。図や表には情報を詰め込みたくなるが(苦労してかき集めた場合は特に)、筆者は厳に戒める。
 全編にわたって豊富な具体例を掲載しており、読者の理解を容易にしている。本書のレイアウトが妙にスカスカなのは、空白の重要さを筆者が訴えているのだろう。

 

破壊する創造者〜ウイルスがヒトを進化させた〜
フランク・ライアン著、夏目大・訳、早川書房、p.448、¥2625

2011.6.26

 生物の進化をもたらした要因は、突然変異以外にも存在することを説いた書。副題にもあるようにウイルスが生物(動物・植物・昆虫・・・)の進化に重要な役割を果たしたというのが主張の一つだが、本書の幅はもっと広い。へ〜っと驚くような話が満載である。特に進化生物学の最新動向は十分に刺激的で、知的好奇心を大いに満たされる。ただし、学術的に細かいレベルにまで言及しており、素人には付いていけない部分もあるのも事実。そうした部分は読み飛ばしても大きな障害とはならない。どんどん読み進めばよい。
 最大の読みどころは、ウイルスと宿主(生物)との共生の部分である。攻撃的で宿主を滅ぼす一方で、生き残った宿主とは歩調をあわせながら、ともに進化する。HIVなどのウイルスが、死にいたる病気を引き起こすと同時に、進化に大きく関与する可能性を本書は示唆する。ウイルスそのもの、ウイルスの遺伝子、ウイルスの派生品が、ヒトゲノムの進化に大きな影響を与えていると主張する。
 後半では進化の推進力についての最新の研究成果を紹介する。共生、突然変異、自然選択、エピジェネティクスを取り上げる。特に力を入れて解説しているのがエピジェネティクス。後天的な作用によって遺伝子が制御される仕組みで、DNA配列そのものが変わらなくても生物に変化をもたらす。環境からのシグナルによってエピジェネティクスな変異が誘発され、それが遺伝する。進化生物学で最もホットな話題の一つという。頭の片隅に置いても損はない専門用語といえそうだ。

 

想像するちから〜チンパンジーが教えてくれた人間の心〜
松沢哲郎、岩波書店、p.240、¥1995

2011.6.21

 30年以上もチンパンジーを研究してきた、京都大学霊長類研究所所長の筆者が「人間とは何か」「心とは何か」を論じた書。チンパンジーを一人二人、彼・彼女と呼ぶ筆者の愛情が伝わる感動的な書き出しに始まり、興味深い話題が盛りだくさんである。チンパンジーと人間のゲノムの違いはたった1.2%。人間に最も近いチンパンジーを深く知ることで、教育や親子関係、社会の進化の起源を探るというのが本書の主旨だが、成功している。
 筆者は「人間とは何か」に答えを用意している。共に育てる「共有」こそが人間の子育てであり、共有こそが人間の親子関係だと断言する。そして本書は、「高い高い」をしたり、わざわざ赤ちゃんを身体から引き離して顔と顔を見つめ合うチンパンジーの子育てを写真を交えて紹介する。ちょっと感動的である。
 筆者は人間を人間たらしめる特性を、「親子が生まれながらにして離れていて、赤ちゃんが仰向けで安定していられる」ところに見る。この姿勢が、見つめ合う、微笑み合うという視覚的なコミュニケーションを支える。さらに、声でやり取りするという音声聴覚的なコミュニケーションを支え、発語につながったという。直立歩行で手が自由になり道具を使い始め、それが脳を増大させて、人間の知性が生まれたという“定説”を真っ向から否定する。刺激的な論理展開である。

 

突然、僕は殺人犯にされた〜ネット中傷被害を受けた10年間〜
スマイリーキクチ、竹書房、p.284、¥1365

2011.6.17

 足立区で起こった殺人事件の犯人とインターネットで名指しされた、お笑い芸人・スマイリーキクチが誹謗中傷と戦った10年間を綴った書。現在ではネットにおける誹謗中傷や脅迫に対する摘発はかなり進んでおり、新聞でも取り上げられたりするが、著者への中傷が始まった1999年といえば警察や弁護士に専門家がわずかしか存在しなかった時代。本書の詳細な記録は実に貴重である。現在でも通じる部分もあり、読んで損はないだろう。
 それにしても、司法のインターネット・リテラシーは10年前にこれほど低かったとは少々驚きである。本書が詳述する警察・弁護士・検察とのやり取りは全くトンチンカンで、18人の書類送検で終わるまで事件解決に10年を要したのも納得できる。ちなみに巻末には「ネット中傷被害に遭った場合の対処マニュアル」と題して、筆者の経験に基づいたアドバイスを掲載する。

 

国家と政治〜危機の時代の指導者像〜
NHK出版新書、田勢康弘、p.240、¥819

2011.6.16

 日経新聞の元政治記者で現在は政治評論家の田勢康弘が、四国新聞に連載した政治コラムを加筆・再構成した書。連載は2007年から始まったようだが、本書では2009年の民主党への政権交替前後から東日本大震災後までを中心にカバーする。東日本大震災後の政治の惨状を見ていると、政権交替時のマスメディアや社会の高揚は何だったのかという思いにさせられる。
 本書は危機の時代に即応した政治の在り方や望まれる政治家像、日本外交の欠点、政治の迷走の一因となっている世論調査をはじめとした政治ジャーナリズムの問題などを論じる。多くの政治家と政局を見続けてきたベテラン・ジャーナリストの筆らしく、ストーリーには説得力がある。言葉は慎重に選んでいるものの語り口は実に厳しい。
 本書を読んで感じるのは、日本の政治と政治家はずっと権力争奪ゲームに明け暮れ、迷走を続けているということ。本書は、カバーしている時期が政権交替後なので民主党の鳩山由紀夫、小沢一郎、菅直人に焦点を当て批判しているが、自民党も五十歩百歩。筆者もこうした状況に危機感を募らせ警鐘を鳴らす。もっとも政治に対するメディアの論調も十年一日の状態に感じる。いつも同じように嘆くだけで、さほど変化を感じられない。虚しさを感じるのは評者だけではあるまい。田勢ほどのベテラン・ジャーナリストでも、政権交替時に民主党の問題点に厳しく切り込めなかったのは不思議である。

 

Idea Man: A Memoir by the Cofounder of Microsoft
Paul Allen、Portfolio Hardcover、p.368、$27.95

2011.6.13

 米Microsoft共同創始者であるPaul Allneの自伝。Bill Gatesとの出会いと決別、Microsoftを30歳で退社した後の人生を綴っている。300ページを超える本だが、英語は平易で読みやすい。前半はMicrosoftとGatesに絡む数々の裏話が披露されており、評者のようなIT業界関係者には興味深い。特にGatesに対する人物評には、シアトルの私立学校時代からの親友らしい指摘が随所にみられる。この部分を読むだけでも価値がある。Microsoftを離れた後の話が続く後半部は、米国の大富豪の生活を垣間見ることができる面白さはあるが、多くの方にとっては退屈かもしれない。
 読み応えがあるのは、Microsoft設立前後の話とMicrosoftを離れるときにGatesに送った決別の手紙。前者では、マイクロプロセサやパソコンの登場に伴う当時の熱気が伝わってくる。Gatesとピザとかじりながら、「ビジネスがうまくいけば、プログラマを35人は雇える」と語り合った話など、貴重なエピソードが盛りだくさんである。一方後者からは、MicrosoftとGatesに対するAllenの思いがひしひしと伝わってくる。現在のMicrosoftに対する視線は厳しい。図体が大きい普通の会社になっており、大企業病にかかり、官僚主義がはびこっていると断じる。4分の1は不要といった幹部の発言も紹介する。
 ちなみにタイトルである「Idea Man」はAllenを指す。本書の描くGatesは、優秀なプログラマという側面はあるものの、高校時代からFortune500企業に興味をもつなど経営に関心をもつ徹底的な現実主義者である。技術の将来性を見通す能力はさほど高くない。Allenがコンピュータ端末で新聞を読む時代、全ての人がネットワークでつながる時代、すべての机と家庭にコンピュータが置かれる時代を夢想したのに対し、Gatesはコスト面から即座に否定する場面が本書では描かれている。Allenの母親はGatesを「スリルを楽しむアドレナリン・ジャンキーで、崖っぷちギリギリを歩くEdge Walker」と評したという。お金に対する姿勢も、根っからの技術者であるAllenとは異なり厳しい。報酬をめぐっては常にAllenが譲歩したことを本書は明らかにする。
 Microsoft退社後の人生はすさまじい。バスケットやアメリカンフットボースのプロチームのオーナーを務めたり、SF博物館の設立、民間宇宙飛行機スペースシップワン(SpaceShipOne)への出資、地球外生命の発見を目的とした非営利組織SETI協会への寄付など、休む間のなく人生を楽しんでいる。巨万の富をもっているだけに投資意欲は旺盛だが、アップダウンも激しい。AOLへの投資で大もうけしたかと思えば、CATV会社チャーター・コミュニケーションズで失敗といった具合だ。しかし、こんな話が150ページほども続くと、さすがに飽きてしまう。

 

Inside Apple〜From Steve Jobs down to the janitor: How America's most successful - and most secretive - big company really works〜[Kindle Edition]
Adam Lashinsky、Fortune、505Kバイト、$2.99

2011.6.5

 購入したKindle端末を使って、初めて読んだ電子書籍。Amazonの販売では「電子書籍>紙の書籍」になった今としては、遅ればせながらのKindle体験である。パソコン、iPhone、Kindleと端末を渡り歩きながら読み終えた。意外にスムーズに読めたのは驚きだった。食わず嫌いだったと少々反省した。時間がちょっと空いたときに、iPhoneで読み進むことができるのは評者のような本好きには嬉しい。ちなみに本書はKindle版だけで、紙のバージョンは存在しない。ページ数ではなく、505Kバイトとメモリ容量で分量を表すのは電子書籍らしい。
 本書は雑誌Fortuneの記事を電子書籍化した、コンパクトにまとまったApple論である。大企業となったAppleがベンチャーのような急成長を続けられるのは何故か、次から次へとヒット商品を生み出す秘訣はどこにあるのか、Appleの意思決定はどのようになされるのか、ポストJobsのAppleはどうなるのか、といった疑問に雑誌的な視点とエピソードを交え答えている。当然のことだが、Jobsに関する記述は多い。ただし、本人へのインタビューは掲載されていない。
 分量が少なく物足りなさも感じるが、雑誌記事がベースということを考えると致し方ない面がある。退職したエグゼクティブのコメントを多く載せており、Appleの内実を垣間みることができるのが本書の楽しみの一つである。トップ100ミーティングという幹部を養成する仕組みの存在は興味深い。Appleという企業に興味ある方に向くし、英語が平易なのでKindle初心者にもお薦めである。

 

津波災害〜減災社会を築く〜
岩波新書、河田惠昭、p.224、\756

2011.6.2

 東日本大震災前の2010年12月に発行された書。2010年2月27日に起こったチリ沖地震津波がキッカケになって執筆したという。このときに日本では168万人を対象に避難指示・避難勧告が出されたが、実際に避難した人はたった3.8%。津波防災や減災など災害研究の第一人者である筆者は、こうした状況に危機感を覚え本書を執筆したという。
 本書では、津波研究の現状、津波のメカニズム、津波への対策などに言及する。日本だけではなく海外の事例も取り上げる。津波対策は説得力があり、筆者が勧める対策を打っていれば、東日本大震災の被害を少しは小さくできただろうとつい考えてしまう。岩手県田老町、釜石市、大船渡市など、今回被災した地域も例に挙げているだけに、この思いを強くする。
 筆者が声を大にして主張するには「避難すれば助かる」というもの。そのために津波に関する知識の絶対量を増やすことが不可欠。こうした思いで、津波に関する誤解、本当の恐ろしさ、忘れられた教訓、メカニズム、津波情報の活用法、津波対策などに言及する。ハード的な対策だけ被害を抑えられるわけではなく、ソフト対策を加えて減災を実現すべきと主張。東日本大震災の知見を踏まえると正鵠を射ている。津波に関する情報を本書は過不足なく提供しており、筆者の目的は達成されている。いまの時期、お薦めの書である。

 

2011年5月

マーケティングを学ぶ
石井淳蔵、ちくま新書、p.318、\945

2011.5.30

 実に分かりやすく「マーケティングとは何か」を説いた入門書。供給過剰な市場環境のなかで品質は過剰になる。しかも企業間の技術力の差は小さい。必然的に企業の収益力は低下する。こうした状況で重要性を増すのが、「売れるものを作る」マーケティングというのが筆者の主張だ。マーケティングに長けた企業の取り組みを具体的に解説しており、論理展開は説得力がある。いまだに、マーケティング=販促といった考えが残るなか、マーケティングとは何かを再確認するうえで好適の書である。
 筆者が重視するのが「マーケティング・マネジメント」。企業が消費者に向けて行う活動であるマーケティングを統一的に管理(マネージ)する経営手法を指す。ここで重要になるのが、自分の意志を市場に反映できるようにデザインすること。本書は「市場のデザイン」を四つの視点から論じている。生活者・顧客志向の戦略づくり、戦略に合わせた組織づくり、市場接点のマネジメント、組織の情報リテラシの確立である。
 事例をつまみ読みするだけでも本書は十分楽しめる。例えば企業では、女性視点から事業を拡大したアート引越センター、小さな池の大きい魚をめざしレッツノートを開発したパナソニック、緑茶市場を席巻する伊藤園など。商品ではキットカットやファブリーズ、ドラフトワンなどを取り上げている。身近な話が多いので、ふむふむと読み進むことができる。

 

完全なる証明〜100万ドルを拒否した天才数学者〜
マーシャ・ガッセン著、青木薫・訳、文芸春秋、p.322、¥1750

2011.5.27

 数学における七大難問の一つだった「ポアンカレ予想」を2002年に証明した数学者グリゴーリー・ペレルマンを扱ったノンフィクション。キレのよい、第一級の評伝である。数学的な話がほんの少し出てくるが、読み飛ばしても問題ない。翻訳はよく読みやすい。ちょっとした休暇に読むのに向く、肩の凝らない良書である。
 ペレルマンは、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を拒否しただけではなく、「ポアンカレ予想」の証明にかかっていた懸賞金100万ドルの受け取りまで拒んだ。一時マスコミを賑わせたのは今でも記憶している。その後は数学界だけではなく、世間からも距離を置いてロシアで過ごしている。本書は「ポアンカレ予想」証明前後のペレルマンの行動や心の動きを明らかにする。権威が通用しないペレルマンへの対応に右往左往する数学界のドタバタぶりも興味深い。
 天才数学者を生んだ旧ソ連の教育システムについて、詳細に言及しているところも本書の特徴である。著者は、ペレルマンと同時代に旧ソ連で数学のエリート教育を受けているだけに、記述に深みがある。このほか、旧ソ連におけるユダヤ人差別の実態、数学界における巧妙争いや裏の部分、怪しげな中国人数学者の動きなど、読みどころの多いノンフィクションといえる。

 

ビジョナリー・カンパニー3〜衰退の五段階〜
ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋・訳、日経BP社、p.316、¥2310

推薦! 2011.5.24

 ベストセラー「ビジョナリー・カンパニー」の第3弾。興隆をきわめ、偉大とされた企業が衰退する過程を明らかにする。これまでの2冊と同様、周到な調査とあざやかな切り口で多くの企業を俎上に上げ分析する。衰退の歩みを逆転させるための指針も示している。明確な論理展開はさすがだし、警句にあふれている。多くの方に読んでほしい、教えられるところの多い良書である。惜しむらくは、日本企業への言及がほとんどないところである。
 企業は五つの段階を経て衰退する。第一段階は「成功から生まれる傲慢」、第二段階は「規律なき拡大路線」、第三段階は「リスクと問題の否認」、第四段階は「一発逆転策の追及」、第五段階は「屈服と凡庸な企業への転落か消滅」。本書が取り上げるのは、「ビジョナリー・カンパニー1と2」で言及した60社のうち衰退へと向かったHP、メルク、モトローラ、ラバーメイド、スコット・ペーパー、ゼニスなどの11社。アナログ携帯電話の雄だったモトローラのデジタル携帯電話での衰退、DSPで復活したTI、IBMを復活させたガースナーとHPを衰退させたフィオリーナの対比など、評者がリアルタイムでウォッチしていた企業の話が数多く盛り込まれており、つい引き込まれる。
 ちなみに筆者はIBMやディズニーなどを例に挙げ、第五段階から回復することはできないが、第四段階の深みに落ち込んでも復活できると論じる。また100年という期間で見た場合、すべての企業が必ず消滅するという証拠は存在しないと断じている。全体では300ページを超えるが、後ろの100ページは付録や注釈、参考文献が占める。本体は200ページほど。翻訳もこなれているのでサクサク読める。少し時間を割けば、土日で読み終えることができるだろう。

 

組織の思考が止まるとき〜「法令遵守」から「ルールの創造」へ〜
郷原信郎、毎日新聞社、p.288、¥1575

2011.5.22

 特捜OBで現在は名城大学コンプライアンス研究センター長を務める著者が、企業コンプライアンスの在るべき姿を論じた書。。郵便不正事件における証拠改ざんをはじめとする検察の不祥事、社会保険庁の年金不正処理事件、テレビにおけるねつ造事件、原発における不正隠蔽など様々な事例を挙げ、組織や企業はどのように対処すべきだったかを説く。理科系出身の法律家という経歴のためなのか文章が硬く読みづらいが、主張はきわめて明確。数々の不祥事を振り返り、企業経営や組織マネジメントに生かせる内容である。
 元特捜検事だっただけに、特に検察庁批判は鋭い。八百長事件に揺れる大相撲の世界になぞらえ、内輪の論理に終始し、外部の動きや空気が読めない検察の現状を舌鋒鋭く批判する。このあたりは読み応え十分である。
 著者はコンプライアンスを、「単純に法令を順守することではなく、社会からの要請に適応すること」と定義する。形式的な法令順守が日本社会に歪みと弊害をもたらしていると断じる。隠すことよりも、不正の存在を言い出せる仕組み(ルール)を構築することが大切というのが著者の主張である。そもそも守れない実態と乖離した規則や規定を改め、問題の本質を理解した新たなルールを創造することを勧める。このあたりは組織マネジメントに活用可能だろう。

 

後藤新平〜外交とヴィジョン〜
北岡伸一、中公新書、p.252、¥798

2011.5.17

 関東大震災後の東京復興を東京市長としてリードし、このところ取り上げられることの多い後藤新平の評伝。ただし東京復興物語を期待して読むと失望するかもしれない。本書は「唯一の国民外交家」と称された外交指導者の側面に焦点を当て、むしろ政治家としては落第点を与えているからだ。本書の特徴は、台湾総督府の民政長官や初代満鉄総裁として壮大なビジョンは描けるが、言動は矛盾と飛躍に満ち、しかも演説べたという後藤の複雑な人間像に迫っているところ。東京復興について知りたい向きには別の書籍を読まれることをお勧めする。
 後藤が成果を挙げるのは、課題の存在が誰の目にも明らかなときというのが著者の見立て。通常の組織を率いたときには、平凡な結果に終わることが少なくなかったという。では後藤はどのような哲学で課題を解決していったのか。その要諦は、「統治は生物学の原理、すなわち慣習の重視によって行われなければならない」というもの。台湾統治が成功した最大の秘訣は「生物学の原則」と筆者は見る。
 満州経営の基本に置いた「文装的武備」の思想も興味深い。鉄道を中心として合理的経営を進め、農業や牧畜を振興し大量の移民を実現する方が、大兵力を駐屯させるよりも、軍事的な効果が見込めるという思想。軍事輸送に転用可能な鉄道や、遊撃軍となりうる移民は潜在的な軍備となるからだ。筆者は、持ち前の豊かな想像力と台湾での経験に加え、満州での大規模な計画によって、たぐい稀な都市建設者としての後藤が生まれたと見る。

 

In The Plex: How Google Thinks, Works, and Shapes Our Lives
Steven Levy、p.432、$26

2011.5.13

 創設時から直近の話題まで、詳細にGoogleの急成長の足跡を追ったノンフィクション。この書評でも、「The Google Story」「The Google Story」「The Search」といったGoogle本を取り上げたが、ミクロの視点でGoogleに迫っており、内容の濃さでは本書が抜きん出ている。何より驚くのは、筆者の密着取材。ほとんどインサイダーといえるレベルである。2人の創業者(Larry Page、Sergey Brin)、Eric Schmidtはもちろん、数多くのキーパーソンが登場し、節目におけるGoogle社内の状況を活写する。
 ちなみに筆者は元Newsweek、現Wired誌の記者。ビジネス的な視点やジャーナリスティックな視点を本書に期待すると失望するが、Googleの歴史を淡々と振り返ってみたい方にお薦めの1冊である。ただし400ページを超え、しかもフォントが小さいので、読み終えるまでには想像以上の時間がかかるのは要注意。
 本書を読むと、「Googleが普通の大きな会社になりつつある」ことを痛感する。影響力が弱く周囲の警戒心も薄かった創世記の活気や自由奔放な行動が、図体が大きくなり、行く先々で軋轢を生むようになると、活気はどんどん薄れ、行動は制約されてくる。例えば中国進出での中国政府との交渉、プライバシー問題や書籍のスキャンにおける反発などだ。特に中国政府との駆け引きは時系列で詳細に紹介しており特筆ものである。このほか初代のAndroid Phone「Nexus One」における、「良い製品ならサポートがなくても売れる」というGoogleの考え方と、一般世間のギャップも興味深い。本書は、こうした問題の一つひとつについて、Google社内の動きを丹念に追っていて読み応え十分である。

 

人は放射線になぜ弱いか〜少しの放射線は心配無用〜
近藤宗平、ブルーバックス、¥1029、p.282

2011.5.5

 タイトルと中身のギャップが気になるが、著者の主張は副題「少しの放射線は心配無用」である。国連科学委員会と国際放射線防護委員会がお墨付きをあたえた「放射線は微量でも毒」「放射線は微量でも厳密に管理する」という勧告に対して、動物を使った実験や被爆調査の結果をもとに徹底的に反論を加える。国際機関の勧告は20世紀最大の科学スキャンダルと筆者は言い切る。図表を駆使した主張は納得性が高い。1985年初版で本書は1998年の第3版。福島原発事故を受けて3月に増刷をかけたもの。デマに惑わされず、正しく放射線を怖がるには必読の書だろう。ただし文章としてはまとまりに欠け、表現も独特で少々読みづらい。編集者の手をもう少し加えるべきだろう。
 本書は、原爆被爆で遺伝的な影響が出る、放射能汚染で幼児に白血病が増える、放射線は少量でも危険など、いくつもの通説を否定する。こうした通説に対して、少量の放射線を浴びても被爆による傷は身体から完全に排除されると、生命科学の研究から反論する。人体の神秘を見るようで興味深い。

 

2011年4月

ユニクロ帝国の光と影
横田増生、文藝春秋、p.384、\1500

2011.4.26

 ユニクロの実像を描いたノンフィクション。柳井正社長へのインタビューや社員、OBだけではなく、生産を担う中国の工場、競合するスペインZARAなど、ユニクロ関係者を丹念に取材している。心に響くものは多くないが資料的価値は十分である。上出来のビジネス書といえる。ユニクロという企業や柳井正という経営者に興味のある方にお薦めの1冊である。
 商品のコンセプトは分かりやすいが、ユニクロの経営には不透明な部分が数多く存在する。社長だった玉塚元一だけではなく執行役員はなぜ次々と辞めるのか、中国の協力工場をなぜ秘密にするのか、柳井はなぜ社長に返り咲いたのか、グローバルに見たときの実力はどのレベルか、将来は前途洋々なのか。さらに柳内正とはどういった人間なのか。こうした疑問に、本書は一つひとつ答えていく。
 興味深いのは、鉄の統率といわれるユニクロの企業文化。カリスマ経営者にありがちな話だが、役員からアルバイトまで、柳井の経営哲学が浸透している様子を本書は活写する。筆者はユニクロの経営をかなり批判的に見て取材を展開したようだが、結果的に本書はユニクロ経営の優れた面を浮き彫りにしている。「成功の秘訣は、当たり前のことを徹底的に実践すること」。こんなことを教えてくれる1冊である。

 

数学的思考の技術〜不確実な世界を見通すヒント〜
小島寛之、ベスト新書、p.256、\840

2011.4.18

 東大数学科出身の経済学者が書いた思考術。世の中の事象を抽象化してとらえる秘訣(思考法)を書いているのかと想像して購入したが、ちょっと違った。主に、経済学で数学はどのように活用されているかを数式を用いずに説いている。新書らしく「給料が上がらない理由」「デフレ不況への処方箋」「村上春樹の小説と数学的思考」といった身近な話題を取り上げ読者の関心を引こという努力は買える。もっとも、評者には得るものが少なかった1冊である。

 

グローバルプレイヤーとしての日本
北岡伸一、NTT出版、p.338、\2415

2011.4.15

 国連の次席大使を務めた東大教授による政治・外交・安全保障論。日本がグローバルに果たすべき役割を明確に説く。他国、特に中国や韓国に対する歯に衣着せぬ評価が実に新鮮。職業外交官ではない良さが出ている。筆者の実体験に基づく国連を舞台にした各国の駆け引きを知ることができるのも本書の特徴だ。刺激的な外交論を展開する本書は、多くの方にお薦めできる1冊である。
 日本を取り巻く状況は厳しい。経済成長は鈍化し、GDPは中国に抜かれた。人口減少は日本経済と社会をじわり蝕む。こうしたなか筆者は、経済だけではなく総合的な力を発揮し、米国やアジア以外にも目を向けたグローバルプレーヤーになることで、世界に影響力を行使できると論じる。能力は十分あるにもかかわらず、PKOやODAなどで世界に貢献しようとしない日本外交を「鎖国状態」と評し不快感を露にする。
 本書は、2005年に刊行が始まったNTT出版「日本の<現代>シリーズ」の第1巻。評者も期待して待っていたのだが、著者が国連次席大使に就いたなどの影響で大幅に出版が遅れた。本書は国連での経験などが盛り込まれており、待っただけの価値があったと言えそうだ。

 

パーソナルプロジェクトマネジメント
冨永章、パーソナルPM研究会、日経BP社、p.208、¥1785

2011.4.5

 初めに断っておく。筆者の冨永章氏は評者の取材先である。日本IBMの専務、日本のプロジェクトマネジメント学会の重鎮として、日経コンピュータ編集長時代にお世話になった。そもそも本書は、編集者から「現代の奇書」という推薦文とともに献本してもらった。したがって、この書評にはバイアスがかかっているかもしれない。そう思って読んでいただきたい。
 本書は、システム開発やエンジニアリングといった企業活動の世界で成果を挙げているプロジェクトマネジメント(PM)の手法を、個人の生活(オンとオフ)に適用するための入門書である。ダイエットや禁煙、受験と言った身近かな事例にPMを適用した事例を紹介する。著者自らの経験談も紹介しており興味深い。
 確かに実生活にPMを適用することは成功の近道だろう。しかし、PMの方法論に沿うように自分を律することが凡人に難しいのも事実だ。結局は、成功するかどうかは個人の心根の強さということになる。やはり成功に至る道は険しい。

 

凋落〜木村剛と大島健伸〜
高橋篤史、東洋経済新報社、p.286、¥1890

2011.4.9

 破綻した日本振興銀行の木村剛とSFCG(旧商工ファンド)の大島健伸を扱ったノンフィクション。かなり対照的な2人の人生とともに、振興銀とSFCGの設立から崩壊までを追っている。直前に読んだ「世紀の空売り」が妙にカラっとした明るいタッチで金融事件を扱っているのに対し、本書はジメジメとした“陰”の雰囲気が漂う。いかにも日本の金融事件といった感がする。
 大島のバックグラウンドを考えると、蓄財に励んだ点やSFCG破綻時の資産隠しといった行動は納得できるところがある。不思議なのは木村の歩んだ道だ。竹中平蔵のブレーンや金融庁の顧問を務め一世を風靡した木村の姿と、経営破綻し日本初のペイオフが発動された日本振興銀行末期のドタバタ劇は、あまりにギャップが大きすぎる。蓄財でも保身でも、名誉欲でもないだろう。挫折らしい挫折もないエリートが、なぜ破滅の道を辿ったのか。いったい何なんだろう。本書がこの疑問に答えているとは言いがたい。いまいち読後感が悪い。

 

世紀の空売り〜世界経済の破綻に懸けた男たち〜
マイケル・ルイス、東江一紀・訳、文藝春秋、p.304、p.1890

2011.4.5

 「ライヤーズ・ポーカー」「マネー・ボール」などの著者があるノンフィクション作家のマイケル・ルイスが、リーマンショックを生んだ米国金融業界の裏側を追った書。米ソロモンブラザーズ出身で金融ノンフィクション「ライヤーズ・ポーカー」でデビューした著者だけに、手慣れた感じでウォルストリートの人間模様を克明に描いている。それにしても、マイケル・ルイスの著書は当たり外れが少なく面白い。
 本書が描くのは、サブプライムローンの証券化、格付け、保険といった仕組みで信用を自己増殖していた米国の金融システムであり、そのシステムが崩壊することに賭けて大もうけした相場師たちの動きである。バブルに加担した金融業界と米国政府の無知ぶりも凄まじい。
 それにしても、人間とは愚かで、バブルとは不思議なものだ。客観的に判断すれば破綻必至にもかかわらず、いったん動き出した暴走は誰も止められない。数字や格付けの“まやかし”に気づかず、あるいは気づかない振りをしてバブルは拡大する。バブルは結局破裂するが、さんざん投資家を食い物した投資銀行は「Too Big To Fail」で生き残る。バブルに煽った張本人たちは表舞台からは姿を消すものの、しこたま儲け、すでに大金を手にしている。
 エンターテイメント性が高く楽しく読める書なので、連休や新幹線のなかの暇つぶしに最適である。

 

2011年3月

認知症と長寿社会〜笑顔のままで〜
信濃毎日新聞取材班、講談社現代新書、p.272、¥798

2011.3.31

 読売新聞の名物記者だった故・黒田清の言葉「報道とは伝えることやない、訴えることだ」が頭をよぎる書である。本書は医療関連のルポルタージュで定評のある信濃毎日新聞が、長寿社会の実情を足を使って取材したもの。2010年1月3日から6月29日にかけての連載が基になっている。
 先日推薦マークをつけた『「社会的入院」の研究』が統計データや研究資料を駆使してロジカルに長寿社会の問題点を指摘していたのに対し、本書は感情に強く訴えるところに特徴がある。日本の医療制度が生んだ社会的入院だが、家族の苦しい事情を聞くとむげに断れない病院関係者のコメントなどを読むと、理論と現実のギャップを感じさせられる。
 本書が扱うのは、介護する家族、認知症の老人を受け入れる介護施設や社会、認知治療の受け皿となっている精神科の病棟、認知症治療の研究と臨床の最前線、高齢化した地域など。現場に足を運び、当事者への取材を重ねながら認知症と長寿社会の抱える課題と解決策を探る。現場を丹念に取材した力強さがある良書である。

 

トレードオフ〜上質をとるか、手軽をとるか〜
ケビン・メイニー著、有賀裕子・訳、プレジデント社、p.275、¥1800

2011.3.28

 製品やサービスを成功を導く秘訣を、多くの事例を示しながら論じた書。筆者はUSA Todayのテクノロジー欄を20年担当したジャーナリスト。エレクトロニクスやIT関連企業の取材から得た結論は、製品やサービスが成功する秘訣は「上質さ」と「手軽さ」のいずれかを選択すること。どっちつかずや、二兎を追う姿勢はいけない。画期的な内容の書ではないが、米General Magicや米AppleのNewtonといった昔懐かしい事例が多く登場し楽しめる。
 筆者の言う上質さは、最高のユーザー・エクスペリエンス(経験)とオーラ、個性によってもたらされる。NFLやライブ演奏、ハーバード大学、Jobsが戻ったあとのAppleの製品群などは上質の部類に属する。一方の手軽さは、入手しやすさと安さがポイントとなる。手軽さの代表格として、筆者はiTunesやサウスウエスト航空、ウォルマートを挙げる。一方で上質さと手軽さの両立をねらうことは、不毛地帯に足を踏み入れることを意味する。経営戦略として選択すべきではないと断じる。二兎を追う戦略で危機に瀕した事例として取り上げているのが、筆者の古巣・新聞業界、低価格帯の製品で市場拡大を図ったコーチやティファニーである。
 本書で気になるのは装丁。カバーや帯には『ビジョナリー・カンパニー』の著者ジム・コリンズの名前がデカデカと踊る。まるでコリンズが著者のようだが、実は序文を書いているだけ。これは少々酷い。どうしてこんなことになっているのか、内容が悪くないだけに残念だ。

 

フェイスブック〜若き天才の野望(5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)〜
デビッド・カークパトリック著、滑川海彦・訳、高橋信夫・訳、日経BP社、p.544、¥1890

2011.3.24

 日本でもジワリと存在感を見せ始めたFacebook。本書は、そのFacebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグの評伝である。現在進行形で拡大中のFacebookの生い立ちやこれまでの成長過程を知る上でも役立つし、ベンチャーキャピタルの生態、米Googleや米Microsoft、米Yahooとの駆け引きなども興味深い。ザッカーバーグはマスコミのインタビューを受けることの少ないだけに、その実像を垣間みることができる貴重な1冊となっている。500ページと少々大部だが、つい引き込まれる内容なのと翻訳がいいので一気に読める。Google、Twitter、Facebookなど、次から次へと成長企業を生み出す米国社会の仕組みに興味のある方にお薦めである。

 

「つながり」を突き止めろ〜入門!ネットワーク・サイエンス〜
安田雪、光文社新書、p.254、\798

2011.3.10

 人と人との「つながり」を科学的に分析する学問「ネットワーク・サイエンス」を紹介した書。イラクのフセインを探し出した、写真に写った人物をもとに人間関係を追っていく探索手法など、本書で取り上げている事例はなかなか興味深い。ネットワーク分析の哲学を著者はこう説明する。人間の行為や嗜好、信条を決定するのは、「誰とともに過ごしたか」「誰に囲まれているか」「誰に影響を受けたか」「誰に影響を与えようとしているか」など、その人を取り囲むネットワークだと。ネットワーク・サイエンスを平易に説いた書である。

 

「社会的入院」の研究〜高齢者医療最大の病理にいかに対処すべきか〜
印南一路、東洋経済新報社、p.404、¥3780

推薦! 2011.3.9

 日本の高齢者医療制度が生み出した「社会的入院」。その現状と問題点、対策を論じた書。ここで言う社会的入院とは、医療行為が不要な状態にもかかわらず家族や医療機関の意向で高齢者が入院状態を続けることを指す。本書は社会的入院を生み出すメカニズムを解き明かし、日本の医療制度の問題点を論じる。介護が必要な高齢者を抱える人間の胸に、ズシンと響く良書である。
 筆者は、病院が病人を作る日本の医療制度を厳しく批判する。日本の病院の安静第一主義によって、心身の機能が低下する「廃用症候群」が生み出され、高齢者を寝たきり状態にしてしまう。治療のために入院した病院での社会的入院によって、人生の最後が台なしになってしまう。
 日本の医療制度の病巣は低密度医療にあると筆者は指摘する。一般病床が過剰で、病床あたりの医師数や看護師数が少ない。医療の密度は稀薄にならざるを得ない。低密度の医療しか提供できないから、手のかからない患者を漫然と入院させた方が病院経営上プラスになる。低密度医療は一般病床で始まり、療養病床に引き継がれる。しかも要介護度に基づく支払い制度のせいど、介護施設に寝たきりと認知症の患者があふれることになる。
 筆者は返す刀で、病院志向の根強い日本社会にも切り込む。患者にも家族にも、病院にいれば安心という病院信仰がある。これに介護力不足と介護忌避、介護保険制度の不十分さが加わり、不適切な社会的入院を生み出す。ちなみに社会的入院が解消すれば1兆5000億円の医療費が低減されると、筆者は試算している。

 

日本の教育格差
橘木俊詔、岩波書店、p.256、\840

2011.3.4

 この書評でも扱った「日本の経済格差」「家計から見る日本経済」の著者が、教育を切り口に格差問題を論じた書。教育の格差の実態や要因、それがもたらす問題について丁寧に持論を展開する。中卒、高卒、短大卒、大卒といった卒業段階での差、名門校と非名門校の差、私立と公立の差、専攻学科による差が、人生にどういった結果をもたらすのかを詳細に論じる。
 データを駆使して社会を論じる手口はこれまでと同じ。手慣れたテーマを、お得意の手法で料理しているので安心して読み進むことができる。ただし悪い本ではないのだが、内容は想定の範囲内におさまる。教育格差に対してボンヤリと抱いていたイメージを確認できるメリットはあるが、ハッとするような驚きや読むことの楽しさは期待しない方が良い。
 著者の主張の一つは、所得格差が広がるなかで、教育の機会の不平等化が進んでいるというもの。質の高い教育を受けると就職に有利で、高所得の可能性が高まる。その結果、子どもの教育にお金をかけられ、子どもが受けられる教育レベルは高くなる。こうして格差社会が固定化が進行する。筆者は日本の教育行政の貧困さをやり玉に挙げているが、同意できるところが多い。

 

もういちど読む山川日本史
五味文彦、鳥海靖、 山川出版社、p.254、¥1575

2011.3.2

 社会人向けに再編集した高校の教科書。ベースは「日本の歴史 改訂版」。一時ベストセラーになった書を、ようやく読むことができた。中身は教科書なので基本的には淡々と話は進み、さして面白みはない。興味深いのは、昔習った史実が、その後の研究で覆っているところ。本書では学会における新たな定説を注釈として挿入している。聖徳太子、和同開珎、吉田兼好、安藤広重などの話は、へえ〜と感心しながら楽しく読み進める。

 

2011年2月

競争の作法〜いかに働き、投資するか〜
齊藤誠、ちくま新書、\777、p.233

2011.2.25

 日本経済に関する多くの勘違いを指摘し、日本経済が再生し「日本人が本当の意味での豊かさ」を得るためのヒントを与えてくれる書。けんか腰の語り口はなかなか強烈である。ジャーナリズムや論壇で派手に立ち回りたわけたことを言っているエコノミストや経済評論家を、「ただのバカ」だと一刀両断で斬り捨てる。「2010年度エコノミストが選ぶ経済図書ベスト1」に選ばれたのも分かる。目から鱗の指摘が多いお薦めの1冊である。
 2002年から2007年にかけて日本は「戦後最長の景気回復」を果たした。しかし給与水準は上がらず、多くの人は生活が向上した実感をもつことはなかった。実はこの時期に日本経済は脆弱性を抱え、リーマンショックが起こらなくても経済崩壊の危機に瀕していた。その理由はどこにあるのか、経済成長がなぜ幸福に結びつかないのか、といった疑問に本書は明快に答える。
 いまの日本に必要なのは、適正な市場原理の活用だと筆者は論じる。日本社会は多数の安堵のために市場原理から逸脱した。そのために労働の現場や金融の現場、教育の現場で多くの人々の能力がどうしようもなく低下し、規律が目も当てられないほど劣化した。日本社会はいま、市場原理に基づく働き方と投資の見直しが求められていると筆者は説く。
 ちなみに御用学者やお調子者の評論家だけではなく、「経済危機を煽りたい政治的な勢力の言いなりになっている」と、マスコミにも辛口である。定見もなく、現実を見ようとせず、数字を読み取り自分で考えることをしない輩として厳しく批判する。耳が痛い。

 

電子本をバカにするなかれ〜書物史の第三の革命〜
津野海太郎、国書刊行会、p.290、¥1890

2011.2.24

 雑誌「本とコンピュータ」を手掛けていた編集者・津野梅太郎の電子書籍論。この分野の先駆者らしい見識の高さと紙の書籍への愛情が随所に出ている。特に最初の1/3は書き下ろしで、いい味が出ている。例えば「世界全体がデジタル化され、インターネットになったとしても、本は殺せない。出版業は何度でも殺せるだろうが…」と論じる。ふむふむ。そうかもそれない。残り2/3は「本とコンピュータ」を中心とした既存記事の再録。妙に肩に力が入った書き口でイマイチの感がある。
 津野は本書で、電子書籍を5000年の書物史のなかで位置づける。現在の微分的な騒動はいずれ落ち着き、書籍は電子と紙の双方で生き続けると説く。紙の書籍は、「一つひとつの色、一つひとつの肌ざわり、香り、味がみんな意味をもつ」個別性や多様性を多く担保できるメディアだと位置づける。一方の電子書籍は、最初こそビックリするが、どれも同じ味しかしないから必ず飽きる。疲れた者は紙の書籍に向かうとする。本が二つのかたち、二つの仕組み、二つの方向に分かれて、それぞれの道をたどり始めると説く。もちろん電子書籍で満足する向きも多いので、紙の書籍の衰退は避けられないのだが…

 

人口減少時代の大都市経済〜価値転換への選択〜
松谷明彦、東洋経済新報社、p.293、\1800

2011.2.22

 大蔵省出身の大学教授による経済論。人口の減少が日本経済にどのような影響を与えるかを統計データを駆使しながら、断定調で歯切れよく論じる。人口減少によって日本では大都市の方が地方よりも大きなダメージを受ける、人口が減少している状況下の増税は愚の骨頂と断じる。高齢化社会における年金の在り方などについて持論を展開する。人口減少という1点から切り込む視野の狭さと処方箋に驚きがない点が気になるものの、日本の人口動態を知り、その社会的影響を概観するうえで役立つ1冊である。
 筆者は、日本の大都市が取り組むべき課題を四つ挙げる。一つは国際化。大都市経済の閉鎖性が製品の国際競争力の低下につながっている。国際分業せよと説く。第2はビジネスモデルの転換。大都市経済は、輸入技術と低賃金労働を基盤とした薄利多売のビジネスモデルをいまだに使い続けているが、もはや限界。専門性を高め、製品やサービスを高く売る工夫をしなければ生き残れないと論じる。第3は、増税一辺倒の財政政策からの転換。人口減少下では、支出を削減しない限り、際限のない増税が必要になる。第4は人生の再設計である。生涯収入が確実に減るなか、お金をかけない生き方が不可欠になると説く。

 

What Technology Wants
Kevin Kelly、Viking Adult、p.416、$27.95

2011.2.18

 技術の切り口で生物・生命、社会、都市の進化を論じた技術哲学論。技術、生物、都市の進化を統一的にとらえ、すべてに共通する法則を探る。恐竜の話から映画「アバター」、爆弾犯ユナボナー、アーミッシュ、小説「1984」の世界までストーリー展開は縦横無尽。スコープは実に壮大で読み応え十分である。問題は少々難解なところ。語彙不足を痛感させられる。400ページを超える大部で持ち運びに不便なところも難点である。
 Wired創刊に参加し、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルに寄稿する筆者の主張は、煎じ詰めると技術の進歩は必然的に起こるというもの。進化の方向性は決まっており、ブレークスルーはけっして突然変異ではない。ブレークスルーを生む環境は徐々に整い、最後の一押しのところまで熟す。だから、原子爆弾の理論が6カ所で同時に発見されたように、多くのブレークスルーは同時多発的に生じる。
 壮大な技術論だが、技術に対する著者の見方はさして新しくない。曰く、技術は進歩すると見えなくなる、進歩の定石は組み合わせること、制約こそが技術を進歩させるドラーバ、効用が大きい技術ほど弊害も多い、技術は汎用で生まれ専用へと深化する、などである。

 

合理的市場という神話 〜リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史〜
ジャスティン・フォックス著、遠藤真美・訳、東洋経済新報社、p.508、¥3360

2011.2.6

 ジャーナリストの手による経済学興亡の歴史。株式市場の効率性や合理性、株式市場の興隆と崩壊、経済理論の誕生と凋落を丹念に追っている。「科学を市場に応用すべきだ」という思想に始まり、「市場は情報を完璧かつ合理的に処理し、資本を効率的に配分する」「市場のリスクは計測可能で、完全に管理できる(リスクを完全になくせる)」といった理論がどのようにして生まれ、崩壊していったかを論じる。最近流行の実験経済学や行動経済学にも言及する。
 本書は、経済学者や投資家ごとに章を分け、学説と時代背景を絡めながら紹介する。評者のような素人が市場経済をめぐる時代の流れをざっと知るには最適な書に仕上がっている。翻訳もこなれているので読みやすい。ただし、総勢20人を取り上げているので、個々の経済学者や投資家の記述には物足りなさを感じるところもある。
 本書を読んで感じるのは、米国の経済学者の活躍ぶりとその影響力。日本における経済学者の影の薄さと比べ、大きな違いを感じる。株式市場の成立過程(先日取り上げた「そして窮屈な日本経済が始まった」に出ていた)、世界的および社会的な位置づけが異なるにしても、市場や政策に関する発言力における彼我の差はすさまじい。こんなところにも、日本経済が混迷する原因の一つがあるのだろう。

 

2011年1月

しまった!「失敗の心理」を科学する
ジョゼフ・T・ハリナン著、栗原百代・訳)、講談社、p.300、\1575

2011.1.31

 心理学や行動経済学などに基づきながら、なぜ人間はミスを犯すのかを分析した書。事例が豊富なので読んでいて楽しいし、翻訳も悪くないのでスイスイ読める。暇つぶしに向いている。
 本書は、人間の不完全さ・不可思議さを次から次へと取り上げる。レントゲン技師は画像に写った悪性腫瘍の90%を見落とす、有権者は政治家が有能かどうかを顔を見てから1秒以内に判断している、人は高校時代の成績を実際よりも良いと信じている、人は考えを変えたあとに自分は昔からずっと同じ考えだったと思い込む、などなど。人間とは自惚れの強い動物であることを改めて思い知らされる。
 最後に、ミスを少なくする方法を説いている。例えば、行動した結果からフィードバックで微調整を繰り返す、自らの考えに対する反証を探し自信過剰を排除する、体験談を重視しない、睡眠は十分にとる、幸せであること、などである。

 

そして窮屈な日本経済が始まった
鈴木隆、かんき出版、p.320、¥1890

2011.1.26

 日本に自由経済が定着しない理由と日本経済不振の原因を明治時代に求めた書。明治の元勲たちの活躍を追うと同時に、それが現在の日本経済にどのような影響を及ぼしているかを説いている。歴史書と経済書の特徴を併せ持つ不思議な魅力をもつ書である。日本経済の混迷を明治時代に引き戻す際に牽強付会的な部分もあるが、全体に著者の視野の広さを感じさせる。
 明治の元勲たちの人間模様は、抜擢、左遷、下積み、裏切り、謀略、官民癒着、学閥・藩閥など実に人間臭い。彼らが政治家と資本家の癒着、政治と日本銀行の微妙な間合い、東大閥の跋扈など日本独特の状況を生み出し、それが日本経済不振につながっているというのが著者の見立てである。政治と大企業の癒着は明治時代以来続いている伝統であり、カネに関する限り政治家は無知で、ソロバン高い経営者に丸め込まれていると、筆者の舌鋒は鋭い。
 本書が扱う元勲は西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、大隈重信、伊藤博文、井上馨、松方正義ら多士済々だが、中心となるのは大隈と松方だ。この2人の対立を中心に話は進む。大隈たちは英米型の経済を目指したが、遅咲きの松方が中心となったプロシア派が影響力を強め、大企業優先の経済システムに作りかえられてしまう。筆者は松方らが「日本経済の基本を歪めた」と説き、日本は明るい夢を失い、儒教やプロシア絶対主義の亡霊に取り憑かれたと主張する。そして、これらの亡霊を取り除き、窮屈な日本経済を自由で伸び伸びした体制に変えなければならないとする。

 

ストーリーとしての競争戦略〜優れた戦略の条件〜
東洋経済新報社、楠木建、p.518、\2940

推薦! 2011.1.21

 本書の主題は「成功する経営戦略には、思わず人に伝えたくなるような生き生きとしたストーリーがある」「一見不合理な戦略が競争優位を生む」「個々には合理的な経営戦略が、合体すると合成の誤謬を生み失敗につながる」。500ページを超える紙幅を使い数々の事例を挙げながら、こうした持論を展開する。書き口が軽妙なので、あまり大部という感じがしない。読むのに時間がかかるが、お薦めの経営書である。
 著者の主張のポイントは、シンセシス(総合)の重要性を説いているところ。経営戦略は個別戦略ではなく、全体として評価しなければならないとならないと主張する。本来なら動画であるはずの経営戦略が、無味乾燥な静止画の羅列になっているとうのが著者の見立てである。戦略をつくる仕事が「項目ごとのアクションリスト作り」にすり替わっていると、わけ知り顔のコンサルタントが作るバズワードだらけのPowerPointのスライドに踊らされる愚を鋭くつく。
 取り上げている事例はなかなか魅力的。マブチモーター、ガリバーインターナショナル、アマゾン、サウスウエスト航空、スターバックスなどを、ストーリーという切り口でうまく料理している。刺激的な指摘にあふれた良書である。

 

無縁社会〜“無縁死”三万二千人の衝撃〜
NHK「無縁社会プロジェクト」取材班、文藝春秋 、p.272、¥1400

2011.1.14

 身元が分からない死亡者は、身長体重、推定年齢、死亡時の状況などの情報とともに「行旅死亡人」として官報に記載される。その数は1年に1万人ほど。身元が分かっても親族から引き取りを拒否され、行政によって公費で火葬・埋葬される人数を合わせると3万2000人に達する。こうした無縁死を扱い話題を呼んだNHKスペシャル(2010年1月放送)にも基づいたノンフィクション。内容は重く読んでいて辛いが、今の世代が正面から向かい合うべき内容であり、多くの方に読んでほしい良書である。
 急増する無縁死を生んだ社会的背景、無縁死を前提にしたビジネスや社会システムに迫るとともに、孤独死に至るまでの経緯や人間関係を詳細に追う。日本社会で進行する病を、時間をかけた丹念な取材で明らかにしている。無縁死までの人生をたどると、ほとんどが普通の生活を営んでいた人々だったことをNHKの取材班は明らかにする。
 家族の絆の希薄化、生涯未婚の急増、社縁の切れ目が縁の切れ目など、無縁死につながる要因は多い。親族は存在しても「迷惑をかけたくない」といった心情から、自ら無縁を選択するケースも少なくない。ちょっとしたキッカケや行き違いが無縁死につながっていく。誰にでも起こりうる話であり、それだけに恐ろしい。

 

GIGAZINE 未来への暴言
山崎恵人、朝日新聞出版、p.264、¥1575

2011.1.12

 ニュースサイト「GIGAZINE」編集長の山崎恵人が描くインターネットの未来予想図。ネットメディアの最先端を見ている著者ならではの見解が多く盛り込まれており、役に立つ。賛否が分かれそうな装丁で手に取るのを躊躇するかもしれないが、中身は真面目。インターネット・メディアの今後に興味のある方にお薦めの1冊である。
 本書の話題は多岐にわたる。専門バカとオタクの違い(GIGAZINEは、興味を持つジャンルを広めようとするオタク・メディア)、YouTubeはこそ真の破壊的ビジネスモデル(著作権は崩壊する)、今後のインターネットを支えるのはパトロンモデル(無料なものに対価を払う)、インターネット時代の学校教育(コピペで済ませられる問題を出す方が悪い)、紙の出版物は必ず絶滅する、超少額決済システムを握ったところが最終的な勝者に、などなど。評者とは見解を異にする項目もあるが、現場経験に裏付けられており説得力がある。

 

リスクに背を向ける日本人
山岸俊男、メアリー・C・ブリントン、講談社現代新書、p.272、¥798

2011.1.8

 『安心社会から信頼社会へ』『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』などの著書で知られる社会心理学者の山岸俊男が、旧知のハーバード大学教授と行った対談をまとめた書。アメリカ社会よりも日本社会の方がリスクが高い、リスクを避ける傾向は日本人が先進国のなかでずば抜けて高い、など日本社会が抱える問題について議論を繰り広げている。全体に読み応えのある書に仕上がっている。
 労働市場、女性雇用、出生率、教育、コミュニケーション能力など両者の議論は多岐にわたる。とりわけ労働市場についての指摘や、日米における信頼感の違いについての議論は示唆に富む。対談だけに冗長な部分も散見されるが、議論がす〜っと腑に落ちるところがいい。

 

権力の館を歩く
御厨貴、毎日新聞社、p.368、¥2625

2011.1.5

 歴代の首相や有力政治家の邸宅・別荘、政府や政党の建物を訪ね歩いた書。吉田茂の大磯・別荘、鳩山一郎の音羽御殿、佐藤栄作の鎌倉別邸、田中角栄の目黒御殿、小沢一郎の深沢邸、首相官邸、国会議事堂、最高裁判所、自民党本部などの建物を、数々のエピソードを盛り込みながら紹介する。佐藤栄作と田中角栄、福田赳夫など、政治家の建物に対する姿勢と政治活動との対比がなかなか興味深い。
 新聞連載の単行本化とあって、一つひとつの建築物に関する書き込みが足りない。政党や政府機関の建築物の説明はそこそこ詳しいが、政治家の“館”についての記述は建物自体の魅力への言及が少なく、建築好きの評者には物足りなさが残る。セキュリティ上の問題があり内部の写真や配置図などは出せないのだろうが、建築物をメインに据えた書だけに残念である。
 ちなみに筆者の御厨貴は政治家のオーラルヒストリーで知られる。この書評でも「渡邉恒雄回顧録」などを紹介した。その御厨が、建築への造詣が深いということを本書で初めて知った。

 

横田英史(yokota@nikkeibp.co.jp

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。
日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現IT Pro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。
2003年3月発行人を兼務。2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組み込み制御、知的財産権、環境問題など。