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2010年7月

全集 日本の歴史16:豊かさへの渇望
荒川章二、小学館、p.313、¥2520

2010.7.23

 小学館の創立85周年記念「日本の歴史」の最終巻にやっとたどり着いた。今回は1955年から現代までをカバーする。高度経済成長からバブルを経て閉塞感漂う現代という期間は、評者の人生とほぼ合致する。それだけに興味深く本を開いたが、期待はずれだった。
 もっとも、自分が生きてきた時代を振り返る上では有用である。55年体制、原水爆禁止運動、高度経済成長、1億総中流、公害、ニュータウン、沖縄返還、三里塚、ポスト冷戦などなど。物心がつく前の話もあるが、多くは「そんなこともあったなぁ」と懐かしい。1955年で出生数の増大で人口が拡大する時代が終わり、長寿化によって人口が増大する時代の幕が開けたなど、へぇ〜という話もけっこうある。
 期待はずれだったのは、この全集を貫く「庶民の生活や文化に注目。人びとを鮮やかに活写」というポリシーから、本書が少々外れていることが大きい。政治的視点からのトピックスを多く詰め込みすぎて、市井の生活が描き切れていない。筆者の政治信条が前面に出ている感じである。しかも踏み込みが足りない記述が多く読後感はよくない。

 

数字で世界を操る巨人たち
スティーヴン・ベイカー著、伊藤文英・翻、武田ランダムハウスジャパン、p.312、¥1890

2010.7.21

 応用数学が社会に大きな影響を与えていることを、ビジネスウィーク誌の元記者らしく豊富な取材をもとに明らかにした書。膨大なデータをかき集めることで人間の振る舞いをモデル化し、そのモデルを基に人間の行動を予測する最先端のマーケティング手法を紹介している。マーケティングに興味のある方にお勧めなのはもちろんだが、社会の底流での動きを知りたい方にも向く。
 企業の人事政策、ショッピング、選挙活動、テロ対策、病気の治療、結婚紹介ビジネスなどを事例に挙げ、膨大なデータからどのように意味のあるパターンを引き出しているのかを紹介する。ユーザーが興味を持ちそうな商品を表示して購買意欲をそそるネットサイトといった、ありきたりの事例も登場するが、声の変化でパーキンソン病を発見したり、電子メールの内容から認知症の進行を知る病気検査/治療法など、興味深い話も盛り込まれており読者を飽きさせない。
 一方で、知らないうちに情報を収集される社会の怖さを感じる書でもある。そもそも数学的なモデル(金融工学)が、Black Swanと呼ばれる予測不能な事象に無力なのは、今回の世界金融危機から得た教訓である。

 

壊れた脳 生存する知
山田規畝子、角川ソフィア文庫、p.313、¥780

2010.7.16

 すさまじい書である。脳出血を3度も繰り返し高次脳機能障害者となった外科医が、その症状、リハビリ体験を克明に綴っている。何があってもポジティブな筆者の生き様は見事である。高次脳機能障害者から世界がどのように見えるか、睡眠が脳の機能回復にどれほど重要か、筆者が機能回復のために行った数々の工夫など、興味深い記述が続く。
 脳の病気で倒れた脳科学者の書「奇跡の脳」をこの書評で以前紹介したが、本書の方が懇切丁寧。発症前後の克明な記述、リハビリにおける悪戦苦闘だけではなく、周囲の人間が注意すべきことなどを盛り込んでいる。説得力のある記述は有用で、脳出血や脳梗塞の方との付き合い方を学べる良書である。

 

選挙演説の言語学
東照二、ミネルヴァ書房、p.259、¥2400

2010.7.13

 このところ贔屓にしている言語学者・東照二が、日米の政治家の街頭演説を分析した書。どのような演説が聴衆を引きつけるかを言語学的に解明している。実際に2009年の衆議院選挙の街頭演説に出向き、聴衆の反応まで取材するなど念の入れようである。米国の政治家では、レーガンとオバマの演説を取り上げる。いつもながら示唆に富む指摘が多く楽しく読める。政治家に限らず、人前で話す機会の多い方にお薦めの1冊である。
 小泉純一郎、麻生太郎、鳩山由紀夫、岡田克也、野田聖子、馬淵澄夫など政治家の実名を出して分析しており説得力を増している。野田と馬淵の演説は与党と野党の立場の差が明確に出ているし、小泉の演説は実に個性的である。小泉の演説は勇気を与えるものとして高く評価する。このほか岡田の演説の評価も高い。政治家としてのイメージと意外なギャップがあるという意味で興味深い。
 筆者が高く評価するのが、「感性に訴え、情緒の扉を開ける演説」だ。物語、経験、個人的な思い、気持ちなどを語り、聞き手との心理的距離感を短くし、共感を作り上げようとする「聞き手中心のラポート・トーク」と呼ぶ演説である。レポート・トークの対極が、自分中心に政策、情報を語る「話し手中心のリポート・トーク」。筆者がラポート・トークとリポート・トークの事例として挙げるのが、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツのスピーチである。ジョブズは経験を伝えようとしているし、ゲイツはデータを伝えようとしているという。何となくよく分かる。
 ちなみに演説の秘訣は「SHARP」にあるという。つまり、S(Stories and example:物語、具体例)、H(Humor:ユーモア)、A(Analogies:たとえ)、R(References and quotaions:引用)、P(Pictures and visual aids:絵、写真、視覚に訴えるもの)である。参考にしてみてはいかがだろうか。

 

日本人がコンピュータを作った!
遠藤諭、アスキー新書、p.256、¥780

2010.7.10

 コンピュータ黎明期から発展期のコンピュータ技術者と研究者、官僚へのインタビューで構成した書。往事の活気と当時の技術者/研究者の熱さが感じられる良書である。月刊アスキーの連載をもとに1996年に刊行された「計算機屋かく戦えり」を再編集したものなので、物故者が何人も登場する。その意味で、当時を振り返る貴重な証言集になっている。日本のコンピュータ産業に興味を持つ方や右肩上がりの時代を振り返りたい方にお薦めである。
 登場人物は実に多彩。NECのパソコン黄金時代を築いた渡邊和也氏、パラメトロンを開発した後藤英一氏、世界初のマイコン4004を開発した嶋正利氏、富士通の山本卓真氏、シャープの佐々木正氏など、評者がインタビューした方々も登場する。それぞれのインタビューに知られざる“ちょっといい話”が盛り込まれていたり、取材相手の個性をうまく引き出していたりと、筆者の力量を感じさせる。
 寡聞にして知らなかったのが富士フイルムが開発した日本初のコンピュータ「FUJIC」。レンズ設計課長だった岡崎文治氏がほぼ独力で作り上げたというから驚く。しかも基本構造が、1956年という開発時期を考えるときわめて先進的。プログラミングはストアド・プログラム方式だし、入力装置はカードリーダー、出力装置は電動タイプライターと1970年代の汎用機のメカニズムを先取りしていた。それだけに、FUJICに対する評価の低さが気になる。技術を正当に評価できない狭量さが、どこかで日本の技術や産業の衰退につながっている気がしてならない。

 

The Shallows:What the Internet Is Doing to Our Brains
Nicholas Carr、Norton、p.276、$26.95

2010.7.7

 “IT Doesn't Matter”や“The Big Switch”を著したNicholas Carrの3作目。インターネットが人間の行動パターン、さらには脳にどのような影響を与えるかを論じる。米国の書物らしく、技術やツールが人間や社会に与えた影響を歴史をさかのぼって論じるとともに、脳科学や認知心理学、神経学、教育学、Webデザインなどの新しい研究成果を駆使した論理構成は示唆に富む。新しい技術や商品、ツールに難癖をつけるありがちな反応(ゲームをすると暴力的になるといった類いの、根拠は薄いが感性に訴える話)とも読めるが、インターネットに対する一つの見方を表しているのは間違いない。
 インターネットやITは読む・書く・調べるといった行動に大きな影響を与えている。例えば、液晶画面を見ながら長い文章を読むのは容易ではないし、そもそも集中力が続かない(セサミストーリーも、細切れの番組構成が子どもの集中力に悪影響を与えたと言われたが…)。本書によると、Webを読むときに目は画面を“F”の字状に文章をなぞるらしい。2行ほど読み進んだら、あとは一気に下方向に読み飛ばすという。
 書くことや調べることへの影響も大きい。Twitterや携帯小説ではないが、長文を書くことはインターネットと親和性があるとはいえないし、調べることは一点豪華主義になりがちだ。一つの事柄を集中的に深堀りするのには向くが、一見関連性の薄い情報がすっぽり抜け落ちる。そして、こうした読む・書く・調べるをはじめとした行動が毎日繰り返されることで脳は徐々に変化していく訳だ。
 筆者は、インターネットから流れ込む膨大な情報や、ハイパーテキスト構造による情報連鎖に脳がついていけなくなっていると主張する。結果として集中力が欠け、物事に対する理解が深まらない。そもそも何を読んだかさえ記憶に残らない状態に陥る。技術によって得たものは確かに大きいが、逆に失うものも少なくないと、筆者は警鐘を鳴らす。

 

2010年6月

ゲームの父・横井軍平伝〜任天堂のDNAを創造した男〜
牧野武文、角川書店、p.225、¥1470

推薦! 2010.6.28

 任天堂のゲームの基礎を築いた横井軍平の評伝。横井のゲーム開発人生と横井が「枯れた技術の水平思考」と呼んだ発想法を追っている。数々のゲームの開発秘話は楽しく読めるし、技術者にとって示唆に富む話が多く、お薦めの1冊に仕上がっている。
 「枯れた技術の水平思考」とは、最先端技術を追って他社との差別化を図るのではなく、使い勝手を工夫したり、枯れた技術をひとひねりして使うことで、これまでにない体験ができるゲームを開発する発想法を指す。最先端の技術に頼った差別化は、横井にすれば「アイデアをひねり出すのを怠り、安易な方向に流れている」ということになる。
 それにしても横井が開発したゲームやおもちゃは実に多彩。ウルトラハンド、ウルトラマシン(家庭用ピッチングマシン)、ラブテスター、光線銃、ゲーム&ウオッチ、ゲームボーイ、バーチャルボーイ、ワンダースワン(任天堂退社後に立ち上げた会社が開発し、バンダイが発売)などなど。ウルトラハンドとウルトラマシン、光線銃は小学生時代に欲しかったおもちゃだし、バーチャルボーイ開発時には横井に取材したこともある。評者にとって懐かしさにあふれた書である。それにしても横井が、ワンダースワン発売前に交通事故で亡くなったのがつくづく惜しまれる。

 

政権交代の経済学
小峰隆夫ほか、日経BP社、p.238、¥2310

2010.6.25

 民主党政権への交代によって生まれた経済政策の転換や混乱を、経済学の概念を使って分析した書。「なぜ政党の主張は似てくるか」「コンクリートから人への経済効果をどう考えるか」「戸別補償制度で日本の農業は強くなれるのか」「政策の先送りが行われるのはなぜか」といった素朴な疑問に答えている。本書は日経ビジネス・オンラインのコラム「データで斬る世界不況」を加筆・再構成して単行本化したこともあって、一つひとつの項目はコンパクトにまとまっている。
 本書で扱う経済学の理論は、パレート最適、乗数効果、共有地の悲劇、最適通貨圏など。どこかで耳にしたことのある理論を、具体的な経済政策に当てはめて説明する。用語解説やキーワード解説が充実しているので、経済学の素人にもさほど苦労なく読み進むことができる。
 本書は第1部「経済理論から政策を考える」と第2部「民主党の経済政策を点検する」から成る。読み応えがあるのは第2部。「最低賃金引き上げは失業者を増やす?」「子ども手当で出生率は上がる?」「日本経済の『輸出依存型体質』は是正すべきか」「年金制度に必要なのは超党派の合意」といった興味深い話題が並ぶ。参議院選挙が始まった現在、日本の経済政策を考える上でのヒントを与えてくれる書である。

 

奇跡の脳
ジル・ボルト・テイラー著、竹内薫・訳、新潮社、p.227、¥1785

2010.6.22

 脳科学者が脳卒中で倒れた体験を綴った書。37歳の筆者を突然襲った脳卒中の症状を、科学者らしく冷静に分析しているのには驚く。しかも自らの専門分野だけに示唆に富む指摘が多い。時系列で症状の変化、手術、リハビリの様子を詳細に述べているので、追体験しているような気になる。ちなみに本書が書かれたのは、病魔に倒れてから10年後(リハビリに8年間かかったという)。ある程度は記憶違いはあるかもしれないが、貴重な体験談ということに変わりはない。凄い本である。
 読み応えがあるのは、脳卒中が発病してから病院に担ぎ込まれるまでの経緯。身体の不調を脳卒中と気づくまでの心の動き、左脳の機能が失われたため数字を認識できなくなった状況で電話をかけることの難しさ、電話口の相手に自分の緊急事態を伝えることの大変さなど、実体験に基づいているだけに説得力をもって迫ってくる。
 本書の後半は少し不思議なトーンになる。「右脳マインド」「左脳マインド」といった話が展開されるが、内容はちょっと神秘主義的。正直、評者のレベルではついていけない。脳死体験と同様、脳卒中を経験する、生死の境をさまようというのは、こういうことなのかもしれない。

 

次に来るメディアは何か
河内孝、ちくま新書、p.232、¥777

2010.6.16

 タイトルの「次に来るメディアは何か」と中身にギャップがある。インターネットやケータイ、タブレットを軸にした“メディアの未来”を期待して読むと失望する。電子新聞を含め新聞のビジネスモデルの話に終始する。確かに日本では朝日新聞の赤字決算と希望退職募集、米国ではNew York Timesの経営危機に代表されるように、新聞業界は危機的状況に置かれている。毎日新聞の常務だった筆者が、新聞の生き残り策にこだわるのは理解できる。新聞以外ではテレビ局にも若干言及しているが、あくまで新聞系列局としての扱いでありオマケに過ぎない。
 本書の構想は、筆者が米コロンビア大学大学院に短期滞在中に生まれたという。そのせいか日本だけではなく米国、欧州の新聞業界にも目を配っており役立つ。特にフランスの新聞事情については知らなかったことが多く、勉強になった。
 読み応えがあるのは最終章「次に来るメディア産業図」である。筆者は新聞業界は2010年、テレビ業界は2012年に大再編があると予測する。筆者が予測する再編成図はかなり大胆だが興味深い内容を含んでいる。筆者は「新聞社〜破綻したビジネスモデル」で業界の闇を告発した人物。しかし本書を読むと、根っからの新聞人というのがよく分かる。

 

著作権の世紀〜変わる「情報の独占制度」〜
福井健策、集英社新書、p.236、¥756

2010.6.15

 著作権に関する最近の動向をコンパクトにまとめた書。新書らしい新書に仕上がっている。事例の選び方が秀抜なので、ぐっと引き込まれる。デジタル技術によって顕在化した法律と実社会とのギャップ、フェアユース規定の日本に導入する動きとその問題点、国立国会図書館の動きなど最近の動向をほどよく盛り込んいる。著作権についてざっと知りたい向きにはお薦めである。

 

〈医師〉〈看護師〉〈患者・家族〉による認知症の本
内田勝也、堀内園子、三宅貴夫、岩波書店、p.160、¥1785

2010.6.11

 認知症の患者は200万人を超えると言われる。医療の進歩によって否応なく生かされる状況のなか、認知症はきわめて身近な病である。親世代だけではなく、自らもその危険性にさらされている。物忘れがひどい評者など戦々恐々である。本書は、医師、看護師、認知症患者の家族という切り口から、認知症および認知患者とどのように付き合うべきかを説く。
 本書のカバー範囲は広い。認知症の基礎知識、病院に行く前に知っておくべきこと、治療法、薬のチェックポイント、在宅介護で気をつけるべきこと、介護保険の利用法、介護施設の特徴などを過不足なく紹介する。今すぐ役に立つことはないかもしれないが、手軽に読める本書は事前準備としては好適だろう。

 

これからの「正義」の話をしよう〜いまを生き延びるための哲学〜
マイケル・サンデル著、鬼澤忍・訳、早川書房、p.384、¥2415

2010.6.10

 いま話題のNHK教育テレビ「ハーバード白熱教室 13回」をちらちら見ながら、この書評を書いている。本書の著者・サンデル教授と学生たちの緊張感あるやり取りを見ていると、若さがつくづく羨ましくなってしまう。ハーバード大学で史上空前の履修者数を記録しつづけているという講義「Justice(正義)」を基に書き下ろしたのが本書である。普段は忙しくて考えられない「人間」や「人生」を考える機会と時間を与えてくれる。
 本書は人間の行動や決断の背景にある原理原則を哲学的に解題する。実生活で出会う具体的な事例を挙げているので、哲学が身近に感じられる。哲学というと机上の空論で自分たちには無縁といった感があるが、本書を読むとイメージが変わる。それにしても固い内容の本書がネット書店のランキング上位に居座っているのは驚きである。

 

地図だけが知っている日本100年の変貌
竹内正浩 、小学館101新書、p.224、¥756

2010.6.4

 評者は学生時代に周遊券で日本全国を歩き回ったこともあって、鉄道好き、時刻表好き、地図好きである。タイトルに引かれて、つい本書に手を出した。過去100年以上にわたって更新され続けてきた国土地理院発行の新旧地図を見比べて、時代の変遷を追うというのが本書の狙いである。日本全国を扱っているので、身近な土地の話が必ず出てくる。その箇所は楽しく読める。
 本書の狙いそのものは間違っていないし、内容に偽りもない。しかし何かが足りない。本書に期待したのは古地図と現在の地図を比べることで発見したあっと驚く日本の変貌だが、残念ながら想定内の話が多い。例えば干拓や埋め立ての話。八郎潟や有明海などに代表される干拓事業によって地図は大きく変わったのは事実。でも、そこに新しい発見はない。

 

The Battery〜FHow Portable Power Sparked a Technological Revolution〜
Henry Schlesinger、ASmithsonian Books、p.287、A$25.99

2010.6.3

 一般人向けに書かれた電池の書。仕組み(原理)と歴史について簡単に触れている。さすがに電池ネタだけでは287ページはもたないので電気・電磁気・電信もカバーする。電池はこのところ動きの激しい領域だが、それを生かし切れておらず全体にかなり退屈。Li電池やLiイオン電池に焦点を絞れば、魅力的な書に仕上がっただけに惜しい。電池だけでも、寸法(単三、単二、単一)、電圧がどのように定まったか、今後の行方など知りたいことは多い。旬なネタだけに残念である。筆者の Henry Schlesingerは、サイエンスライターでPopular Science誌などに寄稿している。手だれによる書だが、はたして日本語に翻訳されるのだろうか。
 本書でまず登場するのが、静電気をためるライデン瓶。コンデンサの原型ある。ベンジャミン・フランクリンの凧揚げの実験にも使われているので知っている方も多いだろう。その後は、ファラディやニュートン、オーム、ボルタ、エジソン、サーノフ(RCA創設者)などなど、電気や電磁気関連の偉人についての逸話が続々登場する。半導体やICまで話は及ぶ。メイドカフェのようなElectric Girlやエジソンと電気自動車、怪しげな電気治療器の話など“へぇ〜”だが、ただそれだけ。いずれも突っ込み不足で中途半端。蘊蓄のレベルにとどまっているのはもったいない。

 

2010年5月

だまされないための年金・医療・介護入門〜社会保障改革の正しい見方・考え方〜
鈴木亘、東洋経済新報社、p.280、¥1995

推薦! 2010.5.30

 タイトルと中身にギャップがある書。「だまされないための年金・医療・介護入門」と聞けば、医者や保険会社、介護会社にだまされない知恵を説く手軽なノウハウ本と思われかねないが、実際は社会科学系の啓蒙書。副題の「社会保障改革の正しい見方・考え方」の方が内容を的確に表している。年金を中心に、日本の社会保障制度がどれほど酷い状態か、元凶がどこにあるかを分かりやすく論じる。自らの老後や日本の未来を考える上で必読の良書で、お薦めである。
 本書を読むと、無為無策を続ける政治と行政の状況に暗澹たる気持ちになる。1940年生まれと2005年生まれでは年金の生涯受給額が8340万円も違うという世代間の不公平は論外だろう。既得権をもつ高齢者が大票田となった現状では社会保障改革は難しく、「低福祉・高負担か、中福祉・超高負担」しか選択肢はないというのが筆者の見立てである。
 国民を“だます”のは政治家や官僚、年金・社会保障の専門家と言われる人たちだ。統計データの恣意的なねじ曲げや、非現実的な前提でのシミュレーションなど、本書はだましのテクニックを紹介する。まさにやりたい放題である。政治家や官僚、年金・社会保障の専門家が主張する「安心」「改革」とは名ばかりで、単なる負担の先送りだったり、朝令暮改の目くらましに過ぎないと、筆者は筆鋒鋭く批判を加える。現在行われている改革論議のキーワードは、「現在の高齢者への既得権保護・利益供与」「先送り主義」「情報操作」「本質的ではない論点へのすり替え」と容赦ない。
 経済学者である筆者の主張は論理的で明快だが、なぜそれが政策に生かされないのか。本書を読むと、日本における経済学者の存在感の薄さも気になる。ちなみに筆者の社会保障改革は、現役世代が高齢者世代を支える賦課方式から、老後は自らの負担でまかなう「積み立て方式」への移行である。年金だけではなく、医療保険、介護保険すべてを積み立て方式に変えるべきだと主張する。

 

ハカる考動学
三谷宏治、ディスカヴァー・トゥエンティワン、p.216、¥1680

2010.5.25

 ハカる(測る、量る、計る)という行為が新たな発想、製品・サービスにつながることを説いたビジネス書。ハカるポイントは三つ。モノではなく「ヒトをハカる」、頭で考えるのではなく「作ってハカる」旧来の仕組みではなく「新しいハカり方を創る」である。それぞれについて1章を割く。コンサルタントらしく論理的な筋立なので安心して読めるし、ちょっとした発想のヒントを与えてくれる。発想法を説いた本としては悪くない。
 各章では、見開き2ページで一つのトピックをまとめている。抽象的な話で終わるのではなく、具体的な手法にまでブレークダウンして解説しているのも本書の特徴だ。軸と目盛を定めてグラフ化する、必要に応じて正規化するといった手法は日経エレクトロニクスの常套手段。グラフ化することで隠れていたトレンドが何となく見えてくる、お勧めの方法である。
 「ヒトをハカる」では、基準を定めてハカり直して新商品につなげる手法を紹介する。例えば、アシックスやミズノは子どもの足の幅を立体計測して細めの靴を生み出した。顧客評価をハカる無印良品の例も興味深い。「作ってハカる」とは、試作とテストを繰り返すことで商品力を高めていくこと。冒頭でIDEOがAppleを説得した事例を挙げているが、これは明らかに選択ミス。あまりに古いうえにマイナーすぎてピンとくる読者はどれほどいるのだろうか。江崎グリコの事例やシリコンバレーのベンチャー企業の方がよっぽど面白い。最後の「新しいハカり方を創る」では、それまでハカれなかったものをハカる方法を開発することで、大きな発見やビジネスにつなげる。ノーベル賞の小柴昌俊氏や田中耕一氏、任天堂のWii、Google、Amazon.comなどを例として挙げる。

 

競争と公平感〜市場経済の本当のメリット〜
大竹文雄、中公新書、p.245、¥819

2010.5.22

 著者が5年前に著した「経済学的思考のセンス」の続編として企画がスタートした書。調査や定量的研究を参照してながら持論を展開するところは、著者の出世作『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』と同じ手法で安心して読める。説得力のある論理構成は一読の価値がある。
 ただし、タイトルの「競争と公平感」に期待して読むと失望するかもしれない。確かに第1章はタイトル通りの内容である。日本は資本主義国家にもかかわらず市場競争や格差に対する拒否反応が強く、中国やロシアよりも市場に対する信頼が低かったり、市場で格差がつかないことを重視する国民性を明らかにする。
 議論はメディアや教育にも及ぶ。市場主義が大企業を保護する大企業主義と同一視されてしまったり、教科書が市場競争によって豊かになれるというメッセージを伝えず、市場の失敗と独占の弊害ばかりを強調してきた日本の特異性を論じる。日本人の市場(他人)に対する信頼感の低さは、本書評でも取り上げた「安心社会から信頼社会」「日本の安心はなぜ消えたのか」といった山岸俊男の主張と通じるところがある。
 第2章以降、話は四方八方に飛ぶ。「経済学的思考のセンス」に関する筆者の持論が展開される。「出生児の低体重とその後の社会経済的状況に関する因果関係」「いま流行の行動経済学」「心理学や脳科学と経済学との関係」「年金・医療の問題」「消費税表記(外税、内税)と売れ行きの関係」などなど。肩の凝らない話が続くので、これはこれで悪くない。

 

全集 日本の歴史:戦争と戦後を生きる
大門正克、小学館、p.384、¥2520

2010.5.20

 全16巻の日本の歴史全集も残すところあと2巻になった。本書は第2次世界大戦など戦争に翻弄された4人の庶民を中心に、市井の人々の生活に迫っている。筆者は横浜国立大学教授だが、一般に思い浮かべる歴史学者とは違うようだ。取材をベースに歴史を論じており、足でネタを稼いでいる。大量の文献を整理することに主眼をおいた歴史書とは一線を画している。
 本書の主役はあくまで庶民。労働、生活、医療といった身近なところに焦点を当て、戦中戦後の実態を明らかにする。アジアに対する日本人の微妙な感情の原点がどこにあるかを論じた部分は、なかなか読み応えがある。蔑視感や敵愾心が、どのように人々の心を歪めていったかを論じるところが、一つの山場だろう。
 門外不出だったり埋もれていた写真を発掘し、それらに歴史を語らせているのも本書の特徴の一つ。谷川俊太郎のあっと驚く写真が載っていたりして妙に楽しめる。

 

死なないための智恵
上野正彦、イーストプレス、p.214、¥1470

2010.5.18

 ベストセラーになった『死体は語る』の著者の書き下ろし。監察医として数々の殺人事件に立ち会った経験や、実際におこった事件を例にとっているので説得力のある書に仕上がっている(筆者は2万体の検屍をしたらしい)。事件に遭遇したときにどのように行動すればよいのか、事件を未然に防ぐための方策、人命を救う方法、被害を軽減させるための知恵などを伝授する。ただし、200ページほどの分量のなかに多くを盛り込もうとしたため、細切れで散漫な感があるのが惜しい。
 本書は大きく五つの章に分かれる。それぞれ、街の危険、学校の危険、家庭の危険、災害(自信/火事/水害)、毒物/薬物への対処法を論じる。刃物を突きつけられたときの対処法、刃物で切られた人の応急措置や救助法、火傷や有毒ガスへの対処など、遭遇するかは別にして、一般人にも想像のつきやすい事例で読者を引き付けている。

 

バーナンキは正しかったか? FRBの真相
デイビッド・ウェッセル著、藤井清美・訳、朝日新聞出版、p.416、¥2625

2010.5.14

 サブプライム問題に端を発した世界金融危機に、米FRB(連邦準備制度理事会)のベン・バーナンキ議長がどのように対処したかを、日欧の中央銀行や世界中の金融界の動きなどを交え、米ウォールストリート・ジャーナル記者/コラムニストが克明に追った書。当事者への綿密な取材と高い見識で素晴らしいノンフィクションに仕上がっている。生き馬の目を抜く金融界の虚々実々の駆け引き、小説や映画のように次から次へと押し寄せる危機を本書は活写する。ピュリツァー賞の2度の受賞はだてではない。今回の世界金融危機(本書ではグレートパニックと呼ぶ)を振り返る意味で有用だし、米国メディアの底力を感じることのできるお薦めの1冊である。
 登場人物が多い書だが、主役はタイトル通りバーナンキ議長。マエストロと称され在職期間は評価が高かったアラン・グリーンスパン後継のFRB議長である(ちなみにグリーンスパンは、今回の金融危機の元凶と批判されるなど毀誉褒貶が激しい)。「大恐慌」を研究テーマにしていた元プリンストン大学経済学部教授が、実際に金融危機に立ち向かうというのは歴史の皮肉でだろう。ちなみに登場人物では、ティモシー・ガイトナー連邦銀行総裁の評価はそこそこで悪くないが、ヘンリー・ポールソン財務長官は徹底的に道化として扱うなど旗幟を明確にした書である。
 本書で興味深いのは理論と実戦のギャップを示す好例となっているところ。大恐慌を研究した学者バーナンキが、FRB議長としてはサブプライムローン問題を危機の始まりと認識できあかった。行動(施策)に負けず劣らず、伝え方(舞台設定や口調など)が重要という指摘も興味深い。ただし筆者のバーナンキ議長に対する評価は低くない。「当初は腰が引けていたが、リスクの大きさを理解してからは前例のない創造的で大胆な措置をとった」というものである。

 

電子書籍の衝撃
佐々木俊尚、ディスカヴァー・トゥエンティワン、p.303、¥1155

2010.5.9

 電子書籍の歴史と現状、突如ブレークした背景をサポーターの観点から手際よくまとめた書。電子書籍が「本を読む」「本を買う」「本を書く」ことに、どういった影響を与えるかを論じている。目新しさはないが出版業界の問題点にも切り込む。電子書籍や出版業界の状況を手っ取り早く知りたい方にはお薦めである(実際に電子書籍を使うのが一番だが、そうそう投資はできない)。著者は毎日新聞記者、月刊ASCIIの記者を経て、現在はアルファブロガーとして知られるフリージャーナリスト。電子書籍を語らせるには適任だろう。
 新しいもの好き、IT好き、年間100冊を超える本を読み、しかも出版を生業とする評者は、電子書籍に強い関心を持っている。Kindleには食指が動くし、iPadもウィッシュリストに入っている。電子書籍なら部屋から溢れないし、家族から疎まれることもなくなる。技術の伸び代の大きい電子書籍端末の将来性は認める。電子書籍に適した書物があるのも確かだろう。  しかし疑問も感じる。しょせん読書は趣味である。リラックスして読みたい。歳をとったせいだろうが、ディスプレイ上の活字は頭の中を通り過ぎてしまう。没入感に欠ける。この書評で時々取り上げる、歯ごたえ十分の書はやはり紙で読みたい。好奇心や取材目的以外に、紙で読めるものをあえて液晶や電子ペーパーで読む必然性があるのだろうか。
 実は筆者も紙の書籍を否定している訳ではない。電子書籍は、出版文化の破壊ではないと繰り返し述べている。プロフェッショナルリズムに欠ける出版社や編集者の現状を嘆いているのだ。よく読むと本書は、電子書籍だけではなく出版社への応援歌ともなっている。

 

突然、妻が倒れたら
松本方哉、新潮社、p.202、¥1365

2010.5.7

 著者は、フジテレビ「ニュースJAPAN」の元キャスター。帯の写真を見れば、滝川クリステルと並んでいた「あの人か」と気づく方も多いはずだ。本書は、重度のくも膜下出血で倒れた奥さん(当時46歳)の闘病と家族の看護の日々を綴ったもの。介護保険の問題点や世間の好奇の目など、実体験に基づいているだけに迫力をもって訴えかけてくる。
 くも膜下出血は、ある程度の予兆はあるものの、健常者を突然襲う病気である。それだけに周囲の人間は心の準備が整っておらず、いきなり奈落の底に落とされた状態に陥る。とりわけ家事の一切を担った主婦が倒れると大変である。仕事中心の生活を送ってきた筆者の右往左往ぶりは人ごとではない。くも膜下出血に関心のある方、仕事中心で家庭を顧みることの少ない方にお奨めの1冊である。

 

2010年4月

電子図書館
長尾真、岩波書店、p.144、¥1575

2010.4.30

 国立国会図書館長の筆者が、京都大学教授時代の1994年に上梓した書の新装版。筆者は現在、電子図書館構想を推進しているが、その原点を知る上で役に立つ。実は前書きと後書きに手を加えただけで、中身は16年前とほぼ同じ。したがって現在のインターネットや情報技術の状況をみると、少々古さを感じさせられる。一方で、この16年の技術進歩がいかに凄かったかを改めて認識できる内容でもある。あの頃(評者は当時副編集長だった)の日経エレクトロニクスで取り上げていた記事がついつい思い出される。
 本書で紹介されている当時の技術は確かに古いが、筆者の将来予測は実によく的中している。技術進歩の早さを考えると、筆者の技術を見る目の確かさが分かる。新たに付け加えた前書きも悪くない。短いものの、電子図書館が置かれた状況と問題点を手際よくまとめている。技術志向の強い旧版と比較すると、電子図書館のビジネスモデルの在るべき姿にまで言及しているところが大きな違いとなっている。

 

知識の社会史〜知と情報はいかにして商品化したか〜
ピーター・バーク、井山弘幸・訳、城戸淳・訳、新曜社、p.408、¥3570

2010.4.27

 凄い本である。紹介文に「知識と情報の大パノラマ的展望!」とあるが、けっして大げさではない。ケンブリッジ大学教授の文化史学者が40年にわたる研究にもとづいて、知識と情報が近代初期(ルネサンスから啓蒙主義の時代)においてどのように誕生し扱われてきたかを論じている。残念なのは期間が15世紀の印刷革命から18世紀の『百科全書』までというところ。できれば現代まで俯瞰してほしいところだが、ページ数が爆発してしまうのだろう。一般向きではないので推薦マークはつけないが、メディアや情報について興味のある方にはお薦めである。
 本書の価値は、「知識を生業とする」「知識を確立する」「知識を位置づける」「知識を分類する」「知識を管理する」「知識を売る」と続く章立てを見ると分かる。印刷、雑誌、新聞、ジャーナリスト、図書館、スパイ、索引、脚注など、切り口は多彩で、網羅性も高い。400ページを超える大著だが、すいすい読める(翻訳には一部問題もあるが…)。
 知識と情報が宗教や政治とどのように関わりをもってきたか、どのように管理・検閲されてきたかなど、世相・社会との関連づけも興味深い。オランダやイギリスが開放的な情報管理制度をもち、スペインやオーストリア、ロシアは閉鎖的だったという指摘や、出版の一般化に伴って精読から多読へ読書スタイルが転換したなど、知られざる近代初期という楽しみ方ができる書である。ちなみに深く畏敬をもって読むスタイルから、広く気ままに読むスタイルへの変化が、索引や目次の一般化につながったという。なるほど。

 

エセ理詰め経営の嘘
伊丹敬之、日経プレミアシリーズ、p.230、¥893

2010.4.20

 プレジデント誌で連載中のコラム「経営時評」を単行本化した書。ピックアップした期間は2006年1月から2010年1月。今となってはピンとこなかったり陳腐化した話も含まれているが、リーマンショックを含む激変の時期を振り返る上で役に立つ。その意味で、初出の時期を明記しているのは親切である。「私の予想は当たった」風の自慢話が何カ所か出てくるのは興ざめだが、逆に「当たらなかった予想もあったのでは?」と考えてしまうのは職業病なのかもしれない。
 タイトルの「エセ理詰め経営」は、なかなかキャッチーである。ついつい手が伸びてしまった。筆者は、「当社の現状を考えると、これが当面のベスト」と理論武装し、チマチマした差別化やばらまき技術投資に終始する経営を「エセ理詰め経営」と呼ぶ。将来の見取り図や戦略性のない経営者が目先の論理を重箱の隅をつつくように詰めた結果が、日本企業低迷の原因だと見る。「過剰設備の危険があるから投資は控えめにしなければならないし、不況期で資金的も苦しい」と、一見理詰めの舵を取ったことがサムスンの後塵を拝する現状を生んだと分析する。
 本書は4章から成る。(1)日本企業とアジアの明日を考える、(2)アメリカ経済は本当にもつのか、(3)筋道の通った経営改革とは、(4)危機を乗り越える経営、である。前半は精彩に欠けるところがあるが、後半になると俄然盛り上がる。例えば日本企業の問題点は、社内外のしがらみにとらわれ、決断のできない経営陣による「こわごわ経営改革」「そろりそろりの戦略転換」にあると断じる。「素朴に考え、思い切って動く」べきだと説く。「技術はあるのに技術経営が下手」という、ありがち議論も登場する。ソニーや日立の不振の本質的原因は現場ではなく本社の経営にあり、全社的な経営の失敗のために、せっかくの技術まで蝕まれたと論じる。

 

社長をだせ! 最後の戦い vs伝説のクレーマー
川田茂雄、宝島社、p.263、¥1365

2010.4.16

 この書評で以前取り上げた「社長をだせ! 実録クレームとの死闘」の著者の最新刊。期待して読んだが、編集者の目が行き届いていない印象が強く、職業柄、内容以前にそちらが気になってしまう。全体の構成が十分に練られておらず、繰り返しがやけに目立つ。編集者がもう少し手を入れるべき作品だろう。
 ネタ自体は悪くない。本書が取り上げるのは、日本一のクレーマーと筆者が評す水戸誠氏。神戸の自動車修理会社の社長だが、理路整然と製品やサービスにクレームをつける。社長だろうが役員だろうが説き伏せ改善に結びつける。自らは利益供与をいっさい受けない。本書では、筆者や筆者の会社(大手カメラメーカー)と水戸氏とのかかわりだけではなく、大手電機メーカーとの闘いも取り上げる。残念なのは水戸氏についての書き込みが不足しており、厚みがないところ。ユニークな人物だけに、プロのノンフィクション・ライターの手を借り深く取材すれば、内容がもっと充実し読み応えのある書に仕上がっていたと思われるだけに惜しい。

 

代替医療のトリック
サイモン・シン、エツァート・エルンスト、青木薫・訳、新潮社、p.462、¥2520

2010.4.15

 「フェルマーの最終定理」「暗号解読」を著した科学ジャーナリスト サイモン・シンが、代替医療分野で世界初の大学教授となったエツァート・エルンストと組んで代替医療の問題点に切り込んだ書。ここでいう代替医療とは、生物学的に効果があると考えにくい医療を指す。本書では、鍼、カイロプラクティック、ホメオパシー、ハーブ療法を中心に取り上げ、「いかさま療法」などと手厳しく批判している。結論は見えているテーマではあるが、サイモン・シンらしく読み応え十分な書に仕上がっており、お薦めの1冊である。
 代替医療には一見効果があるように見えるものも存在する。しかし、多くはプラセボ効果(偽薬)によるもの。科学的な根拠がなく、危険なものや悪くするとにかかわるものさえ存在する。効果があるとしても限定的で通常の医療行為によるものと大差ない。しかも費用は格段に高くなる。代替医療を受ける合理的な理由はないというのが著者の主張である。サイモン・シンらしく代替医療の歴史を振り返るとともに、多くの文献と関係者にあたることで説得力を増している。
 効果が証明されていない医療を広めた責任者にも言及している。責任者としてやり玉に挙げるのは、セレブ、医療研究者、大学、メディア、政府と規制担当当局、WHO(世界保険機構)などである。英国のチャールズ皇太子にも容赦ない批判を加えているのは、なかなか凄い。責任者のトップ10にWHOが出てくるのは少々驚くが、本書を読むとその不可思議さと責任の重さがよくわかる。
 詳しく取り上げられなかった代替医療については、巻末に見開き2ページで解説している。結腸洗浄、催眠療法、アロマセラピー、サプリメント、酸素療法、指圧、スピリチュアル・ヒーリング、デトックスなどが並んでいる。興味のあるところを拾い読みすればよいだろう。

 

同盟が消える日〜米国発衝撃報告〜
谷口智彦編訳、ウェッジ、p.208、¥1470

2010.4.9

 日経ビジネス編集委員、外務省外務副報道官などを務めた筆者が、危機に瀕した日米同盟に警鐘を鳴らした書。米NBR(The National Bureau of Asian Research)と呼ぶシンクタンクの「外れてしまった期待をどうする(Managing Unmet Expectations)」と題した小冊子の翻訳に、元外務官僚や防衛省関係者と筆者との座談会、筆者による解説を組み合わせた構成になっている。小冊子の内容は、筆者の表現を使えば「日本に向けた三行半」。冷徹な分析のもと、日本外交の問題点と失望が全編にわたって綴られている。内容は充実しており、日本の外交と日米関係に興味のある方にお薦めの1冊である。
 同盟について日米の意識には大きなギャップがある。米国が期待するグローバルな貢献に日本は応えない(応える気もない)。日本はグローバルな協力には腰が引け、米軍への基地提供や“思いやり予算”が同盟における貢献のすべてだと思い込もうとしている。両者のすれ違いは平時だと取り繕えるが、有事には同盟の欠陥が露呈する。同盟が試される場面に直面したときに相互の信頼に深刻な危機が訪れ、盟約を破壊しかねない。現状の日米同盟は張り子の虎というのが本書の見立てである。
 日本に三行半を突きつけた米国が向かうのは中国と韓国である。中国にアプローチし、新たなパートナとして韓国などの関係を模索する。本書を読むと、都合の悪いことは起こらないことにしてしまう日本の習性が国益に反していることがよく分かる。

 

モジュール化の終焉統合への回帰
田中辰雄、NTT出版、¥3600

2010.4.7

 技術の進展が速く、日本のお家芸である高品質・高信頼性の土俵に持ち込む前に次の波がやってきて対応に追われる。結局、日本企業は後手に回り、米国勢にしてやられる ――― 情報技術を中心にこんな状態が長く続いている。それもこれも、本書がいうところの画期的な技術(突破型革新と呼ぶ)の時代が長く続いているからだ。しかし突破型革新の時代がそろそろ終わりを告げ、日本が得意とする改良型革新の時代への移行が近づいていると、筆者は論じる。
 この手の話はこれまで何度も登場した(評者も片棒を担いでいる)。そのたびに裏切られ日本は米国の後塵を拝してきた。でも、いつかは潮目は変わる。それが今なのだろうか。本書はアンケート調査などを駆使しながら、技術が「突破型」から「改良型」へ、あるいは産業構造が「水平分離」から「垂直統合」に移りつつあることを定量的に裏付ける。牽強付会的なデータ収集法や解釈が少々気になるが、読んでおいて悪くない書である。
 筆者の主張の背景にあるのが「技術革新の長期サイクル説」。技術革新の長期サイクル説とは、突破型革新の時代が数十年続いた後に、改良型革新の時代がやってくるというもの。現在は端境期で、変化の兆しが見えているいうのが著者の見立てである。改良型革新の要諦は、既存製品の安定性を高め、より使いやすくし、セキュリティを向上させること。「モジュール化は終焉し統合へ回帰する」「英雄の時代が終わり、職人時代の幕が開ける」と筆者は書き連ねる。日本のメーカーや技術者への応援歌とも聞こえるが本当にそうだろうか。突破型革新がもてはやされてきたなかで、日本は自らの良さを切り捨ててきたのではないかと不安がよぎる。

 

葬式は、要らない
幻冬舎新書、島田裕巳、p.186、¥777

2010.4.5

 宗教学者・島田裕巳による葬式論。葬式の不思議と疑問について、学者らしい視点で解き明かしている、例えば、なぜ葬式はあれほど華美なのか。日本の葬儀費用(平均231万円)は、英国12万円、韓国の37万円、米国の44万円など外国に比べて桁違いに高いのはなぜか。戒名とは何か。散骨は違法なのか、などなど。下世話な話題もカバーしているので楽しめる。俗説にいかに誤りが多くいい加減かがよくわかる。
 直葬(じきそう、ちょくそう)に代表される最近の葬式事情は興味深い。直葬とは、遺体を自宅にいったん安置し、近親者だけで通夜を行う。その後、遺体を火葬場に運び、近親者だけで見送るといった葬式だ。東京では葬式の20%を占めるまでになっている。自分自身を含め、いずれ死はやってくる。そのときに備えるために読んでいても悪くない1冊である。

 

鳩山から鳩山へ〜歴史に学び、未来を診る〜
松山幸雄、朝日新聞出版、p.240、¥1890

推薦! 2010.4.3

 特派員歴が長い元朝日新聞論説主幹による政治家論と外交論。鳩山一郎から鳩山由紀夫、ケネディからオバマまでの日米政治家に対する人物評や、豊富な海外人脈に裏付けられた国際政治的観点からの切り口は読み応えがある。朝日新聞臭さと鳩山由紀夫に甘いところは好き嫌いが分かれそうだが、政治家、特に欧米の政治家が発した含蓄のある話が多く紹介されており勉強になる。お薦めの1冊である。
 辛口な人物評が多いなか、鳩山由紀夫への甘さはとても目立つ。違和感を感じるほどの持ち上げぶりだが、政権交代が執筆のタイミングとぶつかったことが大きな要因だろう。それまでの自民党政権、歴代首相に対する深い失望の反動が高い評価に表れているといえそうだ。沖縄の基地問題で右往左往している現時点で執筆したとしたら、また違った内容になっていたに違いない。
 シュミット元西独首相やキッシンジャー元米国務長官など、筆者と親交のある政治家たちの日本に対するコメントは実に辛辣で痛烈。思い当たる節が多く、耳の痛い指摘だらけである。

 

The Checklist Manifesto〜How to Get Things Right〜
Atul Gawande、Metropolitan Books、p.209、$24.50

2010.4.1

 チェックリストがミス撲滅に有用ということを約200ページにわたって論じた書。著者は外科医(米ニューヨーカー誌のライターも務める)なので、病院での事例を中心にチェックリストの効果を裏付ける。例えば、米Johns Hopkins病院は5項目のチェックリストを使うだけで院内感染を劇的に減したという。確かにチェックリストは安全を確保するため有効なツールだが、それを証明するために200ページも延々と書き連ねる筆者の執念には脱帽である。
 世の中の仕組みは複雑化し、人智を超えるレベルに達している。こうした状況で業務を安全に遂行するには、複雑性への理解を深めるとともに、多くの人の知見を集めて業務を遂行することが欠かせないと筆者は論じる。チェックリストが有用なのは、チームのコミュニケーションを活性化するキッカケになるためというのが著者の見立てである。
 米国の書籍らしく事例が豊富。医者としての実体験だけではなく、建設業界や飛行機の機長、投資家なども引き合いに出す。チェックリストを無視したために危うく倒壊しかけたCiticorpビルの話や、2009年1月に起きたハドソン川の奇跡、投資家として著名なウォーレン・バフェットのチェックリスト活用法など、興味深い話題を取り上げて読者を引きつける。ちなみにチェックリスト作成の要諦は「短く鋭く」「ムダな色は使わない」である

 

2010年3月

クラウド時代と<クール革命>
角川歴彦、角川oneテーマ21、p.214、¥740

2010.3.24

 2冊続けて同じ分野の書を選んでしまった。ミスである。本書は角川グループホールディングス会長兼CEOの角川歴彦がデジタル・メディア観をまとめた書。映像やアニメなどに関する知見はさすがで、見るべきところは多い。
 一方で疑問を感じるところもある。デジタルメディアやクラウド・コンピューティングなどによって日本の産業構造が大きく変わるのは2014年というのが角川の見立て。しかし、あと4年も産業構造が激変しないようだと、世界レベルで見ればひどい落ちこぼれである。これでいいのだろうか。「事業構想力をもった知的企業だけが2014年の大変革の時代を生き残る」「ネット時代に柔軟に対応した法体系の構築とICT産業を育成する骨太の施策の実行を迫られている」というご託宣も月並みである。Web2.0についての議論も今更さらの感がある。
 角川は、映像やアニメなど日本のエンタテインメント産業はガラパゴス化することが重要と指摘する。世界から孤立することで独自性を醸成したからこそ、世界から一目置かれた。確かにITなどは、国際標準化によってマスを獲得することが事業拡大につながる。一方、映像やアニメなどは独自性に意味がある。「自らルールを作ることができる分野で世界に打って出る」という角川の指摘は間違っていない。

 

2030年 メディアのかたち
坪田知己、講談社、p.256、¥1050

2010.3.22

 日本経済新聞の記者だった坪田知己によるデジタルメディア論。デジタルメディアの取材歴が20年超と、この分野を長くウォッチしているだけに、過去からの流れをうまく整理している。デジタルメディアの変遷をたどる上で一級の書といえる。マスコミの現状に対する批判も的を射ておりさすがである。勉強になる指摘が多い。
 逆に将来展望で特筆すべき点は多くない。とりわけタイトルとして20年後の2030年を出したのはいかがなものか。少々先すぎる気がする。最近のペースを考えると、筆者が思い描くメディア像は案外早く実現しそうだ。

 

不具合連鎖〜「プリウス」リコールからの警鐘〜
トヨタリコール問題取材班、日経BP社、p.223、¥2800

2010.3.22

 トヨタのリコール問題を、メカニカルとエレクトロニクスの両面から論じた書。リコール問題の全体を取りあえず整理する上では役立つ。インターネットの速報性はありがたいが、書き飛ばしている感がある。次から次へと玉石混淆の記事が堆積し、あとから振り返るときの使い勝手に難がある。その点書籍は、読みやすさ、まとまりのよさの面で断然優れている。本書の奥付には3月18日発行とあり、1カ月に満たない期間でこれだけの内容をまとめた取材班の努力は買える。
 トヨタのリコール問題については今後、数多くの書籍や記事が登場するのは間違いない。これらのコンテンツを理解するうえで、多角的な切り口を見せながらポイントを簡潔にまとめている本書は役立ちそうだ。ただし難点もある。編集期間が短かったので仕方がない面はあるが、専門家には突っ込み不足が感じられ、素人には難しい表現が目立つのは少々残念である。
 本書は大きく五つの部分に分かれる。第1はリコールの内容と原因(アクセルペダルとブレーキの二つを取り上げる)、第2は自動車でリコールが頻発する背景、第3は自動車メーカーの対策、第4が10人の識者へのインタビュー、最後が豊田社長が行った3回の記者会見の全貌である。制御面の問題に関する指摘が少し弱いが、大筋要領よくまとめられている。特にインタビューは興味深い。東大の藤本隆宏教授、工学院大学の畑村洋太郎教授、電通大の新誠一教授、名古屋大学の高田広章教授などポイントを押さえた人選だし、それぞれのコメントも悪くない。
 今回、品質保証を担当する横山裕行常務役員が記者会見で「運転者の感覚と車の動きが少しずれているという程度の認識だった」と発言したことが騒動を大きくした。このとき思い出したのが、Pentium の浮動小数点演算のバグ事件。エラータを出せば済む問題と判断した米インテルは、消費者からの反発をまともに食らい、アンディ・グローブが謝罪する事態にまで発展した。技術者集団と一般消費者にギャップについて考えてみる絶好の機械かもしれない。いずれにせよ取材班には、雑誌やネットを活用して二の矢、三の矢を放って欲しい。

 

全集 日本の歴史 14:「いのち」と帝国日本
小松裕、小学館、p.370、¥2520

2010.3.20

 日清・日露戦争から1920年代までの時代に焦点を当て、日本の権力者が人の“いのち”をどのように扱ってきたのかを論じた書。ポイントは「いのちの序列化」である。人々のいのちに序列をつけ、一方は優遇し、他方は抹殺する政策をとると当時に、それを国民に当然とことと思わせた。数々の具体例を示して、いのちの序列化の事実を明らかにする。
 このほか庶民から見た戦争の姿、いのちの序列化への抵抗、米騒動の実態、病気や他国に対する差別意識など、史実を織り交ぜて持論を展開する。植民地での日本の蛮行、ハンセン氏病への差別、女工の実態などやりきれない話も多い。大学教授が書く歴史書は退屈なものが少なくないが、本書は最後まで飽きさせない。
 「いのちの序列化」を可能にしたのは「文明 対 野蛮」の構図である。日本にとって日清戦争が文明国クラブに仲間入りするための「入学試験」であり、ヨーロッパの大国ロシアを相手とした日露戦争が「卒業試験」だったと著者は言う。卒業試験をなんとかクリアした日本は、次第に傲慢になっていく。日本国民を「文明」側に置き、他国(清国やロシア、韓国など)を「野蛮」側と考え下位に位置づける。この思い上がりが破滅へとつながっていく。

 

シゴトの渋滞、解消します!〜結果がついてくる絶対法則〜
西成活裕、朝日新聞出版、p.276、¥1470

2010.3.18

 この書評でも取り上げた「渋滞学」で一躍脚光を浴びた西成活裕 東大教授のビジネス書。渋滞学の考え方をビジネスに応用するのが本書の狙い。個人や部署、会社で生じる渋滞を解消し、仕事の効率を高めることができると説く。全般に盛り上がりに欠ける内容で読後感はよくない。特に後半部は自らの研究者人生をひたすら語っており退屈である。学術的な功績はともかく、この調子だと著作の面では「渋滞学」の一発屋で終わってしまいかねない。
 本書の前半部では、東大でのムダ取り活動など具体的事例を挙げてビジネス効率化の手法を紹介する。個人の仕事を効率的に進めるには「スケジュールをぎっしり詰めない(車間距離を十分あける)」「仕事の単位は2時間」「些細な一歩でいいいので仕事を進める」など、それなりに納得できる部分が多い。しかし、部内の渋滞解消、社内の渋滞解消の部分になると疑問符がいくつもついてしまう。

 

知事抹殺〜つくられた福島県汚職事件〜
佐藤栄佐久、平凡社、p.340、¥1680

2010.3.10

 福島県知事だった佐藤栄佐久が、ダム工事をめぐる汚職事件で辞職し、逮捕されたのは妙に記憶に残っている。賢兄愚弟ともいえる構図、国策捜査ではないかという検察への批判など、当初から話題に欠かなかった。1審で懲役3年・執行猶予5年、2審で懲役2年・執行猶予4年の判決を受けたが、中身的には実質無罪という評価が少なくない。現在控訴して、最高裁で争っている。本書は佐藤栄佐久自らが筆をとり、検察とマスコミへの批判を展開した書である。
 被告の視点であることを割り引く必要があるが、佐藤が主張するように不可解な点が少なくない事件と言える。東京地検特捜部、東北出身の政治家、公共事業をめぐる疑惑など、小沢一郎の政治資金問題と似た構図になっており興味深い。
 本書を読むまで、佐藤栄佐久が知事になるまでの経緯や、知事時代の業績について寡聞にして知らなかった。知事のあいだの確執、政治家や官僚との関係なども目新しい。それにしても、中央とことごとく対立した改革派知事だからといって、なぜ逮捕に至るのか本書を読んでもイマイチ分からない。「佐藤知事は日本にとってよろしくない、抹殺する」とまで東京地検特捜部に言わせたものは何なのか。中立的な視点をもち、多角的な取材に労をいとわないノンフィクション・ライターの出番だろう。

 

ん〜日本語最後の謎に挑む〜
山口 謠司、新潮新書、p.190、¥714

2010.3.5

 日本語の「ん」は不思議な存在である。五十音表ではオマケ扱いだし、母音でもなく子音でもない。単体では意味をなさないが、「ん」がない日本語なんて考えられないし、シリトリが成り立たなくなってしまう。偉大なバイプレーヤーとしての独特の存在感がある「ん」だが、その誕生の経緯、仏教普及との関係、「ん」研究の歴史を解き明かした書。日本語に興味のある方にお奨めの書である。ただし、かなりアカデミックに書かれているので途中で退屈してしまう危険があるので要注意。
 そもそも「ん」は上代には存在しなかった。平安初期には「ん」を「い」で表していた。そのため本来なら「けんぐ」と発音されるべき「経」という漢字の読みが、「けい」と書かれた。これが今の「経=けい」につながった。日本語の奥が深いことを改めて感じさせられる逸話である。日本語はおもしろい。

 

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか〜画期的な新製品が惨敗する理由〜
妹尾堅一郎、ダイヤモンド社、p.397、¥2520

2010.3.3

 「日本は科学技術大国だが、科学技術立国になっていない」。この問題意識が本書の基本にある。確かに技術で上回り、知的財産権を押え、国際標準を取得しても、ビジネスで海外企業(主に米国企業)の後塵を拝する例は少なくない。筆者は、こういう事態に陥る原因を解き明かし、克服のための処方箋を描く。切り口は悪くないのだが、この手の書にありがちな議論が多く、刮目に値するところは少ない。ただ議論は整理されているので、頭を整理する上では役立つ。
 ビジネスで成功するには、三位一体の経営が必要と筆者は主張する。三位一体とは、競争力のある技術の研究開発、知的財産マネジメント、普及のためのビジネスモデルを考えた企業経営である。こうした議論は、残念ながら目新しさに乏しい。事例も米Intelと米Apple、自転車のシマノと使い尽くされた企業を議論の中心に据えている。
 ところで本書の前提になっている「技術力で勝る日本」は、今でも通用するのだろうか。正直なところ、かなり怪しいというのが評者の最近の感想である。技術専門誌を読んでも、刺激に乏しい記事がならぶ。ビジネスとして成功するかどうかは別にして、「これは面白い」という技術はとても少ない。捲土重来に備え雌伏のときを過ごしているといった底力を感じない。本書が“無い物ねだり”になっていなければよいのだが…。

 

2010年2月

Chief Culture Officer〜How to Create a Living, Breathing Corporation〜
Grant McCracken、Basic Books、p.262、$26.95

2010.2.26

 変化が激しい消費者のニーズを的確にとらえ企業業績の向上につなげるには、CCO(Chief Culture Officer)の設置が不可欠と主張する書。ビジネススクールでないがしろにされてきた文化(Culture)を見直すことがブルーオーシャンの発見につながると説く。米国のビジネス書らしく豊富な事例を取り上げCCOの重要さを裏付ける。リーバイスやP&G、ユニリーバ、ディズニー、コカコーラ、スターバックス、ナイキといった企業のほか、スティーブ・ジョブスやマーサ・スチュアートなど個人も事例として取り上げる。
 CCOは、文化の変化(微分値)を的確にとらえるだけではなく、過去から蓄積された文化(積分値)を見通す目が求められるというのが本書の主張。ただしモトローラやコカコーラなど歴史のある企業ほど、既存の文化の重力圏から抜け出すのは容易ではないとも語る。ビジネスコンサルタントらしいそつない議論で、言っていることは説得力があり間違っていない。ただし、CCOとしてスティーブ・ジョブスを出されると後ずさりしそうだ。主張も当たり前のことを書き綴っているようで、驚きは少ない。

 

第1感〜「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい〜
M・グラッドウェル著、沢田博・訳)、阿部尚美・訳、光文社、p.263、¥1575

2010.2.18

 誰しも、「なんだか変だが、どこが変なのか指摘できない。でも最終的には、やっぱり間違っていた」といった経験があるのではないか。「最初の2秒」の第1感の確かさを説いた書。筆者は、この書評でも取り上げた「ティッピング・ポイント」を書いたベストセラー作家で、ニューヨーカー誌の専属ライター。豊富な事例を引きながら読者を引きつける力量はさすがである。翻訳もこなれていて読みやすい。
 本書は冒頭で、偽のギリシア彫刻を例に挙げる。素材の分析などを駆使した美術館の鑑定チームが14カ月かけて見抜けなかったものを、専門家はたった2秒で贋作だと見抜いてしまう。「何か変」という人間的直感が、科学的分析を凌駕する。本書はこうした直感を「適応性無意識」と呼び、人類が厳しい生存競争を勝ち抜くために研ぎすました能力と位置づける。適応性無意識のおかげで、人間はわずかな情報でも素早く的確な判断を下すことができる。
 むしろ大量のデータは適切な判断の妨げにさえなる。問題が複雑になってしまい本質が見えなくなる。人が必要以上に情報を集めるのは自信を持つためだが、。信を持とうとすればするほど、正確な判断ができなくなるという事態に陥る。思い当たる指摘である。優れた判断には情報の節約が不可欠だという筆者の指摘は納得できる。

 

幕末史
半藤一利、新潮社、p.477、¥1890

2010.2.16

 歴史を語らせると当代屈指の作家・半藤一利が、慶應丸の内シティキャンパスで幕末を論じた特別講座を単行本化した書。平成維新という言葉が語られる現在、明治維新とは何だったのかを考える上で有益である。「西郷は毛沢東を同じ」「龍馬には独創的な者はない」など、司馬史観とはかなり異なる歴史も見えてくる。
 「歴史には意志がある」という半藤の言葉は重い。半藤は、「歴史の流れの中である一つの意志が働いて、こういうときにはこういう人がいいという適任者を用意する」と説く。坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通など、確かに幕末でなければ登場し得なかった。天の配剤といえる。もっとも半藤の明治維新に対する評価は、「新政府はまったく無能、それぞれがあっち向き、こっち向き」「次にどのような国を作るかという青写真も設計図もヴィジョンもほとんどなかった。主に行われたのは権力闘争」ときわめて低い。
 「徳川幕府の末期は、大日本帝国の最期と似ている」という指摘もなるほどと思わせる。確かな情報が入ってきても、起きたら困ることは起きないことにするという日本人の性癖はいまも直っていないし、理念が曖昧なままに、推進派と守旧派が入り乱れて滅茶苦茶になる構図は現代に通じる。ちなみに半藤は、勝海舟を鈴木貫太郎、大久保利通を米内光政、小栗忠順を阿南惟幾になぞらえている。

 

農協との「30年戦争」
岡本重明、文春新書、p.189、¥735

2010.2.11

 有限会社「新鮮組」を立ち上げ、売り上げ1億2000万円に育て上げた農業従事者による、農協と農政の無為無策ぶりを痛烈に批判した書。農協との対立を実体験した農家の主張だけに、いちいち重みと説得力がある。本書評でも農業に関して大学教授の神門善久氏、元官僚の山下一仁氏などの著書を取り上げたが、迫力では本書がピカイチ。日本の農業について考えたい方々にお勧めの書である。
 農協に対する批判は実に痛烈。「農家の名をかたり、国に補助金を要求するが、実態は自らの組織が潤うだけ」「農民から金を吸い上げて潤っている組織」と切り捨てる。農協職員にも「農業高校を出て実践経験がないままホワイトカラーとして陳腐な権力を振りかざす輩」「実践力が皆無で、知的水準も磨かれぬままの者たちが、農業指導者として君臨していては、農業を発展させるための指導ができなくて当たり前」と実に辛辣である。
 批判の矛先が向くのは農協だけではない。「目先の補助金が目当ての農民」「票欲しさに金をばらまく政治家」「無責任な言説をばらまく評論家」と切り捨てる。その一方で、「農業は知的思考能力と経験に基づく実践作業能力とを兼ね備えないと成り立たない難しい職業」と農業に向ける目は暖かい。

 

JR福知山線事故の本質〜企業の社会的責任を科学から捉える〜
山口栄一、NTT出版、p.213、¥1365

推薦! 2010.2.9

 JR西日本の企業体質に疑問を投げかける書。同志社大学教授である筆者がMOTの観点から事故を論じる。JR福知山線事故の原因を科学的に検証するだけではなく、事故の体験者の体験とリハビリの日々も記録している。あの事故は何だったのかがよくわかる。安全・安心の技術に携わる方々に読んでほしい良書である。
 JR福知山線事故は科学的に予想でき、しかも回避可能な「転覆」事故だったと筆者は断じる。例えば事故現場付近で制限速度は120kmから70kmに突如切り替わる。安全基準は現場の感覚とズレていた。現場のカーブの曲率半径を304mではなく600mにすれば事故は防ぐことはできたし、カーブを緩くすることは十分可能だったことを明らかにする。
 原因はすべて運転士にあると思わせようとするなど、JR西日本が行った一連の情報操作に筆者は疑問をなげかける。例えば原因究明のためのシミュレーションで、JR西日本は非現実的な数値を使うように鉄道総合技術研究所に強いたという。これによって、事故現場の制限時速の値は大きく異なり、JR西日本が有利となる(運転手が不利になる)。「転覆」を「脱線」と呼ぶ言葉のすり替えも厳しく避難する。事故が「転覆」であって、線路の物理的状況やさまざまな外的要因、車輪や車体の整備不良など予測不可能性によって企業責任が軽減される「脱線」ではなかったいうのが著者の主張である。

 

グーテンベルクからグーグルへ〜文学テキストのデジタル化と編集文献学〜
ピーター・シリングスバーグ著、明星聖子・訳、大久保譲・訳、神崎正英・訳、慶應義塾大学出版会、p.353、¥3360

2010.2.5

 編集文献学者がデジタルコンテンツの将来性を論じた書。編集文献学とは聞き慣れないが、書籍が版を重ねるにつれてどのように加筆変更されていったのか、その理由は何かといったことを探求する学問。本書には編集文献学で突き止めた、著者と著作の不思議な関係が紹介されていて楽しく読める。ちなみにタイトルは「グーテンベルクからグーグルへ」だが、グーテンベルクもグーグルもあまり登場しないので購入には注意した方がよい。特にグーグルの名前にひかれて買うと失敗するだろう。
 編集文献学にとって、厖大なデータのアーカイブを可能にするITは不可欠である。誤字脱字を含め書籍のすべての版、版のあいだの相違、書籍の由来、書籍のコンテクスト(時代背景)、註釈、参考文献などをすべて記録する。学者は、自らの研究領域や関心に最も適したテキストを選び、著者や制作者(装丁者や植字工)の考え方の遷移を自由自在にトレースできる。著者が「アーカイブの豊穣な解釈」「書き言葉のボディランゲージ」と表現したり、「学術版は電子的に構築されて出版されるべき」と主張するのもうなずける。
 興味深いのは植字工の活躍ぶり。句読点の位置など、植字工は勝手気ままに手を加えていたという。著者にしかできない表現と絶賛されていた文言が、実は植字工のミスや気まぐれによることも明らかにしている。礼賛していた評論家の顔は丸つぶれである。  本書の難点は翻訳。唐突に“意味素”なる言葉が登場したり、意味不明な翻訳が随所に見られる。例えば「複雑なまとまりとしての美しさがそこから輝いているテキストの複雑さのための場所を開拓する」といった感じである。翻訳は褒められたものではないが、原文の良さがそれを補っているのが救いである。

 

長寿を科学する
祖父江逸郎、岩波新書、p.186、¥735

2010.2.1

 長寿の鍵を医学的に解説した書。狙いは悪くなく真面目な書だが、何となく盛り上げるに欠ける。せっかくの素材を生かし切れていないのが残念である。筆者は1921年生まれの名古屋大学・愛知医科大学名誉教授。実はご本人もかなりのご高齢である。
 「百寿者は西に多く、東に少ない」「百寿者の特徴は、一般に動脈硬化が少ないなど生活習慣病が少ないこと」「若いころから比較的重労働に従事。仕事好きで、芯の通ったところがあり、苦難な道をたどり、苦痛に打ち勝ってきたひと」というのが長寿者の人物像である。残念なことに評者は該当しない。

 

2010年1月

The Unthinkable: Who Survives When Disaster Strikes and Why
Amanda Ripley、Arrow Books Ltd、p.304、$15.00

2010.1.31

 火事や飛行機墜落、銃乱射など強いストレスに見舞われたとき、人間はどういった行動をとるのか。そして、どうすれば災難から逃れ生還できるのかを追った書。9.11の1年後に被害者に取材をした米Time誌の記者が、対象を災難全般に広げて単行本化した。扱っているのは9.11、カリフォルニアで起こったパーティ会場の大火事、ニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーナ、津波、航空機の墜落、客船の沈没、大学での銃乱射などなど。記憶に新しい事件・災害・事故などを多く取り上げるだけではなく、歴史上の大事件も振り返る。全体に“身につま感”があり、つい引き込まれてしまう。英語は非常に平易で、10語ほど辞書をひけば読み通せるだろう。お薦めの1冊である。
 9.11のような場合、人間は3段階の心理状態を経て行動に移る。第1ステップは否定(denial)。まず、こんなことあり得ないと考える。そもそも体が麻痺した状態になってしまい、身動きがとれないことも多いという。著者によると、これは動物の本能で、捕食者に遭遇したときに動かない方が生き残れる確率が高い。そのうちにことの重大さに気づき、何をすべきかの検討(deliberation)に入る。これが第2段階。第3ステップでようやく行動(decisive moment)に移る。著者が繰り返し強調するのが、訓練の重要さ。火事などの災難を想定した避難訓練は馬鹿にしがちだが、これが咄嗟の時に役立つことを、9.11など具体的な例を示して裏付ける。ITなんて、停電したら何の役にも立たない。警官や消防士など死と隣り合わせのプロフェッショナルにも多く取材しているが、彼らの言葉にはなるほどと思わせる重みが感じられる。
 ちなみにパニックは、閉じ込められたり孤立する可能性がある場合に生じるという。しかし人間は生来連携するもので、パニックはそうそう起こらないというのも興味深い。「パニックそのものよりも、パニックを恐れることの方が危険」というのが筆者のご託宣である。

 

ミラーニューロン
ジャコモ・リゾラッティ著、コラド・シニガリア著、柴田裕之・訳、p.256、¥2415

2010.1.18

 「脳科学は面白い」「脳は神秘的」と改めて感じさせてくれる書。脳科学モノは読み飽きた感があったが,久しぶりに快作に出会った。最近の脳科学で最大の発見といわれるミラーニューロンを、発見者の大学教授自らが紹介している。ミラーニューロンの名称は,鏡のように他者の行為を映すところから来ている。日本語は翻訳調でぎこちなく読みづらいし,専門的でついていけないところもあるが、分かりやすい例をあげて解説しており理解を助けてくれる。全体でみれば,内容の面白さが読みにくさを上回っている。
 ミラーニューロンは、ある行為をしているときに活性化するだけでなく、他人が同じ行動をしているのを見ているだけでも発火する脳神経細胞のことである。1990年代にサルを使った実験で見つかった。他人の行為を自分の行動になぞらえたり、他人の心を推し量るような人間の社会的知性を理解する手がかりの一つとして期待されている。サルの場合は行為に対象物がない“自動詞的行為(パントマイムのような行為)”に対しては活性化しないところや、口にモノを運ぶ行為をみているときの方が片づける行為をみているときよりも活性化の度合いが強いなどの特性は実に興味深い。

 

日本「半導体」敗戦〜なぜ日本の基幹産業は壊滅したのか?〜
湯之上隆、光文社、p.249、¥1000

2010.1.15

 日立製作所の半導体技術者だった同志社大学教授が、国内半導体メーカー凋落の理由を論じた書。評者は以前、旧知のマイコン技術者に「いま振り返って、こうすれば良かったと思うことは何か」と聞いたことがある。答えは「安く作る技術を開発すべきだった。高性能・高機能に目を向けすぎた」。本書の主張も同じ。日本の半導体産業は過剰品質と過剰技術によって自滅したことを、技術者としての経験と学者になってからの取材で裏付ける。
 画期的な議論が展開されているわけではないが、日本の半導体産業を考えるうえで役立つ情報が盛り込まれているのは確か。半導体業界に詳しくないが関心ある方にはご一読をお薦めする。ただし編集面に難点があり、表記の不統一や不適切な表現が散見されるのは残念である。大学教授らしく文明論に展開しようとして意図通りになっていないのはご愛敬だろう。
 筆者は半導体メーカーにおける「経営の問題」「マネジメントの問題」「プロフェッショナルの不足」「マーケティング不在」を問題点として挙げる。これらは半導体に限らず日本の企業全般に言えることで、いちいちもっともだ。とりわけ経営にプロフェッショナルがいないことが、日本メーカーを悲劇に導いた例は少なくない。昔から言われ続け、いっこうに修正される気配がない。日本企業の宿痾といえよう。

 

雇用の常識「本当に見えるウソ」
海老原嗣生、プレジデント社、p.207、¥1600

2010.1.13

 雇用に関する“常識のウソ”を統計/調査データを丹念に押さえながら暴いた書。マスコミに登場するコメンテータや専門家と呼ばれる種族のいい加減さがよく分かる。「原本に当たる」「当事者に当たる」という基本ができていない。誤った情報、ウソではないが本当でもない情報、思い込みに基づく情報がウイルスのように拡大していくというのが、日本社会の現状である。
 著者がやり玉に挙げるのは、「終身雇用は崩壊した」「日本は成果主義になった」「派遣社員の増加は正社員のリプレースが原因」といった常識の数々。データを駆使して、城繁幸、斎藤精一郎、森永卓郎、中谷巌、門倉貴史といった面々の主張に反論を加える。確信犯なのか、たんなる誤解なのか判然としないが、統計データの読み違えはかなり酷い。興味深いのは中村圭介東大教授の「日本の企業は、大騒ぎを利用して経営をゆるやかにギアチェンジする」という主張。思い当たる節は多い。コメンテータ諸氏は、見えざる手にうまく操られているという訳なのだろうか。

 

全集 日本の歴史:文明国をめざして〜幕末から明治時代前期〜
牧原憲夫、小学館、p.370、¥2520

2010.1.8

 明治維新前後の政治状況や社会状況を庶民の視点を取り入れながら解説した歴史書。教科書の記述とは異なる明治時代の現実を明らかにする。新政権が占領軍のような態度で民衆を抑圧し、凶作でも年貢を軽減せず、生きる拠り所である信心世界まで破壊したのが明治政府の所業だったという。歴史は為政者によって書き換えられるというのがよく分かる。
 興味深いのは、民主党による政権交代とのアナロジー。公議尊重を幕府に突きつけていたときには気づかなかったことが、政権奪取後に難題として自らに降りかかかる様子など、今回の政権交代との類似性に驚く。まさしく「歴史は繰り返す」である。
 文明開化の実情も興味深い。文明開化というと四民平等、職業の自由、ガス灯といった明るいイメージで語られることが多いが、庶民の実感とはかけ離れているというのが本書の見立て。お上に仁政を求めず、富者に徳義を求めず、乞食や障碍者のような弱者は追い払い、誰にも厄介にならない独立した個人になることが文明開化だと定義する。「今までは下の者を馬鹿にして治めてきたが、これからは学問をさせて、利口にさせて治めるのだ」という官僚の発言は、現在に通じる本音だろう。

 

デジタルコンテンツをめぐる現状報告〜出版コンテンツ研究会報告2009〜
ポット出版、出版コンテンツ研究会、岩本 敏、小林 弘人、佐々木 隆一、加茂 竜一、境 真良、柳 与志夫、¥1890、p.208

2010.1.6

 出版やコンテンツ配信、印刷、行政といった各界の識者へのインタビューを軸に、出版業界の現状と今後について論じた書。聞き手は本書を出版したポット出版 代表取締役の沢辺均氏。沢辺氏をはじめ、出版社、大学、印刷会社、官僚、コンテンツ流通会社、図書館、新聞社、放送局、弁護士と行ったデジタルコンテンツのステークホルダーが集まった「出版コンテンツ研究会」での議論がベースになっている。気心の知れた者同士のインタビューなので緊張感に欠ける面はあるものの、ポイントを外さない議論になっているのも事実。デジタルコンテンツに関心のある者には有益な内容が詰まった書である。
 興味深い議論を展開しているのは経済産業省の境氏とインフォバーンの小林氏。小林氏は日本版ワイヤードやサイゾー立ち上げの張本人とあって切れ味が鋭い。この書評で以前取り上げ、高く評価した「新世紀メディア論」の著者でもある。「出版社の人はテクノロジーに対してウブ」「ネットにおけるメディア事業を推進するのは“仕組みオタク”だが、そういう人は出版界に少ない。(紙にしか興味を持たない人間ばかり新卒でとっている)大手出版社は採用から考え直さなければならない」など、聞き手の沢辺氏がうまく誘導していることもあって出版業界の問題点を鋭くえぐっている。
 発想の転換を迫っているのが経産省の境氏。「コンテンツビジネスはモノではなく、権利を売る商売だと考えるべき」「複製について複製権として保護するのではなく、ライセンスとして保護すべき」「コンテンツを合法的に入手した人間が私的に利用する目的であれば、複製はライセンスの一部として全面的に認める」など大胆な発言をしている。

 

横田英史(yokota@nikkeibp.co.jp

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。
日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現IT Pro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。
2003年3月発行人を兼務。2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組み込み制御、知的財産権、環境問題など。