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横田英史の読書コーナー

巨大システム 失敗の本質〜「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法〜

クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック、櫻井祐子・訳、東洋経済新報社

2019.6.29  9:48 am

 類書の多い「システム絡みの失敗の研究」。この書評でも何冊か紹介している。本書もあまり期待せずに読み始めたが、高速株取引における誤発注事件(金融メルトダウン)や独フォルクスワーゲンのディーゼル排出量偽装、スターバックスのハッシュタグ事件といった比較的新しい話題も取り上げているところや、ツールを使った失敗回避法や行動経済学など新しい知見を紹介しており、良い意味で裏切られた。フィナンシャル・タイムズが2018年のベストビジネス書に選出したのも分かる。

 筆者は、アポロ宇宙船やスリーマイル島といった古典的な事件を含め多くの事例を取り上げる。若干だがIoTにも言及する。カバー範囲が広いので、危険予知訓練(KYTとかKYKと呼ばれる)的な読み方が可能である。

 筆者が強調するのが、システムの構成要素ではなく、要素間のつながりが失敗を引き起こしている点。要素間が密に結合し、しかも複雑に作用を及ぼし合っているのが現在のシステムである。疎結合で線形系の相互作用が主流だった時代と、システムの置かれた状況は大きく異なっている。

 もっとも、失敗を防ぐのは、同調圧力など人間の本能(生理)に抗うことになり実際のところ容易ではない。筆者は、構造化された意思決定ツールの利用や多様性に富むチーム編成、先見の後知恵といった思考法などを勧める。ありきたりに聞こえる「多様性」については、ユニークな視点ではなく、チーム全体がより懐疑的になることが重要と語る。協同作業が円滑になりすぎたり、簡単に合意することがなくなることが多様性の価値だと指摘する。

書籍情報

巨大システム 失敗の本質〜「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法〜

クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック、櫻井祐子・訳、東洋経済新報社、p.352、¥2592

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。