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横田英史の読書コーナー

知ってるつもり〜無知の科学〜

スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック、土方奈美・訳、早川書房

2018.6.16  12:22 pm

 人間は自分が考えているよりも「ずっと物を知らない」。しかも無知だという自覚に乏しい。個々の人間は不合理な判断を下し、浅はかな行動をとりかねない。こんな欠陥を抱える人間が、なぜ社会としてうまくやっていけ、高度な文明社会を営めるのかという疑問に、認知科学者が答えた書。冒頭で登場する「水洗トイレに仕組みを説明できるか」といった問いや事例が身近かつ具体的なので、著者の論考に対する理解を助けてくれる。知的好奇心を満足させられる良書である。

 人間は必要な情報だけを抽出し、詳細な内容は忘れてしまう。詳細は、自分の外部に存在する「知識のコミュニティ」に委ねてしまう。人間は認知的活動を分担することに非常に長けているというのが著者の見立てである。もっとも、外から入手できる知識と頭の中にある知識を混同するために、たいていの人は自分がどれだけ物を知らないかに気づかない。社会の問題の多くはこの錯覚に起因する。

 筆者は多様性と協調性の重要さにも言及する。例えば女性の割合を増やすことによって、グループの社会的感受性が高まり、集団としてのパフォーマンスは向上する。そしてグループが成功するか否かは、個々人の知能で決まるのではなく、メンバーがどれほど協力できるかにかかっている。筆者は知的謙虚さを高めるコツに言及するが、人間は自分が間違っていることが分かると、新たな情報を求めることに消極的になる。誰もが有能だと錯覚したままでいたいのだ。人間とは難しい。

書籍情報

知ってるつもり〜無知の科学〜

スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック、、土方奈美・訳、早川書房、p.320、¥2052

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。