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横田英史の読書コーナー

Slingshot: AMD's Fight to Free an Industry from the Ruthless Grip of Intel

Hector Ruiz、Greenleaf Book Group Llc

2013.7.16  12:00 am

 米AMDでCEOを務めたHector Ruizが、米Intelとのバトル、提訴までの経緯、パソコン・メーカーとの駆け引き、製造部門の分離など在職中の出来事を振り返った書。出色なのは、やはりライバルIntelを巡る話。IntelがAMDの追い上げをかわすために、パソコン・メーカーにどのような条件を提示したかを微に入り細をうがって記述する。Intelとの係争中に法廷で明らかになった証言・証拠に基づいているのだろうが、「ここまでやるか」といった秘密交渉が明かされている。このほかAMD社内の経営会議やパソコン・メーカーとの交渉、製造部門売却先との会談の内容を詳細に書き込んでおり、半導体ビジネスの裏側を知る上で役に立つ。一般向けの書ではないが、IntelとAMDのバトルが繰り広げられた昔を思い出すには最適だ。ちなみにタイトルのSlingshotとは、Y字形の棒にゴムひもをつけたパチンコを意味する。
 Ruizは米Motorola出身である。Sandersに口説かれAMD入りする。背中を押したのは「チャレンジ」である。この辺りのくだりは、Jobsに口説かれたJohn Sculleyの米Apple入りを彷彿とさせる。Ruizは入社当時に感じた、Sandersの2番手商法の限界など、AMDの経営戦略の問題点も指摘する。こうなるとSandersの自伝も読みたくなる。
 RuizがCEOに就いたとき、マイクロプロセサ市場におけるAMDのシェアは15%だった。x86を64ビット化したOpteronなど、Intelを上回る商品力をもったマイクロプロセサを抱えていたにも関わらずシェアは落ちていったと、Ruizは悔しさをにじませながら筆をすすめる。米IBMや米HP、米Dellといった大手パソコン・メーカーから色よい返事をもらっていたものの、Intelは“market development fund”とよぶ資金をテコに商談を最終的にひっくり返した。例えばAMDは、HPが3年契約を結べば、初年度に100万個のAthlonを実質無料で提供するといった条件を出したにもかかわらず、契約に至らなかった。本書は数々のAMD失注の経緯を白日のもとに晒している。1億3000万ドル、60億ドルといった現ナマの話は生々しい。この辺りを読むだけでも価値がある。
 ちなみにIntelとの係争は2009年にAMD勝訴で決着がついた。IntelはAMDに12億5000万ドルを支払うことになった。しかしAMDは体力をすっかりすり減らし、製造部門は2009年にGLOBAL FOUNDRIESとして分社化された。Ruizは10年間にAMDに被った損害を20億ドルから30億ドルと見積もっている。

書籍情報

Slingshot: AMD's Fight to Free an Industry from the Ruthless Grip of Intel
Hector Ruiz、Greenleaf Book Group Llc、p.200、¥2,426(原書)/¥644(Kindle版)

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。