中村正規の「半導体業界を語る」

第16話 「業界再編の先に明かりは見えるか?」

FSAへの寄稿文
先日、私はFabless Semiconductor Association(FSA:ファブレス半導体協会)という世界的な業界団体が年4回、会員に発行している機関紙に寄稿する機会に恵まれた。先方からの要求は、「日本市場に関連した内容」についてだったので、私は海外の半導体企業の日本市場に対する取り組み方に対する私見をまとめ、私の米国のパートナーである、InsideChips.comを運営するHTE Researchのステーブ・ジーロムに私の稚拙な英文の添削を依頼した。この原稿は、私とジーロムの連名でFSAが発行した2002年3Q号のNewsletterに掲載されている。

ここに掲載された私見の概要は、以下のようなものある。
1) 日本市場の地位低下と重要性
かつて、日本は全世界の半導体の約40%を消費する最大の市場だったが(1989年)、最近のSIA(米国半導体協会)やWSTS(World Semiconductor Trade Statistics:世界半導体貿易統計)のデータや予測によると、日本市場が占める比率は約20%までに低下しており、今後はさらに20%以下に低下することが予想されている。
しかし、この日本市場での半導体消費の比率が相対的に低下している原因のひとつは日本企業の生産基地の海外移転によるものであり、ソニー。松下など、日本の主要企業はディジタル・コンシューマ製品の分野で今後も世界市場での支配的な地位を維持して行くことが予想される。このため、飛躍的な躍進が予想されるアジア地域でのビジネスを拡大するには、日本市場でのデザイン・イン活動が今後も重要である。

2) 過去の失敗
海外、特に米国の半導体企業では、大きな政治問題にまで発展した「日米半導体貿易摩擦」が遠く忘れられた存在になった現在でも、数社の例外を除けば全社の売上の8%から15%程度しか日本市場に販売しておらず、依然として日本市場でのビジネスの拡大に成功しているとは云い難い。その原因はいくつがあるのだろが、我々は彼等が日本事務所を開設する時に雇用する日本支社のマネージャーの採用方法や代理店の選択方法などに、疑問を感じることがある。例えば、日本での評判を確認することなく英会話の上手な日本人をすべて良いマネージャーだと誤解して日本支社の責任者に採用してしまうことや、過去の個人的な繋がりだけから代理店を選択して自社の事業規模や製品の特質に適合した代理店を選択してこなかった点などである。

3) 変革期の日本市場とビジネス・チャンス
日本の半導体市場は、大きな変革期に入っている。日本では大手半導体メーカーによる事業統合、完全分社化、大型提携などが進められており、これらの巨大企業の次なる事業計画が軌道に乗るまでの間、多くの新製品開発計画が停滞、遅延することが予想される。
このため、海外メーカーにとっては、今が日本市場でのビジネスを拡大する大きなチャンスだ。今一度、日本市場に対する販売戦略を見直すべきである。

要するに海外のファブレス半導体メーカーに対して日本市場に関心を失うことなく、今後も奮起して欲しいといった内容のもので、我ながら知的な論文でも、綿密な分析でもなかったことを恥じている。

突然起きた業界再編
さて、上記の3)に述べたように、日本では大手半導体メーカー5社による事業統合(日立―三菱、新会社名はルネサス テクノロジ)、完全分社化(NEC)、戦略的提携(東芝―富士通)という、過去には想像もできなかったドラスティックな業界再編が進行している。私がこの噂を最初に耳にしたのは今年の初めだった。それは、現在の小泉政権が日本の半導体業界の危機的な状況を打開すべく、業界を日立―NEC―三菱、東芝―富士通の2グループに統合し、その他の半導体メーカーにもこのいずれかのグループへの参加を促すというショッキングなものであった。今年の初めに半導体産業新聞社は、この政府主導の驚くべき計画をスクープとして報道し、大きな反響を呼んだ。その後、この話は現在のような形になり、東芝と富士通との間の事業統合は実現しないようだが、半導体産業新聞社の最初の報道から大きく外れたものにはなっていない。

私は、今から約3年前の1999年に書いたこのコラムの第9話「日本の大手半導体メーカの事業戦略を聞いて」の中で「同じような製品群と事業戦略を持った半導体企業が日本に4社も5社も必要なのか?」という疑問を提起したつもりだったが、はからずもこの問題が深刻化し、日本の大手半導体企業は現在のような業界再編を進める結果となっている。最近の日立―三菱の事業統合計画では、三菱電機もDRAM事業から撤退し、これを日立-NECの合弁企業、エルピーダ・メモリ社に譲渡、統合することも明らかになった。一時は日本の専売特許のような存在だったDRAMに関しては、日本のメーカーがとうとう1社に統合されてしまったのである。

過去の大型合併と分社化
技術革新が猛スピードで進んできた半導体業界では、米国や欧州の企業による合併、分社化が頻繁に行われてきた。過去の半導体企業同士による合併事例は、いずれかの企業がもう一方の企業を吸収合併するというものであって、日立―三菱のようなほぼ対等の形での大型合併は、1987年に欧州で実現されたSGS(伊)とトムソンCSF(仏)の事例(現在のSTマイクロエレクトロニクス社)以外、私の記憶にはない。米国での大型合併事例で今でも私の記憶に鮮烈に残っているのは、1987年のナショナル・セミコンダクター社(NS)による半導体産業の生みの親ともいうべきフェアチャイルド社の買収だった(余談:この買収の前に、富士通がフェアチャイルドを買収する計画があったが、米国政府などの強烈な反対で破談になった経緯があった。フェアチャイルド社はその後、NS社から再度、分離、独立して由緒ある社名が復活した)。
個人的には、同じ1987年に行われたAMD社によるPLDベンダ、Monolithic Memories, Inc.(MMI)の買収も、当時MMIの代理店をしていた私にはとても衝撃的な事件であった。AMD社とMMI社では製品系列の一部が重複していたが、合併後、比較的短期間に製品系列の整理、統合が進められ、同時に販売網の統合も実現された。
いずれにしても、米国における過去の企業合併は、前述の通り、どちらかの企業がもう一方を買収して、製品系列を補完/強化する形であり、日立―三菱のようにお互いに半導体事業で巨額の損失を出し、全く同じような製品系列を保有する2つの企業が半導体部門を事業統合した例はない。

一方、NECのように半導体事業を完全に分社化した事例で記憶に新しいのは、1999年にシーメンス社(独)が現在のインフィニオン社を誕生させたことだ。過去にこのコラムで取り上げたモトローラ社が個別半導体やコモディティIC製品の部門を分離して、売却したことも印象に残る。

それにしても、欧州での業界再編や事業統合、米国での大型合併や買収が80年代の終わりから進んできたのに対して、日本の業界再編が今日まで行われなかったのは、何故だろう。それにはいくつかの要因が考えられるが、前15話の「ベンチャー企業への期待」で述べたように、日本市場にベンチャー企業が台頭して既存の大手半導体企業を脅かすような状況が生れなかったのも要因のひとつであろう。また、80年代末期まで、日本の半導体メーカーはDRAMで大きな利益を得ていたために、業界再編の必要性など全く頭の中になかったのは事実であろう。

合併、分社化の成功の鍵はトップのリーダーシップ
さて、日立―三菱の事業統合会社、ルネサス社の前途はどのようなものになるのであろうか?この新会社にとっての最大の課題は、新しい事業戦略をどのように構築し、新しいブランドを世界的な市場にどのようにして浸透させるか、であろう。それには、まず重複する製品群と生産、開発拠点、そして販売網をどのように整理、統合するかが、大きな難関となる。合併後の新会社が依然として前会社から引き継いだ同じような製品を並行して生産、販売し、1つの顧客に2社の特約店が出入りするようでは、統合/合併した意味は全くないのである。

今回のルネサス社の場合と同じように取り扱いたくないのだが、日本の金融界で実施された4大メガバンクへの業界再編では、ご承知のようにATMが使用不可能になるという大きな問題が発生した。そして、その後もこれらの合併の効果は、全く我々には見えてこない。システム統合の不備によって発生したらしいATMの不具合事件もさることながら、同じ地域に同じ看板を掲げた銀行の支店が複数あるという奇妙な状況は今も続いており、合併による経営の合理化はあまり進捗しているようには思えない。あるターミナル駅の「みずほ銀行前」で待ち合わせしていた友人どおしが、お互いに相手が現れないので携帯電話で確かめたところ、信号を挟んだ両側にある別々の「みずほ銀行」の前でお互いを待っていたという、笑えない話は何回か耳にした。そして、今や日本政府は、これら合併後のメガ・バンクの国有化まで視野に入れているのである。

さて、ルネサス社には、上記のようなメガ・バンクとは異なる明るい未来が見えているのであろうか? 残念ながら、これまで発表されたルネサス社のトップ人事や事業戦略から、上記のメガ・バンクとは異なる光明はまだ見えてこない。発表されたトップ人事は、CEOを三菱側から、COOを日立側から選出するという予想されていたような形になっており、今後の事業戦略についても我々を驚かすような新鮮なものではなかった。
果たして、重複する製品やリソースの統合化(いわゆる選択と集中)は、どの程度のスピードで進むのであろうか?「顧客重視」の美名のもと、採算性の低い旧世代製品でも要求がある限り延々と供給する文化が残る日本企業で、大胆にかつ短期間で製品系列の見直しや統合を実現することはほんとうに可能なのであろうか? 事業内容が類似しているとは云え、我々から見ても明らかに社風と文化の異なる2つの会社が合併して、新たな統一された企業文化を短期間での創造できるのであろうか?これらの実現には、トップに立つ経営者の強力なリーダーシップが不可欠なことは明らかである。

前述のSGSとトムソンCSFの合併はその後大きな成功を収め、合併後に誕生したSTマイクロエレクトロニクス社は世界の半導体市場で第3位の地位を占めるまでの成長を果たしている。この成功の背景には、合併後の同社を率いてきたCEO、パスクァーレ・ピストリオ氏の強力なリーダーシップによるところが大きいと思う。同じ欧州とはいえ、イタリアとフランスという国籍だけでなく、社員の民族性や文化が異なる企業間の合併には、我々の想像を超えるような難題が存在していたであろう。SGS社のリーダーだったピストリオ氏は、見事にこれらの課題を解決して、現在のような成功に結びつけた。ピストリオ氏は、モトローラ社の半導体部門の最高責任者を務めた経験を持っており、米国流の経営やマーケティングの手法を持ち込むと同時に、日本流の品質管理手法も導入したと云われている。そして、従業員には、欧州の風土に合った雇用の確保に努力してきたようだ。最近、同社がモトローラ社の半導体部門を買収するという報道が流れた背景には、ピストリオ氏がモトローラ社の出身だということに関係があるかもしれない(STマイクロ社は、この報道を否定)。繰り返して述べるが、文化の異なる大型企業どおしの合併には、ピストリオ氏のような大胆な意思決定を行える強力なリーダーシップを備えた経営者が必要なのである。

一方、分社化の成功例として挙げるのは時期早尚だろうが、シーメンスから分社したインフィニオン・テクノロジーズ社では、CEOに就任したウルリッヒ・シューマッハ氏が強いリーダーシップを発揮して、世界市場で健闘している。同社は、分社独立後すぐにフランクフルトとニューヨークの株式市場に上場を果たして、新たな資金調達にも成功した。同社は昨年からのメモリ不況で損失を出してはいるが、若きリーダー、シューマッハ氏のもとでシーメンス時代とは異なる企業文化と経営戦略を構築しつつあるように感じる。NECの分社化にあたって、個人的にはインフィニオンの場合と同じように、頭にNECの名前が付かない全く新しい名前の会社にすべきだと思っていた。これによって、新会社に移籍する社員に対してこれまでのNECの1部門だったときとは異なる新しい意識を植え付ける効果が期待できると考えたからだ。しかし、私の期待に反して、新会社の名前は「NECエレクトロニクス」になるようだ。

今回の日本の半導体業界での再編劇が表面化したとき、私のある知人は「合併するときは、日産自動車のカルロス・ゴーン氏ように、何のしがらみもない外人をトップに据えるべきだ。」と話していた。この意見には、私も大いに納得させられる。ルネサス社のトップ人事は、上記のように形なるようだが、日立とNECのDRAM合弁企業、エルピーダ・メモリ社は、この知人のアイディアに近い予想外のトップ人事を最近発表した。TI社に長く在籍し、後にUMC社に移籍した経験を持ち、日本の大手電気メーカーとは特別な関係を全く持っていなかった坂本幸雄氏が、新たに社長にスカウトされたのだ。このような人事はこれまで日本の大手エレクトロニクス企業には前例がなく、これを決断した出資会社のトップの英断には敬意を表したい。しかし、この人事は、同社が抜本的な経営の刷新と事業戦略の見直しが必要になるほど、追い込まれていることをはからずも示したともいえる。出資会社を代表していない坂本新社長が、これからどのような手腕を発揮するのか、期待を持って見守りたい。

私は影ながら今回の業界再編の成功を祈るばかりだが、同じような製品群と事業戦略を持った半導体企業が日本から1社減った位で、各社が現在の苦境からそう簡単に抜け出すことができるとは思っていない。日本の大手半導体企業の事業統合、分社化、戦略的提携の前途には、多くの困難が待ち受けているが、新しい組織のリーダーが斬新な発想と果敢な決断力と実行力で対処すれば、おのずから新しい道が開けてくるだろう。合併、分社後の新会社には、他社と明確に差別化できるような独自の企業戦略を打ち出すことを期待している。それと改革にはスピードが重要だ。「失われた10年」が、「失われた20年」になったら、すべてが終わってしまう。

2002年10月末記す

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