中村正規の「半導体業界を語る」(3)

−会社、買います。売ります。−

最近の半導体会社買収事例

by MSC, LTD 中村正規(msc@st.rim.or.jp



半導体業界に限らず、米国では会社の買収、売却が日常的に行われている。また、会社の買収までに至らなくても、特定の製品部門の買収や売却は、半導体業界では以前から常識になっている。

こうした米国での企業買収は特定の製品分野への新規参入や製品系列の強化、ライバル会社の吸収によるシェアとビジネス・サイズの拡大が目的で行われることがほとんどで、経営不振に陥った会社の救済が目的となることが多い日本の企業買収とは事情が大きく異なっている。

最近では、半導体メーカがデザイン・ハウスを買収したり、半導体メーカがEDAのベンダを買収したり、BIOSのサプライヤがコアのライセンス・ビジネスを行っていたIPベンダを買収したり、その買収の形態は実に多様化している。ここ数カ月を見ても、半導体業界では注目すべき買収事例がいくつも確認されている。ここで、その事例の一部を紹介しょう。



TDKがSSIをTI に売却、かってのパートナ、Fairchildが復活。

新聞でも報道されたように、6月にTDKは保有していた米国の半導体子会社、Silicon Systems, Inc.(SSI)(http://www.ssi1.com)をTI(http://www.ti.com)に575Mドルという比較的、高額で売却している。

TDKがSSI社を買収したのは1989年のことで、当時の買収金額は約200Mドルだったと云われている。この数字だけを見るとTDKは差し引き、375Mドルものゲインをしたように見られるが、これまでにTDKがSSIに投資した累計金額を考慮すれば、TDK側の実質的な利益はなかったと見るのが妥当なところであろう。

SSIはかってSynertek(この会社はHoneywellに買収された後、新たな買い手がないまま消滅した)という会社が保有していたサンタクルーズにあったファブを買収したが、長年にわたってこのファブの立ち上げに苦労していたことは業界で良く知られていた。


2度目の撤退

TDKはSSI の通信関連製品についてはTIへの売却対象に含まれていないと発表しているものの、今回のSSIの売却で実質的にTDKは半導体事業から撤退したものと見ることができる。

TDKが半導体事業から撤退したのは、実はこれで2度目である。日本が外資系半導体メーカーの対日進出を規制していた1970年代初期、TDKはシリコン・バレーにおける半導体産業の開祖というべきFairchild社とTDKフェアチャイルドという合弁会社を設立し、長崎県の諌早に生産工場を建設した。

しかし、この日米合弁半導体会社は、同じような経緯で設立されたアルプス電気とモトローラの合弁会社と同様に、オイル・ショックの後に消滅してしまった。諌早の工場はFairchildグループの中でも最新の設備と最高の歩留まりを誇っていたが、合弁解消後にSONYに売却されている。この当時、TDKフェアチャイルドの社長だったのが、現在のTDKの社長である佐藤博氏というのも何かの因縁を感じる。


帰ってきた、Fairchild

因縁といえば、このTDKによるSSIの売却劇の直後に、TDKのかってのパートナでNational Semiconductor(NS)(http://www.nsc.com)に吸収されて消えてしまったはずのFairchildという名前が突然、復活したのも実に不思議なタイミングであった。

NSの経営を再建したギル・アメリオがアップル・コンピュータに移籍した後、NSのCEO(最高経営責任者)にスカウトされたブライアン・ハラ氏はNSの不採算部門ともいうべき汎用のメモリ、ロジック、個別半導体の製品部門をNS本体から切り離して子会社し、その子会社にFairchild Semiconductorというノスタルジックな名前を命名したのである。

古くから半導体業界に働いている人達の中には、Fairchildという名前に郷愁を感じる人もいるかもしれないが、この新しいFairchild Semiconductorの本社は残念ながらシリコン・バレーではなく、メリー州のポートランドに設置されるという。



BrooktreeをRockwellが買収

かって、グラフィック・ディスプレー用高速DACなどのサプライヤとして名を上げたカルフォルニア州サンディエゴのBrooktree社(http://www.brooktree.com)がRockwell社(http://www.rockwell.com:80/rockwell/bus_units/telecomm.html)に買収された。

Rockwellは最近になって、軍事用ガリ砒素ICの民生転換などを含め、一般半導体市場への積極的な進出をはかっており、今回のBrooktree社の買収もその戦略に沿ったものと考えられる。Brooktreeは、今後Rockwellの1事業部として活動することになる。

発表された今回の買収額は275Mドルで、現在のBrooktreeの年間売上高の約2倍に相当する。調べてみると、BrooktreeとRockwellの間にも不思議な関係が存在していた。これより4年程前、BrooktreeはRockwellから、Rockwellの保有していたディジタル通信用のIC製品群を約6Mドルで買収していたのである。つまり、Brooktreeは、かって製品群を買い入れた会社に4年後にまるごと買収されたのである。



買う一方だったCirrus LogicがPicoPowerをNSに売却

この他では、一昨年まで、Crystal SemiconductorやACUMOS、PCSI社など、次々にファブレスの半導体会社を買収してその事業規模を拡大してきたCirrus Logic社(http://www.cirrus.com)が以前に買収した子会社のひとつで、超低消費電力ICの開発会社、Pico Powerを最近になってNSに売却している。

かっては飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を果たしたCirrus Logicだが、昨年末から同社の業績は悪化しており、先頃発表された96年4-6月期の業績も、前年同期比で20%以上の売上減、約7Mドルの赤字となっていた。

Cirrusが事業を再構築する過程で、過去に買収した子会社や特定の製品部門をさらに売りに出す可能性も考えられる。



Analog DevicesがMosaic Microsystemsを買収し、Wireless関連製品部門を強化

Analog Devices(http://www.analog.com)といえば、かってPrecision Monolithic, Inc(PMI)というアナログICのライバル会社を買収して成功を収めたが、同社は最近、英国にあるRF-ICのデザイン専門会社、Mosaic Microsystemsを買収した、と発表している。

米国でも日本と同様に、高周波回路に精通した技術者の不足は深刻な問題になっている。Analog Devicesは世界的にも数少ないRF-IC専門のデザイン・ハウスを買収し、同社が狙っているWireless Communication関連製品の開発を強化することになった。



その他の買収事例

この他にも最近明らかになった事例としては、住友金属工業の実質的な子会社でもあるStandard Microsystems(http://www.smc.com)がEFAR MicrosystemsというChip Setのメーカーを買収しており、Atmel(http://www.atmel.com)がフランスの音声合成技術の専門会社であるDREAM社を、PC用BIOSのサプライヤとして知られているPhoenix Technologiesが最近注目されているIP(Intellectual Provider)ベンダのひとつで、PCIバス用インタフェースなどの回路コアのライセンス・ビジネスを展開していたVirtual Chips社を買収したことなどを上げることができる。

この他にも、我々が記憶できなくなる程、多くの買収事例が、毎週のように報道されている。



買収される側の心境は?

日本でこのような企業買収があると、大型企業どうしの合併などの例を除き、どうも買収された企業の社員が落胆したり、卑屈になる傾向が強いが、私の見た限り米国で買収された側の企業の従業員に暗さはない。むしろ、自分の勤務している会社が買収先の企業に選択されたことを誇りに感じている人が多いくらいだ。

また、買収された小企業の経営者や技術者の中には、自分の企業に買い手がついたことを一つの成功の区切りにし、また新たなベンチャーを起業する人達も多い。シリコン・バレーに途切れなく、ベンチャー企業が誕生するのもこうした背景があるからであろう。



冷静な対応

ところで、私の知る某半導体メーカの幹部は、かってAMD社でPLDのマーケティングを担当した後、ライバル会社であったMonolithic Memories, Inc.という会社に移籍したことがある。 ところが、このMMI社への移籍の約1年後、彼はMMI社が古巣のAMDに買収されるという、 奇妙な運命と巡りあっている。当時の彼は、我々の想像以上にこうしたことにも冷静に対応していた。

これとは対照的に、米国企業の買収劇が報道されるたびに、私はあわてふためく日本ユーザの 購買担当者を良く目にした。こうした場合、購買担当者は代理店となっているの商社の担当者を 呼び出して、説明を求めるのだが、代理店には必ずしも発表直後に十分な情報が提供される わけでもなく、購買担当者のイライラが高まるのが一般的だった。

幸いにして、 現在、我々にはインターネットという強力でグローバルな武器が提供されており、シリコン・バレーに 駐在員を派遣していない小企業であっても、現地と同レベルの情報を時間差なしで手にすることが できるようになった。

半導体業界で買収劇が続く限り、技術革新の継続が期待できるものと考え、また業界がまだ 成長過程にあることを示しているものと理解し、常に個別の買収事例を自分自身で分析して冷静に 対応することが重要と考える。


[次へ] [インデックスへ] [前へ]