中村正規の「業界を語る」(1)

−PREPは今?−

by MSC, LTD 中村正規(msc@st.rim.or.jp


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PLD/FPGAの業界標準ベンチマークを提供する独立機関として設立されたPREP(Programmable Electronics Perforamance Corp.)が存亡の危機に直面している。これは、昨年末から今年にかけて、AlteraAMDなどの主要なベンダが、相次いでPREPを脱退したためで、PREPはその実質的な影響力を失ってしまったようだ。

PREPがその存在意義を失った最大の理由には、PLD/FPGA業界が新たなフェーズに移行した市場の背景を上げることができる。



PREPの設立

PLDやFPGAはそのデバイス・アーキテクチャの違いから、各デバイスの集積度や動作速度を相対的に比較することが非常に困難である。そこで、XilinxAlteraActelなどのベンダーが中心になり、業界標準のベンチマークを提供する独立した組織、PREPが1991年10月に設立された。

このPREPの結成を実質的に取りまとめたのは、米国の業界紙、EE-Timesなどを刊行しているCMPパブリケーション社で長年にわたってエディタを務めたStan Baker氏である。同氏はプロセッサの新しい業界標準ベンチマーク、SPECmarkの制定で功績のあったことでも知られている。PREPは、PLD/FPGAの各ベンダが会員企業として運営資金を出資し、Stan Baker氏が代表を務める独立した組織、PREP Corporationとして発足した。

PREPは、各PLD/FPGAデバイスの集積度(ゲート数)と動作速度を相対的に比較できる9種類のベンチマーク回路と、ベンチマーク・データの測定方法などを規定した仕様を1993年初めに公表した。PREPのベンチマークでは、規定されたベンチマーク回路が測定デバイスに何個、実現できるか(インスタンス数)で「集積度」のベンチマーク値を、また測定デバイスにベンチマーク回路をフルに詰め込んだ状態でのクロック・レートで「スピード」のベンチマーク値を表すようにした。こうして、PREPはPLD/FPGA業界として初の「Industry Standard」を提供することになり、当時は大きな注目を集めた。

PREPベンチマークがユニークだった点は、各社の測定したベンチマーク・データを独立した団体であるPREPが検証し、認証データとして外部に公表する方式が取られたことであった。また、各デバイス・メーカがベンチマーク・データを広報活動を通じて外部に公表する際には、PREPの認証マークを添付することを義務ずけた点も、従来のベンチマークとは大いに異なる点であった。

PREPには、1993年の時点で、上記の提唱メーカー3社の他に、AMILattice SemiconductorQuick LogicTexas InstrumentsIntelCypress Semiconductorの各PLD/FPGAベンダとData I/OとMINCのEDAベンダーが参加し、後にAtmelAT&T Microelectronics(現、Lucent Technology)も加盟している。



ベンチマーク・データの波紋

PREPは1993年2月にベンチマーク回路を一般ユーザに公開すると同時に、1回目の認証データも公表した。ところが、これが以外な波紋を巻き起こした。公表された認証データでは、Alteraのデバイスが多くのベンチマーク回路で他社を凌ぐデータを得たため、Alteraはこの結果を広告などで積極的に取り上げ、自社製品の優位性を強調した。このため、このベンチマーク・データの公表と同時に制定に関わったはずのPREP加盟企業から「このベンチマーク回路は不適切」とか、「ベンチマークの測定方法には問題がある。」などの異論が次々に上がったのである。日本でも、1993年に東京で開催された「第1回PLDカンファレンス」や当時の電波新聞社発行の「コンピュータ・デザイン誌」で、こうした異論が取り上げられ、熱い議論が展開されることになった。これらの議論の中には「あのベンチマークは、アルテラのアーキテクチャが有利になるように、決められている。」などいう主張まで飛び出す始末で、PREPベンチマークはその期待とは裏腹に必ずしも順調な滑り出しとは言えなかった。また、一部には、スピードのベンチマーク値が期待できる実際の動作速度と誤解したユーザーが多く存在したことも、この議論を混乱させていたようにも思えた。

その後、この業界ではTI、INTELの両巨大半導体メーカーがPLDビジネスから撤退し、PREPからも自動的に脱退する結果となった。また、次第にベンチマーク・データの認証を得ることに積極的なベンダーはAlteraの他、数社に限定されるようになり、PREPベンチマークは業界標準と呼ぶにはふさわしくない状態となってしまった。



アルテラ、AMDなどの脱退

PREPの活動をもっとも積極的に推進していたAlteraがPREPを脱退したのは意外な展開であった。Xilinxに次ぐ業界2位のAlteraのPREPの脱退によって、本来「相対的な比較データ」であるはずのベンチマークは比較すべき重要な相手を失ってしまった。

AlteraがPREPを脱退した「ほんとうの理由」は明らかにされていないが、かってAlteraの代表としてPREPのベンチマークの制定で中心的な役割を果たしたDon Fariaという人物が1994年末にAlteraを退社したことも無関係ではないようだ。Don Faria氏は前述の「第1回PLDカンファレンス」にもPREPベンチマーク制定委員会の代表として来日し、ベンチマークの仕様に対するさまざまな異論に対しても「熱く反論」した。ところが、Don Faria氏は1995年に創業以来勤務していたAlteraを退社して、LPGA(Laser Programmable Gate Arrayの略、女子プロゴルフの団体とは無関係)のChip Express社に移籍、現在では論理合成ツールのSynopsysに在籍している。

また、Alteraに次ぐ業界第3位のAMDも、すでにPREPの加盟企業にはリストされていない。一方、未確認であるが、業界最大手のXilinxもPREPの正会員から賛助会員に後退したとも云われおり、DTA I/O、MINCの名前もPREPの加盟企業から消えている。

PREPのホーム・ページで確認された現在の加盟企業は、Actel、Atmel、Cypress、Lattice、Lucent Technology、QuickLogic、Xilinxのわずか7社となってしまった。数年前に英国のPilkington Microelectronicsの支援を受けてこの業界に新規参入したMotorolaIBM Microelectronics、日本のアスキー の支援を受けているFPGAベンダのCrosspoint Solutions、PLDの最初の開発メーカーであるPhilipsなどもPREPには加盟していない。



新たなフェーズへの移行

PREPが衰退した要因を技術的な見地から分析すると、その「集積度」のベンチマーク値には一定の効力を認めることができるが、その「スピード」のベンチマーク値を測定する方法に無理があったと、言わざるを得ない。PREPのベンチマークでは、小規模なベンチマーク回路をカスケード接続してデバイス全体の動作速度を測定される方法が取られている。この方法では、デコーダやステート・マシン、演算ユニットなどのような回路が何段もカスケード接続されることになり、現実にはお目にかかられない回路がテストされることになっている。

一方、PLD/FPGAの集積度はここ数年に飛躍的に向上しており、PREPベンチマーク制定当時に最も大規模なデバイスが数千ゲート・レベルだったのに対して、現在では100,000ゲート相当のデバイスも登場している。このため、現在のPREPのベンチマークでは、こうした大規模なデバイスに必ずしも現実的なものではなくなってきている。そして、PREPのベンチマークが衰退した最大の要因には、かっての群雄割拠のベンダー乱立時代から主要なベンダによる市場の寡占化が進行し、業界全体が新たなフェーズに移行している市場の背景を上げることができる。つまり、主要メーカの絞り込みが進むと共に、ユーザーでは各メーカーのデバイスの比較で頭を悩ます機会が減少しているのである。ユーザーのデバイスやベンダの選択基準は、単なるデバイス性能から、デバイス価格と入手の容易性、デザイン・ツールの操作性、提供される設計環境の柔軟性、技術サポートの優劣などに次第にシフトしているのである。



新たなベンチマーク?

PREPは、その運営形態などでこれまでにない興味深い手法を採り入れて注目された。しかし、今回のアルテラ、AMDの脱退により、広範囲にわたるロジック回路に対して標準ベンチマークを提供することの難しさと、公的機関によらない標準ベンチマークデータの制定と認証の限界が示されることになった。PREPに変わる新たな標準ベンチマークが登場するのかどうか、私には全く予測できない。

果たして多くのユーザーは、こうしたPLD/FPGAに対する業界標準ベンチマークを必要としているのであろうか?読者の皆さんの幅広いご意見をお聴きしたい。

1996年4月末
BY MSC, LTD 中村正規

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