中村正規の「半導体業界を語る」
第15話 「ベンチャー企業への期待」

NHK教育TV、ETV2002の特集番組に登場した人達
最近の米国半導体協会(SIA)や世界半導体貿易統計(WSTS)が発表した市場データや将来予測を見ると、半導体の消費市場としても供給基地としても日本の世界全体に占める地位や重要性が相対的に低下していることがはっきりとわかる。(参考:2(PDF)
この打開策のひとつとして、日本でも半導体のベンチャー企業を育成しようという機運が、ようやく高まってきた。ここ数年、日本にも半導体関連のベンチャー企業が年間30社程度、誕生するようになったようだ。すでに、半導体ベンチャー企業自身による業界組織、日本半導体ベンチャー協会(JASVA)も結成され、さまざまな活動や提言を行っている。

一方、日本の主要なメディアもベンチャー支援を含めた新しい産業振興策を議論するようになってきた。先日、NHK教育TVのETV2002という番組が「日本の半導体ベンチャー企業」に関する特集を2日間にわたって放送していた。幸い、私はその2日目の放送を見ることができた。これまで過酷なビジネス環境で悪戦苦闘してきた日本の半導体ベンチャー企業を見てきた私には、「日本の大手半導体企業が不振だから、ベンチャー企業に期待しよう」といったような、安易な「ベンチャー待望論」には同調しかねる気持ちがある。
しかし、国営放送たるNHKが日本の半導体産業の世界的な地位の低下を憂い、新たな半導体ベンチャー企業の台頭を期待して、このような番組を企画したことには、素直に敬意を表したい。

この特集番組の2回目の放送に登場したのは、私が予想していた通り、日本での数少ないファブレス・ベンチャー企業の成功モデルのひとつとして多くのメディアにも取り上げられているザイン・エレクトロニクス(株)の社長でJASVAの初代会長にもなっている飯塚哲也さんだった。飯塚社長の経歴やザイン・エレクトロニクス社の製品についてはすでに広く知られている通りであり、飯塚さんの「日本の産業構造の変革には、ベンチャー企業の躍進が必要だ」という主張には、いつも納得させられる。昨年、日本でも「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」という起業家に対する世界的な表彰制度がスタートしたのだが、飯塚さんが記念すべき日本の第1回の大賞受賞者と世界大会の日本代表に選出されたことは、同じ半導体業界身を置く私にとっても非常に喜ばしい話題であった。

日本の半導体ベンチャー企業のもうひとりの成功例としてこの番組で取り上げられたのが、山口県宇部市のLSI設計会社、プライムゲート(株)の社長、梅田芳直さんだった。番組の中で私が特に興味を持って見たのは、梅田さんが故郷である宇部でLSI設計会社を興すまでのストーリだった。梅田さんは、大手家電メーカーでLSI設計していた優秀な技術者だったのだが、能力や実績よりも学歴や年功が優先される大企業の人事システムに疑問を感じて退職し、故郷の宇部にUターンした人らしい。梅田さんはUターンした後、一時は家業を手伝い行う一方、スナックまで開業したのだが、LSIを設計していたときに味わった緊張感と充実感が忘れられず、LSIデザインの受託会社を始める決意したのだそうだ。私がこの梅田さんに関心と共感を覚えたのは、梅田さんと私同じ国立工業高専の出身者だったかからかもしれない。

海外半導体ベンチャー企業との落差
私達の仕事のひとつは、半導体ベンチャー企業に関する情報の提供である。現在は、InsideChips.comというサイトやInsideChips.Venturesというニューズレターを通じて
アメリカを中心にした半導体ベンチャー企業を紹介している。また、その一部の情報を、日本の半導体産業新聞の「海外ベンチャー企業紹介」という欄で紹介させてもらっている。
私達は、これまで長年にわたって海外の半導体ベンチャー企業を追いかけてきたが、海外のベンチャー企業に比較して日本の半導体ベンチャー企業の技術力や事業戦略には、まだまだ脆弱さや物足りなさを感じてしまう。

私は数ヶ月前、「DesignCon」と呼ばれるイベントに参加するため、久しぶりにシリコンバレーを訪問したのだが、世の中の変化というのは恐ろしいものだ。「ドットコム・バブル」の絶頂期だったちょっと前までのシリコンバレーは、深刻なオフィス不足と人材獲得難だったが、最近では建設された新しいオフィスビルには入居者がなくガラガラで、現地の友人の中には失業中の人もいた。半導体ベンチャー企業の経営者達は、最近の半導体不況の影響をモロに受けており、半導体のベンチャー企業がベンチャーキャピタルから資金を集めるのが非常に困難になっている。特に、実際のビジネスの立ち上げ時に必要となる2回目、3回目の資金調達((1千万ドルから2千万ドル規模)が困難になっているようだ。
2回目または3回目の資金調達に失敗したベンチャー企業が、事業の継続を断念する例も最近目立つようになってきた。2000年まで非常に活発だった大手半導体企業よる通信、ネットワーク・デバイス関連のベンチャー企業買収も2001年は非常に低調であった。

しかし、このような不況期にあっても、アメリカ、特にシリコンバレーの起業家達の逞しさには全く感心する。私達が参加したDesignConの展示会には、不況下にもかかわらず多くの新しい半導体ベンチャー企業が出展してきた。例えば、この展示会には前回紹介した半導体業界のゼネコンを目指しているeSilicon社もいたし、かつてChipsExpressという短TATのASIC会社を興した人物がまた新たに創業したe-ASIC社や、ネットワークプロセッサのAscenium社、その他にもCMOS Micro DevicesのようなIPプロバイダやEDAツールの新興企業も数多く出展していた。また、今回の渡米中には、802.11a のワイヤレスLAN市場に対してCMOSプロセスによる1チップ・ソリューションを開発しているBermai社や、次世代のネットワーク・ファブリック・スイッチを開発しているPetaSwitch Solutions社などのベンチャー企業を訪問する機会もあった。これらのベンチャー企業の経営者達に会って彼らの事業戦略や製品に関する情報を聞いてみて、日本の半導体ベンチャー企業は技術力やマーケティング戦略などの点でアメリカのベンチャー企業に比べてまだまだ大きく見劣りしていることを改めて痛感した。例えば、802.11aの1チップ・ソリューションを提供することで注目されているBermai社の技術はミネソタ大学での長年にわたる研究成果が基盤になっており、同社はミネソタ大が所有する多く特許の使用ライセンスも得ていることがわかった。また、若い技術者が創業したPetaSwitch Solutionsでは、国際的な半導体ビジネスに豊富な経験を有するマーケティング担当役員が就任して世界市場の攻略に乗り出そうしていた。

海外の半導体ベンチャー企業の多くは、「これは、ひょっとしたら…」という期待を我々に抱かせてくれる。勿論、これらのベンチャー企業群の中には数年のうちに消えてしまう運命にある会社が数多く含まれているのも事実なのだが….。

何が問題なのか? 業界紙からのインタビュー
シリコンバレーの半導体ベンチャー企業経営者達と会って帰国した直後、日本の業界紙の記者から「日本半導体ベンチャー企業と海外の半導体ベンチャー企業との違い」についてインタビューを受ける機会があった。シリコンバレーと日本におけるベンチャー企業の力量の差を改めて痛感して帰国した直後だけに、このインタビューでの私の発言が日夜奮闘している日本のベンチャー企業の皆さんには、いささか辛口な表現になってしまったのではないかと、今になって少し反省している。しかし、私は、日本の半導体ベンチャー企業は海外のベンチャー企業に比較して下記のような点で劣っていると、このインタビューで述べたつもりだ。

1) 技術の革新性
2) 製品の市場性
3) 国際性
4) ビジネス・モデルの不明確さ

まず、1)の技術の革新性、斬新性についてだが、日本の半導体ベンチャー企業の多くは設計受託型のデザインハウスであり、斬新で革新的なアーキテクチャやコンセプトに基づいた製品を提供するファブレス企業やIPプロバイダの数はまだ非常に少ない。昨年秋、リコンフィギュラブルなネットワークプロセッサを開発している海外企業についての調査を行ったときに確認したことだが、これらの独創的なデバイスやIPコアを開発しているのはほとんどがベンチャー企業であり、彼等はデバイスやコアに関連した複数の特許を取得しているか、あるいは申請していた。また、米国や欧州のベンチャー企業の技術や製品には、上記のBermai社の場合のように、大学や公的な研究所での長年の研究成果から生れたものも数多く含まれている。日本では、残念ながら研究開発型の半導体ベンチャー企業を志す人がいたとしても、リスクの高いビジネス・プランに対する投資するエンジェルやベンチャーキャピタルがまだ少ないのが実情であり、特許取得費用の捻出に苦労しているベンチャー経営者も多い。大学の研究者達による創業も、日本では最近になってようやくいくつかの創業事例が確認されるようになった段階で、その成果が現れるまではさらに数年の期間が必要だろう。

2)の製品の市場性について言えば、海外のベンチャー企業の製品には数年以内に大きな市場に成長する確率が高いアプリケーションを狙ったものが多い。これに対して日本では前述のように設計受託企業が多く、ファブレス・モデルで成長市場をターゲットにした製品開発を行っている企業の数は少ない。最近では、ファブレスのビジネス・モデルにおいても、日本は企業数と事業規模の双方で台湾に完全に追い越されそうな情勢だ。(注:台湾では、ファブレス半導体企業もデザイン・ハウスとか、LSI設計会社と呼んでいるために、非常に紛らわしく誤解が生じやすい)
ファブレスのビジネス・モデルにおいては、製品の開発能力よりも、どんな製品をどの市場(顧客)に、どのようにして売るかを検討し、設定された事業プランを達成するためのマーケティング戦略の優劣が問われる。技術者による創業がほとんどである日本のベンチャー企業がファブレス・モデルを選択した場合は、このような戦略的なマーケティング活動の実現が創業後の大きな課題のひとつとなり、強力なマーケティング・スタッフの招聘が不可欠となる。

次に、日本の半導体ベンチャー企業は、3)の国際性の欠如について多いに反省すべである。日本市場の占める国際的な地位が低下する中で、日本の半導体ベンチャー企業のほとんどは、いまだに日本市場だけで勝負を挑もうとしている。もはや高い成長率が期待できなった日本市場だけで勝負するのでは、ビジネスを拡大する上で限界が出てくるのが当然である。海外の優れたベンチャー企業は、最初から世界市場の同時アクセスを指向しているし、情報をグローバルに発信している。日本の半導体ベンチャー企業にとっても、いまだに過去の実績や企業規模を気にするような日本の顧客を相手するよりは、技術や製品を優先して評価してくれる海外の顧客の開拓に力を注ぐのが賢明なのではないだろうか? 場合によっては、開発拠点を日本に置くにしても、本社をシリコンバレーに置くような意欲と国際的なビジネス・センスが必要だ。国際的な市場を狙うためには、英語版のwebサイトを充実させるのは勿論のこと、海外の主要メディアを意識した広報活動をもっと積極的に行うべきである。これからは、アジア、特に中国市場を意識したマーケティング戦略や広報活動がさらに重要になることは間違いない。

4)のジネス・モデルの不明確さというのは、ファブレス・モデルを目指しているのか、IPプロバイダを指向しているのか、デザイン・ハウスに徹しようといているのかがはっきりしない企業が多いということだ。確かに、デザイン・ハウスだけでビジネス規模の拡張が困難な日本では、経営者がIPプロバイダやファブレス・モデルの併用を志向する心情はとても良く理解できる。しかし、これらの異なるビジネス・モデルを同時に成功させることには無理がある。それぞれのモデルに求められる組織、機能、人材は大きく異なるため、ビジネス・モデルを変更するときは組織を含めた会社全体を刷新する覚悟が必要だ。

この他に、半導体に限らずいつも日米間のベンチャー企業の比較で違いを痛感するのが、ベンチャーキャピタルからの支援と人材の流動性である。米国では、ベンチャー企業を創業した技術者が発展の過程で社長やCEOの地位に留まらず、CTOや技術担当副社長のポストに就くケースが多い。この場合、社長やCEOには、支援するベンチャーキャピタルがもっともふさわしい人物をスカウトしてくるのが通例だ。残念ながら、日本にはまだこのような文化やシステムが育っていない。日本では、創業者が社長の座から降りると未だに「お家騒動の勃発」や「経営難」を疑われるのが実態だし、ベンチャー企業の経営者を引き受けるような人材の蓄積もまだない。

それでも日本型ベンチャーの誕生に期待する
私達は1996年に民間の任意団体として、「246コミュティ」というバーチャルな起業家支援組織を立ち上げた。このEISというサイトも、246コミュティの活動のひとつとして誕生したものだ。私がこの起業家支援活動を通じて実感したのは、日本では最初から株式公開を目指すような、いわゆるメガベンチャーを志向する起業家は非常に少なく、むしろ既存企業からの独立や自立を目標にして起業した人が圧倒的に多いということだ。そして、これらの自立指向型企業が多くの苦労を経験しながら成長を果たし、これらの中から株式公開を果たすような躍進企業が現れてきているのだと思う。冒頭に紹介したプライムゲート社の梅田さんも、最初からメガベンチャーを志向したわけではなかったようだ。私は、シリコンバレーのようなベンチャー企業のためシステムや環境が整備されていない日本では、自立型の小規模な企業が数多く誕生し、これらの中から世界的な市場を目指す国際的な企業が生れる可能性に期待している。また、日本の社会は起業やベンチャーを志す人たちにとってはまだまだ厳しい環境にはあるが、日本のベンチャーキャピタルであっても優れた技術と人材、そして確かなビジネス・プランを持ったベンチャー企業には必ず投資するものと確信しており、その点では起業家側に一層の奮起を期待している。また、大手半導体企業にも、ベンチャー企業の積極的な活用や育成、ベンチャー企業との対等な立場での提携を推進して欲しいと願っている。

Uターン創業に対する優遇策の提案
大型の企業誘致や生産工場の誘致はもう難しいことを認識した多くの地方自治体も、ベンチャー企業の育成や創業支援などに関するさまざま施策をとるようになってきた。安価なオフィススペースの提供だけを行うような安易な施策や手法には大いに問題はあるが、こうした機運の盛り上がりは大いに歓迎すべき傾向だ。半導体分野で言えば、福岡県が九州大学、大手企業やロジックリサーチ社のような地元のベンチャー企業などと協力して半導体関連企業の集積を目指した「シリコンシーベルト福岡」プロジェクトを推進しているのが注目される。このプロジェクトが成功すれば、さらに多くの半導体関連ベンチャー企業やLSI設計のスペシャリスト達がこの地域に集積されことになるだろう。地方自治体にとって、年間売上高が100億円規模の企業を1社誘致するよりも、1億円規模の企業を100社誕生させることのほうが、今後の有効な産業振興策や雇用対策になることは間違いなく、さらに有効なベンチャー支援策や創業支援プランの立案と実施に期待したい。
この中には、中国政府が実施しているように、故郷にUターンして起業する人への支度金支給など含めた経済的な支援や税制上の優遇策もぜひ盛り込んで欲しいものだ。東京や神奈川、大阪などの大きな経済圏は別にして、これらの大経済圏から遠く離れた地方自治体では、そこに長く住む地元住民に起業を促しても、なかなか実績が伴わないのが実情だ。私が見たところ、地方でベンチャー企業を創業した人の多くは、UターンまたはIターンした人達だ。私の故郷である山形県鶴岡市でも、IT関連企業の創業者は、冒頭の梅田さんのような、Uターン組がほとんどのようだ。地方自治体は、故郷に戻ってベンチャーを興す勇気のある人や家庭の事情で故郷に戻る必要がある技術者を探し出し、彼等の創業にさまざまな優遇策を提供して支援すべきであると思う。

最後に、日本の半導体業界にザイン・エレクトロニクス社やプライムゲート社のようなベンチャー企業がさらに多く誕生し、こうした成功例が決して珍しくないような時代が日本に到来することを期待して結びとしたい。

2002年7月

参考文献:産業タイムズ社発行「半導体ベンチャー最前線2002」
http://www.sangyo-times.co.jp/shop/index-p2.htm