中村正規の「半導体業界を語る」
第14話 「水平分業の進展と新しいビジネス・モデル」

キッチンのリフォーム
「日本人の住まいは"うさぎ小屋"のようだ」と欧米人に揶揄されたのは随分と昔の話だったよう気がするが、東京周辺に住む人達の住環境は少しも改善されていない。私も"うさぎ小屋"にも満たない"にわとり小屋"のような狭いマンションに1家4人で住んでいる。現在の住居も築後約20年が経過し、所有者の私と同じようにあちらこちらに傷みと老化が目立つようになった。住まいの中でも特に損傷が進むのは火が使用され、油や水が跳びはねる台所、キッチンだ。ここを毎日使用する我が配偶者の「強い要望」(阪神球団の小津社長を思い出す)にしたがって、新聞のチラシ広告から見つけたリフォーム業者に、思い切ってリフォームを依頼することにした。受注した業者は、フランチャイズ店のようで、実際に工事を行うのは地域の工務店だった。工事開始から2日目の日に、家内の都合が悪く、私が仕事を休んで、工事に立ち会うことになった。私は「たかが10平方メートル足らずの狭いキッチンのリフォーム工事だから簡単なもんだろう」とたかをくくっていたのだが、水道、ガス、電気などが供給されるキッチンのリフォーム工事には、工務店の大将の他に、電気工事屋サン、水道工事屋サン、ガス屋サン、そして内装屋サンの職人さん達が入れ替わり立ち替わり現れ、1軒の家を建てるときと同じように多彩な顔ぶれの人達が登場する賑やかなものであった。これらの職人さん達は、いずれも自分の腕一本で事業を営んでいる個性豊かな人たちばかり。工事全体をとりまとめている工務店の大将は、それぞれの職人さん達に気を使いながら仕事を進めてゆくのが良くわかった。中でも水道屋のオジさんは特に個性豊かで、作業過程でやたらとグチと文句が多い。このため、工務店の大将はこの水道屋のオジサンをおだてたり、スカシたりの連続であった。工事は数日で無事終わったのだが、私はこの間の彼らの作業ぶりは、半導体業界で進んでいる水平分業そのものであることを実感した。建築業界では、工務店が水道、電気、ガスの専門家を従業員としって抱え込むよりも、その道の達人にアウトソーシングするほうが、経済的、効率的で品質の高い仕事が行えるので、こうした水平分業が成立しているのである。今回のリフォーム工事を見て、私は水平分業を行うときには、全体をとりまとめる人の役割が非常に重要であることを改めて痛感した。

半導体業界の水平分業
半導体業界における水平分業化の進展は、建築/建設業界とは少し異なる多様なビジネス・モデルを誕生させてきた。半導体業界での最初の水平分業は、パッケージの組み立てを行う、アセンブル工程のアウトソーシングからスタートしたと理解するのが妥当であろう。その後、パッケージのアッセンブル業者はファイナル・テストの工程までを請け負うようになり、一部の大手業者は新しいパッケージの開発までも行うようになっている。いつしか、彼らは「サブコントラクター」、「サブコン」と呼ばれるようになった。英語の「サブコントラクター」とはいわゆる下請け、外注業者を意味するが、業界トップのサブコン企業であるアムコー・テクノロジーや台湾のASE社は今や従業員2万人を擁する巨大企業にまで成長している。その後、半導体業界には、建設業界と同じように、設計だけを請け負う独立系のデザイン・ハウスも数多く誕生した。

半導体業界の水平分業を決定的にしたのは、何といっても1980年代に確立された「ファブレス半導体メーカー」と「ファンダリ」というビジネス・モデルであろう。当初、「ファブレス」のビジネス・モデルは資金調達が困難なベンチャー企業の選択する道であったが、現在のファブレス半導体ベンダの中にはザイリンクスやアルテラのような年間売り上げが10億ドルを超えるような企業が5社もあり(2000年の実績)、半導体業界のみならずエレクトロニクス業界全体にも大きな影響を与えるような存在になっている。一方、台湾のTSMCやUMCに代表されるファンダリ・ベンダの最新のプロセス技術は、業界をリードする最先端の水準を誇っている。半導体技術の微細化には巨額の設備投資が伴うが、2001年の半導体不況の影響でインテルを除く垂直統合型の大手の半導体メーカー(IDM:Integrated Device Manifucturer)が設備投資額を大幅に削減したのに対して、TSMCやUMCのファンダリの減額幅は小さく、総額でもインテルやサムスンなどに次ぐ高い投資額を維持している。

1990年代になって初めて半導体業界に登場したのが、IP(Intellectual Property:設計資産)プロバイダという新しいビジネス・モデルだ。プロセッサを含む大規模な回路ブロックのコアや特定の設計技術のライセンス販売を行うIPプロバイダの中には、多くの携帯電話用LSIに使用されているMPUコアを提供している ARM社や、パソコンの内部構成に大きな影響を与える存在となったラムバス社などが含まれる。ますます複雑化、高集積化するシステムLSIの設計を短期間で完成させるためには、検証済みのIP ブロックの再利用が今後さらに重要になることは間違いない。 IPプロバイダは、デザイン・ハウスやファブレス半導体メーカーとは明らかに異なるビジネス・モデルだ。彼らの顧客は、半導体メーカーから、半導体ユーザ、ファンダリまでの広い範囲に及ぶ。このビジネス・モデルはデザイン・ハウスと同様に比較的小資本で開業可能であり、ビジネスのリスクは低いが、業界に大きな影響力を及ぼす存在になるポテンシャルを秘めている。先日、次世代のネットワーク・プロセッサを開発しているベンチャー企業を調査したところ、彼らの多くはファブレスではなく、IPプロバイダのビジネス・モデルを選択していることが確認された。

このように、半導体業界における水平分業の進展は新たなビジネス・モデルと多くの巨大企業を誕生させてきた。半導体の装置産業やサブコン企業の動向を長年にわたってウオッチしているインターカバレッジ社の坪正孝氏は、最近のリポートの中で「ファンダリとサブコンのアウトソーシング企業は、半導体産業全体の20%に相当する生産を請け負っている」と分析している(インターカバレッジ社発行、SEMIDAS フォーキャスト2001-2002)。今後、この比率は今後さらに高まり、半導体産業が水平分業をベースにした新たなパラダイムへ移行してゆくことについては、間違いないだろう。

ゼネコンのビジネス・モデル
「ゼネコン」という言葉を聞くと、日本の金融界が抱えている不良債権問題の元凶のようなイメージが浮かんでくるのだが、水平分業が進展した半導体業界にもGeneral Contractor、いわゆる「ゼネコン」をビジネス・モデルにした企業が誕生している。そのひとつが、シリコン・バレーに1999年末に設立されたeSilicon社(http://www.esilicon.com)だ。同社はインターネット技術と半導体業界の水平分業化の進展をフルに活用して、製品の企画から、IPの調達を含むデザイン、そして製造とテストまでを包括的に請け負う半導体業界のゼネコン企業を目指している。このビジネス・プランが軌道に乗れば、業界初のバーチャルな垂直統合サービス提供企業が誕生することになる。eSilicon社が狙っているのは、数十万ゲートから数百万ゲート規模のASICビジネスのようだ。確かに、集積度の低いASICビジネスはFPGAに取り込まれており、リスクの高い大規模な最先端ASICのビジネスは既存のIDM企業に向いており、彼らの判断は妥当かもしれない。それでもeSilicon社が狙っている市場はIC市場全体の約5%、金額にして120億ドルにも相当する規模だという。

eSilicon社は、業界トップのICデザイン・ハウス、IPプロバイダ、ウェハー・ファンダリ、サブコン業者と相次いで戦略的な提携関係を結んでいる。これら各分野の複数の企業と提携関係を結ぶことによって、製品の種類や時期に応じて、最適な業者を選択することが可能になる。同社が提携したIPプロバイダには、Artisan Components、Virtual Silicon、InSilicon、PalmChipなど、現在の主要なプレイヤが含まれている。デザイン・サービスはシノプシス社、ファンダリは業界最先端のプロセス技術を保有しているTSMC、組み立てとテストは業界最大手のアムコー・テクノロジー社といずれも業界を代表する企業が提携先となっている。eSilicon社はデバイス完成までの一連の工程を統括、調整するだけではない。ユーザがデザインする場合には、インターネットを通じてフロアプランニングを含む多様なデザイン・ユーティリティを提供し、ユーザがIPの選択や製造工程をモニタできる環境もインターネットを通じて提供する予定のようだ。

このようなビジネス・モデルを提供する企業にとっては、ユーザを引き付けるのに十分な高い信用力を持ったビッグ・ネームの経営者が必要になる。eSiliconの創立者はケイデンス社のCEOを務めたことがあるJack Harding氏と、PulseCoreというIPプロバイダの社長だったAnjan Sen氏の両名である。両氏の他にアルテラ、ケイデンス、C-Cube、カンタムなどの著名な企業からデザイン、ウェハー・プロセス、パッケージングなどに豊富な経験を有するスタッフが集まっている。eSilicon社のような新しいビジネス・モデルにはベンチャー・キャピタルも高い関心を持ったようで、同社はこれまで総額で35Mドルもの投資をベンチャー・キャピタルから受けている。

eSiliconに類似したサービスを提供している会社は、他にもあるようだ。例えば、GetSilicon.net(http://www.getsilicon.net)という会社も世界の主要なファンダリやサブコン企業、25社以上と提携して半導体製造に関するサプライ・チェイン・システムを提供している。水平分業が進展し、さらに多様なIPの調達が必要になると、eSiliconやGetSilicon.netのような会社が活躍する機会が増えることが予想される。

日本での水平分業は?
日本の半導体業界でも水平分業は進んでいるのであろうか?まず、残念なことに日本には世界的なICデザイン・ハウスやIPプロバイダが存在しない。また、日本にはUMC傘下の日本ファンダリという企業もあるが、世界的なファンダリ専業企業も存在しない。日本の幾つかの半導体メーカーは、0.35ミクロンのCMOSプロセスが全盛だった時代まで米国のファブレス・ベンチャー企業にとっての重要なファンダリとなっていた。しかし、主力製品が0.25ミクロン・プロセスを使用するようになって以降、米国のファブレス半導体企業はこぞって生産の委託先を台湾のファンダリに移行させてしまったようだ。世界最大のファブレス・メーカーであるザイリンクスの生産委託先はセイコー・エプソンからUMCに、アルテラのファンダリ先はシャープからTSMCへとシフトしている。

もともとファブレス・メーカーの数の少ない日本の半導体業界では、水平分業が少しも進展していないように見える。日本の半導体メーカーはデザイン、ウェハー・プロセス、組み立て/テストを行う子会社をそれぞれ設立して、系列内での分業を行っている。私が生まれ育った山形県の鶴岡市には、山形日本電気(株)鶴岡工場というNECが誇る最新鋭のウェハー・ハブがあり、その技術力は高い評価を受けているようだ。しかし、この最新鋭工場でNEC以外の製品をファンダリとして大量生産しているという話は聞こえてこない。日本のIDMの弱みは、各工程を担当するそれぞれの子会社が同業他社との競争にさらされない点であろう。また、各地方子会社のトップも親会社からの天下りで、人事面での緊張感に欠けるという欠点もある。これらが相互に「もたれあい」という悪い方向に向うと、世界的な市場での競争力を失う危険性がある。一方、組み立て/テストの後工程に目を向けると、日本の半導体メーカーから各地方子会社工場の整理統合計画が相次いで発表されている。しかし、これらの子会社を系列外からの仕事を請け負う独立した会社に移行させるという発表はまだ耳にしていない。

ウェハー工場を保有する日本の半導体メーカーでも今後は、汎用品のウェハー・プロセスや後工程を海外企業にアウトソーシングする比率が高まることが考えられる。せっかく日本に誕生したファブレス企業も、台湾または最近になって相次いで設立された上海の中国企業に生産をアウトソーシングすることが想定される。このままでは、半導体に関しても、日本での空洞化が進む危険性が懸念されてしまう。その打開策として、私は系列を超えた水平分業を提案したい。生産を担当している各地方子会社や設計を行っている子会社を自立させ、系列外からの受注を許可することで、これらの子会社を再生させる方法である。生産子会社については、親会社からの出資比率を引き下げ、不足分を各地方の有力企業または海外の半導体企業やベンチャー・キャピタル、投資銀行などからの出資で補うという方法はどうだろうか?私は日本の半導体メーカーが現在の垂直統合モデルを早期に解体して、eSilicon社のようなゼネコン・モデル近い事業形態に移行するのがひとつの選択肢になると考える。

リフォーム工事の結末
さて、我が家のリフォーム工事も無事に終わったかのように思えたが、実は大きな問題が発生した。設置したガス・レンジの火が何故か、調理途中で消えてしまうのだ。私は全く知らなかったのだが、最近のガス・レンジには過熱防止のための熱センサとマイコンが装備されており、ナベの底で一定以上の温度を検知すると、自動的に火が消えてしまう仕組みになっている。配偶者によれば、過熱で何でもない状態で火が消えてしまうということで、これはガス・レンジの不具合だと、工務店に問題の調査と対策を依頼した。数日後、ガス・レンジのメーカーからサービスマンが我が家を訪れ、「原因は、おたくが使用しているナベの底が平坦でないからです。」との意外なコメント。我が配偶者は、「キッチンをリフォームするときは、ナベ釜もすべて取り替えろというのか。納得がいかない。」と再度、工務店に猛烈に抗議した。その後、ガス・レンジ・メーカーから何人もの人が我が家を訪れ、熱センサの位置を調整したり、組み込まれているマイコンのボードまで交換したらしい。それでも、この問題はいっこうに解決しなかった。結局、工事完了から1ヶ月以上も経ってからであろうか、工務店の取り計らいで問題のガス・レンジは異なる機種に交換され、ナベを買い替えることもなく、問題はようやく終結した。半導体業界でゼネンコン・モデルを実現するときには、私のキッチン・リフォーム工事の場合と同じように、問題が発生したときに如何に短期間でその原因を把握して、適切な処置をとれるかが非常に重要になることを私に再認識させる結末であった。


2002年1月