中村正規の「半導体業界を語る」 第9話 「日本の大手半導体メーカの事業戦略を聞いて」
1999.9.23
数年前、私は米国の友人からある厳しい質問を受けたことがある。「長年米国から日本の半導体メーカの動向を見てきたが、私にはどうしてもNEC、日立、東芝、三菱、富士通の各半導体部門の戦略の違いがわからない。どう違うのか説明して欲しい。」というものだった。返答につまる質問だった。私はそれなりに各社の性格の違いや製品の強味を説明したつもりだったが、私の友人はあまり納得した様子でもなかった。確かに、日本の大手半導体メーカの製品系列はほぼ横並びで、ディスクリートからメモリ、マイコン、液晶までとほぼ同じだ。生産額や投資額の推移を眺めてみても、規模の大小はあってもその増減率は各社ともほぼ同期したベクトルになっている。海外からは「Japan Corporation」と、国内では「横並び」と云われる所以である。

私は今回のDRAM不況で各社が大きな損失を被ったことから、これら各社の半導体ビジネスに対する戦略上の違いや差が出るのではないかと注目していたのだが、汎用DRAM品からの撤退やファンダリの積極活用の方針を打ち出した富士通を除けば、新聞や雑誌を読む限り他の大手4社に大きな違いを見出すことはできなかった。我々の耳に聞こえてくるのは、各社共同じ「DRAM依存率の低減」と「システムLSIビジネスの強化」の2つだった。これらの大手半導体メーカは、以前のDRAM不況のときも、同じようなことを云っていたような気がする。ただし、当時は「システムLSIの強化」ではなく、「ASICビジネスの強化」だった。私は今回のDRAM不況以後も「DRAMで世界ナンバーワンの地位を奪回」という方針を打ち出す企業や、半導体部門を完全子会社化する企業が1社くらいは出てもいいと思っていたが、大手4社がまたも同じような戦略を打ち出したことに私はいささか落胆していた。

海外大手メーカの決断と私の疑問 これに対して、ここ数年の間に海外の大手半導体企業は大きな方向転換を図った。 TI はDRAMから完全撤退してDSPやミックス・シグナルの分野にはっきりとフォーカスしている。シーメンスとロックウェルの両社は半導体部門を完全に分離独立させ、新しいブランド名の半導体企業を誕生させた。日本の大手電機メーカにもっとも近い組織と雰囲気を持っていたモトローラ社もディスクリートや汎用ロジック製品を担当していた部門を売却するという思い切った決断を下した。これに対して日本の大手メーカでは、東芝が今年からカンパニー制に移行したが、まだ海外メーカのような荒療治には踏み切ってはいない。日本の半導体メーカは、現在の半導体市場の変化をどのように捕らえているのだろうか?、DRAMからシステムLSIビジネスへの転換を本気で決意しているのだろうか?、DRAMとシステムLSIのビジネス・モデルの違いをどうのように考え、組織をどのように変えて行こうしているのだろうか?、DRAMビジネスには今後どのようなスタンスで対処しようとしているのだろうか? 私はこれらの疑問に対する答えを知るべく、9月1日に開催された日経BP社主催「国内LSI大手6社の経営責任者が語る必勝戦略」というセミナーに参加した。

それでも4社の違いは見えてこない
上記のセミナーには、NEC、日立、東芝、三菱、富士通、松下の各社から半導体部門の責任者または重要な決定を行う立場にある人が参加して、今後の事業戦略に関するプレゼンテーションを行った。また、各社のプレゼンテーションに先だって、野村総研時代から半導体市場を分析してきた現ドレスナー・クラインオート・ベンソン証券東京支店のシニア・アナリスト、若林秀樹氏が「国内LSIメーカの勝ち組分析」という講演を行った。 DRAM価格の下落が止まり、一部には品不足やスポット価格の上昇が報道されたせいか、プレゼンテーションに立った各社のトップの顔色は私の予想以上に明るかった。

丸1日にわたるセミナーを聞いて、私は少なくともNEC、日立、東芝、三菱の4社に戦略上にあまり大きな違いはないことを改めて確認した。つまり、ここで冒頭に登場した私の友人にまた同じ質問を浴びせられたとしても、私が返答につまる状況はあまり変わっていないのだ。これら4社のトップのプレゼンテーション中で共通していたのは、報道されていた通り「DRAMについては、0.18ミクロン・プロセスを立ち上げ、より付加価値の高い製品にシフトし、トップ・グループを維持する。」と「システムLSIを強化し、トータル・ソリューションを提供する」するの2点であった。また、各社のトップから同じように「コア・コンピタンス」という言葉が出てきたのも、私にはちょっと驚きだった。 これでは、これら4社は同じような時期に利益を出し、また同じような時期に損失を被る状況に変化はなく、揃って「勝ち組」になることもあれば、「負け組」に入ってしまう危険性もあると感じた。同じような戦略を掲げる巨大総合半導体企業が世界に4社、しかも日本だけに存在する必要性や意義は果たしてあるのだろうか? しかも、DRAMとシステムLSIという、ビジネス・モデルが180度も異なる製品を同じ事業部で、同じ販売組織で両立させることは可能なのだろうか? また、マイクロンやLSIロジックのような専業メーカとの戦いに勝ち、今後も高い収益を確保出来る可能性はあるのだろうか?会場からは、これらの点を指摘した鋭い質問も浴びせられたが、少なくとも私が納得するような答えは残念ながら返ってこなかった。

納得させられた松下の戦略
唯一、私が納得させられたのは最後に拝聴した松下グループ(松下電器産業と松下電子工業)によるプレゼンテーションだった。同社は他の5社と同じく「システムLSIビジネス」にフォーカスすることを言明したが、同社はターゲットにする最終アプリケーションを4つの分野に絞り込み、他社との差別化をはかるための戦略をはっきりと提示した。何よりも同社のプレゼンテーションに私が納得されられたのは、同社がシステムLSIビジネスとDRAMビジネスの違いを明確に示したことだった。私は以前から、この違いを指摘して「もはやDRAMを半導体製品と呼ぶのはやめよう」と主張してきただけに、この松下のプレゼンテーションには、胸がすく思いだった。松下のトップが立てたこの戦略が末端の組織まで浸透し、先端プロセス技術の確立とマーケティング販売部門の強化に成功すれば、同社が「勝ち組」に残ることは間違いないだろうと感じた。

もっと迫力のあるプレゼンテーションを
今回の各社のプレゼンテーションを拝聴して私が残念に思ったのは、大変失礼ながら、事業戦略を語るトップのプレゼンテーションにしては、その言葉やスライドの内容が聴衆に訴えるだけの迫力に欠けていた点である。私はこれまで、多くのベンチャ企業のプレゼンテーションを目にしてきた。彼等のプレゼンテーションの背景には短期間に投資家や顧客を獲得しなければならないという切迫した事情があるためか、スライドの内容も充実しており、発表者の言葉にも迫力があって、妙に納得させられることが多かった。前述の若林氏も「日本のトップは、市場を誘導する位のもっと思い切った発言をしても良いのではないか」と提案していたが、全く同感である。海外の半導体メーカでは、会社の事業戦略のプレゼンテーションを最高のマーケティング活動の機会と捕らえ、トップ自らがキーボードを叩いて原案を作成することが多いと聞く。日本のトップは果たしてどうなんだろうか? 

セールス、マーケティング部門の改革
かって私が海外の半導体メーカの営業担当をしていた頃、6ー7人連れで一人の顧客と打ち合わせをしている国内半導体メーカの一団を目にした。さぞかし深刻な問題でも発生し、そのトラブル・シューティングための打ち合わせと思いきや、そんな雰囲気でもない。実際はメーカの営業担当とその上司、営業技術担当者達、特約店の担当とその上司達が連れだって顧客に新製品の売り込みにきているだけだったのだ。間接部門でのコスト意識が高くなった最近ではそうした光景に出会うことはめったにないだろう信じていたが、現在でもそうしたことは決して珍しくないことだと知り、愕然とした。日本の半導体メーカが最初に実施すべきは、こうした不効率な営業部門の見直しではないだろうか。  半導体を買う立場にある大手顧客の一部は、購入コストの削減にEC(電子商取引)を導入しようとしている時代が到来しているにも拘わらず、売る側の体制の変革はかなり遅れているような気がしてならない。一方、日本市場よりも相対的な重要度が増す海外市場における日本メーカのビジネスはDRAMなどの標準品の取引が主体で、オリジナルのプロセッサやシステムLSIのビジネスでは苦戦していると聞く。これについて、私の米国の友人は「日本メーカの米国市場での広報、マーケティング活動には大いに改善の余地がある。」と云う。プロセス技術の微細化を進展させることも重要だが、それ以前にセールスやマーケティング部門を市場の変化や各製品系列の性格に合わせて改革することがさらに重要なのではないかと感じている。NECは社内の組織を製品別からアプリケーション別に再編したようだが、これも改革の第一歩であることは確かだ。

以上、身勝手な個人的な感想を述べ、関係者には不快な思いをさせたかも知れないが、どこの半導体メーカにも属さない中年男の戯言と聞き流してもらえれば幸いである。次回はDRAMビジネスとシステムLSIビジネスの違いを考えてみたい。