中村正規の「半導体業界を語る」

第8話 「第7回FPGA/PLDカンファレンスで感じたこと」

1999.7.15

FPGA/PLDカンファレンスが6月30日から7月2日までの3日間にわたって、池袋サンシャイン文化会館で開催された。このカンファレンスは米国のCMP Publication社が米国で開催したものの日本版として開催したのが始まりで、今年で通算して第7回目になる。このカンファレンスの主催会社は、数年前から(株)中外に移行されている。前回はパシフィコ横浜で開催されたが、今年はこのイベントの発祥の地である池袋に戻ってきた。小生はこのイベントとは第1回から少なからず因縁があり、昨年は恥ずかしながらパネル・ディスカッションのパネリストまで務めた。というわけで、小生は3日間ともフルに参加したかったのだが、「貧乏暇無しの身分」ではそうもいかず、開催2日目の午後だけの参加となった。以下が私のこのイベントのレポートと最近のプログラマブル・ロジック業界に対する感想である。

展示会場の様子

Virtexをプッシュするザイリンクス

展示会場に足を踏み入れると、すぐ正面にザイリンクスがブースを構えている。ザイリンクスは昨年までこのカンファレスのスーパー・スポンサということで大きな展示スペースを確保していたが、今年は2コマ程度の比較的「こじんまり」としたサイズのブースだった。同社の今年の目玉商品は何といっても百万システム・ゲートまでの高い集積度を提供するFPGA、「Virtex」だ。同社のブースでもVirtexの名前が入った揃いスポーツシャツの説明員の言葉にも力が入っていた。日本市場では宿敵アルテラに遅れをとっているいるザイリンクだが、このVirtexでアルテラの牙城に戦いを挑むことになる。

同社は、PLD製品の強化にも力を注いでいる。ザイリンクスは、このカンファレンスの直前にフィリップス社PLD製品部門を買収すると発表した。その関係で、出展社リストにあった日本フィリップスのブースは、各社が利用できる商談スペースに形を変えていた。考えてみれば、フィリップスのPLD部門の前身は世界で最初にPLDを開発したシグネティックス社である。このPLDの元祖ともいうべき部門が消えていくことは、時代の流れを感じさせる。ザイリンクスは、昨年旧Data I/OSynario Design Automation部門も吸収しており、ザイリンクス社のブースにこれまで各半導体ベンダをサポートする立場にあった旧Data I/Oの社員の顔があったのも、業界の激しい変化を感じさせた。

最大の展示スペースを確保したアクテル

今年のイベントでもっとも大きな展示スペースを確保していたのが、アクテルだった。同社は資金難に陥ったゲートフィールド社からFLASHベースFPGA製品の販売権を獲得した。アクテルは、このFLASHベースFPGA 、ProASICファミリ製品を今年初めて展示した。企業買収などが起きるたびに混乱するのが販売チャネル、すなわち販売と技術サポートを担当する代理店である。アクテル社の場合も従来からあるアンチ・ヒューズ・タイプのFPGA製品は既存の代理店(イノテック、テクセル)、ゲートフィールドから移管されたProASIC製品だけはトーメン・エレクトロニクスが代理店という変則的な体制になっている。ユーザは果たして、この特殊事情を理解してくれるのだろうか? 一方、2年半前同社が発表して注目を集めたSRAM FPGAとゲートアレイの混載デバイス、Embedded SPGAは今年展示されていなかった。製品そのものが消えたわけではないようだが、私にはこの製品の行方が気になった。

アルテラは今年も代理店が出展

日本のプログラマブル・ロジック市場で圧倒的なシェアを誇るアルテラは、今年も代理店である(株)アルティマだけの出展となった。日本アルテラは自社のプライベート・ショー「Altera PLD World」を開催するようになってから、このカンファレンスには参加していない。アルティマのブースでは、アルテラの戦略商品である高集積APEXファミリと、定評ある同社の開発ツールとしては第4世代製品となるQuartusが展示され、多くの観客を集めていた。APEXデバイスの開発環境で注目されるのが、SignalTapエンベデッド・ロジック・アナライザと呼ばれるデバイス内部の信号観測を可能にした機能だ。同社が日本市場でさらにシェアを拡大させるためには、このAPEXデバイスとQuartus開発ツールが非常に重要になるだろう。

買収されたヴァンティスが出展

ある意味でこのカンファレンスでもっとも大きな注目を集めていた出展会社は、ヴァンティスだった。AMD100%子会社だった同社はライバルのラティス・セミコンダクター社に買収され、先日その買収が完了したことが正式に発表された。その直後に、ヴァンティスがこのカンファレンスに出展し、買収した側のラティスが出展していなかったのは、ちょっと驚きだった。当然ながら、事情通の来場者の関心は製品ではなく、「合併後の日本法人の組織と販売代理店がどうなるか?」だったようだ。両日本法人の組織の統合化と販売代理店の整理には、紆余曲折が予想される。ただし、ラティスの経営陣にはCyrus Tsui社長を始め、AMDがかって吸収合併した旧MMI社の出身者が複数いる。勿論、ヴァンティス側にも旧MMI時代からの幹部社員が残っている。いわば、今回の買収はPAL1980年代のPLD市場を席捲したかってのMMI社出身者達の再開の場でもあるわけだ。その点では、両社の米国での組織統合は案外スムーズに進むのかもしれない。不思議なことに、今回の買収が発表される数ヶ月前にラティスの日本事務所はAMD/ヴァンティスの日本事務所がある新宿NSビルに移転している。これは、ただの偶然だったのだろうか?

また昨年のこのカンファレンスでヴァンティスが大々的に打ち上げたSRAMベースのFPGAVF-1は、今年展示されていなかった。ラティスへの合併後も、このVF-1製品の開発は継続されるのであろうか? まだ正式な発表はないが、VF-1プロジェクトはいったんキャンセルされ、合併後の新チームでSRAMベースのFPGA製品が開発されることになるというのが妥当な見方かもしれない。

その他のデバイス・ベンダ

この他のデバイス・ベンダでこのカンファレンスに出展していたのが、アンチヒューズの高速FPGA製品ベンダで最近PCISRAMのハードコアが集積化されたFPGAデバイスを発表したクイック・ロジック社、CPLD構造で35万ゲートまでの集積度を持つDelta39Kを発表したサイプレス・セミコンダクタ、高速FPGAダイナチップ社(現在の代理店はジェピコ)、アルテラのMAX 5000互換の低消費電力 PLDや高速の書き換えが可能なSRAM FPGAを提供するアトメルなどだった。この中で私が注目しているのが、サイプレス社のDelta39K。これまで、プロダクト・ターム・ベースの製品で、ここまで高集積化されたデバイスは過去になかったからだ。SRAMLUTベースのデバイスに対抗して開発されたこのプロダクト・ターム・ベースの高集積PLDが市場でどのように評価されるのか、関心を持って見守りたい。また、Aptixのロジック・エミュレータを販売している図研が、LightSpeed Semiconductorの短TATゲートアレイであるMBAModule Based Array)デバイスを展示していたのが目にとまった。このデバイスはアルテラのFLEX 10KやザイリンクスのXC4000XL/XVとピン互換でも提供できるようになった。このピン互換戦略が成功するのか、これまでCADツールを販売していた図研がデバイスの販売でも成功するのか、個人的には多いに興味が湧く。

ツール・ベンダは?

一方、EDAベンダとしては、日本シノプシス日本ビューロジックメンターグラフィックジャパンエグゼンプラ・ロジックの代理店であるスピナカーシステムズシンプリシティ社の代理店であるパシフィック・デザインなどの各社が最新のHDL合成ツール、シミュレータ、HDL解析ツールなどを展示していたが、基本的には先のEDAテクノフェアのときと変化はなく、特に私の目にとまった新製品はなかった。その中で、シンプリシティ社はアルテラの新しい開発ツール、Quartusと完全なトランスペアレントな環境で使用できる合成ツール、Synplifyの新バージョンを近く供給するという話が私の関心を引いた。その他では、丸紅ソリューションBP Microsystems社のプログラマ、写真化学PLD/FPGAの試作評価用基板が例年どおり展示していたのが目についた。

カンファレンス

今年のカンファレンス・プログラムで注目されたのが、2日目にあったシノプシス社のCEOArt J. De Geus氏の「ミリオン・ゲート時代のFPGA設計」という講演だった。私は同氏の講演を昨年秋の「Altera PLD World」で拝聴することができたが、今回は残念ながら時間的な都合がつかず、聞き逃してしまった。その他には、日経BPの編集委員である西村吉雄氏、九州大学の村上和彰助教授の講演もあった。

チュートリアル系のプログラムは例年とあまり変わっていなかったが、今年はIPの使用方法が加わったのが特筆される。そして、2つ用意されたパネル・ディスカッションのひとつが「IPに未来はあるか?」というものであった。私は幸いこのパネル・ディスカッションを聞くことができた。コーディネータは、日本のハードウェア/ソフトウェア協調設計のリーダでもある大阪大学の今井正治先生。パネリストは、日本の数少ないIPベンダのひとつであるザイン・エレクトロニクス、IPベンダでもありEDAベンダでもあるメンター・グラフィックス、IPベンダを支援する立場にあるシノプシス、半導体ベンダとしてIPユーザでもある東芝と松下電器産業、そして純粋な半導体ユーザの立場で三菱電機の各社から各1名が参加していた。このパネル・ディスカッションを聞いた私の率直な感想は「日本でIPの再利用が進むのは、まだまだ先かな」というものであった。即ち、一方には多様なIPを流通させてシステムASICビジネスを展開したい半導体メーカの思惑があり、もう一方では半導体メーカがライセンスしたIPだけを使用してあらゆるリスクを最小に抑えたいユーザ側の思惑が見えるからだ。特に、日本には自らリスクを取って、小さなベンダのIP製品を採用する半導体ユーザは少ないような気がする。もともと、IPの再利用の目的は設計時間の短縮にあったはずだが、日本ではIPのライセンスに関する法務問題に長い交渉時間がとられ、IPの本来の利点が活用できないという事例がより多く存在するようだ。「IPのビジネス・モデルが日本に定着するまでには、長い時間がかかる」という私の認識がこのパネルでさらに強まった感じだ。海外、特に米国でIPの利用が進み、IPの文化と業界標準的なビジネス・ルールが確立されるまで、日本はそれを眺めながらゆっくりと世の中の流れ追随するしかないのだろうか? 

全体的な感想

この業界では、デバイスの集積度が飛躍的に向上し、32ビットRISCを集積化した回路も1個のデバイスで容易に実現できるようになってきた。このイベントの翌週に開催された組み込み開発技術展(ESEC)では、ユーザによる最適化が可能な高性能RISCプロセッサを開発して注目を集めているテンシリカ社が、アルテラのデバイスをターゲットにしたデザイン・フローを示していた。このように、FPGA/PLDは次世代のエレクトロニクス機器の開発にますます重要な役割を果たすことになるだろう。このFPGA/PLDカンファレスは初心者にも配慮したさまざまなプログラムを提供しているが、それにしてはこのカンファレンスへの参加者がここ数年あまり伸びていないような気がする。デバイス・ベンダやEDAベンダが無償で開催するセミナが数多く提供されている影響もあるのかもしれない。業界再編の進展の影響なのか、それとも最近の不況の影響なのか、このイベントの出展企業の数も年々減少している感がある。先に述べたラティスの他にも、FPGAの主力ベンダのひとつであるルーセント・テクロジー社も今年は出展していなかった。また、このイベントに合わせて訪日する海外ベンダの経営者や責任者の数も数年前に比較すると大幅に減少したような感じがする。日本のPLD/FPGA市場は世界全体の約15%程度を占める規模にすぎない。私はこの比率が増加することが、日本の製品開発能力を確実に高めることになると信じている。このイベントの来年以降の発展に期待すると共に、日本のハードウェア・エンジニア達にもっと、PLD/FPGAの利点を活用してもらいたいことを改めて感じた。(99年7月某日記す)