中村正規の「半導体業界を語る」
第10話 「システムLSIビジネスを考える」

2000.01.08

早稲田のセミナーにて出た質問

先日、早稲田大学の材料技術研究所が主催したオープン・セミナー「日本半導体産業の再 生とその課題」に参加する機会があった。このセミナーは参加費が5千円という低額にも かかわらず、講師陣には半導体業界の著名人達が顔を揃えていた。ジャーナリズムから日 経BP編集委員の西村吉雄氏と工業調査会の志村幸雄氏、学術界から東北大の大見忠弘教 授と広島大学の吉川公麿教授、大手半導体企業からは東芝システムLSI研究所の斎藤光男 所長とテキサス・インスツルメンツ(TI)米国本社の西義雄上級副社長、日米のベンチ ャー企業の代表としてザイン・エレクトロニクスの飯塚哲也社長とラムバス・ジャパンの 直野典彦社長といった豪華な布陣だ。

セミナーのタイトルに「再生」とい言葉が使われて いるからには、やっぱり日本の半導体産業は何らかの治療を必要とする状況にあるらしい。 各講師からは日本の半導体産業を「再生」させるためのさまざまな提案がなされた。プロ セス技術や製造装置から、垂直統合か水平分業かという事業形態とビジネス・モデル、日 本人のメンタリィまでと、各講師の提案や指摘は多岐にわたり、私には非常に内容の濃い ものだった。

各講師の講演後には質疑応答の時間が設けられたのだが、主にそれぞれの講 師が他の講師に質問する場面が多く、核心をついた質問が相次いで浴びせられた。その中 で東芝の出身でTIの研究開発部門の責任者を務めている西副社長が「日本にいるときは 感じなかったが、米国から長年にわたって日本を眺めていると、日本の大手半導体企業が いつも横並びのように同じような戦略を取るのはどうしてか?」という質問がなされた。 正に小生が前回取り上げた問題である。前回も述べたように、日本の大手半導体メーカー は一昨年あたりから、揃って「DRAMビジネス依存からの脱却」と「システムLSIの強 化」を唱えている。今回は、このシステムLSIビジネスについて考えてみよう。

システムLSIの定義とは?

さて、日本の大手半導体メーカーが強化したいと願っている「システムLSI」とは、どの ようなデバイスを指すのだろうか?私には、いまひとつその定義が明確になっていないよ うな気がしてならない。ある日本の大手半導体メーカーが新聞発表した製品別の売上高に よれば、システムLSIがすでに驚くべき金額になっていた。ところが、記事を良く読めば 何ということはない。この会社はDRAMと個別半導体を除くその他の半導体製品をすべ てシステムLSIにカウントしているのだ。これでは、「システムLSIの強化」というスロ ーガンが何を指すのか、私にはさっぱりわからなくなってしまう。システムLSIを強化す ると公言しているこの会社はDRAMと個別半導体以外のすべてのデバイスにまんべんな く力を注ぐつもりなのだろうか?

果たしてほんとうの「システムLSI」とはどんなデバイスを指すのだろか?集積度で何ゲ ート以上? 高集積度の標準品でもシステムLSIと呼ぶのだろうか?  MPUが搭載され ていないハードワイヤードの大規模デバイスもシステムLSIなのだろうか? 100万ゲー ト相当のFPGAやCPLDはシステムLSIではないのか? 個人的には、システムLSIと は、自社または業界標準のMPUコアに多数の IPベースの周辺回路を集積化したユーザ 仕様による大規模なセル・ベースICを指すだと思うのだが。

期待しているのは標準品ビジネス?

最近になって、システムLSIの代表選手のように、プレイ・ステーション2(PS2)用LSI がマスコミに取り上げられている。確かに、あのLSIはユーザであるソニーと半導体メー カーである東芝が共同開発したカスタムICだ。ただし、PS2のように大量生産される製 品向けのLSIとなると、いったん開発が完了すれば一般の標準品のように大量生産が可能 になる。多くの半導体メーカーにとっては、第2、第3のPS2用LSIビジネスのように1 品種で大量生産できるシステムLSIビジネスが存在すれば好都合だろう。任天堂、セガで こうしたビジネスが期待できないわけでもないが、1品種または1デザインで数百個以上も生 産できるビジネスはそうはころがっていない。次世代のディジタルTVにも大きな半導体 ビジネスが期待されている。ただし、使用されるデバイスがユーザ仕様のカスタム品にな るのか、かつてのように半導体メーカーが開発した標準品になるのかでは、半導体メーカ ー側の開発や販売の体制が大きく異なることになるはずだ。「システムLSI」ビジネスの拡 大を目指す日本の半導体メーカーは、いったいどちらを狙っているのだろうか? 私には、 そのあたりがあまり明確に見えてこない。これまでのところ社内の組織をそう大幅に変え ていない日本の半導体メーカーは「あわよくば、量産可能な標準品ビジネス」を狙ってい るのだろか?

時代の流れに逆行するビジネス?

最近になって、多くの半導体メーカーは、ユーザ仕様のシステムLSIビジネスが少量多品 種の効率の悪いビジネスであることに気が付き始めたようだ。0.15/0.18ミクロンのような 微細化ブロセスとウェハーの300mm化が実現すると、1回のウェハー・ロットだけでも どんでもない数量が製造されてしまう。あるメーカーの試算によれば、100,000ゲート規 模のロジックICが300mmウェハーの0.15ミクロン・プロセスで生産されると、1枚の ウェハーに4万個のダイスが搭載されてしまうそうだ。この場合、歩留まりが低ければ別 だが、最小のウェハー・ロット(通常24枚)で生産した場合でも百万個近いダイスが出 来上がってしまう。100,000ゲート規模のデバイスは小さすぎるという意見もあろうが、 1,000,000ゲートにしたところで、最小ウェハー・ロットから十万個近いデバイスが生産 されることが想定される。

1回の発注でこの程度の数量が期待できるアプリケーションは 果たして、いくつあるだろうか?同じデザインが変更されることなく、繰り返し生産され るプロジェクトはいくつあるだろうか? その昔、日本の半導体メーカーは「ASICビジ ネス強化」の旗を掲げ、ウェハー1枚分にも満たない数量のゲートアレイのビジネスも競 って受注していたことがある。その結果、ゲートアレイ・ビジネスは製造側にとって誰に も儲からないビジネスとなってしまったことはご存知の通りである。少量多品種の生産が 避けられないシステムLSIのビジネスは、プロセスの微細化とウェハーの大口径化への流 れに明らかに逆行している。

一方、技術革新のスピードは最終製品のライフ・サイクルを ますます短くしている。これに対してシステムLSIの開発期間は、その集積度の増加と共 に長期化することが避けられない。システムLSIの開発期間を短縮するための手法やツー ルは相次いで発表されているものの、まだ決定打となるような解は生まれていない。MPU や多数のIPを搭載したシステムLSIでは、デザインの検証だけでなく、製造されたデバ イスのテストにも困難な課題が山積しており、デバイスの出荷までの期間を長期化させる 要因にもなっているようだ。こうしてみると、現在のシステムLSIは、新しい機能を搭載 した新製品をいち早く市場に投入するという顧客の要求とは相反するビジネスになる可能 性がある。

どこから利益を得るのか?

さて、システムLSIのビジネスといっても、どこから利益を得るのであろうか?垂直統合 型の日本の半導体メーカーは、設計から製造、販売までの全体的な流れを通じて利益を得 ようとするだろう。しかし、現実はそうは甘くない。まず、製造に関しては、台湾などの ファンダリ専業メーカーとの厳しい競合が予想される。ある業界の識者は、半導体製造装 置の標準化が進展して、世界中の半導体メーカーが同じ製造装置を同価格で購入できるよ うになると、人件費と土地のコストが高い日本メーカーは税制面でも優遇されている台湾 の半導体メーカーに製造コストで全く太刀打ちできないと断言する。システムLSIでも、 日本の半導体メーカーが台湾のファンダリ専業ベンダに匹敵する製造コストを実現するの は難しいだろう。

台湾のファンダリ専業メーカーは、システムLSIに不可欠なIPでも有 利な立場にある。多くのIPベンダはTSMCなどのように自社のプロセス・パラメータを オープンにしているファンダリ専業ベンダのプロセスをターゲットにした製品を開発して おり、場合によってはそれらのIPを人気のあるファンダリ・ベンダに無償で使用ライセ ンスを提供している。これに対して、日本のシステムLSIベンダは自社開発のIPを取り 揃え、さらにARMに代表されるような業界標準コアのライセンスを購入している。特に、 次世代の通信、ネットワーク関連の重要な IPに対する日本の半導体メーカーの出遅れ感 は否めず、海外からの調達は避けられそうもない。これらサード・パーティからIPをラ イセンスするコストは、すべてデバイスの製造原価に影響を与えることになる。こうして みると、日本の半導体メーカーがシステムLSIの製造で利益を稼ぎだすのは容易なことで はなさそうだ。

さて、デザインで利益を稼ぐことはできるだろか?基本的には「YES」だろう。ただし、 私はかつてのゲートアレイの場合と同じように、受注したいがためにデザインの費用をダ ンピングする半導体メーカーが現れないことを祈るばかりである。

半導体産業の水平分業がさらに進めば、システムLSIのインテグレータのようなビジネス・ モデルが誕生するかもしれない。ユーザが必要とする機能のLSIをデザインするだけでな く、その際に必要となるサード・パーティからのIPの調達も行い、デザインの完了後に その時点でもっとも好条件のファンダリとアッセンブル・ベンダを選択して製造を委託す る会社だ。これまで、デザインの難易度とは関係なく、ゲート規模でしか設計費用を受け 取ることができなかった独立系のデザイン・ハウスには、こうしたビジネス・モデルに移 行できるチャンスがある。このビジネス・モデルには大きなリスクが伴うため、深い経験 と豊富な資金を持った企業だけが選択できる道かもしれないが、NKKのように日本でも このようなビジネス・モデルを目指す企業はすでに誕生している。

他方、システムLSIのデザインにますます強い影響を及ぼすようになっているのがEDA ベンダだ。彼らは統合化されたデザイン環境やポイント・ツールを提供するだけの存在で はなくなってきた。 一部のEDAベンダは、IPベンダの買収や、デザイン・サービスの 提供にも力を注ぐようになっている。デザインの優劣は、ある意味でいかにデザイン・ツ ールを使いこなすかによって決定されるのかもしれない。各ツールの使用法に熟知した EDAベンダがさらにデザイン・サービスを提供するビジネスに踏み出すことになると、こ の業界の構図は大きく変化することになる。彼らのこれから進む方向がシステムLSIの業 界に大きな影響を与えることは間違いない。

システムLSIビジネスを成功させるための条件は?

日本の半導体メーカーは、システムLSIのビジネスを本気で強化したいと考えているのだ ろうか?そのために彼らはどのような組織改革や意識改革を行っているのだろうか?デザ イン・センタの技術者の数を増やすだけで、システムLSIのビジネスは果たして成功する のだろうか?私には、そんな簡単な話とは思えない。液晶用ドライバICと100万ゲート を超えるユーザ仕様のシステムLSIでは、本質的にビジネスや事業の性格が異なるはずな のに、これらをすべてシステムLSIと呼ぶような企業が成功を収めるとは到底考えられな いのだ。

「システムLSI」を単なる「客寄せパンダ」と位置づけ、従来からある標準品の延 長線上でのビジネスを狙っているのであれば、それも立派な戦略のひとつであろう。しか し、システムLSIを事業の柱に据えたいと本気で考えるのであれば、本質的にビジネス性 格や生産の形態の異なるDRAMや個別半導体、他の標準品とは全く異なる組織での事業 運営が必要であろう。いわば、半導体事業部のさらなる分社化である。これはシステムLSI に限ったことでもないが、製造コストの低減のためにはこれまで抱えていた製造子会社に も完全独立化を促し、系列以外からのビジネスも受注できるだけのコスト競争力を持たせ る必要があるだろう。それが不可能な場合は、モトローラのように台湾ファンダリの活用 に踏み出す決断も必要になると考える。

また、販売部門に関しても既存の特約店のネット ワークとは関係なく、独自の受注活動ができる体制づくりも必要だろう。従来からの「し がらみ」を絶つのは容易ではないが、手形の集金と物流だけの役割しか果たさない特約店 であれば、システムLSIビジネスには全く不要な存在であると認識すべきであろう。

ター ゲットとする応用分野の絞り込みも重要だと思う。パソコン、通信から情報家電までのす べての領域で他社に勝る競争力を身につけることは困難だ。競合メーカーにないIPを開 発し、特定の分野で他社に先行することがさらに重要になるだろう。

一方、システムLSI ビジネスの本質である「少量多品種」に対する抜本的な対策も必要だ。少量生産でも効率 が高い生産ラインの構築と共に、デバイスの一部にPLDやFPGAのようなユーザ・プロ グラマブルな領域を設ける手法も必要になるかもしれない。すでにLSIロジックは、この アプローチを始めている。

ここまで述べてきたようにシステムLSIビジネスには、まだ多くの課題が山積している。 システムLSIの普及を後押しすると思われていたVSIAによる標準化の動きも依然として 前進していない。しかし、システムLSIは着実にシステム内のキー・エレメントとして採 用されていくことになるだろう。

ただし、ここで改めて認識しておきたいのは、半導体メ ーカーの思惑だけで「システムLSI化」が進展することはないということだ。ユーザは今 後もシステムに最適なソリューションを選択することになるのであって、場合によっては CSPパッケージのデバイスを立体的に組み立てた「スタックドCSP」のアプローチを採 用するかもしれないし、高集積化/低価格を実現したPLDやFPGAを量産にも採用する 傾向が強まるかもしれない。

加えて、システムLSIを量産するようなプロジェクトの数は そう多くは存在せず、ターゲットとなる顧客も限定されるという認識も重要だと思う。こ れは、システムLSIの供給ベンダの数も当然ながら限定されてしまうことも意味している。 こうして考えてみると、システムLSIビジネスで成功するためには、相当な覚悟と決断が 必要になるようだ。日本の半導体ベンダには、その覚悟ができているのであろうか?私は 従来からの延長線上での事業形態やビジネス戦略では「システムLSI」ビジネスで成功で きるとは思えないのだが。

2000年1月