第6回 〜オープンソースソフトウェアを生かした組込みシステム開発に取り組む〜
「信州小諸のフリーラインズ社」

第6回に登場されたのは、オープンソースのITRON OSの普及、啓蒙を行っているNPO、TOPPERS PROJECTの中核メンバーとしても活躍されている、長野県小諸市のフリーランズ社です。
小諸ときけば、島崎藤村と懐古園、浅間山をはじめ美しい山並みが目に浮かびます。フリーランズ社の創業者である田口さんは、小諸の環境が気に入ってIターン起業されたようです。Embedded業界紳士録の第55章では、同じ長野県塩尻のリネオソリューションズの二木さんが登場されていますが、同じ信州でも塩尻と小諸では、少し雰囲気が異なるようです。
小諸の美しい風景とフリーラインズ社の意欲的な取り込みをご紹介します。


◆長野県と小諸について

長野県には北アルプスや八ヶ岳など人々を魅了する名峰、軽井沢や蓼科高原などの日本を代表する避暑地を多く抱え、たくさんの温泉やスキー場などの観光とレジャー産業を持つ一方で、諏訪・岡谷を中心にした精密機器産業と電気電子機器メーカーの製造工場が各地に多くある。
小諸市は長野県の中で東信地方と呼ばれる地域にある。千曲川の流れを背に、北には百名山に数えられる浅間山、南には八ヶ岳から美ヶ原を見渡せる。駅のほど近くには懐古園という小諸城址公園があり桜の名所でもある。小諸は文豪、島崎藤村のゆかりの町であり、千曲川を望む立地にある温泉、中棚荘は藤村が愛し執筆を深めた宿である。城下町としての風情、文学の町としての情緒を備えた物静かで落ち着いた雰囲気の町である。

 

浅間山 「小諸市エースカメラ提供」

 

懐古園 「小諸市エースカメラ提供」

◆なぜ小諸か

私は長野県の生まれでもないし、小諸には縁もゆかりもない人間である。小諸に移り住んだのは8年ほど前で、それより前、13年間ほどは横浜で暮らし、当時はフリーの組み込みソフトのエンジニアとして仕事をしていた。その私が横浜を出て小諸を選んだ理由は「仕事をすること以前に、よりよい住環境・自然環境で家族とともに暮らしたい」という願いからであった。しかし、ただそれだけの願望では生活は成り立たない。仕事についての条件がついて回ることも事実である。
 ・高速道路が通っている
 ・新幹線が通っている
という交通網の整備ができているということが私にとっての第一条件であった。IT産業(特にソフトウェア)は通信網が整備されていれば “どこでも仕事ができる” と言われるが、個人的にはそうではないと考えている。仕事とは極論的には “人と人とのつながり、信頼関係” であると思っている。これを保つためには電話でもインターネットでもなく、何かあったら&何もなくても頻繁に顔を合わせて話をするということに尽きる。このために高速交通網の整備は必要不可欠であった。
それでも「長野に移住する」という話を取引先にしたときは「仕事やめるの?」などという声がいくつも聞かれたが、幸いなことに取引先に恵まれ、仕事が減るどころか順調に?増え、フリーの立場から会社設立という経緯を辿ることになった。
小諸を選んだ理由はもちろんこれだけではない。
 ・山、高原、避暑地、温泉、スキー場、ゴルフ場などがたくさんあって遊び場が近い
 ・静かで落ち着いた土地での暮らし(人ごみや渋滞がない、住宅事情が良い)
 ・物価が安い(地方なら当たり前?)
ということも非常に重要であった。単に仕事のことだけでなく「豊かに暮らす」ことも非常に重要である。とかく夜型になりやすい都会での生活・仕事のスタイルに比べて、この土地での生活や仕事のスタイルはいたって人間的で自然のリズムに沿った生活のサイクルがある。そのぶん、体も心も健康でいられると言ってもよいだろう。

◆フリーラインズという会社

フリーラインズは2000年の3月に設立された。私が組み込みソフトウェアのエンジニアだったこともあり、当初から組み込みビジネスとFA関係を中心業務としてやってきた。デジタル回路を中心にハードウェア設計からμiTRONなどを中心とした組み込みOSの実装、デバイスドライバの開発を得意として現在に至っている。
設立当初は組み込み系の受託業務...言い方を変えれば組み込み系「何でも屋」であった。しかし、設立間もなくTOPPERSというμiTRONと出会い、ちょうどLinuxが広まりつつある時期でもあった。それまでの組み込み系のOSというものは数十万円から数百万円という価格の製品が当たり前の世界だった。それがオープンソース・フリーソフトという潮流が見えてきて、だんだん大きくなっていくのを目の当たりにしてきた。ここには大きなチャンスがある、そう感じたがすぐには具体的に「どんな形で」とか「何をどうすれば」が解らなかった。この世界でエキスパートになれば道は開ける...と思うのは漠然としすぎている。しかし、徐々にそれは形を作り出してきている実感がある。
現在はTOPPERSとLinuxというふたつのオープンソースのOSと、そのデバイスドライバ開発のエキスパート会社としての自負がある。社員は10名ほどの小さい小さい会社ではあるが、私が選りすぐった社員達はどこにも負けない優秀なエンジニア達である。

 

◆TOPPERSへの取り組み

前述したようにフリーラインズでは比較的早い時期からTOPPERSに注目してきてビジネスに生かすチャンスをうかがってきた。TOPPERSが大学の研究室とボランティアの手で開発されていた時期から、NPO法人「TOPPERSプロジェクト」として大きく飛躍したことをきっかけにフリーラインズもTOPPERSプロジェクトの正会員に登録した。その半年後にはTOPPERSの入門用としてのH8評価ボードも販売を開始した。この評価ボードは拡張性を重視して汎用的に使える開発の現場で使うことを想定した構成になっているが、大学や専門学校などの教育機関や企業の新人研修で使ってもらっているケースもかなりの割合であるようだ。発売当初はTOPPERSに興味のある企業のエンジニアが個人的に購入したり、開発予算の一部で実験用途として1台、2台を購入してみるというお客様が多かったようだが、ここ1年くらいは20台、30台を一括購入するお客様が増えている。現在はH8評価ボードのTOPPERS/JSP対応と、TINET開発キットだけのラインナップであるが、この夏にNEC製マイコンのV850への対応も済ませ、こちらへの製品展開も近々行う予定だ。また、本家TOPPERSプロジェクトではマルチプロセッサ対応カーネルや自動車用OSのOSEKなども展開も進んでおり、こちらの商品展開も検討・予定している。フリーラインズとしては単なる評価ボードにとどまらず「組み込みOSをもっと手軽に簡単に」をキーワードへ商品展開とサービスを行っていく。

 

H8/3048F評価ボード

◆組み込みLinuxへの取り組み

フリーラインズという会社はμiTRONだけでなく、組み込みLinuxの開発実績も数多くある。HDDレスのシングルボードコンピュータで動作するLinuxサーバーの実装や個別のデバイスドライバを開発するだけでなく、お客様が設計したカスタムボードへLinuxを実装し、そのデバイスドライバも開発するといったスタイルのものも多い。ノーマルなLinuxはもちろんだが、中にはRT-LinuxやMontavistaなどのリクエストもある。これまではμiTRONでしか実現できなかったクリティカルな時間精度が要求されるシステムにもLinuxで、という試みも見られるようになってきている。しかし、Linuxに関する(SCOの一件をはじめとする)訴訟問題などのリスク、ライセンス上の問題に起因する企業機密の防衛手段など企業が注意しなければならない課題も多い。これらをクリアできる企業力と製品用途のみに限定されるということからLinuxの採用には慎重になっている企業も多い。

◆地方で起業する意味

とかく日本では仕事が東京(関東)に集中する傾向がある。生産&製造は地方で、技術や企画は東京で、といった傾向が強い。その流れに逆らわずにうまく泳いでいく方法ももちろんあるし、その方が仕事をする上では楽なのかもしれない。地方で我々のような技術を売り物にする会社は比較的少なく、その意味では目立ちやすい。東京や大都市圏では同じように開発設計を生業にする会社は多く、その中から抜きん出ることは容易ではない。地方において高い技術を持っていると自ずと目立つとも言える。考え方一つで地方のハンデを逆手に取ってメリットにすることも不可能ではないだろう。実際、TOPPERSへの取り組みを増やしてからというものの、こちらから売り込みに行ったわけでもなく、これまで何のお付き合いのなかったお客様の方からコンタクトしてきてくれるケースも増えてきている。
余談になるかもしれないが、私は個人名で長野県工業技術総合センター(旧情報技術試験場)の “技術アドバイザー” という制度に登録されている。工業技術総合センターとは、県内企業の技術力向上を目的として専門分野の研究や研修を行う公的機関であるが、ここでは専門的な技術知識を持った技術者や研究者を “技術アドバイザー” として企業の要望によって派遣し、専門家として技術相談や指導などを行う役割を担う。私は「RTOS、TCP/IP、組み込みソフトウェア全般」のエキスパートとして登録されている。ここから広がるビジネスもあるということも事実である。こういったことも “地方だからこそ目立つ” 効果なのかもしれない。
それから、上に書いたことの繰り返しになるが、やはり恵まれた自然、住環境の中に居るということの意義は大きいと思っている。時々、東京の協力会社さんなどで普段東京で仕事をしているエンジニアに小諸に来てもらって共同デバックをお願いするのだが、彼らも一様に「落ち着いて仕事ができる」、「気分的にも楽だ」などという声を聞く。仕事に対して自然環境が与えるものは少なくないのだと感じる。

◆終わりに

 

今後もフリーラインズは、オープンソースソフトウェアの開発と、それをビジネスとして採用しようとする企業をサポートしていきたいと思っている。ただ、必ずしもオープンソースの採用に積極的な企業ばかりではなく、商用OSを採用する企業も少なくないことも理解している。今はオープンソースのOSを前面に掲げているが、商用の組み込みOSも実績は豊富であり、そういった開発サポート業務も今後とも積極的に続けていく。フリーラインズはオープンソースに限らず、組み込みのハード・ソフト開発をトータル的に支援できる会社でありたいと思っている。フリーラインズは技術幅の広い会社であり続けたい。

株式会社フリーラインズ
代表取締役 田口 篤

バックナンバー

>> 第1回 北海道 札幌ITカロッツェリア/株式会社ビー・ユー・ジー

>> 第2回 地方企業の活路は、大学の活用にあり/アステック株式会社

>> 第3回 

山形県の地場企業がET2004に出展/山形県オープンシステム研究会

>> 第4回 福井から発信する「ロボットを使った教育未来支援事業」

>> 第5回 

宮城県産業技術総合センターにおける組込み関連技術への取り組み紹介