第三十七章

「FPGAとUSBを核にした技術で組込みシステムに挑む」〜2人のIターン技術者による創業ストリー〜

有限会社プライムシステムズ

代表取締役

内田正典

取締役

三橋 晋

長野県の蓼科と八ヶ岳にIターン移住した内田さんと三橋さんが派遣先の企業で偶然出会い、5年前に2人で立ち上げたのがプライムシステムズです。
自然に恵まれたそれぞれの住居を拠点にしてFPGAとUSBを核にした製品の企画から開発、販売までを共同で実践してきたお二人に、これまでの苦労と将来の夢を対談形式で語って頂きました。

内田と三橋の折半で有限会社を設立して5年目、「良く続いた」というよりも、「あっという間の出来事」と表現する方がピッタリです。設立当初、大きな志を抱いて会社を設立したわけでなく、「なんとか食べていければいいでしょ」レベルの会社ですから、いわゆる「ベンチャー魂」をもっていた訳でもありません。それは首都圏での起業ではなく、長野県の八ヶ岳山麓というエレクトロニクスにほとんど関係のない、周りは「セロリ畑」と「田んぼ」ばかりという土地柄のために、「競争に勝ち抜く!」という意識がそれほど働かなかったせいかもしれません。それに2人とも長野出身ではなく、Iターンでの長野県定住者ですから、都会の喧噪から逃れた都落ち組なのです。仕事場もそれぞれの自宅や自宅敷地内なので、数十歩で出勤可能な環境の中、USBインタフェースを核としたFPGA搭載のシステム開発ボードの「企画、開発、設計、販売」と、それに関連するデザインサービスを提供しています。

内田のバックグラウンド:
広島県出身。38歳。大学卒業後、大手電気メーカーのT社に就職。当時T社はDRAM販売で世界一と絶好調。そんな開発費使い放題の時期に半導体技術研究所のDRAM開発グループの隣でキャッシュメモリーの開発・設計を担当。しかし、出世コース間違い無しと思っていた直属の上司がいきなり退社し起業。大企業はエンジニアを能無しにしているという理論に感化される。そして5年もすると、根が田舎者であるがために都会での生活にも嫌気がさし退職。同時に現在の八ヶ岳山麓に移り住む。30分圏内に7つのゴルフ場という願ってもない環境で、適度に仕事をしながらストレスとは無縁の生活を送る。

三橋のバックグラウンド:
東京都出身。38歳。大学卒業後、通信機メーカーのO社に就職にするも、NTTのファミリー企業体質に嫌気が差し、今は無き外資スタンダードセルICメーカーのV社に転職。ここで、外資系半導体会社に勤める人々の人間性にふれ、多くの反面教師としての教訓を得る。その後、FPGAメーカーのA社に転職。当時、全員で10名以下のアットホーム的な雰囲気の中、FAEとして顧客サポートとUS本社へのレポート作成に汗する。この会社で「電話とPCとFAXがあれば、どこでも仕事ができるじゃないか...」と思ったのが、都落ちへの第一歩。さらに、「南アルプスと北アルプス、富士山、八ヶ岳が見えるところに住もう」と考えて、学生時代の登山経験から今の八ヶ岳山麓の森の中に落ち着く。マイナスイオンを浴び続け、癒し系グッズ不要の生活を送る。

三橋

起業当時はEP社の構内外注で、あまり起業したという実感がなかった。与えられた仕事をして月々のお給金という形式で売り上げたわけだから。

   

内田

その反面、起業時に売上を月々得られたからラッキーだった。

   

三橋

そうだけど、早く足を洗いたかったね。仕事の内容はFPGA設計だったから、出社しなければできない仕事ではないし、家にPCがあったから家でもできた。ISDNも引いていたし。
うまい具合に、起業して5ヶ月後に2人目の子供が生まれたので、「我が家は核家族なので、家で上の子の面倒を見ながら仕事します」と一方的に宣言することができた。

   

内田

やめる覚悟で宣言していたでしょ。EP社の担当者は結構困ってたよ。他にその仕事をやる人もいなかったから、「やめてくれ」ともいえないようだったし。こっちも同じ職場でアナログ設計をやっていたから、担当者のおじさんから、いろいろ嫌みをいわれたね。2人ともフルタイムでずっと構内外注をしていたら、今の会社はなかったはずだから、構内外注から請負スタイルに変更出来て会社として動きやすくなったことは事実だし良かったよ。

   

三橋

家も造って、子供も作って、会社も作って... 無謀といわれながらも、結果的にいいタイミングで会社のスタイルを修正出来た。こんな感じで、1年くらいやりながら、お互いの数少ないツテを頼りに挨拶がてら企業訪問したのを覚えている。

   

内田

そうそう、T社つながりでベンチャーのTH社に行ったとき、「今時のFPGAの動作速度は結構早い」ということをアピールしたら、マルチチャネル対応のビットエラーレート測定用のシステムを受注出来た。当時、マルチチャネル対応のBER測定器は「お高い」買い物だったらしく、単純にBERだけを測定出来ればいいと言うことだったから、FPGAとパラレルポート経由の制御システムを200万で仕上げた。

   

三橋

実質、起業後はじめて受注したプロジェクトといっていいよね。何しろお客さんに喜んでもらえたことがうれしかったな。

   

内田

それに展示会場でTH社ブースにそのボードが展示してあったし、デモもしていた。結構重宝されていたということだよ。

   

三橋

この後、A社時代のツテで、CQ出版社が新しいFPGA評価ボードを作りたがっているという話をもらい巣鴨まで行った。

   

内田

場末の喫茶店...での打ち合わせだったね。場所はともかく、技術的にはこちらの主導で話が進んだからやりやすかった。ビジネス的には、5年で1000台という話だったから、それほど期待はしていなかった。それに書店にも置くから、徹底的に安く!ということだったし。

   

三橋

たしかに、ビジネス的にはなんのうまみもなかったけど、そのときはCQ出版にOEM出荷しているという事実を販売促進費用と考えて割り切ってやるしかなかった。このときは、業界に認知されている起業にくっついて仕事をのばそうとしていた「コバンザメ商法」だったからね。
実際にはCQ社向けに1年で1000台出荷したから、もうけの割には結構大変だったよ。

   

内田

当初の予定の5倍のぺースだったわけだから驚いたね。
このCQ向けのボード開発では、USBインタフェースをはじめてFPGA評価ボードに搭載した。

   

三橋

これも本当、偶然だね。A社の人と電話で話しているときに「USBみたいなPCインタフェースがあると便利だよね」という一言が「よし、USB付けちゃおう」ということになった。それから、Webで設計者をさがし、USBを設計してくれる人を見つけることができた。

   

内田

世の中どこでどうつながるかわからない。このとき、Webで探した設計者は、いまや社員として製品開発には欠かせない存在になっている。

   

三橋

Webって便利だよ。そのときそう思ったね。USBのデバイスドライバ開発もWebからメールで問い合わせ、今は無き、ツールクラフト社で頼むことができた。選択のポイントは、レスポンスが早かったこと。これは今の自分に跳ね返って、問い合わせが来たらできるだけ早く回答することを心がけている。

   

内田

ケーブルTVのインターネット接続は常時接続できるし、田舎にいてもWebとメールで話を進めることができるわけだから、首都圏にオフィスを構える必要性が全然無かった。その分、固定費がかからないのがメリットとしてある。

   

三橋

そっちは住宅街だからいいよね。うちは森の中だから、ADSLも最近開通したばかりだし、局舎から離れているからISDNの倍程度の速さ。冬も除雪車がこないから2,3回雪に閉じこめられるし。これでも何とかやっていけてるからOKだけどね。

   

内田

まあ、それが田舎のデメリットというヤツでしょう。

   

内田

ところで、設計請負のスタイルから自社製品を開発して販売し始めたのは、このCQ出版社向けの製品からだったよね。

   

三橋

このころのFPGA評価ボードって、FPGAがただボードの真ん中に座っているか、PCIインタフェース付きだけど、ソフトも一からユーザが作り込むような製品しかなくて、実際にユーザがやりたいことをするのにえらく時間がかかっていたような気がする。

   

内田

たしかに、導入したのにそれを使いこなすまで時間のかかる製品が多かった。だから、購入後、すぐに使える製品を作りたかった。製品を購入する人は、自分が実現したいアプリケーションを第一に考えているわけで、PCIインタフェースやUSBインタフェースを一から作り込んでやっていたら、既製品ボードを導入する意味がないよ。

   

三橋

それに、このころFPGAが搭載されたボードは「FPGA評価ボード」という製品区分で、ちょっと違和感があった。FPGAを評価する用途のボードなんて「もういい加減いいでしょ。」という感じだった。

   

内田

どうしてそう思ったわけ?

   

三橋

だって、これだけFPGAが業界に浸透しているし、いまさらFPGAを採用するのに評価ボードでFPGAの性能を検証する人はいないでしょ。「PREP」も消滅したし。無償ツールで実配線のシミュレーションもできるからさ。
FPGA評価ボードとして製品販売したら、FPGAが古くなったときにはその製品も古くなって終わってしまう。そのときには、ボードに旧式のFPGAとコンフィグ系回路、電源回路があるだけのボードでしょ。魅力のある製品とはいえないね。

   

内田

だから、システム開発ボードという概念をもってきたわけだ。CQ向けに搭載したUSBをさらに高速化させ、FPGAと組み合わせた製品群をSmart-USB製品ファミリとして世に出した。

   

三橋

PCインタフェースにUSBを採用したことでPCと連携したシステムを構築出来るし、専用のUSB制御ICを選択したから、このICとインタフェースするFPGAのリソース消費量を数%に押さえることができた。FPGAの大部分をユーザ使用領域として使える。それに、デバイスドライバや、専用のAPI、制御アプリケーションを製品に添付したから、USBの専門知識がなくてもすぐに使える製品になった。

   

内田

たしかに、FPGAを利用してPCと連携したシステムを構築した人には最適だと思っている。まさに、エンジニアがやらなければならない開発目的のためだけに注力出来る製品に仕上がったと自負出来るね。

   

三橋

でも、製品リリース直後はいろいろあったね。「USBシステム開発ボード」といったから、USBインタフェースを開発するためのボードと思われたり、USB仕様に準拠とはいっても、本当に何十種類ものPCで評価したわけではなかった。お客さんから、そこをつっこまれると答えに窮したもの。

   

内田

評価に使ったPCは自分たちが組んだショップブランドPCだけだったからね。しょうがないから、PCショップにボードを持ち込んで、ドライバをその場でインストールしちゃおうかなんて、まじめに考えたもん。

   

三橋

まさしく、USB搭載のボードだから素早くできるかもしれないと考えたんだよね。これがPCIだったら店先でインストールなんかできないよ。まさか展示PCの中身を開けるわけにはいかないからね。その点、USBはケーブル接続するだけだし、バス給電でも動作するからゲリラ的なボード評価を店先でやるというのはなかなか良い案だったよ。

   

内田

結局、計画だけで実行には移さなかったけど、設備投資出来ない貧乏会社の一面だね。オシロスコープも最近やっとリースで手に入れたぐらいだから。

   

三橋

店先で評価しようとも考えたくらいだから、製品に興味をもつお客さんもノートPCで使いたいとか、机上でボードを見ながら検証したいということで購入する場合も多い。
いままでのSmart-USB製品はUSB1.1仕様だったから、画像関連のアプリケーションにはなかなか対応出来なかったけれど、USB2.0仕様をSmart-USBPlus製品としてリリースしたら、PCIから乗り換える人が増えてきた。

   

内田

やっぱり、ノートPCでも利用出来るところがいいんじゃないのかな。画像処理システムを開発してそれをデモに使いたいというお客さんが多いから、そういうときはノートPCが遙かに楽だよね。

   

三橋

スマートだし、ボードが机上にあるから「本当にハードで処理しているんです」という説得力が出るらしいね。

   

三橋

ここで、ちょっと小企業の経営・営業環境について言わせて。
よく製品価格について問い合わせをされるけど、具体的な例で言うとこんな感じ。
(お客) XXX製品の値段を教えて下さい
(私) 30万円です。
(お客) で、実際はいくらですか?
これ、最近は少なくなったけど、困ります。値段を聞かれて回答しているのに、実際はいくら?だなんて...

   

内田

業界の二重価格制度が悪いんだよ。これって資材や調達部門用に存在しているわけでしょ?「これだけの価格のものが実際にはこれだけ安く仕入れることができた」となるんだよね。

   

三橋

本当はそんなことないのに...。これがまかり通っているのだから、こういう制度をしらないベンチャーは大変だよ。製品リリース後は結構これで困らされた。大手メーカーの問い合わせで正直に価格を言えば、結局取引口座がないから商社経由となって、商社マージンを取られるハメになる。
最近は、かならず商社経由だったらこの金額、直接取引ならこの金額として提示するようにしている。

   

内田

結局、弱者が最後にツケを払うような仕組みはなくさないといけないよ。ベンチャーは資本的に弱者なんだから。

   

内田

最後に、これからの方向性を紹介して、営業的な面もからめて考えてみない?

   

三橋

短期的にはUSB2.0対応の製品で、Stratixデバイスや大規模メモリ、DVIを搭載した画像処理を意識したボード(System-SX:仮称)をアルテラPLD World(10/17)に出品する予定。その翌月のET2003ではJASVAパビリオンでARM Excalibur搭載のASAP-XAボードや、System-SXを出品してお客さんの反応をみたいね。これに加えて、ボード関連のデザインサービスも提供したい。長期的には、ASICエミュレータを開発したいな。これに関してはすべて自社単独では無理だろうけど。どこかのEDAベンダーや、ASIC屋さんと組むことができればベターだよね。

 

 

 
 

ASAP-XA

AX-USBII

   

内田

よその会社と組んでプロジェクトを遂行するのは結構難しい。過去、何社かとやったけど、いずれも失敗。うまくビジネスにつながらなかった。

   

三橋

確かに。目先の利益を優先してしまうからうまくいかないんでしょう。それに、ガレージカンパニーは信用がないし、提携する企業が大きいと、判断してもらうのにえらく時間がかかる。

   

内田

こっちは少人数だから、あっという間に決まるけど。打ち合わせして、こちらが判断しても大きい企業はなかなか判断しないね。判断出来ないといった方が正しいかな。

   

三橋

過去、他企業と協力してやったプロジェクトでは、こちらが技術的な優位性をアピールしても、理解してもらえなかった。その企業にとっては未知の技術だから懐疑的になるのはわかるけど。こちらのアピールもやり方が悪かったのかも。

   

内田

そうかもね。まあ、何をやるにしても失敗はつきものだし、まだまだ駆け出しの会社だから何事も挑戦だよ。今はARM関連製品でソフト屋さんとうまくいってるんじゃない?

   

三橋

そうだった。ARM Excaliburを搭載したボード製品に、ソフトを載せて販売するプロジェクトがあった。このプロジェクトは、お互いの弱い部分を補強出来るところがあるからうまくいっているのかな。

   

内田

ハード屋はソフト技術とその市場に弱いし、ソフト屋さんはその逆だから、お互いの市場に対してそれぞれの技術的な優位性をアピール出来るね。

   

三橋

他企業と協調してプロジェクトを進めるには、お互いの目論見が一致していなければうまくいかないよね。それをどうやって一致させていくかが問題なんだよきっと。

   

内田

今後は、自社製品を拡充して今までに無かったようなソリューションを提供していこうよ。お客さんに「こういうボードは他にないんだよねえ」と言われるとうれしいでしょ?

   

三橋

そういうお言葉をいただけるとうれしいねえ。そいうのが積み重なれば、「自ずと光明が見えてくる」という感じかな。

   

三橋・内田

これを読んで頂くと、誰でも起業出来るということがわかってしまったかもしれません。起業をためらっている方の後押しになれば幸いです。
弊社ホームページもご覧下さい。 (メール:info@prime-sys.co.jp