第八十章
「“外資系の対応”と言わせない」
バーチャテック・ジャパン株式会社
ビジネス・デベロップメント・マネージャー 高橋 高弘
EIS読者の皆様はじめまして。バーチャテック・ジャパンの高橋と申します。
以前からご尊敬申し上げる方々が寄稿されているこの「Embedded業界紳士録」に私のようなものが機会を頂きました事をEIS中村様に感謝致します。この機会に私の事を紹介させていただき、今携わっている一押しのバーチャテック製品についてご紹介させていただきたいと思います。
組込みとの出会い
もともと畑違いの業種から転職した私は、ソフトハウスでの社内研修でソフトウェアを勉強しました。当時は景気がよく人手不足で、未経験者でも雇用して研修を受けさせてくれたので、いっちょうやってみようかと思ったわけです。

研修終了から数ヶ月で客先に一人で放り出され、海外メーカーの方から英語の説明を受けてシステムを動かせといわれ、自社の仲間が書いたソースやOSの英文マニュアルと格闘しながら数ヶ月間は土日も出社して働くという恵まれたスタートを切りました。

この時の会社は組込み専門ではなかったのですが、次に転職した会社は現在も日本の組込み業界のリーダーであるグレープシステムでした。この紳士録にも登場された多賀さん、小原さんには本当にお世話になり、Nucleusという米国のRTOSビジネスのスタートから関わらせていただきました。Nucleusのサポートの仕事や、Nucleus絡みの受託の仕事により数々のプロジェクトに関わらせていただきました。

外資系での仕事
グレープシステムが自社のミドルウェアに力を入れ始めた頃、NucleusのメーカーであったATI社が日本にオフィスを構えるという話しがあり、わがままを申しましてATIの社員になりました。ところが1年でATIが買収され、私はメンター・グラフィック・ジャパンで技術マネージャとなります。振り返るとグレープ、ATI、メンターを通じて12年に渡りNucleusの仕事をやってきました。グレープで最初の頃は少人数のチームでしたが、メンターの頃は優れたメンバーに恵まれ楽しく仕事ができました。

『外資系だからサポートが悪いと思われたくない』
『お客さんの立場に立って、本社を動かして行くのが自分たちの仕事だ』

常に自分にも部下にもそう言い聞かせていました。

Nucleusとの別れ
メンターでの最期の頃は色々思うことがありました。それは技術者として12年も一つの製品に依存しているのが逆に不安になり、もう一度最初から出直してみたいという思いでした。そんな気持ちを持ち始めた頃、偶然人材会社からバーチャテック・ジャパン立ち上げの人材募集の話が舞い込み、Nucleusとその仲間たちに別れを告げました。

バーチャテックのSimics
長くかかわりを持ち、ソースコードがほとんど頭に入っているNucleusと、メンターの技術マネージャという立場を捨てて転職する決意ができたのは、バーチャテックのSimicsという製品にとても魅力があったからだと思います。
みなさんご存知のように組込みの開発では様々な苦労がつきまといます。まずボードやICEの環境が揃い、使えるようになるまでで一苦労です。ハード、RTOS、開発環境と様々な環境になれた後、ようやく作業らしき事ができるようになります。数時間に一度発生する問題がなかなか再現できなかったり、動作させるたびに現象が変わったり、開発終盤のデバッグは神経が磨り減ります。

Simicsという仮想開発環境―シミュレータを使用する組込み開発は、私にとってとても合理的で魅力的な物に思えました。シミュレータといえば色々なレベルのものがありますが、Simicsは組込み開発の技術者が使うという視点から考えられ完成されたものであったからだと思います。特に複雑化が進むソフト開発、マルチコア化も進んでいけば、これを使用しなければ思うように開発ができないと言えるくらいの時代が来るかもしれないとさえ思えました。
バーチャテックは米国の企業ですが、技術チームはスウェーデンにあります。皆とても熱意のある優秀な技術者です。私はNucleusのサポート時代からお客さんの開発に関わり、その作業を前進させることができたときにとても嬉しく思いました。今は自分が役立つと信じられるこの製品をご紹介して、もっと大きな効率改善をお客さんにご提供することができればと思っております。そうしてお客さんのプロジェクトに大きく成果を出していく事で、充実感を持って組込み開発にかかわり続けて行ければ幸せだと思っております。
『やっぱり外資系は対応があっさりしている』とは言われないよう、これからもそんな思いを忘れずやって行きたいと思います。

高橋 高弘 taka@virtutech.com
Virtutech Japan http://www.virtutech.jp
 
Embedded業界紳士録 バックナンバー目次

お断り
本バックナンバーの記事中における、著者の方々の所属・役職・emailアドレス等は執筆当時のものです。EISでは現在の所属・地位・emailアドレ ス等に関しては関知しておりませんので、予めご了承ください。
なお、執筆後転職あるいは退職された方の記事につきましては、諸事の事由を勘案し、題目と当時の役職のみを掲載いたします。

第 一 章 1999年6月 ・ADaC(株)河原社長
「当時も今も変わらない」
第 二 章 1999年6月 キャッツ(株)上島社長
「シリコンバレーに会社ができた!」
第 三 章 1999年7月 豊橋科学技術大学高田先生
「ITRONオープンセミナーレポート」
第 四 章 1999年8月 ガイオ・テクノロジー(株)国峯副社長
「テクノ難民向けボランティア活動が夢です」
第 五 章 1999年8月 ・日本シグナスソリューションズ伊藤GM
「サポートこそ価値あるソリューションの一つです」
第 六 章 1999年9月 エルグ(株) 澤田専務
「欧米に負けないソフトウェアエンジニアリング会社を作ろう!!」
第 七 章 1999年10月 ・(株)エルミックシステム 雨宮取締役
「Embedded System Manufacturer」
第 八 章 1999年10月 ・イーエスティ株式会社 坂本代表取締役
「米国と付き合う」
第 九 章 1999年11月 ・メンター・グラフィックス・ジャパン(株) 新井取締役
「がんばれ、ニッポン!」
第 十 章 1999年11月 株式会社グレープシステム 多賀代表取締役
「作るか、買うか」
第十一章 1999年12月 ・日本シグナスソリューションズ 藤井代表取締役社長
「レッドハットとの合併について」
第十二章 1999年12月 (株)エーアイコーポレーション 加藤代表取締役
「Embedded業界の梁山泊に」
第十三章 2000年1月 ・マイクロウェア・システムズ(株) 星マーケティング・スペシャリスト
 「この時代に生きて21世紀につながる仕事ができる幸せ」
第十四章 2000年1月 日本ノーベル株式会社 塩山営業本部長
「システム評価を仕事にしています。」
第十五章 2000年2月 ・株式会社ベスト・テクノロジー 岡崎SES/Altiaチームリーダー
「システムシミュレーションの重要性」
第十六章 2000年3月 ・メトロワークス株式会社 ジョン・チャック代表取締役
「個人法人M&A」
第十七章 2000年5月 ・センチュラ・エンベッデッド・システムズ(株) 代表取締役社長 竹森 淳
「自己紹介とEmbeddedデータベースの展望」
第十八章 2000年8月 有限会社 スペースソフト 代表取締役社長 北山 洋幸
「必要ないものを作りたい」
第十九章 2000年10月 株式会社ワイ・ディ・シー(YDC) 猪狩advice事業部長
「私はMr."advice"」
第二十章 2000年12月 ・モンタビスタソフトウェアジャパン株式会社 有馬社長
「組込みLinuxの会社を立ち上げて」
第二十一章 2001年1月 ・株式会社豆蔵 セールスマネージャー 米澤 紳一 
「組込ソフトウエアに関する極私的なビュー 」
第二十二章 2001年6月 イーソル株式会社 エンベデッドプロダクツ事業部 事業部長 上山伸幸
「組み込み業界への新潮流 『eBinder(μITRON統合開発環境)』」
第二十三章 2001年9月 ・日本セロックシカ株式会社 代表取締役 コリン・メーソン
「イギリス人支社長 単身で日本支社立ち上げを開始、今に至るまで 」
第二十四章 2001年10月 ・日本テレロジック株式会社 ディレクター セールス&マーケティング 天野友昭
「日本テレロジックと私、新参者ではございますが…… 」
第二十五章 2001年11月 テンシリカ株式会社 代表取締役 高橋 眞澄
「Xtensaの伝道師 」
第二十六章 2002年1月 レーザーファイブ株式会社 代表取締役 窪田 敏之
「ラジオ小僧が原点、組込Linuxビジネスに挑戦」
第二十七章 2002年9月 ・メトロワークス株式会社 取締役 シニアディレクター 今村 義幸
「CodeWarriorと出逢うまで」
第二十八章 2002年11月 株式会社エルミックシステム 執行役員西日本地区営業統括部長 大久保整
「基本をわかりやすく 」
第二十九章 2003年1月 アップウィンドテクノロジー・インコーポレイテッド代表取締役社長 中村 憲一
「逆風下での起業 」
第三十章 2003年2月 株式会社ガイア・システム・ソリューション 最高技術責任者兼社長 田中 周三
「視点はハードからソフトへ 」
第三十一章 2003年3月 パーソナルメディア 取締役 企画本部長 松為 彰
「組込みシステムの多漢字化へ 」
第三十二章 2003年4月 高田広章 名古屋大学
「名古屋大学そしてTOPPERS」
第三十三章 2003年5月 有限会社 楓創研 代表取締役社長 風見晴雄
「新たなる旅立ち」
第三十四章 2003年6月 株式会社グレープシステム 代表取締役社長 小原正春
「夢と希望の新産業の創設を目指して」
第三十五章 2003年7月 ・京都マイクロコンピュータ(株)東京オフィス、ゼネラル・マネージャー 辻 邦彦
「組み込みシステムの開発をより良くするために」
第三十六章 2003年8月 ・マイウェイ技研(株)取締役,ソリューションカンパニー/マネージャー仲野 久利
「パワーエレクトロニクス分野の組込み支援でオンリーワン」
第三十七章 2003年9月 有限会社プライムシステムズ 代表取締役 内田正典 取締役 三橋 晋
「FPGAとUSBを核にした技術で組込みシステムに挑む」
第三十八章 2003年10月 合資会社もなみソフトウェア 代表役員 邑中 雅樹
「組込み向け分散処理に関する話」
特別寄稿 2003年10月 (株)シーフォーテクノロジー R&D セキュリティインテグレーション部 小川 博久
「ユビキタスとプライバシー」
第三十九章 2003年11月 株式会社ソフィアシステムズ 代表取締役社長 樫平 扶
「新たなソリューション・ビジネスの提供を目指して」
第四十章 2003年12月 株式会社 ディー・ディー・エス 代表取締役 三吉野 健滋
「証券マンが組込ベンチャーを起業してから」
第四十一章 2004年1月 富士設備工業株式会社 電子機器事業部 浅野 義雄
「組込みツールによる、ゆとりへの貢献」
第四十二章 2004年2月 株式会社イーエルティ 企画開発本部 開発技術部 部長 渡辺 武夫
「組込み業界での自分」
第四十三章 2004年3月 情報技術開発株式会社 横浜支社エレクトロンシステム開発部部長 廣田 豊
「T-Engine応用による業界活性化」
第四十四章 2004年4月 東陽テクニカ(株)ソフトウェア・ソリューションチーフコンサルタント 二上貴夫
「楽しく組込みシステム/ソフト開発しませんか」
第四十五章 2004年5月 ・エニア・エンベデッド・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 工藤正一
「先端のリアルタイムOS職人会社ここにあり」
第四十六章 2004年6月 ダイナミック ソリューションズ(株) 事業統括本部 企画・営業G 高橋 真人
「アメリカへのVience売込み」
第四十七章 2004年7月 株式会社タンバック 代表取締役 竹下 吉大
「組み込み業界の黒子に徹します」
第四十八章 2004年9月 ・フェニックステクノロジーズ(株)カスタマーエンジニアリング事業部 石黒 一敏
「組み込み系システムとBIOS」
第四十九章 2004年10月 レクロイ・ジャパン株式会社プロダクト・マーケティング・マネージャ 辻 嘉樹
「組み込みシステムのデバッグ・ソリューション」
第五十章 2004年11月 株式会社ヴィッツ 開発第3部 部長代理 服部博行
「なんでも自分で創りたいと思いませんか?」
第五十一章 2005年1月 株式会社 ロイノス 代表取締役 杉山治彦
「河原の石、流されるほどに丸くなり。」
第五十ニ章 2005年3月 東京都立産業技術研究所 製品開発部 制御システム研究室 坂巻佳壽美
「エンベデッド技術者を目指すならハードも学べ!」
第五十三章 2005年5月 ・Elixent ワールドワイド セールス担当VP Charlie Cump
「リコンフィギュラブル技術への挑戦はつづく」
第五十四章 2005年6月 岸田技術士事務所 所長 岸田昌巳 技術士(情報工学部門)
「エンジニアよ、本業をなす為に、社外に出るのだ!憂国のエンジニア募集中」
第五十五章 2005年7月 リネオソリューションズ株式会社 代表取締役社長 二木健至
「信州の四季を五感で感ずる」
第五十六章 2005年8月 株式会社フォー・リンク・システムズ 取締役 中村 和夫
「新天地で組込み関連事業を立ち上げました」
第五十七章 2005年9月 ガイオ・テクノロジー株式会社 営業担当執行役員 岩井 陽二
「これまでの10年、これからの10年」
第五十八章 2005年10月 ・アイピーフレックス株式会社 マーケティング部 部長 井手野 雅明
「ダイナミック・リコンフィギュラブル・プロセッサに出会って」
第五十九章 2005年11月 AXE, Inc. Executive Engineer, Development Div. Tadashi G. TAKAOKA
「たかおかはちからをためている」
第六十章 2005年12月 ・エンサーク株式会社 代表取締役 湯本 公
「データセントリックアプローチで組込みのソフトウェアクライシスを解決する。」
第六十一章 2006年1月 イーエイシック・ジャパン株式会社 営業本部長 岸本 陸一
「スタンダードメタルASICへの挑戦」
第六十二章 2006年2月 東電ユークエスト株式会社 取締役副社長 山内 敏弘
「ユビキタスネットワーク社会に向かって」
第六十三章 2006年3月 ・イーシリコン・ジャパン株式会社 ジェネラルマネージャー デザインサポート 豊田 新次郎
「あなたのIdeaをICに」
第六十四章 2006年5月 ・dSPACE Japan 株式会社 アカウントマネージャ  シニアセールスエンジニア 田渕 一成
『dSPACE、ついに日本進出!』
第六十五章 2006年7月 ・デバイスケープソフトウェアインク 日本支社長 今村 義幸
『組み込み雑感とワイヤレスLANへの挑戦』
第六十六章 2006年8月 株式会社ブレインズ チーフエンジニア 加納 護
『組み込みBSDカンパニー “Of course it runs NetBSD”』
第六十七章 2006年10月 株式会社 日新システムズ 取締役事業部長 竹内 嘉一
「日新システムズって、こんな会社です」
第六十八章 2006年11月 株式会社トラスト・テクノロジー 代表取締役 山本 隆一郎
「十分に発達した技術は魔術と区別できない」
第六十九章 2006年12月 トライピークス株式会社 代表取締役社長 戸井田 穰
『新たなるEmbedded Linuxの時代へ』
第七十章 2007年1月 日本ノーベル株式会社 アドバンスト・クオリティ事業部 事業部長 下山 到
『組込み開発の"品質改善"を目指して』
第七十一章 2007年3月 株式会社ジェーエフピー 代表取締役社長 漆原 憲博
『コンピュータは楽しいな』
第七十二章 2007年5月 エルミック・ウェスコム株式会社 R&D担当 金田一 勉
「キンは“あれこれ”」
第七十三章 2007年6月 キャッツ株式会社 経営企画室長 森本 聡
「今後楽しみなソフトウェアの資産性について」
第七十四章 2007年10月 株式会社ワイ・デー・ケー YDKテクノロジーズ 開発技術 アシスタントゼネラルマネージャー 松本 哲明
「ロケット飛ばします、飛行機飛ばします、ついでに壁も登ります」
第七十五章 2008年1月 エニア・エンベッデッド・テクノロジー株式会社 根津 嘉明
『縁の下でネットワークインフラを支えています』
第七十六章 2008年3月 株式会社ネクスト・ディメンション 取締役COO 浅井 剛
「何故CPU搭載FPGAにのめり込んだのか」
第七十七章 2008年5月 株式会社アクトラス 代表取締役 眞田 慎
「次世代センサの技術開発に挑むアクトラスです」
第七十八章 2008年8月 株式会社ソリトンシステムズ 組み込みシステム部 部長 木下 智雄
「C言語ハードウェア設計の現在と未来」
第七十九章 2008年9月 ジーンシス・ジャポン株式会社 代表取締役社長 兼平 靖夫
「ダイバーシティから生まれるイノベーション」
第八十章 2008年10月 バーチャテック・ジャパン株式会社 ビジネス・デベロップメント・マネージャー 高橋 高弘
「“外資系の対応”と言わせない」


「若手の広場」バックナンバー 目 次

お断り
本バックナンバーの記事中における、著者の方々の所属・役職・emailアドレス等は執筆当時のものです。EISでは現在の所属・地位・emailアドレ ス等に関しては関知しておりませんので、予めご了承ください。
なお、執筆後転職あるいは退職された方の記事につきましては、諸事の事由を勘案し、題目と当時の役職のみを掲載いたします。

第1回 2000/05/29 「わたしとエルグ」 エルグ株式会社 吉村 美代子 権藤 正樹

第2回 2000/10/09 「組込み業界」 日本ラショナルソフトウェア株式会社  石井 通義

第3回「加速する技術」 アクセラレイテッドテクノロジー社  麦田興次 吉田有理

第4回「はじめての組み込み」 Upwind Technology, Inc.  飯田政光 久部善敬